オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第58話 氷結界域

 

 ――――――――――Side/ヨルムング

 

 

 ヨルムはかつての天敵を改めてその目に収め込む。じーと目に焼き付ける。まじまじと変わり果てた姿に動揺するでもなく視界に捉え過去に在りし美しきアリスの姿と重ね合わせる。

 

「久しぶりじゃなあ。かれこれ900年以来か。なんともまあ・・醜悪な姿になりおって」

 

『アリスはずっと知ってたよ。深淵の申し子。記憶、戻ったんだぁ』

 

 

【不思議の国のアリス】

 

 かつてリシモアテル王国に最大の脅威をもたらした勇者が最後の一人。恐るべき異能の使い手集団の中でも一際異彩を放ち不死者顔負けの不死性を保有する、不死を否定する絶対者。

 

 ヨルムが相対する事11回。殺害にはまるで至らず封印措置も僅かな時間稼ぎにしかならなかった。勇者の枠に収まらぬ悪夢の体現者その人。

 

 そいつが我の目の前にいる。ああ、姿は変われどアリスだ。この匂い、息吹、ここにあのアリスがいる。

 

 ああ、アリス、アリスアリス――――――

 

 多くの同胞が殺された。どの勇者よりも凶悪で狂気に満ち、そして敬意に値する狂戦士。

 

 リシモアテルの民にとって憎むべき存在でありながら憧れの象徴という矛盾した存在。アリスはまさにリシモアテルの神話に綴られし終焉の象徴であった。

 

 戦場で何度会いまみえたことか。どういうわけかその度に自身の不死性は衰えていく。こちらの魔術は一切通用せず刃を直接交えノーガードで斬り合ったあの燃える様な一時が今でも忘れられない。飛び散る血潮は舞い、はみ出た内臓は外気に触れ死を実感させる。

 

 我は――――アリスに灼かれてしまったのだ。

 

 死は尊ぶものでありそのギリギリを模索するのがリシモアテルの流儀であり戦士としての生きざま。我々は数多くの屍の上で生を育む。だのに不死性を得たことでそれは叶わず、生と死の循環は不整脈を引き起こし生命の彩は劣化していくばかり。

 

 勇者アリスは救いの象徴でありそんな伝説的存在と何度も戦えることに同胞は内心喜んだものだ。さながら握手会に集うファンの如く戦いと意義を求め皆はこぞってアリスに挑んだ。

 

 

 それがなんだってこんな有様に・・・ッッ

 

 目に見えし世相の空気は違えども、在りし日のアリスの姿は忘れもしない。

 

 ヨルムの眼前で横たわるボロ雑巾が同一人物だと言われて誰が信じるのであろうか。あの時の輝きはくすみ沈むばかり。900年という時間の流れを実感させるには残酷すぎる指標。

 

 さっきの時間停止魔術の余波までアリスにきっちり効いた時点で弱体化しているのが見て取れた。複雑な思いが入り乱れる。

 

 前は効かなかったのになんだそのざまは。

 

 アリスアリスアリス――――――ッ

 

「・・・・・・・・・なんたるざまじゃ」

 

『ねえ、部外者が邪魔しないでくれる?折角いいところだってのにさぁ。不死者の分際でッ男と女の間に入ってくるなよッッ!!!』

 

「そうはいかん。この大嘘つきにはまだ言いたいことが山ほどあるのでな。おぬしのような人外に渡すわけにはいかぬ。一人寂しく死んでくれ。美しい記憶と共に・・・・それに、ずっと待っておったんじゃろ?我に引導を渡されるのを」

 

 こんなタイミングで出会ってしまったのだ。ヨルムは恋都を颯爽に救出し因縁との対面となった。

 

 これが運命。神の粋な計らいには感謝しかない。よかった。自身に埋め込まれた勇者の因子とはアリスのものだったのだ。まさに一生消えない傷跡だったのだ。

 

 それが確信に至り、思わず歓喜に咽ておしっこを垂れ流したくなってしまう。

 

 ああヤバイ。ヤバイのじゃ。なんて幸せなんだろう。あのアリスの一部が我の中で息づいている。指先が震え武者震いが全身に快楽を覚えさせる。

 

 嬉しい。あのアリスが我と一つとは・・・・嬉しいのじゃ。もっと欲しい!

 

 やはり”傷”というものはいい。それが消えないものであれば尚の事。

 

 人はもっともっとお互いに傷付け合い共感すべきなのだ。痛みを知れば共感を生む。傷つけるのも傷つけられるのも大好きだ。先に根を挙げれば多少は優しくできるというもの。臓物の赤さも、血の生臭さも曝け出せば内面も見えてくる。だから我は戦いが好きなのだ。言葉よりも、まず先に殺し合うのが不死者に相応しい。

 

『おまえなんか待ってない邪魔』

 

 ああ、なんてそっけないんだ。嘘つき。そんなところも好きだった。アリス、アリスッ!!

 

「嘘をつくなぁッ!!そんなはずがあるものかッあんなにも楽しかったではないか!あの時もあの時もッあの時もッッ!お互いに死力を尽くし殺し合った!?実際にこうして我に殺されるために生きていてくれた!!そうでないとおかしいっ!そうでなければそんな無様な姿で恥を晒し生きながらえることができるものか。貴様はそうじゃないはず!そうだと言え!素直になれぇぇぇぁッ!アリス、アリスッアリスッッ!!!!我をもっと好きになれ!!」

 

 アリスを前に蘇る記憶の数々。それは血なまぐさくも美しい輝きに満ちた青春の断片。溢れ出す記憶は湯水のごとく洪水を起こし妄執にまで至る。

 

 ヨルムの記憶の捏造が―――――始まる。

 

 冷たくも熱い殺意が昂ぶる。

 

 戦いの中であんなにもアリスの事を想っていたのにそれは一方的なだけの身勝手な思い込みでしかなかったのか?

 

 貴様に初めて遭遇してから毎晩のように貴様で高ぶりをクチュクチュと諫めていた我がバカみたいではないか。わざわざ言葉にしなくてもわかるはずなんだ。すでにそういう仲なのだ。

 

 ヨルムは無意識に眼帯を捲り左眼孔に指を突っ込み掻き毟る。ぐちゅぐちゅクチャクチャ。

 

 男も女も関係ない。ヨルムはただ仲間外れにされた事実が許せなかった。一方的な想いだけが募りアリスとの間に齟齬を生み、嫉妬に昇華させる。

 

 どんな状況でも戦意に昇華させる加護を授けるリシモアテル王国の信仰は容易に戦う理由を与えてくれる。

 

 グググと、

 

 異常に興奮したヨルムは狂人めいた目つきでだらだらと涎を垂らし口元を真っ赤に染めながら指先を噛み砕きビクビクと内股となる。

 

 不死者の情念が満ちた色んな液体が体中から流れボタボタと床に垂れるも――――何とか耐えている。

 

 ギギギとすぐにも躍動しそうな体を必死に抑えている。

 

 興奮は最高潮。これからの戦いに何もかも昂ぶる。

 

「フゥッーッ~~フゥゥゥーッッ!!げひッけひッくふひ」

 

 とても・・・行儀のいい戦いはできそうにないなと自嘲気味にヨルムは笑うのであった。

 

 これでは自慰行為と変わらない。それを恋都という仲間が見守っていてくれる。奴ならば全てを曝け出すのに相応しい。罰として内なる全てを晒してやる。

 

 所詮は獣。どんなに繕っても服を着た二足歩行の獣なのだ。

 

 我はこんなにも淫乱で行儀が悪いんだって教えてやる。

 

 とてもガンヘッド達には見せられない!!!

 

 見よー!

 

 恋都、アリス!!ね、ね、幻滅したッ?失望したッ?不死者の実態なんてこんなもの!!

 

 後で感想を聞かないと・・・ああッ楽しいなぁぁぁぁぁぁッッ!!

 

 

 

 ――――――――――Side/アリス

 

 

 そんなヨルムを前にして、アリスは――――反吐が出そうだった。

 

 元々アリスはリシモアテルの人間のそういったところが大嫌いであった。鬱陶しくて仕方がない。そもそも不死者がいなければ”アリス”を戦場に駆り立てなかった。群がり襲い来る不死の精鋭には、ほとほと手を焼いた。どいつもこいつも楽し気に笑っていたのだ。

 

 この女は特に嫌いだった。気持ち悪かった。不死者の癖に戦場でアリスに対し女の貌をする。

 

 アリスの”アリス”に女を振り撒くか。アリスを差し置いて・・・・・・ッッ

 

『だから不死者は嫌いなんだよ。そんなに戦いたいなら、”こいつ”とでも戦ってなよ。そして勝手に死ね』

 

「!?」

 

 巻き起こる風。生じた渦が規模を広めその中央から何者かが現れた。歪んだ空間は元に戻る。徐々に露わになる輪郭に形が宿る。

 

 黒い服飾、長い髪靡かせ、そして手にかざす獲物は刀。

 

 ああ、我は知っている。ここで、来るというのか。来て、しまったかッ。

 

 

 なんとなく、そんな気はしていたよ。

 

 

 ―――A部隊隊長、”剣聖セイラン”―――

 

 

『おまえに相応しい相手は決まった。最強の前にひれ伏して死ね、品の無いけだものが』

 

 本当の戦いが始まる。

 

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