オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第49話 狂人アリスの最終証明

 

 さて、ここで俺のスタンスの話をしよう。

 

 弁護するにしてもだ。法廷で戦うならば立ち位置は明確にするべきだ。

 

 心情的に俺はアリス側の人間だ。俺がここまで苦しんでいるのはゲームマスターのとばっちりのせいなので死んで当然と思う。

 

 だがイグナイツは関係ない。子供が親の罪を背負う必要はどこにもない。それがどうにも我慢ならない。どうせここで無罪を勝ち取ったところでゲームマスターの生存は難しいだろう。後が怖い。なぜ裁判の形式にこだわったのかは知らないが、ここで処刑できなくとも多少の誤差に過ぎない。

 

 どうせ死ぬのならば・・・勝ち目が薄いのならば、もう遠慮する必要性はどこにもない。恨むなら俺にでかい石投げた奴を恨め。

 

 まともでないなら、それに沿うまで。もうヤケクソだ。

 

「裁判長、質問してもよろしいですか」

 

 どうぞと言わんばかりに女王が壇上でガベルを叩き発言を促す。仕掛けるのなら今しかない。質問攻めにあっては受けきれない。受け皿となる知識がまるで足りない。

 

 どうせまともな裁判じゃないのだ。裁決は女王の意のまま。そんなに楽しみたいのなら楽しませてやる。

 

 栄光を得るには恥を捨てギリギリを攻めるしかない。

 

 さあ論点をすり替えようじゃないか。気狂い裁判の開廷だ。もう後の事は知らん。俺が泣くのも後でいい。この狂った世界に相応しい弁護士を・・・演じるまでだ。

 

 

「――――そもそも彼女たちは本当にアリスなんですか?」

 

 

 当初からの疑問。アリス検事が夢におけるオリジナルアリスの魂としてだ、傍聴人全員がアリスってどういうことなのだか。

 

 A種がアリス扱いされていたことといい、オリジナルアリスから産まれた子供もアリス扱いされているのはなぜだ?

 

 アリスとは唯一無二なる存在である。他に二つと主人公たるアリスがいるはずもない。こいつらは本当にアリスなのか?そうあれと望まれただけじゃないのか?物語にアリスは二人といないし、いらない。

 

「・・・・はああああああああッ!!?不死者の目玉はガラス玉かぁッ?どこからどう見ても私は完璧なアリスでしょおおおおおおッ」

 

「さっきからうるさいぞ低能。検事を詐称するなら証拠を出せ」

 

「あ、ていっうぎががガッ。殺してやるッおまえも処刑場に送っでやるッ」

 

 彼女らが誰かなど些細な問題だ。大事なのはこいつらが本当に被害者である”アリス”であるかの立証ができるのかだ。証明ついでにいろいろとことの全貌や本物のアリスが見えてくればなおよし。ここは挑発的な態度でいくべきだろう。そうであろう。不敵に笑って余裕を繕うのだ。

 

 それに、なぜだろうか・・この女はどうにも癇に障る。敵対することにまるで抵抗を感じない。帽子屋や女王、チシャ猫とは致命的に何かが違う。どうにも他の同胞とやらからも浮いている。だからこそ気になりもする。

 

「アハハハハハハハハハハッヒャハハうヒヒィ!!」

 

 アリス検事は突然発狂したように笑う。それにつられるように愚か者を見る目で取り囲むアリスもどきも俺を指さし笑う。具にも劣る人語も介さない獣の分際で俺を笑うか。それで文明人のつもりか。気取りやがって。便乗するしか能の無い風見鶏が。

 

「この白痴がああ!同じことを何度聞き返すつもりだ出来損ないがあぁぉおあ。ぎぃやごあ」

 

「おっと怒らせてしまったか、すまない。謝るよ」

 

 アリス検事は口の端から泡を吹きつつも怒り狂う。これでも様になるのだから美人は得だな。どうせ無茶苦茶な裁判だ。ここからもっとかき乱していくぞ。場に馴染ませ流れの主導権を手繰るのだ。朱に交われば赤くなると言うのなら証明してみせるしかない。自ら変革を起こし時流を味方につける。俺の色で環境を席巻してやる。

 

 早速だが効果は表れ始めている。このまま少しずつ話の方向性を変えていく。

 

「で、証拠はどこにあるんだ。糞みたいな証言はもうたくさんだが?」

 

「アリスを見ろォ!このうすらボケェッどこからどう見てもアリスでしょおぉ」

 

「そうは言うがね・・・君は周りの子と違っていつもの服装じゃないんだね。全然アリスだってわからなかったよ。その服・・かっこいいね」

 

 いろんな意味でな。

 

 アリスが身に着ける検事服(スーツ)はこう・・いろいろとおかしい。本人がまずやたらと発育が良すぎるのがいけない。服のサイズちょっと合ってないしどうにも露出が多い。パッツンパッツンに張っている。神聖な法廷でその恰好はヤバイな。なぜ、胸元を開いてるんだ?

 

 こいつに色気を武器にできるような器用さは兼ね備えていない。そもそもその自覚が無い。それでは武器にならない。

 

 その姿を俺が皮肉気にまじまじと見ているのにアリス検事は誇らしげだ。純真さが恥を恥だと認識させない。自分の姿に一切の疑問も抱いていない。天然モノかよ。

 

 これ明らかに誰かに着せてもらっただろと、そう思った時、すぐ傍で空気が漏れる。

 

「ブホェッ!―――ッいや、ごめんごめん続けてて・・・・・ッッ」

 

 ―――――いや、おまえかよ。

 

 机に伏せ笑いを殺す女王。なんだこいつ。本当になんだこいつ。行動が謎すぎる。まあいい、行動不能になっているうちに話を進めよう。

 

「―――俺が言いたいのは自身がアリスである明確な証拠を提示しろ、だ。何をもってアリス足り得る?口ではいくらでも言える。そんな服なんか着ちゃって、検事だからってアリスの象徴の一部を捨てるのか?それでアリスのつもりなのか。エプロンドレスはクリーニング中か?なあ自称アリスさん?周りよりもアリス性が劣っているぞ」

 

 アリス性ってなんだよと勝手に飛び出た言葉。頭が回っていないのに口ばかりが先行する。大事なのはそれっぽさだ。

 

「・・う”・・・・おッあ、え?オウゲェェッ」

 

「・・・・おい、大丈夫か!?」

 

 突然アリス検事が嘔吐する。そのまま机にガンガンと頭を打ち据える。メンタルが思ったよりも脆い。何が琴線に触れたのか苦し気だ。俺は訳も分からず行く末を見守るしかない。

 

 でもそれを指さして笑う傍聴人どもはなんなんだ?味方じゃないのかよ。

 

「う、うぅ。ウッるさいよ!!アリスはアリスなのぁう。誰がなんと想おうがアリスのはずなんだぁッ」

 

「――――――それはどうかな?君よりも彼女たちの方がよっぽどアリスじゃないか」

 

 大げさに腕を広げ視線を誘導する。下を向きがちのアリス検事の視線を周りに移す。

 

 目に映るはアリス検事を笑う獣たち。顔を真っ赤に癇癪が破裂する。

 

「なんだってぁッ!?そんなわけないィッッ!!わ、笑うなあああああ。真なるアリスを笑うあアアア。こんな出来損ないの不細工共がアリスよりアリスしているっ!?どいつもこいつも醜いアリスなんて死ねよおおお!」

 

 その一声に傍聴席から非難の声が挙がる。恋都に飛ぶ石の数が減り検事の元へと石が飛ぶ。検事も応戦し投げ返す。わかっていたことだがこの裁判もうめちゃくちゃだな。

 

「そうかな?エプロンドレスに金髪でなにより少女だ。それに比べ君という奴は・・・どこの誰だよ」

 

「う、うギギッギぃーぎぃぃ」

 

 勢いよく頭を掻き毟るアリス検事。また額を机に打ち据える。

 

 なんだよ、この反応。なぜそうも疲弊する。そんな姿を見せられたら攻めるしかないじゃないか。結局、アリスを証明する方法はないのだな。いいんだなそれで?

 

「あららその姿が気に入らないのかい。じゃあ、衣装チェンジしよっか。それなら文句はないよね~」

 

 ほら来たと、女王が指を鳴らすと、アリス検事の服装がエプロンドレスに変わる。余計な真似をしてくれる。

 

 だがな、もう遅い。楔は打ち込んだ。もうそういう問題じゃないんだよこれは。そんなことでは止まらない。

 

 

「・・・それで気が付いたんだが驚かずに聞いてくれ、誰にも内緒だぞ・・・・ここだけの話。俺も・・俺がアリスかもしれない」

 

 

「・・・・ッ!??、何言ってるんだ、男のおまえがアリスなわけないッ!!」

 

 まったくもってその通りだ。俺がアリスなはずがない。だがこの主張を覆すことなど誰にできる。ここは根底的に狂った世界だ。狂気に身を委ねればそれもまた真実となる。なんせここは夢の国。自由が許されるのがここの住人だけかと問われればそれは違う。

 

 不死者の俺ならばある程度の無茶は通せる。主導権は、握らせない。今にも死にそうな君を俺が崖下までエスコートしてやる。これはお前が始めたデートだ。もっとイチャイチャしよう。そう考えると少しだけ楽しくも思える。これが俺にとっての初デートか~。

 

 まずはコーデの時間だ!

 

「!!!??????」

 

 俺は唐突に弁護席から身を乗り出し傍聴席に走ると一番近くにいた・・・というか俺に引っ切り無しにでかい石を投げつけていたアリスの衣服を無理やり引き剥がし身に着ける。サイズの合わないピチピチの衣服を身に纏いリボンを素早くつける。

 

「どうだ?汚らしいアリスから奪ったドレスなコードで着こなしてみせれば、これでもう完全にアリスはアリスそのものだろ?」

 

「――――――――――――はぁぁぁぁ?」

 

「ぷ、ッウクハハハハハハハ!!!?なにそれ~ッ!おもしろ~」

 

 女王は吹き出し笑いこけるが他の誰もが異様なものを見る目で俺を見る。ああまさしく正常な反応だがここでは正しさが真実とは成り得ない。なんだ案外まともじゃないか。正気でいてくれてありがとう。自身の異常性が確認できる。そうだこれでいい。

 

 この調子で俺はアリスの役になりきる。これで本格派アリス。誰がアリスかあやふやで証明できないのならば俺がアリスを主張しても問題ないに決まっている。そうに決まっている。

 

 これで本当のアリスが誰かボロが出るかもしれない。我こそはと思う者は名を挙げろ。悔しくないのかよ。男だよ俺は。男に負けるアリスなど見たくも無い。

 

 来い!こっちは準備万端なんだぞッッ!!アリスに恥をかかせる気か、女のアリスゥ!!これでは本当に俺がアリスになってしまうだろがあああああああ!!

 

「―――――俺、もといアリスは証言する。そもそも誰も殺されてなどいないとアリスはアリスを肯定するわ」

 

 絶句するアリス検事はなんとか声を捻り出す。訳が分からなさが押し寄せ男の熱演に圧倒されていた。

 

「な、にそれ・・・舐めているのォ、ぉ」

 

「アリスは舐めていないわ、だってアリスだもの」

 

「裁判長!こいつを法廷侮辱罪でこいつら諸共処刑することを請求するゥ!すぐにで殺せよっ!!」

 

 アリス検事がどこか縋る様に一声を飛ばすも、女王はそれどころではなかった。

 

 

 

 

 

 

「ひいひい、面白すぎる・・無自覚でこれかあ。お腹が痛くて死んじゃうよぉ~あへへ」

 

 検事の発言を無視しながら女王は満面の笑みを浮かべていた。その笑みはまごうことなき心からの発露であった。

 

 彼は・・・やはりいい。

 

 実際”女王”にはもうアリスの見分けがつかない。この時点で彼は”完成”していた。

 

 確かにこれはアリスだ。とても汚らしいが誰よりもアリス然としている。彼女らには存在しない本気が見える。彼は本気でアリスを演じている。

 

 アリスでないからこそ必死にアリスになろうと努力する。元より自身をアリスだと知っている歪な者たちには不可能な芸当。彼ならではの必死の真似事。無我夢中にまだ見ぬアリス像を追及する。与えられただけのアリスの役に胡坐をかく者には到底できない演じ方だ。

 

 ああ、それでいい。やはり運命は道を違えない。目論み通り、女王たる私を楽しませてくれる。

 

 だからこそ少し惜しくもあるが、今更の話か。

 

 

 

 

 

(なんだ・・?)

 

 恋都は女王が本当に笑っていることに驚いていた。感情の機微をまるで見せなかった女王が・・・

 

 女王は代わりのアリスが処刑かな?と冗談交じりに軽口を溢すも変にツボに入ったのか笑いが止まらない。もうあへあへだ。

 

「なに笑ってんのォッ!!あんなのアリスじゃ・・・」

 

「アリスはアリスなのだが?偽アリスちゃん?」

 

「お”っおまえええ!ふざけるなあああ!!」

 

「ふざけているのはおまえなのだが?やだアリス怖いわ」

 

 恋都はそう言い放ちアリス検事の正面までおしとやかに移動しくるりと一回転しスカートの端を持ち上げ会釈する。

 

 唐突に挟まれる挨拶に思わずアリス検事は見惚れ会釈し返すのだが――――恋都は机越しにアリス検事のよく突出した一部分を乱雑に掴む。

 

 むんずと、アリスにはとてもふさわしくない母性の象徴。なぜこんなものがついているんだか。恥を知れ。

 

「―――――ッん」

 

「感じてんじゃねーわよ。なんだその体は。だらしのない馬鹿みたいな体をしやがって・・まるで牝牛じゃない。これがアリスだと?これのどこが少女なのかしらね。乳首を抓ってあげようかしら」

 

「――――イヤぁ!!ふ、ふぅふッ。オ”ェゥッふぅ、ふぅ――ッうるさい!黙れ黙れ黙れ!アリスに触れるなあ”あああ!」

 

 さっきよりも過剰な反応。俺の手を振り払おうと涙目で必死に離れようとするが俺はそれをしっかりと握りしめる。こいつ・・・女だ・・!

 

 ・・・まさか。

 

 いや、やると決めたならば最後までやり遂げよう。これ以上は何も考えるな。不利なのは依然俺の方なのだ。

 

 フィールのままにアリスに徹するのだ。自然体こそアリスに近い。アリスがアリスを疑う筈がない。本物はただ毅然としていればいい。アリス性よ、輝け。俺を導いてくれ!!

 

「イッ―――ッウ”くぅ」

 

「だから、感じてんじゃねーわよ。下品よあなた」

 

 アリス検事は顔は青ざめながらも・・・息が荒い。なんでこいつはこうなった。誰がこうした?

 

 馬鹿みたいに胸元を開いた服を着るな。なんだその服は男を誘うような淫乱なのか。恥も何もかもかなぐり捨ててしまったというのか?服装の乱れは心の現れだろうに。

 

 その防御力の薄さが現状だとなぜ理解しない。

 

 弱点を晒してただで済むと思うな。

 

 少しずつ鮮明になる恋都の記憶、物語の全貌・・・こんな奴がアリスなものかよ。

 

 物語の中のアリスはもっと毅然としたではないか。狂った住人ども相手に感化されることなく純真さを輝かせ自己を主張し続けた。アリスは狂気の世界でも霞む事無く輝いていた!

 

 大人になってしまったアリスなどアリスではない。そうか穢・・・されてしまったのだな。だからそんな姿をしている。成長した姿からオリジナルアリスの変化も見て取れる。きっと彼女は少女のままではいられなかったのだ。それほどまでに追い詰められたのか。こうもキャラクターが崩壊していると見ていられない。早く終わらせてやらないといけない。

 

「―――なに、触らせるんだッッ!」

 

「ウぶッ―――っ」

 

 胸元に突っ込んだ手を引き抜きアリス検事の柔らかな頬を思いっきり平手打ちする。女王はもうずっと笑っている。抑えの利かない笑い声が木霊する。

 

 なんとも理不尽な話だ。胸を掴まれた挙句に殴られるんだ。俺なら相手を殺してるね。

 

 だが意外にも反撃はなかった。

 

 赤くなった頬を抑えジワリと涙が溢れ出る。

 

 今までの態度はどうしたと言わんばかりに女々しく静かに泣いていた。

 

「う、うウ。ひっくッ!」

 

 机に突っ伏しまるで少女のように静かに泣く。必死に声を抑え堪えようとしている。てっきり激怒するとだとばかり思っていたのだが・・・アリスであるお前はここで泣くか。情緒不安定で可哀想な奴。あっさりとアリスの牙城が綻ぶ。

 

 やはりこっちの方向性で攻めるべきか。まともに裁判を行う必要はない。ここまでメンタルに問題があるのならば心を折り続行不能にするまで。無期限の延期という形で事を終えよう。

 

 俺の知っているアリスはもっと強かった。強いはずなんだ。だれがここまでボロボロにした。

 

 こんなのがアリスなものか。

 

「う”ぅあ・・こ、ここで殺さないと、いけないのに。ここで、ここで・・・」

 

「アハハハハ!!おもしろいなあッ!!アリスの泣き顔は可愛いね!!かわいい!」

 

 なにやら興奮気味にバンバンと机を叩き笑う裁判長たる女王。今にも笑い死にしそうな勢いだ。こいつは・・・まじでなんだろうな。帽子屋ともチシャ猫とも違う考えをしている。アリスを救う気はまるでなさそうだ。

 

「お前はアリスなんかじゃない」

 

「ア”リ”ス”た”も”ん”ッ!ア”リ”ス”は”ア”リ”ス”は”―――ッ」

 

「アリスはこんなことで挫けない。諦めない。そもそも・・」

 

 一拍置き再度宣言する。詰めに掛かる。

 

 

「アリスは誰も死んでいない」

 

 

 そもそもおかしな話だ。死人がどうやって犯行を証明する。ここにいるアリスどもはなんだ。どう見てもアリスは生きているではないか。死人は初めから存在しない。

 

「被告が大量に殺したアリスとやらは何処にいる?皆今も元気に騒いでいるじゃない。元気に石を投げているわ」

 

「そ”れ”は”、ここに、い”る”みんな”魂”を分割した分”体”で・・・」

 

「よくわからないことを、抜かさないでッ」

 

 恋都はアリス検事の背後に回りそのまま服に手をかけエプロンドレスのエプロン部分だけを引き裂きアリスの特徴を奪う。

 

 個性を消しこの場におけるアリスらしさの比重を偏らせる。俺の方がよっぽどアリスだ。やはり何でも着こなしてしまうのか。実にアリスだな俺。

 

 ・・・・どういうことだ・・・なぜ誰も俺に追いつけない??

 

「い”や”、や”め”て”ェッ!」

 

「じゃあ今は死んでいるの?―――――知っている?死人は喋らないし動かない。つまり被告は誰も殺してはいないということ。自ら証明してしまったわねぇ。ほら真なるアリスのハンカチよ。その汚い面を優しいアリスが拭ってあげるね。哀れみのサービスポイントよ」

 

 恋都は丁寧にアリス検事の血や涙で塗れた顔を拭う。

 

 分体がどうとかよくわからんしどうだっていい。事実確認の上で証明できなければそれでよい。死人の数も関係なし。

 

「本”人”が殺”さ”れ”た”って”言って”いるん”だよお”お”お”お”お”信”じて”よ”お”お”お”」

 

 きっとそうなんだろうなと優しく丁寧に如何にも高級なシルクのハンカチで顔を拭く。でもその発言はおかしくないか?

 

 偽物どもはともかくオリジナルアリスを主張するならお前だけは絶対に死なないだろ。ヨルムの不死者よりも不死者していた発言と矛盾する。

 

 現状を報告するならばこの場の肯定者はお前だけだ。あの発言がよくなかったのか傍聴席からやたらと検事にも石が飛ぶ。

 

 被告たるゲームマスターは罪を否定するだろうし裁判長は立場上中立を貫く。俺とアリス検事の一言で先ほどから猿の様に騒ぎ立てるアリスもどき、賛同者である傍聴人石投げアリスはどこまでいっても傍聴人。いくら騒いでも裁判に影響はない。しょせん奴らは舞台に上がれない日陰者だ。愚鈍な大衆に期待してはいけない。自ら動かねばアリス足り得ない。冒険せねば俺の狂った主張を打倒できない。その牙すらも折られてしまったのか?

 

「みっともない偽物め、アリスは嘘をつかないし、みっともなく叫ばない。本物たるアリスがアリスを主張する。私のほうがきっとアリスにふさわしい」

 

 ほら、早く反論しろ。自己を主張せねば無個性なアリスどもと一緒に埋もれるばかりだぞ。そんなアリス解釈違いだ。あってはならない。頼むからその足で再起してくれ!

 

「さて大変なことになってきました。なんだか裁判長にもどっちがアリスなのかわからなくなってきましたし、とりあえず君が一号でこっちが二号でいいかな」

 

(えぇ・・?)

 

 ・・・女王がなんか乗って来た。狙いは分からないが裁判長は中立の割にアリスに対し加虐的だ。憎悪ともまた違う薄暗い感情を抱えている。これは・・・愉悦か。夢の住人ってどいつもこいつも癖があり過ぎる。

 

「アリスは二号じゃないもんッ!アリスは・・アリスこそがぁぁぁ」

 

「そう言っても二人ともよく似てて見分けがつかないや。さてそろそろ判決を言い渡したいのだけれども・・・埒が明かないね。証明方法があればいいんだけどねー」

 

「ありますよっとアリス一号は主張する」

 

 ここまでとてもいい流れだ。やはり主導権を握るのは気持ちがいい。手さぐりでここまで来たがそろそろチェックメイトといこう。ようやくここまで漕ぎ着けた。いつまでもこんな馬鹿みたいな格好していられない。

 

 そう、一つだけ被害者である証明方法がある。とても簡単で誰にでも思いつくなんてことのない証明。

 

「今ここで死ねばいい」

 

「―――え」

 

「ん~?」

 

 間の抜けた声が空しく響く。反響する傍聴人の怒声が俺を襲うもアリス検事の目をしっかりと見据える。

 

 ここで気にすべきは女王の反応だ。先ほどと一転して目が笑っていない。裁判長の立場としては流石に死は許容しないか。勝手に動く駒は嫌いなのか?

 

 安心しろ。俺は手を出さない。

 

「アリス一号は二号に死を求める!」

 

 そう俺には関係ない。だが俺を都合のいい駒と扱った代償は受けてもらう。

 

 

 そう、決断するのはアリスなのだから。

 

 

 

 

 そもそもの疑問。

 

 恋都はずっとそれについて考えていた。

 

 なぜ裁判なんて回りくどい形式をとる?そもそもこの裁判の意義はなんだ?正統性の主張か?

 

 そんなことしなくても夢の住人ならば現実世界の人間たるゲームマスターを殺すことは容易だろうに。それこそ星と星でもぶつければ謎の補正を受ける住人以外は容易く死にもするだろう。

 

 形式に拘るなら何かしらの目的があるはずだ。俺の参入だって計画の内。処刑する必要のないイグナイツは俺を釣るエサだった。

 

 もしや女王はテリトリー外で俺が自由に動くことを嫌ったのか・・・?

 

 俺がいることでどんな変化があるというのだ。きっとこの裁判の結果の果てで何かが起こる。物語を知る俺だからこそできる何かが。女王はそれを知っている。

 

 だからこちらで機先を制す。イレギュラーを起こして思惑を潰せばいい。ここに至るまで考えていたことだが、大人の姿で現れたアリスの魂を見て考えが形になった。いやなってしまった。

 

 ここまで強い思いを抱いたことがあっただろうか。失望と憐れみの混じった感情。アリスの現状を憂うのもきっと俺は”不思議の国のアリス”という物語が好きだったのだろう。だからあんな弱いアリスが現れて俺はそれは違うだろとアリスならばと攻撃していたのか。俺のような異物如きに打倒されるなどあってはならない。

 

 もういい。わざわざ物語を終結させるのは回りくどい。すぐにでも解放してやるべきだ。夢の住人はもうなにもアリスに背負わせるべきではない。もはやアリスは何処にも存在しない。

 

 ここにいるのはただの亡霊だ。

 

 アリスはもうがんばるな・・・休んでしまえ。

 

 死んでもこの世界じゃ死にならない。どうせゾンビにでもなって復活とか突拍子もない形で蘇るのだ。それが出来てしまう。

 

 帽子屋と同じ、いやそれよりも上位の存在たる創造主ならば絶対に死なない。だがもし、復活しなければ・・・やはり吊られたアリスと同じ偽物だ。真なる幻想ではない。

 

「出来損ないとどう違うのか証明するには死ぬしかないわ。アリスは死なないのよね?だったら一度死ぬくらい簡単。死体を晒して己がアリスだと叫んでみせろよ」

 

「え、あ、うぅ」

 

「アリスにはできる。ほら見るのよ・・見ろ・・・おい、こっちを見ろォッ!!!」

 

 ガンッッ!!

 

 宣言と共に俺は自身の頭を机の角に叩きつける。体が頑丈すぎて即死出来ないため、何度も何度もアリス検事の前で頭を打ち据える。血や脳漿が跳ねアリスは顔に浴びる。アリスは呆然と見ているしかない。

 

 目の前で機械的に頭を砕き遂には脳みそを流し沈黙する男の姿にアリスは恐れを感じそこから離れようと一歩引こうとする。

 

 それは無意識な情動。わけもわからず体が勝手に恐れに靡いていた。

 

 がしり、と。

 

 そこで伸びてきた手に腕を掴まれ阻まれる。机越しに頭を真っ赤に染めた男の血走った瞳が見据えていた。

 

「――ッアリスは、アリスを証明したぞぉ。次はお前の番だ。その上でゲームマスターの犯行を主張するならアリスはお前がアリスだとを信じてやる。誰が何と言おうとアリスはアリスの味方だ。アリスたちはこんなにもお揃いだもの。だから・・・」

 

 

 ――――早く死んでくれ。

 

 

 恋都は掴んだアリス検事の手の温かさからやはり死人だとはとても思えなかった。

 

 これは生者の熱だ。

 

 アリスの心臓が鼓動していたのは先ほど確認済みだ。現実のアリスが実際どのような状態か知らないが、夢の中でのこいつは間違いなく生きている。死者を語るには余りにも遠く縁のない熱を持っている。

 

 偽物とは違い本物ならば死なない。心臓が止まっても本物なら動ける。そういう無敵な存在だといろいろな奴から聞いている。俺にこいつこそが本物のアリスだといい加減確信させてくれ。そうすれば存分に手助けができる。

 

 永い沈黙。

 

 アリス検事は息を飲むや、ぎこちなく頷いた。

 

「わ、わかった。やる、やるよ。アリスはやるよォッ」

 

「――――――おいやめろ」

 

「黙って見てろよ部外者が。大丈夫、アリスならできるよ」

 

 女王が静止を呼び掛ける。裁判長の立ち位置も所詮は中立。ここで直接止めることはできない、か。

 

 ・・・ようやく確信した。

 

 夢の住人はどいつもこいつも己の役割から大きく逸脱した行為は行えない。解釈次第である程度の自由は効くようだが、とりわけアリスに関しては事情が異なる。

 

 誰しもがこの世界を作り上げ神たるアリスに過度な干渉を行えない。アリスが夢の住人に救済されないのがいい証拠だ。だからこそ現実世界から物語に関係の無い俺を連れてきた。アリスを殺害するためには不純物が必要だったのだ。

 

 そして、やたらと”俺”にアリスを殺させようとする。そこに何かがある。

 

 これはまさに一つの”舞台劇”だ。

 

 俺の投入は決められた役割間の中に飛び入りで観客を参加させるようなもの。アドリブが許されるのはこの世界の中心たるアリスと部外者のみ。

 

 型に囚われない無形だからこそ許される振る舞い。それでもある程度は物語の踏襲しなくてはいけないのは舞台上でしか俺がアリスを殺せないからだろう。渡された脚本が無くとも空気は読まねばならない。物語では描写されない幕間では恐らくアリスは無敵。これが物語ならば主人公たるアリスの死は周知されるべき出来事だ。舞台裏で密かに行われるイベントではない。公然にライトアップされた舞台で殺してみせるしかない。主役の殺害という重要なイベントは舞台裏で行われるべき行為ではない。

 

 そこで逆に女王は敢えて舞台に引き込みつつも俺たちに都合の悪い配役を与え殺害を妨害できる立ち位置を得た。それは舞台上でも俺を封殺するためにだ。だからわざわざ弁護人の役を与え俺の動きを制限した。

 

 だが残念、俺によるシナリオ変更で物語は検事たるアリスが自殺し事件が迷宮入りするだけのつまらない演目と化した。

 

 敢えてアリスを舞台に引き込み安全圏に逃がしたつもりだろうがそうはいかない。法と秩序の庭では確かに暴力は振るえない。それを理由に支配者である女王が妨害してくる。他殺ならば立場を利用し公平さの元に阻害できただろうが・・・・自殺ならば妨害のしようもない。

 

 実際俺は死んで見せた。アリスがその気になった今、声を挙げても遅い。女王の反応から自殺は恐らく有効。住人では神たるアリスの決定を覆すことはできない。邪魔も出来ない。神託は下された。そこでじっと世界が終わる瞬間を眺めていればいい。それで全部終わりだ。

 

 

「う、ぎ―――カハッ」

 

 自分で自分の首を絞めるアリス。親指で喉を抑えつける。膝を折りポロポロと涙を流しながら祈るような姿勢で絞殺を試みる。顔は次第に赤らみ今にも首が折れそうなほどに力を籠める。

 

 とても、見てられない。

 

 俺が聖剣を渡せばいい話だがきっとそれではだめだ。自殺教唆で付け入る隙を生みかねない。大事なのは正統なる手順だ。証明に必要だからと形式に則って死を要求したのとは訳が違う。

 

 思惑通りに事は終わらせない。夢の住人の狙い通りに俺が殺すのではだめだ。俺が殺すことで生じる結果を防ぐためにもアリス自身の力をもって自殺してもらうしかない。俺が殺すことで発生する責任は受け付けない。

 

 

「―――う、うぅ。ぁ―――ぅ」

 

 アリスの姿は余りにも弱弱しく震えていた。俺は一心に早く終われと願い続けた。

 

 儚くも美しい花弁が・・・・・・ここで散ろうとしていた。

 

 

 

 

「ぃ、や」

 

「いや、いあやだ!死にたくない!死にたくないいいいい!」

 

 アリスは泣き叫び、心の底から心情が吐露けていく。

 

「みんなアリスをいじめる!なんでこんなことするの?痛いのも辛いのも嫌だあああ!アリスは、アリスはお家に帰りたいよぉぉぉぉッ」

 

 恋都の足に縋りつくアリス。その力は貧弱で簡単に振りほどけてしまうだろう。

 

「ここはすごく・・寒いよ。寂しいよぉ。なんでもするから・・アリスを助けてぇ」

 

「いや無理」

 

 アリスの頭を撫でつつもやんわりと否定するが、俺は助けを求められ酷く動揺していた。

 

 どういうことか他人事には感じられない。やたらと心に抉り込む。罪悪感では無いのは確かだがこれはどういうことなのか。やはり俺にとってこいつは普通の存在じゃない。どんな繋がりがあるというのだ。

 

 つい言葉が零れ落ちる。

 

「そんなに嫌だったらもう眠ればいい。これは全部悪い夢なんだ。次に目が覚めた時には全て元通りだ」

 

「本当?」

 

「―――ああ・・そのためにここまで俺を呼んだんだろ。だって俺、アリスで不死者で勇者なんだぜ」

 

「・・・そっ・・かぁ」

 

 

 

 

 アリスは急に重くなった瞼が視界を黒く染め上げる。この匂い、なんだろうか。まるで”お母さん”の・・・ああ、そうか。

 

 そういうことだったんだ。アリスは・・・やっと・・救われたんだ・・・・だったら今、”これ”を返す・・ね・・

 

 あり得ない仄かな匂い。帰郷すべき終着点を捉えながらアリスは静かに沈黙した。永き役割から解放された。

 

 願いは人知れず”継承”される。

 

 

 

 

 

 

 

 恋都は完全に眠りに堕ちたアリスをそっと地面に下す。その寝顔は安らぎに満ちている。

 

(・・・・・・・・)

 

 なぜ・・俺は安心しているのだろうか。アリスは体ばかり成長しているが中身は子供そのもの。運命に振り回され無力なまま眠った。夢から覚めれば全てが悪い夢だったと願って。

 

 結局本物か偽物かもわからなかったが・・・・死を怖がる姿は生物として当たり前の本能だ。ある意味、その在り方に本物を見た。俺だって理由が無ければ死にたくない。痛いし苦しいのだ。

 

 

 検事役が意識を失ったことで裁判はもう続行不可能。これで一応の目的は達成された。裁判さえ中断に追い込めばどうにでもなる。俺は最初からアリスの死にこだわりは無いし救済の義務も無い。はっきり言ってもう関わりたくない。住民の思惑通りに殺したくない。少なくとも自殺と言う逃れる術は教えた。助けを乞われても困る。本来・・・俺だって助けられる側の人間だ。こんな異世界に放り出された迷子だ。夢の住人は俺に殺しを強要するな。責任を押し付けるな。

 

 ああ、そうだ・・・俺にはアリスの生死は関係ない。このままずっと眠ってさえいれば悪夢を見ることは無い。二度と起きてくれるな・・・停滞こそが一番の救いだ。

 

 改めて裁判長に問いかける。

 

「さて、これで罪を主張する者はいなくなったな。この場合裁判はどうなる?」

 

「まさかなぁこんな・・・いや、いいよ。裁判は続行不能だ。これで終わりとするよ」

 

「じゃあそいつは俺が預からせてもらうぞ」

 

 少なくとも裁判は予定通り中断に追い込んだ。イグナイツは助かった。今はそれで良しとする。それにしても・・・

 

「なんだその姿」

 

「ああ、これ?随分と荒んでるでしょ」

 

(荒んでいる?どういう意味だ??)

 

 女王は子供の姿から大人の姿へと変貌を遂げていた。瞬きした瞬間には輪郭すら変わっているのだから驚く。まあこの世界じゃ普通のことなのか・・な?

 

「なんで急に大人になった」

 

「でしょでしょ。二つの姿なんて必要ないのにどうしてこんなものを用意するのか。余計な事をしてくれるよねぇ」

 

「・・・?」

 

「あ、別に理解しなくてもいいから。ただの八つ当たりだよ」

 

 それにしては言葉に感情が籠っている気がする。やはりよくわからんな。

 

 恋都は裁判長に有無も言わせずにイグナイツを固定したギロチン台まで近づき聖剣で器用に拘束部分を断ち切り解放する。傾くイグナイツの体を支えるがなんと弱弱しいことか。いつもの覇気をまるで感じられない。

 

 だが、この重みこそが勝利の証なんだ。俺は・・・・勝ったんだ。

 

 

 遅れながらの勝利の実感を噛みしめる恋都の背後から女王が呼び掛ける。

 

「これからどうするつもり?まさかこのまま終わりじゃないよね。勝負の決着も付けずに中断なんてさ~本当にアリスを殺さないの?」

 

「・・終わりも何も予定通りこのまま真のエンディング直行だが?それが正道だろ。俺に殺させたがっている奴の思惑には乗らない。あんただってアリスが死ぬのはごめんだろ?」

 

 少なくとも女王はアリスの死を望んでいない。立ち回りから一目瞭然だ。

 

「・・・それで本当にアリスは救済されるのかな?それはどんなエンディングだい?教えてくれないかい」

 

「なにって、このまま物語を進めるだけだ」

 

 それが物語のあるべき姿だろうがと恋都は見やるが女王は怪訝な顔をする。

 

「――――――はぁ。次もなにも・・・物語はここで終点だよ」

 

「何を言っている?そんなはずが・・・もっとなんかあっただろ、まだ・・そうスポーツとか」

 

 

「・・・・なーんだ。本当に何も知らないのか。じゃあアリスの自殺云々は脅しやはったりじゃなくて流れ次第では本気で見殺しにするつもりだったんだ。自分が何をすべきか聞いていたからそれを回避するためにアリスに自殺させようとしたんだね。いやぁ勘違い勘違い!テヘッ☆―――結局はいっしょじゃん。アドリブは嫌いだな」

 

 

 赤の女王が何を言っているのか理解ができなかった。でもそれはきっと重要なことで、不安を胸に疑念を言葉にしようとした時、強い衝撃が恋都の腹部を襲う。

 

「ゴブッ!!な”ん・・」

 

 恋都の口内から吐き出される血液。腹に何かが突き刺さっていた。

 

 

「いやあ、すごいすごい。ありがとう。本当に・・・不死者って愚かだよなあァッ」

 

 

 腹から突き出た赤い突起物。それはゆっくりと引き抜かれ恋都は力任せに大地にかなぐり捨てられる。

 

 突然のイグナイツからの一撃にどこか納得しつつも、驚きは隠せない。

 

「あはあははハハッ!臭い茶番だったわ」

 

「か、ハァ、あぐうッ。イグナイ、ツッ!」

 

「いろいろ想定とは違う過程だったが、貴様のお陰で次の番が来た。あ り が と う」

 

 胸を抑えながらもイグナイツを睨め付ける。明らかな体の不調。おかしい。傷が塞がらない。流れ出る赤い滴が広がっていくのを見ているしかなかった。

 

「この体は実にいい。流石は奴の最高傑作。次のアリスの”器”として完璧だ。不死者であろうと殺せちゃう!これが、神の力、アッヒャヒャヒャヒャヒャッッ!」

 

「こ、いつ」

 

「裁判が中断した時点で貴様は用済みだ。この日をどれほど待ったか・・貴様はよくやったよ。最初から最後まで思い通りに行き過ぎて、ウクッひひ!もう死んじまえよ」

 

 

 ――――――こいつは、ダレダ。

 

 

 イグナイツなのにイグナイツじゃない。まるで別人。いつも漂わせていた不穏気で儚い雰囲気が感じられない。こいつ、まだあの時からずっと狂ったままなのかッ。

 

 遂に意識も薄れかけ倒れ伏す。血を流し過ぎた、このままでは死んでしまう。久しく感じる本物の死が俺をどこかへと誘おうとしていた。そこへイグナイツの止めの追撃が伸びる。

 

 

「裁判長の名のもとに新たな命を下す。弁護人は神聖な法廷を侮辱したとし弁護人の資格をはく奪。直ちにこの場から退場せよ」

 

 

 女王より凛とした宣言が発令される。突然生まれた穴に飲まれ恋都は姿を消した。イグナイツは眉を顰め血で染められた手を舐める。

 

 

 

「はあ~なに邪魔してくれてるの。せっかくこの力を試したかったのに。不死者は絶好の相手だろう」

 

「別にいいじゃーん。ただの慈悲だよ。それにどうせもう死ぬ。さっさと本題に入るべきだと思うけどなー。寄り道しすぎだってー」

 

「ふーん、まあいいけど」

 

 興味を失ったのか浮ついた足取りで拘束されたゲームマスターの元へと近寄る。驚愕に満ちた顔を浮かべるゲームマスターには満面の笑顔を浮かべるイグナイツの顔が見えていいる事だろう。

 

 嗜虐性を綻ばせ今にも爆発しそうな爆弾のようであった。爆発までのカウントダウンが表情から読み取れてしまう。

 

「あっはははは!なんだその顔!いいざまだ。これではゲームマスター失格だなぁ。グリム=ロード188ッ」

 

 予想外の一言に思わず今まで沈黙していたゲームマスターは叫ぶ。

 

「馬鹿な・・・・なぜその名を知っているッ??貴様はいったい・・・?」

 

「やはりただ殺すのでは意味がない。誰に殺されるのかちゃんと認識してもらわないとこの胸の内で熟成した900年の思いが破裂しそうで。ああ、ああッ!永かった!永かったよおおおおおおお!」

 

 

 900年・・・だと。

 

 グリムと呼ばれた男の中で次第に答えが導かれる。この名を知る時点で答えは出ているようなもの。多くの者から恨みを買う行為をたくさんしてきたが故に今回の騒動の主犯の最有力候補は自然と勇者アリスだとばかり。まさかここで新たなる候補者が浮上するとは思ってもいなかったのだ。

 

 そうこいつは・・・

 

「ああそうだ。私の名はクリムゾン=ロード207。裏切者の元同胞グリムを処分し使命を全うするために舞い戻ってきてやったのさぁ!アハハハハハハハハッッッ!」

 

 因果は舞い戻る。地の底から隙間を広げ身を乗り上げて。

 

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