オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第61話 聖剣の担い手

 

 ――――――――――Side/レグナント

 

 

 鳥が――――――嘶いている。

 

 大昔の記憶が疼く。 

 

 ずっと前に、とてつもなく強力な敵との死闘の果てに動けぬ体のまま天を仰いでいたような気がする。

 

 それは祖国フェザーンの騎士であった頃のレグナントにとっての重くも苦い記憶。

 

 そうあれは祖国フェザーンを襲った聖王国からの刺客。

 

 敵はただの一人。まごうことなき国難が人の形を成す。存在そのものが慮外の徒。そこで初めて世界の広さを知った。セプストリア聖王国が覇権国家であることを思い知らされた。

 

 ・・・ああ、そうだった。

 

 フェザーンが誇る最高の騎士三人がかりでようやく撃退できたがこちらもただでは済まなかった。

 

 三騎士で一番の若手の私が・・・おめおめと生き延びてしまった。

 

 生きるべきは――――私でなかった。

 

 部下に救護され、それからのことを覚えていない。とても大事なことが起きたはずなのに何も覚えていない。フェザーンで何かが起きたのだ。

 

 

『レグナント卿。やはり聖剣は貴方を見初めましたね。いつか・・・きっと貴方に与えられた聖剣の意味を知ることになるでしょう。それは貴方にしかわかりません。だから、それまで私の騎士として手を貸していただけませんか・・?』

 

 ああ、姫様・・・あの時に私を信じ手を差し伸べた恩は忘れません。

 

 命を賭すに相応しいと感じたからこそ私はあの領域まで至れたのだ。

 

 

 それを、私はこんなところでなにをやっているのだ―――――――

 

 

 抜き身の剣は収まるはずの鞘を失い彷徨う。次第に錆び付き刀身を鈍らせる。

 

 

 レグナントは信頼の証たる聖剣を失い、時間を無駄にし、祖国の結末を聞くしかなかった。

 

 記憶が戻る度に強い後悔と無力感に絶望してばかり。

 

 それでも僅かな可能性に賭け、乾いた大地で土を噛みしめ目を見開く。

 

 随分遠くに来てしまったなと周りを俯瞰する。

 

「・・・・・・苦い・・な」

 

 何もかも土塊と化し柔らかな大地の上で倒れ伏す。隆起しささくれだった岩盤が牙を晒す。

 

 現実味の無い光景を前にどこかやりきったような充足感。レグナントはそのまま土の味を噛みしめながら空を仰ぐ。

 

 どこまでも死滅した朱い空が無限に続く。本当に、現実味がない世界だ。

 

 空が朱いなど馬鹿げている・・・

 

 大地で仰向けになり点滅する視界が天を仰ぐ。全身に負った裂傷で脳が悲鳴を上げていた。

 

 ・・・・なぜ、まだ生きているのだろう・・な。

 

 

 答えは簡単だ。俺に覆いかぶさるように倒れ込む彼女のおかげに他ならない。思い違いでなければあの一瞬で私と先生と騎士見習い、おまけにゲームマスターをまとめて守ってみせた。

 

 女王は、敵ではなかったのか・・?

 

 突然獣人女が戦線から離脱してからバランスは崩壊した。

 

 めぐるましい戦況の変化が続き、混乱を産む。それでも助けられたのもまた変えようのない事実。

 

「なぜ・・なんだ。なぜ助けた――――――ッ」

 

「うふ、ふふ。これで・・ようやくお役御免か・・・永、かった。最初からこうしてればよかったんだ。それを私は、意気地がないから・・・」

 

 女王の目には何も映っていない。問いに答える事も無く自嘲気味に呟く。自己完結した思いのままに行動し勝手に死のうとしている。

 

 ドクドクと胴体から血を流していた。透明な粒子をまとっている。

 

 ただの切っ掛けだったかもしれない。

 

 あの情けの無い私の一撃のせいで女王は死のうとしていた。

 

「・・・・・う、うぅ。う、く。ごめんね。ごめんね・・何もできなくて。アリス、アリス。私を許してくれ。一人だけ楽になろうとした私、を・・」

 

 それは懺悔か。何かに縋るように伸びた手をレグナントは――――迷わず握りしめる。

 

 女王は許しを求めていた。

 

「・・・・・・・・・・・・・ッ」

 

 確かに女王は敵であった。私は洗脳され忠誠心を穢され都合のいい傀儡として扱われた。

 

 恨みは、もちろんある。

 

 それでも弱り切った敵兵の、それも強敵に対し死を愚弄するようなことはレグナントにはできない。そういう風に生きるだと子供の頃から決めたのだから。

 

 レグナントもまた伸ばした手を姫様に掴まれたからこそ、ここにいる。

 

 今度は私が手を繋ぐ番なのだ。

 

 誰しもいつかは救いはあるべきだ。後悔し贖おうとする者にはあるべきなのだ。

 

 あくる日を望めなくとも一時の安らぎは許されてもいいはずだ。

 

 手を取り合う。単純なことだがこれがなかなか難しい。

 

 それが理想とする騎士の在り方だったのだ。レグナントは手を差し出せる騎士になりたかった。

 

 

 レグナントが女王の手を握ってあげると安らぎに満ちた表情で光の粒子となり消滅した。涙もまた軌跡を描き瞬いた。

 

 どこか満足げにやりきった顔をしていた。

 

 

 ――――それでも。

 

 ああ、なんと納得のいかない最後か。勝者が死に敗者が生きるなど流儀に反している。結局助けてくれた真意もわからない。

 

 一流を気取る手前なんと口惜しい事か。

 

 それでも差し出したレグナントの手は確かに握り返され何かを託されたような気がしたのだ。

 

「く、ふははははははっはっあああ!素晴らしいッ素晴らしいよッッ!!これが、これこそがオリジナルアリスの力!これで世界は救われる!なによりもこのクリムゾンの手でッ!!アハハハハハハハヒャハァッ!!」

 

 力を手にした悪鬼が子供の様にはしゃぐ。こちらに意識が向けばまたあの一撃が来る。そうなればひとたまりもない、か。

 

 それでも繋いだ命・・・無駄にするにはいかなかった。最後の時を座して待つなど考えられない。

 

 レグナントは虚無感と喪失感を感じつつもなんとか立ち上がろうとするも何かに足が引っかかり転ぶ。

 

 私は何をやっているんだと憤る。立ち上がったところで何ができる。もはや勝ち負けの話ではないのに。

 

 奴の前では何もかも等しく無価値。寝ていたほうがまだ生存率はあがるだろう。それがわかっていながら、なぜ立ち上がったんだ。

 

 

 いっそ、このまま・・・・・・・・・・・・・・・・・、、、、、、

 

 

 

 

 

 ――――――――――――あぁ

 

 

 あぁぁ

 

 

 

 力の波動が渦巻き土が舞い上がる。そこから現れた物にどうしてか無言となる。

 

「・・・・・あぁ」

 

 どこか懐かしい感触。先ほど足を引っかけた何か。それはとても掌に馴染んだ。

 

 レグナントはこれを知っている。忘れるはずもない失われし我が体の一部。我が闘争の記録。誓いの証。

 

 

「おぉぉ・・・久方ぶりだな、我が・・・聖剣よ」

 

 

 偶然なのか。

 

 違う。柄を握ると握り返されるこの感触は女王の手と似ていた。

 

 そうだ、この剣を賜った時、確かに誓ったのだ。国を守護し先人たちの想いを継いでいくのだと。想いは連なり恥じのない生き方をするとあの時に誓った。

 

 女王は最後に、放浪騎士となった私に使命を与えるか。これが巡り合わせなのか。

 

 聖剣が私を導く。姫様の真意が今ならわかるかもしれない。

 

 ――――いいだろう、この時だけはあなたの騎士として使命を果たそう。

 

 一時とは言え、勝手にとは言え、女王の騎士であったことには違いない。

 

 義理立てするのではない。私は思いを繋ぐ騎士で在るために、二度と後悔しないためにも、今ここに宣言しよう。

 

 決して果たされぬ誓いをこれより正す。

 

 今度こそは最後まで抗ってみせよう。

 

「聞けえぇッ!我が名はフェザーンの【三騎士】が一人、レグナント・ブラウム・ヴォルテルミナ!!朱き女王に仕える最後が騎士!振るいし剣戟の数々は知れず、そのことごとくは悪鬼を撃ち滅ぼすものばかり。我はこの地に渦巻く因果に仇なす者なりッッ!これ以上の狼藉、女王に変わり私が守護致す!!いざ!参る!」

 

 歴史に消えた英雄が舞い降りた。

 

 ”両手”に女王の意思を携え後塵を払う。

 

 演目は、まだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・捕捉になるが実はレグナントにかけられた女王による洗脳はまったく解除されてない。

 

 

 クラウンはあくまでも応急処置を施したに過ぎない。解除はできないと終末戦争の経験から早々に諦めている。

 

 じゃああの時何をしたのかと言えば、洗脳された状態の上でクラウンは現実をすり合わせ状況を理解させ一時的に説得させたにすぎない。洗脳済みとしてもだ。所詮は人の意識には変わらない。人としての範疇で考えは決まり行動する。

 

 その上で意味の分からない状況をぶつけることで相対的に常識が上回っただけなのだ。洗脳されていようがされていなかろうが、突然目の前で全裸になって歌い踊り出せば困惑もする。

 

 困惑による共通部分を通じ常識を照らし合わせ無理やり理解させただけであった。

 

 

 

 

 では、洗脳されてからのこれまでの感情の機微、行動は全てその洗脳の結果なのだろうか・・・?

 

 この心の底から湧き上がるマグマのような熱量も偽物なのか・・?

 

 洗脳されてから生じた感情の発露、吐いた言葉は虚言なのか・・?

 

 いつの間にやら拾い上げた女王の杖を左手に携える理由はなんだ・・・?

 

 

 

 それは右手に携えた第二級遺失物【異なり底の聖剣】だけが知っていた。

 

 

 

 

「起きてください、グレイズ君!」

 

「――――――ッ!!?」

 

 自分を呼ぶ声に反応し飛び起きる。目に映るは、ほっとしたような表情の先生の顔と変わり果てた大地と鈍く輝く朱い空。先ほどの一撃により生じた結果だと理解し、生きているという実感が追い付き体が震えてくる。あまりにも恐ろしい出来事。悪夢はまだ続いていた。

 

「しっかりしてくださいッ!まだ何も終わっていないのですよ」

 

「終わるって・・・あ、あれに勝つつもりなんですかッ」

 

 正気じゃない。それは先生もわかっているはず。もはや勝ち負けの次元にいる相手ではない。さっきでさえジリ貧だったのは観戦するしかなかったグレイズにも理解できていた。

 

 拮抗できていたのはあの猫女のお陰といってもいい。

 

 その均衡は破られたのに、なにができる。人間如きに何が成せる――――?

 

 

「今は騎士殿が時間を稼いでくれてます。その間にグレイズ君にはやってほしいことがあるんです。君にしかできないことなんです」

 

「僕にしかできない・・こと」

 

 先生が指さす方向の先には半壊した門が口を開いていた。あらゆるものを吸い込んでしまいそうな漆黒が顔を覗かせる。

 

「あそこから現実世界に帰れます。君にはそこで勇者アリスを破壊してもらいます」

 

 瀬戸際で女王から受け取った情報。憶測も混じるが信じるしかない。クリムゾンに流れる神性は現実世界からの供給。その流入さえ止める事が出来ればまだ勝機はある。ここで奴をどうにかしなくては世界は終わる。

 

 クリムゾンが現実世界に戻ればその神性の暴力は容易く世界を壊す。神が現世に降臨すればどうなるか、わかりきった答えだ。聖王国にとっての禁忌。

 

 特にこの神は何も救わない。

 

 ゲームマスターとは人類の天敵。信者もいないのにどうしてここまで力を持っているのかわからない名の知れぬ出来損ないの神。そこには根源となる存在がいた。

 

 供給源を破壊してしまえばまだ可能性はある―――

 

「いや、それはダメだ。無駄死にするだけだ」

 

 ボロボロのグリムが片腕を抑え現れる。身構えるグレイズを余所に話は進む。

 

「セイランが消えたのは呼ばれたからだ。恐らく、あれはアリスを守る最高のセキュリティになった。そいつが行っても無駄死にする」

 

「ではどうしろと?このまま座して死を待つのですか?」

 

「もっといい方法がある。発電施設を予備も含め完全に破壊し強制的にシステムを止めればいい。力の流動は私が作ったネットワークを介して行われている。流れを強制的に切断するほうが合理的だ」

 

 なるほどとクラウンは納得する。女王の情報とも確かに合致する。クリムゾンは現実世界でネットワーク経由でダンジョンを機能停止に追い込んだのを応用し、この夢世界にまで繋がりを維持できたのはそのネットワークが勇者アリスの力を利用し作り上げられた物であるからだ。

 

 作戦は決まった。

 

 あとは・・彼次第だ。

  

「・・・なぜ僕なんです。先生の方が・・」

 

「適材適所です。時間を稼ぐ必要がありますがそれは君には無理でしょう。それに君にはまだやるべきことがあるでしょう?」

 

 それにと・・続ける。

 

「未来ある若者には生きてほしいんですよ」

 

 これは本心でもあった。クラウンにとってもグレイズは手のかかる教え子であった。そして最後の子弟。聖王国を生きる正統なる意志の継続者であった。見捨てれるはずがない。死ぬのは忘れられた者だけでいい。我々は不死者じゃない。いつまでも現世で胡坐をかくべきでない。

 

 

「・・・・・ッ」

 

 先生たちは覚悟している。グレイズにはそれが理解できてしまう。自然と歩み出す。

 

 もう二度と会えない気がしてどうしても振り返りそうになる。無力感に苛まれ力が欲しかった。同じ舞台に立てないことが悔しくて涙を流す。こんなにも悔しいと思えたのはこれが初めてだった。

 

 そのまま黒いゲートに飛び込んだ。タイミングを計ったように門は自壊する。

 

「さて・・」

 

 あとは祈るしかない。

 

 それでもクラウンの肩の荷が下りる。これでなんの憂いも無く戦いに専念できる。これでいい。一応もう一人のゲームマスターがいるからまだ可能性はある。戦いにはならずとも時間を操り一分一秒でも引き伸ばす。ここで抗わねばなにも守れやしない。両親の仇も打てやしない。これ以上終末戦争の傷跡を広げるべきではないのだ。黒歴史は闇の中へと葬るべきだ。今を生きる者たちのために礎となろう。

 

 未来に栄光あれ。

 

「さあ、参りましょうか。世界を救いに」

 

「ああ、私も負けられないのでね」

 

 男たちは戦場へと赴く。

 

絶望の中であろうと、あるかどうかもわからない希望を手繰り寄せるために。

 

 

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