オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

64 / 88
第55話 超えれぬ一線

 

 

 ――――――――――Side/ヨルムング

 

 

 一方そのころ。

 

 第三階層の奥深く、統括室長でもなければ立ち入りを許されない深層。

 

 ホーム内で守護者たちの間で仄かに語られし実際にあるのかどうかすら知られない不透明な領域。

 

 元々はただの資材搬入口でしかなかったが増築に増築を重ね位置的にも”オリジナルアリス”の真下付近にある事から次第にその区域は封鎖されることになった。未だに古めかしさを残すのもその名残であろう。

 

 まるで何者かの体内にいるかのような感覚。一定のリズムで脈打つ鼓動が悍ましい。

 

 一帯を占めることとなる”アレ”が完成してからだろうか怪しげな噂話が広まりはじめたのは。

 

 確かにそれは存在した。不帰の古戦場跡と称される地下に根差す巨大構造物。

 

 その生命線たる心臓部。守護者も知らない秘匿されるべき闇。

 

 

 そこに、A部隊の追撃から逃げ延びたヨルムたちがいた。

 

「そういう・・これが、秘密の正体かよ・・・!!」

 

「・・・・・ッうげぇ」

 

「うひゃー」

 

「ク、クヒャハハハハハッ!まさかこれ程とはなッ!!やはりあれは人類の敵じゃなあ!!道義の欠片も一握りの良心も持ち合わせてはおらぬではないか!!ゲームマスターはやはりクソじゃのッ!」

 

 眼前に広がる身の毛も逆立つ光景。

 

 ようやく謎の一つが解ける。

 

 ヨルムはゲームマスターに感謝する。想像を超えた残虐性に嬉しさが湧き上がる。

 

 人類が倒すべき敵。そうでなくては殺し甲斐がない。

 

 達成感が、ない。

 

 

 ホームは多くの施設が存在しそこでは守護者が暮らしている。魔力と電力を共存させたエネルギー社会。

 

 外界の遅れた人間社会とは違った生活様式。莫大な電力もだが魔力を効率よく作用させる触媒が余りに溢れているのだ。インフラ整備だって欠かしちゃいない。文明の最先端を地で行く我がホーム。

 

 ヨルムは自身が生きてきた世界がいかに古臭い文明だったのか思い知った。便利さに慣れ文明の光に毒されていた。

 

 ・・・・この着眼点は純然たる魔術師であるヨルムだからこそ覚えた違和感。守護者たちがごく自然と使い捨てる魔力に纏わる媒体の数々は外界では非常に高値で取引される貴重品。へたすればあれ一つで一般的な家庭の年収を超えるであろう。

 

 あれほどの上質素材を安定して供給することは不可能だ。これは量産できるできないの話ではない。

 

 魔力、その根源となる”深淵”に縁のある物にはある法則が宿る。

 

 ―――――世に認知されし希少性には力が籠る。

 

 希少だからこそ価値があり、逆にそれが社会に、人の世に認知され出回れば自然とその品の効力を弱める性質を持つ。いや、分散されるとでも言うべきか。

 

 世に溢れた物体に力は宿らない。

 

 なんだって普遍的な粗品となり下がる。価値の付随性とは常に世情を泳ぐ者によって変動するのに、ここで大量生産される魔力媒体の質の劣化が見られない。

 

 つまりだ。素材の元となったものに不変の絶対性があることになる。

 

 法則が違う・・・目の前の”あれ”は深淵とは源泉を別とした何かなのだ。

 

 外界において魔術触媒の元となるものは価値がある。

 

 基本的に外界を這いずる魔獣やダンジョンからの入手が基本。生き物であれば角や牙、内臓に糞と、ダンジョンであれば遺失物やそこでしか採れない鉱物資源や植物となる。

 

 不思議な事に世間ではそれらが入手難易度の高さなどの理由で入手の難しい貴重品として認識されると謎の補正が掛かってしまう。それどころかただのゴミにも価値が産まれる始末だ。

 

 ”ダンジョン産”という括りが既に効力の高さを保証し価値を高めてしまっている。実際に雪原で入手するよりもダンジョン内で手にした触媒のほうが効力は高くなる。成分的にもなんら変わりがない同種の品であるのにだ。

 

 連動しているのか模造品や質の悪い偽物でも本物に似た効力が見られる始末。この世界は認識の上で成り立つことがよくわかる。人間の価値観だけで触媒の効力を100にも1000にもできてしまえるのだ。

 

 それは一部の勢力による魔術の独占体制にも同じことが言える。マジックユーザーの少なさも魔術の神秘性を高める処置。それでありながら魔術の怖さの面だけ一般に知らしめ恐怖と結びつける。

 

 詳細がわからなければ理解も出来ない。一般人が触れることのできない、貴族などの特別なコミュニティのみが独占することで拍車をかける。

 

 故に冒険者特有の”スキル”経由で誰でも使える魔術モドキは魔術師が振るう魔術よりも弱い。水で薄めたポーションと一緒だ。

 

 これはあくまでもリシモアテルの魔術師たちの中で結論付けた論説。それについて現代の人間はどれ程把握しているのだろうかとヨルムは思う。

 

 

 もう一度言わせてもらう。それほどまでに出回る素材に魔術的な価値は宿らない。普遍的なものには一定の基準が存在し、よっぽどのことがなければそれを超えることができない。

 

 ならば”あれ”はなんなんだと聞かれれば答えは目の前に広がっていた。

 

 

 

 

 張られた大きなガラスの壁の先に多くの生命が密集していた。それは決して騒ぐ事も無く、かと言って何をするでもなく虚空を見つめていた。

 耳には認識票のような物が付けられまるで家畜のような取り扱い。それらはベルトコンベアの上で横たわりギチギチと赤い飛沫を跳び散らかす機械の刃に吸い込まれていく。

 

「こいつらA種か・・?いや似ているが違う。意思がまるで感じられない・・・何だこりゃあ、うげえ」

 

「資料によればC種というらしいが・・・これは・・・」

 

 無造作に屠殺される者たち。凄惨すぎる光景に吐き気を催す。ゲームマスターはやはり人類の敵でしかなかった。

 

 入手した資料から判明した事実。それは緊急時のマニュアルであった。

 

 触媒の元となる存在は外見は非常にA種と酷似しており、A種と無関係と考えるのは無理がある。

 

 ここ以外にも様々な区画があり、骨以外を綺麗に溶かす場所や、髪の毛を採取する部門、とにかくいろいろあった。そのすべての作業を機械式ゴーレムが行う。

 

 自然とヨルムの疑問は氷解する。A種が全てだと思っていたが実際にはその逆。A種はあくまでも一握りの存在。このC種とやらからあぶれた存在がA種なのだ。やはり製造されていたか・・・元が勇者アリスの血筋であればその価値は凄まじいのだろう。

 

 だが末裔の末裔では原点からどんどん乖離し劣化する。オリジナルからは遠く離れた存在。

 

 ・・・・900年だぞ。アリスというブランドは無価値になっていてもおかしくない。古い物には価値は宿るものだがこれは生もの。直近の血族なればこその価値。

 

 ここまで安定した価値を保有するのはつまり、勇者アリスがまだ生きているからに他ならない。

 

 これで確定した。血の濃さがそれを証明する。

 

 ヨルムは思わず・・・・笑みがこぼれる。

 

「くひ」

 

 なぜ笑ったのか、いや笑ったことにもヨルムは気づいていない。

 

 不死者が恐れたあの宿敵がいるのかと考えるだけで昔の光景がフラッシュバックする。ゲームマスターとも違う超越者の気配にヨルムは歓喜していた。

 

 それは宿敵が生きていたからかそれとも・・・

 

 その勇者アリスも人の形はしておるまい。ここに来る間にいろいろと見てしまったのだ。A種に似たこの者たちが巨大な臓器からまとめて産まれてくるところを。

 

 終末戦争の中で人生を育み天賦の感性と才覚で魔術師として大成したヨルムにはわかる、わかってしまうのだ。

 

 戦争時どれほど人論を超えた研究が行われたか。約90年にも及ぶ永き戦争は論理観を壊すに十分であった。勝つための努力はどこまでも加減をしれない。列強国からの飽和攻撃を前にすり減る精神。とうに境界線は曖昧になり煮えたぎる闘争心だけが満ち溢れる。国家戦略として継続的に自爆じみた攻撃を繰り返してきた。

 

 強固な不死性を獲得したこともあり死への恐怖、老化からの解放により国民の誰もが均等に地獄を知った。

 

 子供も老人も等しく血を流し勝利に貪欲にならざるをおえなかった。

 

 狂乱は技術にも影響が現れ失う事を恐れることもなくなり危険な思想とともに魔術は飛躍的に発展していった。

 

 敵の死体を使うのは当たり前。意図的な病気の流布。合成獣。人間爆弾。脳みそ削りの強化奴隷。戦意をそぎ落とす生きた人間の肉壁、洗脳と、より激しい攻勢に出れば敵も同じように論理の壁を越えてくる。

 

 終末戦争は不死者も人間も同じ深みまで堕ちて行った。

 

 魔術の開発に深く関わるヨルムも多くの人体実験を行ってきた。許されることではないのだろう。

 

 だがその行為の根底には同胞を守るという強い意志が備わっていた。だからどこまでも残酷になれた。リシモアテルは孤立し味方などどこにもいない。皆が皆理不尽な運命に足掻いていた。一人一人が国家総動員で国難に立ち向かった英雄なのだ。

 

(恐らくこの直上に奴は・・・いる)

 

 ダンジョン内で一般的な食料であるミートブロックに加工されるC種を眺める。我たちはこんなものを毎日口にしてきたのか・・・まったく呆れる。でもおいしいんだよなあ。パクパク。

 

 それは守護者達にも言える事であり同情する。資料にあったが守護者はB種でありこれまで同族と知らずにA種と殺し合い、C種の肉を食んできたのか。

 

 ・・・現代の人間社会において人食いは非常に忌避される行為である。信仰によっては遺骨を食べる、へその緒を摂取するなどの軽度のモノから産まれた赤子をスープにする、成人時に殺した友の心臓を喰らう事で一人前の戦士として社会に迎合されるなどと幅広く存在するが軽度なものであれ、どれも公然には認められていない。

 

 原因としてはやはり聖王国よりも更に東。非常に険しいコワレット山脈を隔てその先で生息する人食いと称される獣人集団の存在と、終末戦争時に一部で使用された禁忌の術式の影響だろう。

 

 不死者が人を喰らうというのはネガティブなイメージを与えるための戦時中の印象操作。それが今も受け継がれた結果だ。

 

 徹底的に敵と見なす、人に似た外見をした者への戦闘に遠慮や忌避感を与えないようにするための方策。

 

 当時においても神出鬼没な人食い獣人の存在は恐れられておりそれと同じレベルまで我らは堕とされた。もともとリシモアテルは閉鎖的なお国柄もあって誰もが倒すべき敵、怪物だと簡単に信じ込んだ。戦争の始まりを、その実態を掴んだものはどこにもおるまい。

 

 戦争を仕組んだ一部の上層部と黒幕しかわからない事実。不死者の危険性を謳い戦意を煽り火をつけた者がいる。ありもしない事件を起こし戦争の原因を戦端を演出して見せた。

 

 ガンヘッド達の記憶が無くてよかったと心の底から思う。人食い行為はのちの世ではどこも禁忌とされる行為。終末戦争の後の世代である者には心理的な背徳感を喚起しどんな反応を起こすのかわからない。

 

 

 え、我はどうかって?

 

 不死者に餓死は無い。だから必要でもない限り食べるはずもなかろうぞ。たいして美味しくも無いし。

 

 

◇ 

 

 

「なんだ、記憶違いではなかったのか」

 

 悍ましき施設の破壊活動に勤しみながらもヨルムはある物を探していたのだが、ようやく発見する。。

 

 地上直通の搬入エレベーター。かなりの間使われていなかったのだろうな。タッチパネルじゃない旧式。色褪せたボタンの羅列。錆び付いたコンソールが目に付くがなんとかなりそうであった。

 

 フラメンツ時代に得た機械知識がここで役に立つ。

 

「本当に地上に・・・帰れるのか」 

 

 ガンヘッド達から思わずといった風に声が出る。いざ地上を目の前にしてみると不思議と足が前に出ない。

 

 天井から差し込む光が地を這う迷子を誘う。

 

 その光は裏の世界でしか生きていくしかない者にとってどうにも触れがたくガンヘッド達は自然と影の中に引っ込んでしまう。

 

(・・・・・・・)

 

 その光景がヨルムにはひどく悲しく思えた。

 

 遠慮する理由などどこにもないはずだが余りにもここでの生活が永すぎたのだ。皆、自由になることを恐れている。本当は望んでいるはずなのに。

 

(・・・・・・それでも・・)

 

 ガンヘッド達はA部隊との戦闘で満身創痍。いかに祈り手でも極度の魔力消費の影響で限界が近い。これ以上の戦闘は望ましくない。

 

 それに、これからの我の予定に巻き込むことはできない。ここから先は我のワンマンステージだ。

 

 彼らは・・我にとっての余分な脂肪だ。随分と温くなった過去の象徴。この先には一切不要。

 

 鋭角に殺意を研ぎ澄ますためには・・・乖離しなくては、獣の皮を被れない。

 

 その様を見せたくない・・相手なのだ。それだけ仲良くした者たちであった。

 

「ここまでじゃな」

 

「うお!?」

 

「キャ!」

 

 A部隊との戦闘で深手を負ったインクリウッドに手を貸すガンヘッドとセーニャをヨルムは強引にエレベーターに押し込み入り口を閉める。そろいもそろってフラフラで中で倒れ込む。

 

「なんのつもりだッここを開けろッ!?」

 

「お主たちはここらで手を引け、邪魔じゃ」

 

「フラメンツはどうするんだ!?そんな体で何言ってるんだよッ!!」

 

 言われてみればそうだったなとヨルムは思わず左目の眼帯をぐりぐりと撫でる。

 

 ぐりぐり。ガリガリ。ぐじゅぐじゅ。だらだら。

 

 セイランから受けたダメージは重く今もなお我が身を蝕んでいた。

 

 奴の一文字によって切り捨てられた左腕は再生する事も無く完全に不死性を断たれている。おまけに一文字により発生した時空間の波は衝撃となり叩きつけられ我が左目も潰れていた。ヨルムの今の不死性では目の機能までは回復しなかったのだ。

 

 切断面は不死性も祝福も何もかも縁を断ち切られ一生このままだろう。傷口は開いたまま血を流すばかり。

 

 荒治療となったが斬られた左腕を更にインクリウッドの尾で切断させ不死性を強引に復刻。左手はもうほとんど残っていない。傷口が疼き掻き毟る。

 

 不死性のおかげで【氷結】による傷口を凍らせるという強引な方法で止血をすることにより失血死を回避してみせた。それでも一文字による影響は大きく左腕が無いせいで体幹が乱れ距離感を失っていた。

 

 この4人の中でヨルムが一番重症である。

 

 それでもヨルムが平然と動けるのは意思の力によるもの。泣き言は決して吐かない。

 

 リシモアテルでは戦時中とにかく根性論・精神論が重視されていた。愚かに思えるかもしれないが不死者においては話が違ってくる。不死性と意志の強さは強く結びついており心が折れない限り何度でも変わりない姿のまま立ち上がれた。死からの再生を繰り返す内に精神に負荷はかかり続け独自の精神性が作り上げられていく。飲まず食わず、眠ることなく戦い続けた不死者は英雄と崇められ、どれほどの命を奪ったのかを競う。これでは化け物と誹られても仕方がない。男でも女でもない、不死者と言う生命体だった。

 

 ・・・・約90年間をそんな生き方で貫いた者は多くない。必ずどこかで終わりの見えない戦いを前に膝をつき蹲る。過度のストレスで精神を崩壊させ敵に捕らえられるか自己崩壊する。

 

 今も、どこかで風となり土となり漂っているのかもしれない。

 

 ―――――――ヨルムは違った。

 

 永遠と戦えてしまう不死者が一人。まさに純然たるリシモアテルの意思を形にした英雄であった。決して恨みを忘れず死んでも首元に食らいつく精神性は勝手に与えられた不死性と相性が抜群であり、リシモアテルの神の在り方を理解した者だけが辿り着く領域に至った人間。

 

 壊れた心を補修していくうちに別の何かへと変わってしまった。

 

 ヨルムはただ望む。

 

 ゲームマスター、そして勇者アリスとの決着を。戦う事だけが存在証明であるヨルムにはそれさえあれば十分であった。それ以外の生き方を知らない。異常な戦争で知ることができなかった。

 

 必死そうにドアを叩きつけるガンヘッド達を見て温かい気持ちで心が満たされる。この900年の間に随分と失われた人間性を取り戻していたようだ。

 

 ”フラメンツとしての私”もまた、戦争が無ければあったかもしれない”我”なのかもしれなかった。友情とはこんな感じだったのかなと感慨深く思いを馳せる。

 

 ”フラメンツ”は無駄ではなかった。永い心の療育期間とでも考えよう。最初に抱いていた初心を思い出すことができたのもこの三人や他の祈り手たちのおかげなのだ。

 

 だからこそ失いたくない。

 

 だからこそ――――誰かの為に戦いたいという初心を掘り起こせた。

 

 守りたい・・・せめてこいつらだけはなんとしてでも。その為の証が、理由が必要だった。そんな心境にようやくたどり着いたのだ。守るために戦うことこそが我が闘争の始まりなのだから。

 

 だからこそ―――コイトにも会わなくてはいけない。

 

 ガンヘッドから聞かされたA部隊との交戦の顛末。

 

 (なにが謝っておいてくれじゃ!)

 

 同胞じゃない事にショックはある。裏切られたとも思った。そして・・・・・会いたかった。こうして生きているのもコイトの身を挺した囮があってこそ。4人とも借りを作ってしまった。

 

 どんな顔で接すればいいのかわからない。怒ればいいのか喜べばいいのか。

 

 兎に角あの嘘つきには誑かされた責任は取ってもらう。なんせ不死者はねっちょりしていて執念深い。

 

 謝るような非情に徹しきれない愚かさの代償の重さを我がレクチャーしてやらねばな。

 

 このままでは悪い男に騙される生娘の構図だ。

 

 まったく誰を相手にしているのか改めて教えてやらねば気が済まない。

 

 だが、あの生き様は不死者のそれ。

 

 知りたい。これまでどんな生を謳歌してきたのか、ヨルムのことも知ってほしかった。

 

 きっとあやつも・・・

 

「はっきり言おう。おぬしらは足手まといじゃ」

 

「な”、な”ん”でそ”ん”な”こ”と”い”う”の”おおおッうぇ」

 

 セーニャが突然泣き崩れ駄々をこね始める。

 

「やだッや”だァッ!フラメンツお姉ちゃんと一緒がいいッ!馬鹿ッ!死ねーッ!!」

 

「セーニャ・・・・・」

 

 あのセーニャが本気で泣いている。なんだか嬉しく思う。こんなにも慕われていたのか・・・だが意思は曲がることはない。もう決めたことだ。

 

「本気かよフラメンツ・・・」

 

「そうじゃな。それにお主らがあんまりにも踏ん切りがつかないモノだからして誰かが背を押してやらねばなるまいて」

 

「・・・はあ、結局今までの借りは返せなかったな。インクリウッドや俺が廃棄処分にならなかったのはあんたが抗議してくれたからなんだろ・・・・・知ってるんだぞ。ずっと言いたかったんだ。ありがとうって」

 

「なに気にすることはない・・・うまくいけばまた会えるさ。ああそうじゃ、もしこの先コイトが生きていたのなら助けてやってはくれぬか?」

 

「―――ハッ。言われなくとも当然。あいつの正体がなんであれ―――一緒に戦った仲間だからな」

 

「そうそう、今まで楽しかったよーフラメンツ・・・・またね、またね・・・」

 

 インクリウッドとガンヘッドの力強い頷き。二人は全てを飲み込める大人であった。

 

 影の中から光へ。彼らは背を押され境界を越えた。振り返ると見えない壁が広がっていた。

 

 ”あと一歩”を踏み出せない者に今更、闇の中へと戻る選択がとれる筈もない。本来いるべき場所に彼らはいるのだから。

 

「ほらほら、セーニャちゃんも泣いてないで顔上げようよ。最後に見せる顔がそれでいいの?」

 

「えぐ、えぐぅ。なんだよォ最後ってッ」

 

「んーああそうだったねーごめんごめん」

 

 しゃくり上げながら抗議するセーニャをインクリウッドが宥める。

 

 どうにも居た堪れなくてヨルムは一歩下がる。自ら闇の中へと足を踏み入れる。どこまでいってもヨルムは闇の住人だった。こちら側でいる方がらしく感じた。

 

 光は手を伸ばす位置にこそ。

 

 より一層、輝いて見せる。

 

 より尊き理想郷で在れる。

 

 そこにヨルムの居場所はいらない。殺意に一点の曇りもいらない。

 

「後の事任せてくれればいい。俺がッ、俺が必ず二人を町まで連れて帰る。必ずッだから、だから!死ぬなフラメンツ、死ぬんじゃないッッ!!生きてくれ!!」

 

「フラメンツに栄光あれーばんざーいばんざーいッ!!」

 

「ああ、言われなくとも」

 

 ヨルムがスイッチを押すとすごい勢いで上昇していくエレベーター。あっという間に姿を見失う。もしかして、これエレベータじゃなくて脱出装置か?

 

 誰もいなくなったことで静寂が訪れる。

 

 ・・・少なくともこれで3人は守れた。懸念事項が消えたことで真の意味での自由を手にした。これでもう何も気にする事も無く戦える。

 

 やることは既に決まっていた。

 

「全部壊してやろうぞ。ゲームマスター」

 

 パキパキと冷気が渦巻き一帯を凍り付かせていく。秘密の区画が極寒地帯へと変貌していく。

 

 やはり奴は相容れない。ヨルムの歪んだ感性でもこの光景には忌避感を覚える。生命への敬意がまるでない。配慮に欠けている。良心の呵責などないのであろうな。そのことに嬉しさが込み上げる。

 

「くひっ・・・惨たらしく殺す」

 

 強敵への敬意は決して忘れない。永く生きると強者との戦いの記憶は美化されてしまう。記憶は忘れるものであれど、あの時の熱は体がしっかりと覚えており忘れることのない炎が胎動する。

 

 掌の内で粒子が加速していき、分子の運動が熱量を生み解放される。

 

 熱量と冷気が激しくぶつかり合いその摩擦が意味不明な環境を作り上げる。ヨルムの激しい感情が区画を次々と破壊していく。

 

 ヨルムは怒っていた。

 

 かつてのあれほどまでに辛酸を味合わせた宿敵がこのような目にあっていることに、ただ我慢ならないのだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。