オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第56話 死に体

 

 ――――――――――Side/恋都

 

 

 ぴちゃり、ぴちゃり、と一定のリズムで水滴が額を叩く。どことも知れぬ闇の中で途切れがちな電灯をただ眺める。

 

「・・・・・・・」

 

 恋都は・・・何をするでもなくただ天井を見つめる。やる気もまるで喚起せず気だるさと虚無感に横たわる。

 

 夢世界から放り捨てられてからずっとここにいた。

 

 最初から分かっていたのに、それでも思いの外ショックであったのだ。現実の体はあまりにも不自由で仮初の体に慣れ過ぎた。

 

 一度でも便利さに身を浸すと後戻りできなくなる。心のどこかで都合よく願っていた。現実世界に戻ることがあっても五体満足の姿に戻っている可能性を、根拠もクソも無い希望的観測に縋っていた。

 

 だがどうだ。前よりも更に状況が悪くなるなど誰に想像ができる。

 

(ああ・・・俺、死ぬんだ・・・)

 

 ドクドクと腹に空いた風穴から血が溢れ出し思考が鈍る。偽イグナイツから受けた傷は致命傷であり再生する気配もない。不死性がまるで機能していない。現実世界へと帰還したが俺にかかっていた魔法は解け元の五体不満足状態。この身は既に満身創痍。

 

 短い・・夢だったか。

 

 だというのに腹に空いた新しい穴だけは律儀にその爪跡を残していた。まだ生きているのはひとえに俺が普通でないことへの裏打ち。改造人間は伊達じゃない。その在り方は本当に歪で無駄に痛みを助長する。

 

 このまま何もなければ死ぬのは当然の結末。俺はこれから何処とも知れぬ場所で一人で死ぬのだ。

 

「・・・・・・・はぁ」

 

 恋都は疲れていた。

 

 唐突に突きつけられた死の現実。差し迫る死神の足音になにをするでもなく無防備に股を開いている。

 

 それでいて理解を超えた非現実な応酬に死が他人事の様に感じていた。夢世界で何度死んだと思っている。もしかしたら死なないのではないのかとすら思ている。これも現実逃避だなと、ただただ適当に生を食む。

 

 こんな時でも昔の事ばかり思い起こしては記憶を拾う。

 

 恋都は確かにあの窮屈な世界から逃げ出したかった。あそこじゃなければどこでもいいと願い夢想もした。そこでならもっと自由に生きれると考えていた。

 

 だからといって、これはないだろこれは。誰が異世界に行きたいと言ったよ。

 

 異世界に行こうとも本質は何も変わりはしない。環境が違うだけで簡単に変わるものか。自身が変わらねば何も違わない。

 

 それでも心の整理はついた。夢世界を経て枷から解き放たれ目的がはっきりとしてしまった。あの糞みたいな世界にどうしても帰りたかった。やるべきことができてしまったのだ。

 

 ああそうだ、仮にここから脱出できたとしてもこの体が治る保証も元の世界に帰れる確証もどこにもない。だいたいイグナイツとずっと一緒とかごめんだ。あの女にずっと介護される、いや他人に寄ることでしか生きられない人生が我慢ならない。もう二度と自分の足で立つことができないと考えると情け無くて涙が出る。電子操作系の異能があれど外界の技術レベルでは通用しそうにない。このまま惨めな生を謳歌するぐらいなら死ぬのも一つの手ではなかろうかと、そうやって納得させようとする。

 

 ここまで惨めな最後なら”あの子”も許してくれるかもしれない。

 

 そのためにも出来る限り苦しんで死のう。それがいい・・・・・

 

 いろいろな思惑が交差する中、それに巻き込まれるだけで何もわからぬままこれから死ぬのだ、俺は。

 

 

 

 だから、もう俺の前でウロチョロするな。アリス―――

 

 

 

 視界の中でなぜか二人に増えたエプロンドレスの女が二人、俺を見つめていた。夢世界で出会った大人のアリスことアリス検事と偶に現れるボロボロで顔が黒く塗りつぶされたアリス。二人の指はある一点を差していた。

 

 この通路の奥に何があるのか。何かを期待するような眼差しでじっと俺を見つめている。

 

 やはりまだ何かある。脈打つ心臓が妙に熱い。いやこれは怪我のせいにきまっている。

 

 そう思い込もうとするが前方の闇の中から気配を感じる。俺はどうしてもそこに行かなくてはいけないのか、誰かに誘われている。こっちに来いと誘われている。

 

 わけのわからぬ衝動が自然と右腕を動かす。するとどうだ。顔の無いアリスが俺の腕を取り引っ張り始める。

 

 大人のアリスはただ見ているだけだ。

 

「―――――もうちょっと、ゆっくり・・」

 

 死ぬのはもう確定している。少なくともこの先に何があるのか確認してもからでも遅くはあるまい。

 

 こぼれ出る血は床を汚し、それは影の様に伸びていくのだった。

 

 なかなか、死ねないものだな。

 

 

 

 

 暗い道をゆっくりと引きずられる。先の方から光のようなものが映り込む頃には周囲にも変化が現れた。急に現れた人の気配に挟まれる。ぞろぞろと通路両サイドに立つ女たちはアリスに酷似していた。薄汚れたエプロンドレスの姿で何をするでもなく膝をつき一心に祈っていた。

 

 謎の力で地を這う恋都には目もくれない。

 

 それよりもこの一定のリズムを刻む音はなんだ。まるで・・・心臓の鼓動だ。

 

 静寂の中で神聖さを醸し出す。驚く程に静けさが支配する。これほどまでに人で溢れているのに衣擦れする音も息遣い一つ聞こえやしない。本当にここは現実世界なんだよなと疑ってしまう程に現実とは乖離しているし、俺の意識も点々としていた。

 

 もし恋都がこの世界に召喚された時のことを覚えていれば、あの時と雰囲気がとても似ていると思っただろう。

 

 現世においてあり得てはいけない量の神性が溢れていることに、彼は気が付けない。この世界の人間ではない彼に理解できる道理もない。そこに危機感を抱けるはずもなく人が触れてはいけない禁忌の渦へと吸い込まれていく。

 

 

 

 人垣を抜け空白地帯にて恋都を引っ張るアリスの姿が消える。恋都は霞み始めた視界で周囲を必死に探る。

 

 どこかの広い一室のようで目の前に何かがあった。それがベットだと認識すると次第に理解が追い付いてくる。

 

 ――――――病室だ。

 

 妙な確信に至る。床から見上げる形ではその全貌はわからないが心電図や輸血パックのようなものが顔を覗かせる。ベットの上にできたふくらみから誰かが眠っていることが窺える。

 

 だが、なんだこの死臭は。生者が出していい香りではない。本当に”彼女”は生きているのか?

 

 なに・・・・・・・彼女、だと・・?

 

 なぜそう思ったのか分からない。でも・・・ここまでくれば誰が眠っているのかわかってしまう。夢世界での騒動、偽アリスの群体に祈り手の異能、最初から答えはすぐ傍にあった。

 

 

 

 そしてここから起こる出来事は夢世界で黒幕気取りの者たちも知らない物語。邂逅は静かにひっそりと行われた。

 

 

 

「――――――アリス」

 

 恋都がその名を口にした瞬間、変化はどうしてか恋都の中から生じた。

 

 どす黒い肉塊のような実体のない闇が恋都の体から抜け出しベットに横たわるアリスに吸い込まれた。

 

「ッ!!?―――――???!!?」

 

 スッと何かが体を抜けて行く感覚。予想を超えた急展開に驚愕する。俺の中にこんなものがいたこともだが、一番の驚きはこの闇に見覚えがあったこと。

 

 フォトクリス達と見たひび割れし境界線の向こう側から覗く気味の悪い黒き化け物。境界の崩壊と共に神性の渦に飲まれ消えたのだと思っていたがずっと俺の中に潜んでいただと―――!?

 

 まるで意味が分からない。なぜそんなものがここで出てくる。

 

 まさか、まさか、まさか――――

 

「お前が、お前がッ俺を呼んだのかッッ!!!?」

 

 ピクリとベットの上でシーツが跳ねる。まるで同期したかのように生気を取り戻す。

 

『ようやく、会えたねアリスの救世主様。ずっと、ず―――と待ってたよ』

 

 歯車が今ここに揃う。

 

 物語も終盤。最後の演目が始まろうとしていた。

 

 演者は踊らされる。永劫にその身が亡びるまで。足元は血で塗れている。

 

 

 

 くひっ

 

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