現実世界で想定外の対面が組み上がっていた頃。
夢世界もまた地獄の様相を露わにしていた。揺れ動く大地に噴き出るマグマ。
捻じ曲がった法則が渦巻く理不尽な世界でまだ誰一人と死んではいなかった。
そのことにクリムゾンは内心焦りを覚えていた。
未だに脱落者ゼロ。
こんな事実が、あっていいのか。
(どういうこと、なぜ立っていられる―――!!?)
グリムはわかる。奴に対しては最後にむごたらしく殺すために手加減をしている。チシャ猫もいい。奴は高位次元の生命体。女王と同じ存在ならまあ耐えるだろう。
・・・じゃあなんで大主教と騎士、ついでに一番弱いであろうあの獣人モドキは死なないのだ?
閃光で埋め尽くす弾幕世界。
今もなおこちらに【魔力の矢】を360°全方向から絶え間なく乱発し弾幕結界を展開し地形ごとゴリゴリと削りゆくクラウン大主教。
明らかに保有魔力量の限界を超えている。終末戦争において武名を挙げなかったことが不思議でならない。ここまで出来る奴とか聞いていない―――
そして夢世界の支配の象徴たる女王とまともに斬り結ぶ騎士。なぜ一介の人間如きが対抗できる?相手は別次元の怪物なのだぞ。
これは普通じゃない。拮抗すること自体おかしい。クリムゾンも女王もそういう次元にいる存在でない。勝負にすらならないのが当然なのだ。
間違いなく神の力を手にした。クリムゾンがどれだけ理不尽な現象を紡ごうとも決して即死しない祈り手どもの耐久力。
考えられる要因としてはやはりアリスの因子だった・・
天地をひっくり返そうと灼熱地獄を展開しようと衰えることのない戦闘力。
この様な絶望的な光景を見せつければ諦めもつくだろうにそうまでしてクリムゾンの神たる命が欲しいのか雑兵如きがッ―――――
クリムゾンの考えはおおむね正しかったが、真実にまでは至らない。傲慢さが真実を覆い隠す。
祈り手に埋め込まれたアリスの因子は適合者を変化の波に順応させる。認識が届かぬ領域まで事象が追い付かない。
確かにクリムゾンが振るう力は確かに神の力といってもいい。
だが、あくまでも夢世界の中でこそ成り立つ力。ここはアリスが作り上げた再現されし歪な物語の世界。ここの住人にとって星が割れようと核ミサイルが何発ぶち込まれようとも日常の一部でしかない。所詮は夢でありそれが住人の現実。
それでも外界の常人であれば世界の変化についていくことはできず簡単に死ぬだろう。生きる世界が違えば法則も違ってくる。そう都合よく適応できるものではないのだ。これもまた、まごうことなき現実なのだから。
―――――だが、アリスの因子を獲得し、見初められた彼らは異なる法則に適応する。
発火すれば燃えるし、氷結すれば凍る。
だが――――死に至らない。
想定以上に通りが悪いのは規模が大きく過剰過ぎるクリムゾンの殺意がため。
因子を継ぐならば当然、祈り手にも【フルドリス】が備わっている。 クリムゾンがひっきりなしに繰り出す即死クラスの事象操作。
それは決して回避不能。
それは何が起きたかもわからない程に全貌が見えない一撃。
クリムゾンが考える神の如き力の過剰なまでの再現。スケールが違い過ぎる、違い過ぎたのだ・・・
祈り手本人たちの理解を超え過ぎた攻撃の結果、認識できず上手く作用せず【フルドリス】によりシャットアウトさる。どれもが即死クラスの攻撃の応酬。回避できぬよう対処できぬようにと認識すらもさせない。死んだこともわからせない。
それが逆に祈り手の命を長引かせる。
それがクリムゾンにはわからない。むきになりより強力な攻撃をと、更に加熱していく戦意が悪循環を生み出していく。下手をすると手加減されているグリムがよっぽど一番死に近い存在だった。
物事はシンプルだ。クリムゾンはそれこそ単純で分かりやすい攻撃を行えばよかった。
剣の一振りをこれ見よがしに精製し直接首でも跳ね飛ばせばこの一幕は終了するが、その選択肢はあり得ない。
選民思想の強いクリムゾンは外界人を見下す。そのようなプライドからわざわざと直接的な行為をしようとしない。力を手にし十全に振るおうと万能感に酔っていた。それが更に驕り高ぶらせる。わざわざ同じ土俵に降り立って汗を流すような泥臭い戦いはしない。いつだって高所から見下ろすのが普通であり、神にふさわしい在り方だった。
不可視の力で斬撃の結果だけを発現させるも切り傷は与えてもそれが完全なる切断には至らない。
おまけにここにきて適合者の因子が活性化。再生力が些細なを傷も癒していく。
これらの要因からクリムゾンは攻めるきることができずにいた。
もとより大主教と騎士は歴史に名を残す者たちばかり。並外れた対応力が命を燃やし躍動させる。
それでもクリムゾンに余裕があるのは相手にもまた傷を負わせるだけの攻撃力がないからであった。グリムの操る想術では神の力を振るうクリムゾンにどうしたって傷を負わせることは不可能。存在の格が違う。
気を付けるべき相手はチシャ猫ただ一人だった――――――――――
戦況は膠着状態であった。それは誰もが感じていた。
クラウンもまたいつどこで均衡が崩されるのかと気が気でない。いつ現れるかもしれないラッキーパンチで戦線が崩壊すれば戦況は瓦解することを理解している。何か手はないのかと考え続ける。
だからこそあることが気がかりだった。
そう、チシャ猫のことである。
神の如き者クリムゾンに対しこちらの攻撃はまるで通用しないのは百も承知。それでも相手が攻めきれない事から困惑は読み取れる。クラウンの異能から同じ境遇のレグナントの状況を俯瞰して読み取りその原因は心得ていた。
・・・・・皮肉なことにここに囚われる原因となった因子によって生かされている。奇しくも事の元凶たる勇者アリスによって守られていたのだ。
それでも膠着状態は長くは続くまい。敵も試行錯誤を試みている。いつかはその種も割れてしまうし、クリムゾンの意図せぬ不幸な一撃が繰り出されるのは時間の問題だ。今できるのは唯一クリムゾンの守りを突破できるチシャ猫をサポートすることだけ。
――――――問題は肝心のチシャ猫が明らかに本気でないことだ。
まるで何かを待っているように無意味に戦況を長引かせているようにクラウンには感じられた。異能を使わずともわかる薄っぺらい本気。
いったい何を待っているのだ。湧き上がる不吉な考えは予兆も無く糸を引く。
クラウンの危惧。その答えはしばらくしてからやってきた。
異変はすぐに伝播する。最初に気が付いたのは夢の住人たるチシャ猫と女王であった。
「「!!」」
その後につられるように皆が見た。見るしかなかった。
「なんッ!?」
戦域から離れた後方から響くグレイズの声。目を向ければセイランの姿が消えていく。
守護者筆頭がマスターを置いて勝手に消えるはずもない。明らかな異変。何かが起きた証。クリムゾンが驚くのをクラウンは見逃さないかった。
(おそらく、これが奴の本命。何かが・・起きている)
信じたくないが悟る。これはまだプロローグにすぎないのだ。現実世界で何かが起きている。それもクリムゾンよりも恐ろしい脅威が。
知ろうにもガッチリと関係の無い情報を振り撒きこちらの異能への対策をした夢の住人からは何も情報が読み取れない。与えられる情報は多く、嘘を交え真実は闇の中。精査するには時間が足りなさすぎる。クラウンは理解を封じられた。完全に異能の特性を逆手に取られる。
だからこそ当然後手に回る。チシャ猫の動きに反応できなかった。反応できたのはただの一人。
「ッ!」
突然門が現れそこに飛び込むチシャ猫。
それに対し女王はレグナントとの剣戟を無視し脇腹に横凪の剛剣を喰い込ませる。
「なッッん、だと!?」
レグナントは思わず叫ぶ。無視をされ苛立ちを覚え、望まぬ一撃に困惑していたのかもしれない。自身との闘いよりも他を優先とされたことに騎士としての矜持に傷を付けられる。
女王はそんな騎士に申し訳なさそうに一瞥しながら剣を腹に受けた状態で手にした王笏を勢いよく一投する。
その一投は門を貫いた。
「ぶひゃひゃひゃひゃッッ!!」
門が崩壊するも間一髪。
チシャ猫の姿は何処にもなかった。逃げおおせてしまう。
「・・・・・????」
意図の読めない行動の多さ。誰もが動きを止め思考を張り巡らせる。チシャ猫の唐突な戦線離脱もそうだが均衡が崩され有利になったはずのクリムゾンもどうしてか動かない。困惑が表情に現れる。
いや、何か様子がおかしい。クリムゾンの視線が明後日を向き汗を垂らし余裕が消えていた。思わずクラウンとグリムは顔を見合わせる。
この場で理解できているのは、やはりただの一人だけ。
「き、貴公ッ」
「やられちゃった・・・最悪だ。文字通り猫を被ってたのね、あいつ・・・あ、ごめんね真剣勝負だってのによそ見しちゃって、でももうちょっとだけ待っててね、考えているから」
脇腹を血に染め口から吐血する女王。レグナントも動揺する。彼女との勝負は劣勢であり当たるはずの無い一撃が当たってしまったためにだ。はっきり言って勝てる相手ではない。今まで遊ばれていた。それが悔しくて躍起にさせる。なぜなんだと問いたかった。
いかに因子があれども勝負になる土俵にそもそも立っていない。それが悔しくもありがむしゃらに挑むレグナントをまっすぐ見つめ”本当に楽し気に”相手にする女王に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
意地でも一撃、当てれればそれでよかった。
それがこんな情けの無い一撃など認められるものか・・・
一方、そんな状況でも冷静な女王は感想を述べる。
・・良い一撃だなぁ。
本来であればなんてことのない傷。それが”騎士”に殉ずる者の一撃であり重く女王の存在に亀裂を入れる程に情熱に満ち足りていた。”一貫性”に努めるがんばりやさんには舞台に上がる資格がある。自ら動く資格がある。
それでも、この一撃が”致命傷”であってもどうしても考えねばならないことがあった。
先ほどの外部からの干渉。セイランを夢世界から連れ出したあの力は間違いなくアリスのものであったが、それが女王を困惑させる。
ありえないのだ。
外界から直接ここに干渉できる存在はA種と夢の住人、そしてオリジナルアリスのみ。産まれ持った女王の立場により誰がどこからどうやって干渉したかが自ずとわかってしまう。これでも一応の支配者であり管理者であった。そういう役割を担っている。
・・・だからこそ、わからない。
未だに荒れ果てた大地で赤ん坊の様に身を丸め眠るキズまみれのアリスの姿。
クラウンの魔術により時間が戻ったあの時グレイズが肉壁となりグリムが術で守り通していた。
沈黙してはいるがアリスの魂は未だにあそこにある、はずなのに。
まさか、そのまさかだ―――
女王は確認するようにアリスを再度見やり指を鳴らす。
(・・・・・!)
やはりかと、その姿に変化が現れる。
変化は小さな姿へと変貌する。それは恋都が裁判所に現れた時に連れていたアリスジョーカーであった。
女王たる者が見間違えるはずがなかった。私の考えに賛同せず袂を分かち外界へと出奔したトランプ兵が最後の一人。一度目の大崩壊後の唯一の生き残り。
女王は思わず駆け寄りその手を握る。
アリスジョーカーは必死に口をパクパクさせ血を吐き出し腹部を赤く染めていた。咄嗟に服を破り捨て傷口を確認する。
―――腹部から内臓がはみ出ていた。
「げ、下僕!」
透明な欠片となり消えていく我が下僕の姿に気が付くと女王は叫んでいた。
冷たくなった彼女からは何も感じない。依然感じていた”役”の気配が何もないのだ。完全なる抜け殻。再構成の弊害でこいつが元はどんな姿だったのかも思い出せない。
言葉をまともに交わす事も無く腕の中で消滅する。
ジョーカーは最後まで自身が誰なのかもわからずに、風となり、土となり、旅立った。
「・・・・・・・・・・・・いつ、アリスは下僕にすり替えられた?」
そして本物のアリスの魂は・・・・どこに消えた?
ジョーカーが裁判所に恋都に連れられ現れた時は内心複雑な思いを抱えた。どんな役にもなれるジョーカーはよりにもよってA種に化けていた。その変身は完璧すぎて女王にも一瞬分からないほどだった。確かにそれならば外界でも存在を保つことはできるだろうが・・・例に漏れずこいつもまた精神が完全に変身先に持っていかれていた。
―――自我の喪失、よりにもよってA種に化けるなどと愚かさと悲しさに呆れていた・・・物語の端役が主役の真似事をするからそうなる。完全にA種そのものに取り込まれA種擬きへと変貌していた。
・・・袂を分かちはしたものの、それでも私の下僕には違いない。
結局、ジョーカーはアリス救済を成し遂げれなかったのだ。そして外界で何かがあってA種に化けたのだ。奴も馬鹿ではない。何者かが甘言を囁いたに違いない。
外を渡り歩くのはいつだって”奴”の仕事だった。そういう風に追いやったのが私だ。
その時に”奴”に唆されたのだな・・・・ッ
いいように利用されて、それは無念・・だろなぁ・・・
――――――ああ最悪だ。
・・・恐らくだが、どういうことか裁判時に恋都がアリスを精神的に屈服させた時点で”アリスの役”は恋都に移譲されていたのだ。私はそれに気が付かず、恋都をみすみすかわいそうと言う女王にあるまじき理由で現実世界へと帰してしまった。
まさかチシャ猫がここまで考えていたのかと・・・見事に欺かれ出し抜かれた。キャラ変し過ぎだ。
普段の態度こそが本気の狂言そのものだったのだ。