オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第54話 洗脳解除?

 

 更に時間は遡る。

 

 グレイズたちが強制的に裁判所を追い出されてからのこと。

 

 城の中をさまようグレイス達。それにしては先頭を歩む先生の脚には迷いが見られないのはどういうことなのか。

 

「先生、戻らなくてよかったのでしょうか――――」

 

「あの場にいたとしてももう何もできませんよ。あれは勇者をはめるための罠。我々まで巻き込まれるては堪りません」

 

 

 

 クラウンはグレイズの不安を異能で読み取りそう付け加える。勿論、本心は違う。

 

 裁判所でクラウンは女王から異能の干渉を受けたのだ。

 

 クラウンの異能に干渉してきた件からあの女王が人外なのは間違いない。それも高次の存在。アリスの関係者ってだけで脳内で関わるな、引けと警告する。異能が通じない時点であれらを敵に回すのは得策ではない。

 

 なにより、処刑台にかけられた人物はゲームマスター本人。あれで死んでくれるのならば好都合だと言うもの。

 

『脱出したければ猫を探せ』

 

 女王より警告と共に伝えられた情報。僅かに読み取れたログいや・・・与えられたか。

 

 女王はどうにもここか我々が消える事を望んでいるようにも受け取れた。アリスの力により産まれた眷属との敵対など正気の沙汰ではない。ここは奴らの領域なのだぞ。

 

 すでに女王の計画は動き始めた。それに掛かりきりの間であればこちらにまで手は出してこない。あんな騒動に巻き込まれるのは悪夢でしかない。一刻も早く脱出するしかないのだ。

 

 悪いが勇者様にはここで私たちを守っていただく。彼はこの世界における主役であり哀れな子羊だ。あれほどの存在に目を付けられた時点で運が無かったとしかいいようのない。

 

 せめて彼が”勇者”たらんことを願うしかない。

 

「・・・・・・おや」

 

 【探知】に反応有り。前方のカーブを描いた通路の先から何者かが向かって来る。

 

 ・・・おまけにこの反応。よくないものが現れたと勘が囁く。

 

 静かに身構えるクラウンを見てか剣呑な空気を察しグレイスも剣を抜く。アリスジョーカーは相も変わらずふらふらしている。

 

 まとまりなく待っていると、弧を描く通路の先から現れたのは・・・獣人であった。

 

 勢いよくこちらに翔ける獣人の剣幕に警戒する二人。まさか猫とは彼女の事か・・?

 

 獣人に恨みを持つグレイズ君の顔を窺うもどうやら奇天烈な恰好に思考が停止している様子。

 

 それもそうか。猫というよりも真っ先に抱いた印象が痴女であった。外界はとにかく寒い。こんなに薄着であることは高級娼館の娼婦でもなければまずない。幸いこの異界の気温は快適そのものだがそれであんな格好になる理由とはならない。

 

 自然と警戒度が上がる。露出の多い者はこぞって厄介な人物だと相場が決まっている。これは経験則でもある。

 

 突然現れた異界の世界観を壊す痴女に動揺するも何かから追われている者の顔であることに気が付く。意識は常に背後に。私たち二人に気が付いていない様子。そのことに気が付くや否や突然通路の壁が破壊され何者かが躍り出る。

 

「ニ”ャァッッ!?」

 

「見つけましたよ姫ッ!」

 

 白と黒のまだら模様で彩られた甲冑姿。現れたのはなんとレグナントであった。クラウンはやはり同じようにこちらに引き込まれたのかと安堵し声を掛けるが、こちらに対しまるで反応がない。

 

 痴女は咄嗟にクラウンの背後に隠れる。

 

「・・お知合いですか?」

 

「そのはずなんですけどね」

 

 グレイズはそう聞いてくるも若干引き気味だ。

 

 どう見てもレグナントは正気ではない。あと甲冑の色合いも変だ。なんだその恰好。どこで調達した。

 

「そうか、なるほどそうか!貴公らが姫を誑かしたのか!またそうやって主君を奪うつもりか!そうはいかんぞおおおおおッ!」

 

 レグナントは興奮気味に腰から剣を引き抜いた。

 

 非常にまずい。レグナントが洗脳されている。

 

 レグナントは剣を構え今にも襲い掛からんとしている。彼とまともにやり合えば私もただでは済まない。彼の異能はシンプルで非常に強力であり戦闘スタイルと噛み合い過ぎている。

 

 戦闘は避けたい・・・これはもしや罠か。女王に完全に誘導させられていた?

 

 ならばと、クラウンはここで奇策に出る。相手が正気でないのならば意識を引き戻すまでと打って出る。

 

 長年の経験則から導き出した洗脳への対処法。馬鹿げているが表面上の効果はある。

 

「ニャ?」

 

 クラウンは痴女の首根っこを掴み上げその首元にナイフを突きつける。

 

 気持ちを切り替えなりきる事こそがこの世界の鉄則。運はそうやって積み上げる。

 

「おらあ!それ以上近づけば愛しの姫様の顔に傷がついちゃうなあ!!」

 

「え、え――――先生!!?」

 

「な、なんだとッ!??」

 

 とても大主教とは思えない凶悪な笑みを浮かべ人質を取るクラウンの姿にグレイスは驚いた。唐突過ぎる転身に脳が追い付かない。

 

 いきなりなんだこの人!?

 

 クラウンはペロペロペロとナイフを舐めまわす。

 

 そして思う。この人実は面白い人なんじゃないのかと。

 

 クラウンがごにょごにょとグレイズに耳打ちする。

 

「もちろん演技ですので安心してください。こういう手合いは戦時中よく対応したので慣れてます」

 

「ニ”ャニ”ャニ”ャッ!ふ、振りだニャ?振りだよニャ!?」

 

「ええ、ですので貴様にも少々付き合っていただきますよ。グレイズ君、洗脳された相手の対処法を見せてあげます」

 

「えぇぇ・・・」

 

 グレイズは先ほどから困惑しすぎて正常な判断ができない。なんでこの人こんなにも平然としているのだろう。洗脳への対処法でどうしてナイフが出てくるのか。

 

 混乱しつつもグレイズは騎士見習い。命令に勝手に体が沿う。

 

「へいへーい。ジッとしてなきゃ今からそこの彼が姫のまたの下を通過するぜートンネル開通記念だ!オラッ股開け、がに股になるんだよォ!蟹さんみたいになぁ!!」

 

「な、なんと卑猥な真似を!?やめるのだ貴公ッ!!貴公ッッ!!!」

 

「く、やめるのニャ!女の子がしていい格好じゃないニャッ!?ピースピース!!」

 

 口ではこう言っているが、この痴女実にノリノリである。グラマラスな美人なのに自分からがに股を晒す。

 

 なんだこれ?

 

 思考停止したグレイズはよじよじと言われるがままにがに股の格好をさせられた獣人の股下を這う。彼の頭は?でいっぱい。ただ言われるがままに潜るのであった。

 

 なんだこれ?

 

「それ以上股を開かせるなアアアアアアああああああ!!!許さんぞ小僧おおおッ!!」

 

 ええ・・僕?

 

 なんでぇ?なんでなのぉ?

 

 このまま完全にトンネル開通してしまえば殺される。そう思うとそのまま動けなくなる。今もなお股下。

 

 そこでこの状態を維持すればひとまず安全ではなかろうかとグレイズはひらめく。

 

 ひとまず籠城だ!と安全圏で縮こまり痴女の股下から騎士を窺う。

 

「ゆ、許さん・・・姫を辱めなおかつ「よく見ろぉッッこれが貴様の姫なのか?こんなふざけた格好をするのか?こんな薄着で外を練り歩くのが貴様の姫なのかと聞いているんだッ!淫売なのか、ええッ!?」

 

「い、いやしかし、彼女は確かに我が君の・・・」

 

「高貴な人間は誰かれ構わず股を開きはしない。安っぽい語尾など付けやしない」

 

「・・・・・ッた、しかに」

 

「考えてもみてください。こんなハレンチ獣人裏切りクソ女が姫なわけあるか!そう考えると・・何だお前!?どけッ!!」

 

「ニ”ャビッ!?」

 

 そのままクラウンにビンタをかまされる痴女。まさしくやりたい放題である。この扱いにはグレイズも同情する。

 

 

 がしり、と。

 

「!?」

 

 倒れるゆく痴女から腕が伸びクラウンの手を掴む。

 

 ぐぐぐ。どういうことだ。振りほどけない。腕は動かず凄まじい力で掴まれていた。

 

「あーもう。あったまきたニャ。小僧ども。あんまり舐めてっとぶっ殺・・いや殺しはやり過ぎニャ。半殺しにすんぞッ」

 

 痴女の一瞬で姿が消え魔の手がレグナントにも及ぶ。

 

「お、うぐおおおお」

 

「なん・・おごおおお」

 

 大の大人を二人、片手づつで抑え込む。あの細腕から想像にもできない力が発揮されている。

 

「ふん!最初からこうしておけばよかったのニャ。やっぱり暴力は頼りになるのニャン。早くあの場所に戻らないと・・・」

 

「うっ、く。女王は、あなたを裏切ったみたいですよッ」

 

 唐突にクラウンは呟く。獣人は機嫌が悪くなったのか思わず眉を顰める。

 

「立場が分かっていないのかニャン。このまま首の骨へし折られたいのかニャー?素直に謝ればいいものを」

 

「失礼ですがどうやらあなたは私の事を知っているようなので説明は省きますが女王はあなたを裏切った。言っている意味わかりますよね。例えばっそこの彼、レグナントといって私の仲間なんですが彼は女王によって洗脳を受けています」

 

「なっ・・女王による洗脳だと・・・にゃ?」

 

 クラウンからもたらされた情報がチシャ猫の表情を変える。

 

「・・・知ったような口をきく。それも異能のおかげかニャ?ありえない!この国の女王が裏切るはずが」

 

「おかしな話ですよね。あなたが未だに女王に会えないのはその女王に疎まれているため。知ってますか今、勇者殿がどうなっているのか」

 

「・・・ニャ、ニャンてことだ、もう始まっている・・?まだ早い!!」

 

 まくしたてるようにあげられる根拠。言っている意味はグレイズにはわからないが情報が提示され度に獣人の表情は困惑から驚愕。最後に愕然としつつもどこか納得の表情に至る。

 

 自然と万力の拘束は解けゲホゲホと咳き込む二人。腰をさすりながらも起き上がる。

 

「だったら、ついてこい人間ども。乗り込むニャ」

 

「いえいえ私たちはここでお暇させていただきたいのですが」

 

「記憶、完全に取り戻してあげるといったらどうするニャン」

 

 今度はこちらが止まる番であった。クラウンにはどうしても戻らないとても大事な記憶の断片があった。あの時ゲームマスターによって中途半端に戻された穴だらけの記憶。両親が惨殺された忌まわしい記憶の欠片だが下手人の顔は黒塗りでどうやっても思い出せないでいた。

 

「そっちの人間どももニャ。もし手伝ってくれるのならここから脱出、ニャんニャら故郷まで直接送り届けてあげるけど、どうするかニャー」

 

 魅力的な提案であった。グレイズにとって地獄のような世界から脱出できるのならそうしたいに決まっている。

 

 でも答えは既に決まっていた。乗り越えるべき壁があるのだ。

 

 

 

「私はいい。故郷も滅びできることとすればゲームマスターの首を刎ねることぐらいだ。それでようやく先達たちの・・我が同胞の魂が昇天すると言うもの」

 

 レグナントは最初から背水の陣の覚悟で挑むつもりだった。優先すべきは過去の清算。それなくしてどうして前を向ける。自己満足なのは理解している。それでも遅ればせながら過去に忠義を示したかった。あの重要な局面で不在であったことに対する不甲斐無さを払拭したかった。それでようやく手慰みとなりけじめとなる。

 

 

 

「僕もいいです。まだやり残したことがありますので」

 

 グレイズはまだ何物にもなれない未成熟の果実。ようやく、欠けた歯車が噛み合い時計の針が回り始めたのに・・・ここで逃げれるはずが無かった。

 

 満足げにチシャ猫が頷き視線がこの場の人物全てに移るが・・・・止まる。

 

「て、ジョーカー!?行方不明になっていたジョーカーじゃないかニャ!?”まだ”生きてたのかニャ!?」

 

「あの、彼女は・・・」

 

「いや、大体の事は察したニャ。ブニャニャ、取りあえずこいつはこっちで預かっておくニャ・・もしかするとあいつへの”嫌がらせ”になり得るニャァ」

 

「・・・・?」

 

 クラウンは一瞬良くない予兆を感じ取る。高位の聖職者は時偶に第六感とも言うべき警告が啓示されるのだがその内容はいつだって不明瞭だ。首筋に電撃が走るも・・・どういうことなんだ?

 

 やはり異能は干渉されていてこの女の考えが読めない。異能の源流であるアリスからの派生した存在では異能と相性が悪い。

 

 獣人が一瞬見せたあの表情。なんとも後ろ暗い顔をするじゃないか。クラウンにはその意図が読めないがその感情の方向はあらぬ誰かを意識した物だ。

 

「そっか、ここでお別れなんだ」

 

 グレイズは名残惜しそうにアリスジョーカーの手を握る。

 

 もしかすれば僕は彼女に姉の姿を見ていたのかもしれない。あの時もちょうどこのくらいの背丈だったなと思い出す。

 

「・・・・ふーん」

 

 しっかりとグレイズの手を握り返すアリスジョーカーを物珍し気に観察する獣人。なぜか少し楽しそうな顔をするとベタベタとアリスジョーカーにくっつきそれをグレイズに見せつけてくる。

 

 ・・・・・なぜだかグレイズには少しだけ不快に感じた。嫉妬とかではなく妙な悪意に反応してしまうも先生が腕を引き首を振る。

 

 それ以上深入りするなと目が語る。

 

「随分と”ミャーのアリス”が世話になったみたいだニャン。こいつの代わりに礼は言っておくニャ」

 

「・・・・いえ、ただの成り行きですから。お礼を言われるほどのことはしてないです。寧ろ助けられてたのは僕の方です」

 

「こいつらと違って殊勝な心掛けニャ・・・・この子は感謝しているニャ。そこの二人よりは好きだニャン。イケメンニャン・・・・ほら手を出すニャン」

 

 ホレホレと手を出すように促してくるもグレイズは困惑し戸惑う。

 

 すると獣人は有無を言わせぬままにクラウンの腕に噛みついた。

 

「うぎゃ!」

 

「お前ー1番弱っちいんだからニャ、異能を拡張しといてやったニャ。感謝するニャン」

 

「イつつ、どうしてここまで」

 

 真面目な顔をしながら獣人は語る。

 

「少しでも戦力が必要ニャ。このままじゃどこに逃げた所で世界という物語の滅亡でジ・エンドニャ。そんな終わり・・・勘弁してほしいニャ。需要がないのニャー」

 

「世界が滅ぶって・・はは。そんなまさか」

 

「気が付いているんじゃないかニャ?この世界が歪だってことに。もしそれをなんとかしてしまえるような”ナニカ”がこの先産まれようとしているとするならニャァ、さあどうする?」

 

 

 チシャ猫はニヤニヤと笑い迷い人を甘言に誘う。

 

 不帰の古戦場跡は儀式場。

 

 本来の狙いとは似ても似つかないほどに乖離してしまったがおかげで”チシャ猫の望み”が叶う条件が偶然にも重なってしまった。これこそが運命。望まれた明晰夢の辿り着くアリスの福音。

 

 チシャ猫はほくそ笑み心の中で音を忘れた鈴を揺らす。

 

 舞台は整いつつある。あとは賑やかしの役割を担う役者が必要だ。彼らにも目撃者となってもらう。寂れた劇場に誰もいないでは意味がない。さあ、もっと盛り上げればいい。薪となりその熱であらゆるものを炎上させよう。

 

 ここまで来れば台本はもう必要ない。方に嵌りし在り方は捨て諸手を挙げて祝おうじゃないか。

 

 

 ――――もう手遅れならば、その事を伝えても意味は無いよねー。

 

 にゃふふふ。

 

 

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