オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第52話 最高戦力

 

 ――――――――――Side/グリム

 

 グリムにとってあり得ないことが起こってしまった。もはや何度目かと問いたくなる異常事態。目の前にいるのはかつてこの手で殺したはずの同胞。

 

 とうの昔に念入りに分子レベルで丁寧に分解したはずのお前がなぜ今を生きている。

 

「クリムゾンが生きていることがそんなに不思議なの?魂ってのはおもしろいよねぇ。グリムに殺された時は流石に死んだと思ったよ。クリムゾンは尊敬していた者に裏切られて酷く傷ついた。でもさあ、気が付いたらこの世界にいた。ちょうどそこの女に拾い上げられたらしくてね、利害の一致でこうして協力し合っている。ずっとずっとずううううっと霊体になってお前たちの臭い茶番劇は見てたよ」

 

 こちらの行動は全部筒抜け。死んでからもずっと監視していたのか。

 

「家族ごっこは楽しかった?クリムゾンは反吐が出たよ。使命も忘れ900年も無駄な時間を過ごすグリムの姿が情けなくてたまらなかった。いったい・・・・何をやってるんだよおおおおおおお!!もおおおおおおおお!!」

 

 クリムゾンは使命を放棄したグリムを責め立てる。

 

 娘の姿で私を罵るか。

 

 

 懸念事項はまだある。神性が娘の体から発生している。

 

 本当にアリスの力を継承したとなると非常にまずい。力の乱れは安定していないようだが、まだ完全ではないはず。この時点で果たしてどれぐらいのことが可能なんだ・・・

 

「グリムは変わってしまった。あの頃のグリムはもっと、もっともっとッッ眩しかったのにッ!!・・・もう消えればいい。今のクリムゾンなら”あれ”を再現してみせる。それですべて終わりだ。この世界に蔓延るゴミ虫どもを一人残らず皆殺しにしてくれる。クリムゾンが一番乗りなんだッ!!だからさ、美しい思い出と共に消えろおおおおおお!」

 

 突き出した手の先から光が迸る。計り知れない力の凝縮。このまま死ぬのは誰の目から見ても明らかだ。

 

 グリムが足掻こうにも想術は処刑台の枷で封じられ体に力が入らない。このままでは私が恐れた結末を迎えることになる。いったい何のためにA種の研究を続けてきたと思っている。愛しき我が娘の為により多くを犠牲にしてきたのだろうが。

 

 このまま奴に力を行使させるのは危険だ。本当に娘が覚醒してしまう。これ以上戦わせてはいけない。

 

 

 だからこそ――――――切り札を使う。

 

 

「裏切者はああああ死んで詫びて後悔しろおおおおおおおおおッ!!」

 

「セイランンンンンンッ!!私を助けろおおおおおおおおお―――ッ!!!!」

 

 これまでの人生でここまで叫んだことがあっただろうか。いるかもわからない相手に対しグリムは腹の底からただ叫ぶ。

 

 確信などどこにもない。だがこれまでの実績が信頼へと繫がる。

 

 来たれ我が最強の駒よ。剣聖たるその在り処を晒せ。

 

 これまでセイランは私の期待を大きく超えてきたじゃないか。恥も外聞もなくここまでできるのもそれほどまでに私が信頼していることの裏付けに他ならない。

 

 なんせ彼女はB種最高傑作。いや、もはやB種の枠を超えた番外の存在。

 

 セイランは必ず来る――――――

 

 想いは馳せ黒い風と凪ぐ。

 

 一筋の黒い光が境界を越え、雑踏とした血なまぐさい少女たちの中から現出する。

 

 

 ―――――祈りにも似た願いはすぐ傍に佇んでいた。

 

 

「了 解ッ!」

 

 

 クリムゾンから放たれた光の奔流は真っ二つに裂かれイグナイツの突き出した腕ごと切り裂き世界に亀裂を残した。

 

 時が止まったのかと錯覚するほどに静かな鳴動。直後に発生した余波たる衝撃に吹き飛ぶ観衆たち。空から堕ち行く忌み子の雨に気にすることなく鬱陶しそうな視線をクリムゾンは乱入者に浴びせる。

 

「宣言の公布、罪人は内なる刃に咎を受け入れる。―――強制執・・て、あらまあ」

 

 女王の言葉に反応し私の頭上から落下するギロチンの刃。これにグリムは拘束具に抵抗しようとするも枷に力を籠めるといともたやすく外れてしまう。

 

 いや、違う・・すでに処刑台はその機能をまっとうできないほどにセイランの斬撃でバラバラに損壊していた。いつ、切り刻んだのだろうか。まるでわからなかった。

 

 グリムは久しぶりの解放感に身をやつす。手足に受けた拷問による傷は深いがこれから戦う分には問題ない。

 

「よくやったよ、ああ――――よくやったッ!最高だ!それでこその剣聖だ!」

 

「ご無事で何よりですマスター。その名に恥じぬ働きができ私も鼻が高いです。ちゃんと間に合ってよかった。よくやった私、今日も偉い!」

 

「ハハハハハハハハ!ああ本当に偉いよッ!偉い偉い偉いッッ!・・・・クリムゾン!!短い天下だったな。貴様じゃ無理だ。あの時聞けなかった遺言を聞いてやる」

 

 黒く長い刀身の刀を構えるクリムゾンと対面するセイラン。敵に怖気づくことなく普段通りの佇まい。いつだって彼女は強者の頂に君臨していた。

 

 セイランを中心に周囲は爆撃されたかの如き惨状を形成され裁判所は壊滅していた。黒殖白亜最強は伊達ではない。流石は私の最強の駒。

 

 

 

「なんだこいつ。呆れた。ここまで強かったのか―――そうまで邪魔するか」

 

「手を貸そうかー?そいつ・・・・強いよ」

 

 あの女王すらもそう評すとはこれは相当だなと、クリムゾンは笑う。知っているのと、実際に対面するのではまるで違う。クリムゾンですら首筋に剣を添えられている錯覚を覚える。

 

 だが・・・

 

「それこそ冗談。この世界に置いて神の如き存在まで上り詰めようとしているのだぞ・・・優勢なのは依然ッ変わりはしない、何もなあッ!!」

 

 クリムゾンは喜びが抑えられないとばかりに口の端が裂ける。娘のそんな面を見せられグリムは眉を顰める。こうも表情に出す人じゃなかったのに、本当に変わってしまったのだな・・・・グリム・・・

 

 

 

 

(こいつ、正気なのか?)

 

 グリムは相手の余裕に疑問を呈す。クリムゾンだってセイランの情報は知っているはず。セイランの強さは私でも測りかねる底知れなさの坩堝そのもの。A種を正面から純粋な剣術で圧倒するのはコイツだけだ。

 

 そもそも真っ向から対峙した時点でもうクリムゾンは終わっている。”特攻”と称される意味不明な指向性を持った特異なる動作を起点とした妙技。

 

 ”一文字”に”影喰み”といい、解明の為に費やした時間と労力は無駄となったが私が思うに”特攻”とは限定的な個人の象徴を特異点として世界に抽出しているのだ。発動してしまえば一連の動作が完結するまであらゆる事象を差し置き優先され強制完遂する。一度始まれば決して止まらない。一連の動作は全てが始まりであり終わり。

 

 やはり特異点と評するに相応しい理解不能な事象。誰から見ても個人が所有できるキャパを超えている。

 

 

「初手より奥義で仕り我が一撃に二ノ太刀は無用。名も知れぬ敵性よ。覚悟は必要ない、一応に逝け」

 

 つまりセイランが刀を上段に構えた瞬間奴は死ぬ。一文字は何もかも断ち切る。不死性も魂も異能も神性もセイランの前では平らな地平線でしかない。何者からもから無縁となり孤独を強いられる。なんであろうと障害になりえない。

 

 当たれば死ぬ一撃、痛いでは済まされないのだぞ・・・それをなぜ・・・

 

「・・本当にグリムは変わってしまったんだね。昔の君は誰もが恐れ敬う程キレキレだったのに。外界に毒されたか―――よくも憧れを裏切ってくれた」

 

「知るか鬱陶しい。一方的に好き放題言うな。そんな女だとは思わなかったよ。失望した。勝手についてきたのは貴様だろ。選んだのは貴様だ。それに何もわかっていない。人類なんか滅ぼして何になる」

 

「・・・・・・・・・・・・やっぱりわかっていたけど、グリムはもうクリムゾンが知るあなたではないのね。そんなセリフ、聞きたくなかった。使命も忘れ個人の享楽の為に主義主張を通そうなどと、裏切者め裏切者め」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

「万能に溢れる今のクリムゾンが答えを間違えるものか!グリムは娘に殺される。どうしようもないほどに変わらない事実。屈辱と共に地獄を見せてやる」

 

 いよいよ来るのかと身構える。でも、どこにも負ける要素はない。

 

 セイランの一文字は先手を取られようともこちらが必ずその上をとってしまう理不尽の塊。速さも時間も関係ない。刀を構えたセイランの前では全てが空漠なる無へと果てる。

 

 当然、上段への移行を阻害されないように対策も講じている。私もサポートする。どう足掻いても止められない。

 

 グリムは不敵に笑い確定した行く末を見守る。

 

 だが、クリムゾンも笑っていた。そんな考えなどお見通しだと言わんばかりに。

 

 

「―――――セイラン、血の盟約に連なりしクリムゾンに従え」

 

 

 ・・・・・グリムは呆れて笑いが込み上げそうだった。確かにB種は創造主であるゲームマスターに完全服従だ。

 

 残念ながら娘はゲームマスターの性質は受け継いでいない。クリムゾンがマスターであったのも過去の話。元となる肉体が無ければなんら意味がない宣言。

 

 そのはずだった――――――

 

「マ、マスター・・・お逃げくださいっ」

 

「セイラン・・?どうした、なぜ構えを解く!?」

 

 明らかな異変。セイランの表情が曇りギギギと錆び付いた動作で構えが解かれる。その動作はまるで何かに抵抗するかの如き面持ち。

 

 この反応は・・・まさか・・・!

 

「あり得ない!その肉体で上位者コードを保有しているはずがないッ!何をしたッッ!?」

 

「何か勘違いしてやいない?クリムゾンはただお願いしただけ。アリスから縁遠い末席の存在だとしてもB種にはアリスの血が流れている。新時代の”アリスの役”を継承する者の命令を聞くのは当然の摂理であろうがよ」

 

 言っている意味は分からないがセイランが完全に機能停止したことは現実に他ならない。

 

 グリムの喉がひりつく。下手すればセイランの凶刃が自身に向く。

 

「・・・でもなんでだろなあ。素晴らしきはゲームマスターの証。まさかこちらの支配力に抵抗してみせるのか。駒にはならないか残念・・・クリムゾンも剣聖が欲しかったのに。いいや、これで妥協しよう。これでもうグリムを守る者はいないのだから。完全に掌握した神の如きクリムゾンにその模倣でしかない想術がどれほど通用するかなぁ。ねえ、通用するのかなああぁぁぁぁ?」

 

 どうやら、命令権は拮抗たようでグリムは命拾いした。そう、ただ拾った命も少し伸びただけだ。

 

「クリムゾン・・・・ッ」

 

 そうかそうだったのか。クリムゾンの言葉の意にグリムは気が付いた。

 

 この茶番めいた裁判の意味をようやく理解したのだ。これも一つの儀式。法廷で誰もがアリスの心をへし折ろうとしていたしたのも、全てはオリジナルアリスの魂を屈服させ力を沈黙させるため。

 

 私の処刑場?とんでもないここはアリスの処刑場だったのか。

 

 そして恐らくは協力者であろう、アリスの心を見事に堕とした演技派な謎の男も斬り捨てられた。

 

 順当に、次は私の番か。

 

 クリムゾンの心情に引っ張られるように空が赤く染まっていく。ゲームマスターたる所以。根底に根差す我らが”想術”では到底不可能な規模の改変規模。

 

 増幅したアリスの今の異能ならば可能。とうの昔から手に負えなくなったオリジナルアリスの異能はもはや神の領域まで行き付いていたか。

 

 これでは神そのものではないか。

 

 空には巨大な月。大地と触れてしまいそうだと懸念するほどに、世界はこんなにも紅いのだ。

 

 グリムは絶体絶命だった。

 

 力量を見誤った。いや、理解を超えていた。神を自称するだけのことはあった。グリムは歯噛みする。

 

 頼りのセイランは機能せず、置物と化した。

 

 血による支配。つまり私がこれまで築き上げた戦力の殆どはクリムゾンの前では無意味となる。そのすべてがアリスの血によって連なっている。

 

 何よりも制する者とはクリムゾンのことであった。完全なるオリジナルの後継たる次代のアリス。

 

 アリスの異能を完全に制御したのならこれぐらいのことはできて当然か。今まで誤魔化してきたがもう限界だ。

 

 クリムゾンは自身の体から流出される神性を隠そうともしない。完全に娘は器として、完全なるアリスとして君臨してしまったのか?

 

 身震いがする。娘との思い出が走馬灯のように流れる。

 

 娘との時間は私には本来あるはずの無い体験を与えてくれた。それ故に怒りが湧いてくる。見ろあの顔を。なんと醜悪なものか。娘はあんなふうに笑ったりなどしない。

 

 ・・・・娘の魂はどうなった?もうこの世にいないのか?

 

 どれだけ神秘耐性を持ち得ようと純然たる神性を前に自己を保てるはずがない。

 

 死んで・・しまったというのか・・・・・

 

 自然と拳が強く、強く握りしめられた。

 

「――――――殺してやる」

 

「クリムゾンも、あの時はそういう気持ちだったよ。ようやく痛みを共有できて嬉しいな」

 

 世界が揺り動く。ねめつける二つの視線は交差し次第に捻じり狂い赤き世界を捩じ切ろうとしていた。

 

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