裁判が―――開廷する。
「裁判長、少しでいいので被告と話をしてもよろしいですか」
「うーん・・・だめ!」
恋都は手始めに情報収拾を行う、が早速躓く。
形だけの裁判としてもここからは言葉遣いに気をつけねばならない。無駄かもしれないが印象だけでも良くしておくべきだろう。
「この者たちの名前や罪状を伝えなくては被告に対し確認にならないのでは・・・」
「大丈夫!ここにいるみんなは知っているよー!だから弁護人ちゃんはそこにいるだけでいいよ!あ、寝ててもいいよ!女王自ら起こしてあげる光栄に打ち震えるがよいー!!」
みんな知ってるってなんだよ。俺はまったく知らされていないんだが?
ガンガンと無駄にガベルを叩きつける裁判長役の女王。罪状の認否も行わずにやはり問答無用で処刑するつもりか。さすが女王様、なんでも無理を通す。
「―――ッグ!?」
傍聴席から飛来した石か何かに恋都の額が割れ血を流す。裁判長には適当にあしらわれるし傍聴人やアリス検事には頻繁に石を投げられる。こんなのありかよ。止めろよ裁判長。行儀のいい俺がバカみたいじゃないか。
女王にお前に国は愚民ばっかじゃないかと言ってやりたかった。
あたり一面から呪詛の混じる煙火でくぐもっている。味方は何処にもいない。四面楚歌とはこのことか。
挙句の果てには汚物を投げてくる始末だ。とっても臭い。やっぱりお猿さんだ。
「アハハハハハハハキモイよぉぉ臭いよお。いったい何しに来たのうお?ゴミ野郎」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・残念・・・だなアリス検事。せっかく仲良くなれると思っていたのにそれは俺の勝手な思い込みだったのか・・?
俺からの・・・好意を裏切りやがって野猿の分際で。
・・・・・・・・・断頭台が・・・・準備されていることからどう考えても二人を死刑にする気満々なのは馬鹿にでもわかること。男の方はよく知らないしどうだっていい。だがイグナイツの処刑は認められない。
・・・こいつには俺という存在を刻み込み正々堂々に打倒する。これまでの恨みを絶対に晴らす。
ずっと考えていた。出会ったあの時、俺が五体満足でさえあれば絶対に立場は逆だったと。俺はああも醜態は曝さなかった。学園の女の様に媚びたりなどしない。本来であれば俺が上でイグナイツが下。暴力さえあれば負けたりなどしなかった。
泣いて俺に助けてくれと縋るのがイグナイツであるべきなのであって、そういう姿がイグナイツには相応しい。それならば少しは、まあ、うん。協力してもいいかな~て思わなくもない。うん。見た目だけはいいからな。傍に置いておくだけでも価値はある。本当に、それだけだから。別に好みでもなんでもないから。
ああいう狂人に対して嫌悪感よりも安心感を感じていただなんて口が裂けても言えない。
知りたくなかった。狂人と自身を比べ俺の方がマシなんだと優位性を得ていただなんて。
この報復はいたって正当なる行為。払拭するためにも勝ち逃げだけは許されない。やられっぱなしは性に合わない。俺がどこまでも男でお前は女だってことを示さねばいけない。奴の中での俺は保護しなくてはいけない存在と言うナチュラルな上から目線を覆さねば気が済まない。
忌々しい元の世界に抱く鬱屈した劣等感からくる殺意とはまた違う、純粋な俺だけの殺意。ここまで殺意を抱かせたのはお前が初めてだよ。
思いっきりぶん殴って謝罪させて、それから・・・どうするんだろ。まあ、その時考えればいいか。
そのためにも物語を進行させつつイグナイツを助けつつその後半殺しにする。矛盾しているがそうではない。
そもそもこの裁判。本来のストーリーから大分外れた内容だ。ある程度のアドリブは許されるはず。大事なのはこの一幕をなんとか終結させることだ。
この現状をどうにか打開しなければ――――永遠に俺もアリスも次に進めない。
そう。なんとかしなければ、いけないのにッ!
現状を切り崩す取っ掛かりが見つからない。このままではすぐにでも死刑が執行されてしまう。
暗黒の中でいくら暴れても誰にも周知できやしない!!
だが、そこに一筋の光が差し込む。
「待て!聞いていれば勝手が過ぎる。僕は聞きたいなッ!!彼らの罪状を!」
騒めく獣たちの合間から清廉な人間の声が割り込んだ。傍聴席の最前列。怪しげな少女でひしめき合う中、取り残されたアリスの横にグレイズとクラウン大主教がいた。
「はあ!?なんだぁこの知らない人!?なんだって―――」
「はいはい静粛に!面倒くさいけどー知らない子がいるならしょうがないなー本人確認と罪状確認はしないとね」
「あ”あ”あああああああああああ!?なんのつもりなのああああッッ」
突然のグレイズの一声にあっさりと否定を覆す女王。彼らはいつの間にここに来ていたのか。
まさかこの俺が聖王国の人間に助けられるとは・・・勝手に消えた俺になぜ手を貸す。
アリスを攫ったこの俺を・・・
「いったい・・・どういうつもりなんだ・・・」
「・・・勇者様、確かに急な行動には驚きました。いろいろとお悩みの様子だったのに、それほどまでに勇者様の焦りを察せれなかった僕の度量不足です。だから敢えて聞きません。少しでも勇者様の助けになればと勝手に馳せ参じました!!」
なんだ。彼は、やはり馬鹿だ。
どれだけ勇者を盲目に尊敬しているんだ。勇者信仰からくる行動だろうがその純真さは美しく恋都にはそれが素直に受け取れない。掛け無しの善意すらも疑わしく裏の意を探る。
そんな自分とグレイズを比べることで劣等感が生じ、ここにきて初めてクラウンのおまけでしかないグレイズの存在を強く認識した。
赤の他人が知り合いになった瞬間であった。
その隣から補足するようにクラウン大主教が口を開く。
「勇者様、私からも謝罪をしなければなりません。アリスについて話をしておけばこのような行動を起こさせることもありませんでした。完全に私の不手際です」
「アリスについてだと?・・・・部外者のあんたが今更何を語るの」
「彼女はアリスではありません。完全な別人です。神に誓って真実だと申しておきます」
「・・・なに?」
神に誓うと来たか・・・その言葉の重さの意味は恋都も理解したつもりだ。
・・・それだと消去法的にあのアリス検事が正統なるアリスということになってしまうじゃないか。
「そして、そこの彼女の正体は―――」
「あ、そいつらつまみ出しちゃって~~」
女王の一声に反応した周りの傍聴人はグレイズ達三人を入口へと押し出していく。抵抗する間もなく物量に圧され姿が消えていく。
クラウン大主教が大声で何かを伝えようとするが騒めきにかき消されてしまう。
クラウン大主教の異能を警戒したか。いったい何を伝えようとしたんだ・・?
恋都は裁判長の顔を窺う。相変わらず何を考えているのか見えてこない。ここでの支配者はこの女王で間違いない。グレイズ達と共に俺が連れてきたアリスをもこの裁判から退場させたあたり、あの無言のアリスはオリジナルアリスの魂では無かったのか。主役がいなくては物語が進行するはずもなし。
やはり消去法でアリス検事が本当のアリスになるな・・・うわあ、いやだなぁ。
「わふふ、お友達がいなくなって心細い?逃げてもいいよ。でも愛しの彼女はこのままだと死んじゃうよー君には最後まで付き合ってもらうから」
「っやっぱりおまえがこの盤上の支配者か」
「・・盤上の支配者?ふ、ふふふ。そう来ちゃうか・・・面白い表現をするねー。ならさ、お望み通りゲームといこうか。――――――ここは女王たる我がテリトリー。恙なく進ませてもらおうか、なあ人間。好きに勝手にアリスと戦えばいいんだよ。是非とも足掻いてくれたまえよ~」
ガベルが打ち鳴らされ改めて場を仕切り直す。だが俺はまだ答えを聞いていない。
「結局この被告は誰なんだよ!ちゃんと宣言しろっ・・て、ッッな、な!?」
今まで首の上で留まっていたギロチンの刃がゆったりと軋んだ音を鳴らせ上昇する。長い時間をかけようやく中程で止まった。
「どういうつもりだ!?死ぬにはまだ早い!」
「おいおいどういうつもりもなにもダメじゃないかご覧の有様だよ~。前提として弁護人ちゃんが被告の名を知らないなんて、やる気あるのかなー。さっさと死刑にしたいのならそう言ってよね。ぷんぷん」
「あっははははははははははは、馬鹿だこいつううう!あはははははは無知なる愚者とか救いようがないよぉ~!弁護しに来たのか殺しに来たのかはっきりしろよぉ~~あひゃははぶへぇ」
こ、いつら・・!
いい加減我慢の限界だ。プルプルと拳を握り込み睨みつけるも、それを面白げに笑い飛ばすアリス検事。俺は完全に舐められていた。こんな栄養が偏っていそうな、肉ばかり食ってそうな女にこのまま負けると言うのか。俺は野菜も喰うのだぞ!!
今のギロチンの動き・・・どう考えても俺の弁護人としての行動が直接処刑台に直結している。弁護人としての振る舞いから逸脱すればそれだけ被告の運命も死に近づく。つまりギロチンの刃が天辺まで到達すればゲームオーバー。そういうゲームか。
ゲームなら公平さを保て。事前に説明しろ。もう半分も余裕がないんだぞ。とてもじゃないがまともな裁判ではない。有罪が確定すれば被告人は量刑無視の即死刑。本来の物語における裁判の一幕を利用して二人を殺すのが目的か。
アリス検事が死刑を望んでいる。そして俺はそれを望まない。戦うしかない。
「おらおらあ!答えろよう被告が何者かをさぁ!グズの能無しイ〇ポ野郎が!」
アリス検事が机を叩き囃し立てる。動揺を曝したためウッキウキで攻めてくる。隙を見せるとこうなる。
よりにもよって・・・アリスが俺の敵なのか――――いや別にそれはいいな。
ああ、もうここで回答を誤れば次は無い。
それがわかっているからこそ、読心の異能を持つクラウン大主教を遠ざけたのだろう。
「・・・・・」
「弁護人ちゃん、早く答えてね。余り気が長くないんだよ?」
裁判長であり女王を冠す者がニコニコとした癇に障る笑みを浮かべ法壇から俺を見下ろす。あくまでも中立気取り。立場を利用し傍観者であることを楽しみつつ適度に口出す一番面倒な奴。
すぐにでも答えは必要だ。
恋都は改めて処刑台に固定された男を観察する。この男の情報は天鳴のデータベースには記録されていない。グレイズのように外界からの来訪者である可能性もあるが、それでは傍聴席の群衆どもにここまで殺意を抱かせる理由にならない。法廷に足を踏み入れただけで感じるほどのどろどろとした殺意。それはとても重く殺意の対象ではない俺ですら体を竦めてしまうほど。
吐き気を催す殺意の出どころは主に傍聴人席からとアリス検事。何より決定的なのが一瞬見せたクラウン大主教の侮蔑と殺意の籠った視線。恰好の共通点、イグナイツがセットで処刑されそうになっていることから、恐らくこの男こそ幽霊が言っていた・・・
「――――――ゲ、ゲームマスター」
今までの発言から推察するに皆は猛烈に死刑を望んでいるがそれはイグナイツに対してではない。イグナイツは隣の男の巻き添えを食らってここにいる。ここに連れてこられてから冷静に周りを観察する処刑台の男。少しの可能性も見逃さまいと生存を模索する貪欲な眼。
夢の住人にここまで殺意を抱かれる人物は一人しかいない。
この男はイグナイツの父。異変の中心であるゲームマスター本人だ。
これがアリスを900年近く苛め抜いた奴に相応しい末路なのか。正直、俺はゲームマスターの生死に頓着していない。大事なのはイグナイツの命ただ一つ。
「うんうん。正解、ようやく本編に進めるよ、そう彼こそが元凶たる元凶の一人。本名は、まあ必要ないか。どうせ死ぬ。いずれ死ぬ。早いのも遅いのもここでは些細な違いだもの」
どういうことか女王からはゲームマスターに対する感情が何も伝わってこない。まるでどうでもいいと言わんばかりに、ただ純粋にこの場を楽しんでいる。
夢の住人からしてもオリジナルアリスを生き地獄を味合わせたこの男は許せないとばかり俺は思い込んでいたが、違う・・・のか?
この余裕はいったいなんなんだ。どんな望みを抱いてここにいる?アリスと俺を鉢合わせて何をさせたい??
わざわざ関わってくる理由があるはずなのだ。
「さて罪状の確認だけど・・・」
「・・ねえ、いつまでこの茶番を続けるつもりぃぃ!罪状なんざどうだってッいいよおぅお!」
女王が罪状を確認しようとするもアリス検事から異議が飛ぶ。
おかしいな、アリス検事は俺に対し罪状の確認をしてくるとばかり身構えていたのだが自分から必要ないと宣言した。
処刑まで目前なのだ。相手からすれば少しでも上げ足を取りたいところをなぜ・・・なにを焦っている。
「見て!言葉にせずともアリスたちは知っている!望まれずに産まれ勝手な都合により殺されていった同胞たち!ここにいる全員が証人なんだよぉ!!!」
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!」
湧き上がる獣の歓声が不快なハーモニーとなり震える空気。頭がおかしくなりそうだ。
「ま、君がそれでいいなら別にいいけどさ。あーもう、うるさいなぁ。みんなして喚かないでよ。やになっちゃう~――――――そこッ!部外者ちゃんは入ってこないでね!」
突如、興奮した数名の傍聴人が境界を超え踏み込むが首に縄が掛かり空へと釣り上げられる。そいつらは激しくバタバタと足をバタつかせ手を首の縄に掛けるも数秒後に沈黙した。何かがボタボタと空から垂れてくる。
「でないとこうなるよ」
「うええ、マジかよ」
「うわ汚な。そしてクッサ。――――はぁぁぁヤになっちゃうね♪」
女王は何処から取り出したのか傘を差しうんざりとした顔で笑みをこぼす。もう誰も境界を踏み越える者はいなかった。
・・・一応の、ゲームの体裁は取るようだ。一気に帰りたくなってきた。
「・・・殺したのか?」
「うん、死んだよ」
・・・?
どういうことだ。夢の住人ではアリスは殺せないのではなかったのか。それに、
(・・・アリス”たち”と来たか)
・・・さて、これで鬱陶しい傍聴人どもの気勢が削がれるのかと言えばそうでもなく。
先ほどよりも数が増え辺りをひしめく麻袋の群衆。湧き上がる怨嗟が地震を起こす。まさかこれ全部がアリスだったりするのか。さっきのアリス検事の発言はどういう意味なのか。地平線の限りをアリスが埋め尽くしているではないか。何人いるんだよこれ。異様な光景に焦りと不安、気味の悪さを感じる。何処を見てもアリス、アリスアリス・・・改めて何でもありの夢世界だからこそ可能な光景だと実感する。
動物園の動物たちはこんな気分なのか。あらゆる角度から粘ついた視線が突き刺さる。
・・・もし本当にここにいる傍聴人たちがゲームマスターに殺されたことが事実ならやはりゲームマスターは死ぬべきだろう。
こんなことが現実であって堪るか。ここにいるアリスの数だけ現実で死んだなどと・・嫌な妄想が頭によぎる。異能が発現しなかった選別され不要と見なされたアリスの末路がこれなのか。死んだ有象無象のオリジナルアリスの子供の魂は全て夢世界に終着していた?
アリス検事の言葉からA種らはオリジナルアリスの子供であると示唆している。異能持ちの数の少なさからして、異能を持たずに産まれた個体は処分されるのだ。それも900年間もの間ずっと。でなければこの数はあり得ない。いやそれでも多すぎる。死んだ者の魂は夢でも怨嗟を吐き続ける。魂とはいったいなんだろうか。
「おや、どうしたのかな弁護人ちゃん。顔色が悪いけど」
そりゃ悪くもなる。こんな奴の弁護をしろとか勝ち目がない。おまけに死人に囲まれ石を投げられるんだ。血生臭くていけない。
ここからどう無罪を勝ち取れというのだ。ゲームマスターが死ぬのは当然の末路ではなかろうか。具体的な内容はわからないが900年間ずっとA種の厳選していたとか正気の沙汰ではない。そもそも一年間で産める子供の数は限られている。900年とは言えここまで子供が作れるはずがない。出産での母体への負担は相当なものだ。何かしらの処置を施されているのだろう。
・・・オリジナルアリスは果たして今も人の形をしているのだろうか。