――――――――――Side/ヨルムング
―――――それは早すぎる再会であった。
凄惨たる場の中央でヨルムとセイランは対峙していた。周囲のアリスもどきは凍り氷像と化し悪趣味なインテリアと化す。
「ここでおぬしが現れるか・・・マスターはどうした?ん?死んだのか?」
「・・・・・・・・・」
無言のまま刀を抜くセイランに対し警戒心を強めるヨルム。どう見ても様子がおかしいのは誰から見ても明白。アリスによって完全を操られているようだ。
「ハッなんてざまじゃ。それが黒殖白亜最強の姿か」
イライラと暴言を吐き、左目を掻き毟る。傷口が開き血が流れるも止めることは無い。ああ、視神経がジンジンする。
憤るもそれでいてヨルムは内心焦っている。浮足立ってもいた。かなりまずい精神状態。精神操作を受けていようとも特攻は顕在。そう考えると楽しくて仕方がない。
痛みが快楽に、快楽が戦意に変わりゆく。水を差されたがなんせあの剣聖とまた戦えるのだ。この期に及んで楽しさを優先する自身のド腐れ性根に呆れる。ああ、セイランを前にすると今度は切られた左腕の断面が疼き痒くなる。幻肢痛が暴れ回る。ガリガリと爪を立てる。
ついさっき一戦かましたばかりだというのに、この一戦は想定していなかった。
セイランが敵の手に堕ちるとは考えもしなかった。
余りに早すぎる再戦。それも正面からの真っ向勝負。既に刀は抜かれている。
上段に刀を構えられたが最後、負ける。
次はどう足掻いても直撃させてくる。小細工が二度も通じる相手ではないことはヨルムが一番知っている。一戦目で手の内を晒し過ぎた。
「ふ、どうした。我と会話もしてくれないのか?」
「・・・・・・・・」
ダメだな。まるで反応がない。会話による時間稼ぎも不可能か。
考えろ、すぐに次の一手を打たねば何もできずに死ぬ。瞬殺されてみろ。いきようようとコイトの助けに入った我の立場が無いわ。
めぐるましくヨルムの脳は稼働する。ヨルムは【デユアル】という非常に希少な属性の複数持ち。固有属性は水と闇。先ほど時間を止めた魔術は【氷精降世】という闇と水の複合型単発魔術。
まあ正確には限定的に時空間を歪め、対象範囲内のエネルギーを固定することで疑似的に時間を止めているだけにすぎない。外部から見れば凍結している見えるだろう。自身だけが動けるのも精密な魔力操作による賜物。リアルタイムで自身の動き全てに効果範囲を適用させないことで行動を可能としている。おまけに術式が解除されればあらゆる生命体は氷像となり凍死するという副次効果付き。
かつてはこの魔術で終末戦争の環境を支配したものだ。並の勇者では対抗できず敵兵を一方的に殺しつくした。そう、勇者アリスが現れるまではだが。
自身が手掛けた完全オリジナルの単発魔術だからこそ駆動時間は無く起動から発動までのインターバルは一瞬で構築可能。
問題は黒殖白亜の連中にはまるで効かないってところだ。
精鋭部隊である黒殖白亜のメンバーにはゲームマスターお手製の”銀時計”が貸与されている。遺失物でなら二級相当。覚えの無い時空間の歪みから身を守るお守りであり僅かなズレも許さない絶対なる指標。
これのせいで時間制御による優位をとれない。おまけにデザインもいいと来た。素直に羨ましい。
セイランまで距離は10メートル。こちらの行動を見てからの後の先で必ず先手を打たれ死ぬ。守護者は先生と慕われるあの男の教え子だ。我には及ばぬがこいつらもまた一流の魔術師。【雹月】は、ある程度解析され対抗策は用意していると想定する。異能の有効範囲も暗殺失敗からの一文字直撃回避で予測はついているはず。
どうする、どうする―――
あの時の様に一文字を初手で使わないなんて可能性はまずない。奇襲を選んだのはあの場が機密区画に隣接していたからであり、一文字では見てのとおり他の区画まで切り分ける。それを危惧しこちらが提示した異能の情報(嘘)を元に奇襲を選んだのだ。
どうすれば―――いいんだ・・・!
そもそも魔術師が何の準備も無くセイランの様な化け物と戦うことこそ異常。そりゃ大抵の相手なら対応はしてみせる。他の部隊長クラスならギリギリ許容範囲内だが・・・何度も言うがこいつはまるでものが違う。
よく祈り手最強として我を比較に挙げられ持て囃されるがセイランはこのダンジョン内ぶっちぎりの最強。私見だがゲームマスターよりも強いと見ている。
終末戦争時、多くの英雄が現れたがそれでも、これほどの・・・勇者アリス以上の絶望感が動悸を激しくする。
未だに【雹月】を受けどうやって生存したのかもわからない。
ヨルムにできるとすれば異能により限界を超えた加速で速攻を仕掛けるしかない。それが手持ちの中で最速の攻撃手段。ただ代償として加速によって我の体は崩壊するのだろう。我が異能は加速対象を強化するがそれでも限度がある。
セイランは命でも天秤にかけねば触れることも出来ない領域に君臨するのだ。
やるしか、ないッ!
セイランの下を向いた刀がゆっくりと動く。軌道は連なり上段へと続いていくのだろう。
勝負の時が来た。
大地に力が籠り足先が跳ね上がる。初速からは想像もできない加速にヨルムは風となり光となる。全身の血管が破裂しそうな痛みに歯を食いしばり。ここから加速していくので更に負担がヤバイ。
虚空から引き抜いた剣を手に襲い掛かる。
それに対しセイランは冷静に”中腰のまま刀を脇に構えて”迎え撃った。
―――――――それはヨルムにとって、予想もつかない行動であった。
「―――――――――――――――はぁ?」
横合いから切り込む鋭い閃光。ここにいる者には刀身が輝いて見えただろう。ただの斬撃が常世を切り裂き未知なる世界へとリンクした瞬間であったが、それが理解できる者もまたいない。理解したとしてそれがなんだと言うのだとアリスは笑う。
条理を刈り取る刃が迫りくるもヨルムからある感情が激しく噴出していた。
はっきり言ってどうだっていい。
歴然とした脅威をどうでもいいと吐き捨てる彼女は、ただ思った。
一 文 字 は ど う し た !
「ふ、ふざけやがってえええええええええええッッ!我を舐めておるのかああああああああああぁぁぁぁぁぁア”エ”ァァァアァッッ―――――――ッ!」
「――――?」
急加速からの突然の急停止。光る速度まで加速した肉体を急に止めればどうなるかなど誰にもわかりきった結末であり終幕。だがそれも同じ異能で減速すれば難なく可能とする。それができてしまうセンスを持つのがヨルムだった。完全にタイミングを外された刃先がヨルムの鼻先を掠める。
左目は熱く痛み加速する。怒り狂う反面、冷静でもあった。
異能で思考が加速する。ごく自然と発揮される異能は意識したものではなく、ありとあらゆる感覚が疾走していく。ヨルムはこの土壇場で更なる飛躍を遂げた。
それでも届かぬ領域に剣聖は君臨する。これでも全然足りぬのか。
―――――【雹月】は派生魔術。
始点である単発魔術【氷結】を根差し発展分岐していく魔術の最奥。まるで枝の様に伸びる魔術の体系図は血脈だ。起動、駆動、発動。誰もが持つ”黒き穴”から供給された魔力は血管に流れる血液のように枝を伝い流れ魔力が形成された魔術に触れ初めて発動する。その間を駆動といい、単発型と違い派生型には明確なインターバルが存在する。
最奥ともなれば発動までにどれほどかかるだろうか。少なくとも高速戦闘が基本のこのダンジョン内ではいかに素晴らしい効果を有していても発動する隙すら与えられない。先生と慕われる男の魔術思想が随所に散りばめられていた。
だがヨルムには関係ない。全て異能で強引に解決する。速度は何事も解決するのだ。魔術師ならば誰もが羨むことだろう駆動時間の悩み。
それを無理やり異能で解決したヨルムはこの場で【雹月】と並行してもう一つの大魔術を起動する。短時間でお手製の固有魔術が対策できるものかと魔術師の矜持が考えを改めさせる。
その魔術の属性は闇。魔術の並行処理など正気の沙汰ではない。
それも、どちらも別々の属性であり最奥クラス。魔術の起動からの発動までの処理は同じ魔術基盤内で行われる。
例えるならば一つの容器の中で二つの飲み物を作るようなもの。水と油ほど相性の良くない光と闇ならば可能かもしれない。それはあくまでも【デュアル】のような保有属性であればの話。
自身の属性と属性外での魔術の並列処理はどうやっても天秤は相性のいい属性へと傾く。それがヨルムの場合二つある。この場合おもしろいことに並列処理に驚く程ノイズが入らない。これこそ【デュアル】の強味。
そんな特性を一流の魔術師に与えればどうなるかなどわかりきったこと。
・・・才能と能力が合致することはなかなかない。死蔵したまま世に出ることなく腐らせることの方が多い。ヨルムは魔術師として恵まれていた。才能に環境、産まれ。そして努力ができる者。
静かに歯車は刻まれる。ヨルムの保有する魔術の中でも最長の駆動。
今か今かと産声を挙げる”その時”を待っていた。
(なんて・・奴らだ)
恋都は戦慄していた。目の前で繰り広げられる空想を超えた応酬。スピードの海に振り切ったヨルムとセイランの両者の姿を視界に捉えることができない。まるでミサイルが着弾したかのような激しい衝撃音と共に凍り付き、斬り刻まれる空間。余人でも決して無事では済まされない力の衝突。不思議な事に俺がいるベットの近くだけはなんの爪跡も無く綺麗なままであった。
ただ悔しかった。見ている事しかできない自分に腹が立つ。どうしていつもいつも肝心な時に動けないんだ。フォトクリスの時だってそうだった。殆ど意識が飛んでいて守られてばかりだった。
情けない、悔しくて血の涙がでそうだった。どんなに思いだけが募ろうとも体が動かない。それでいて、意識だけははっきりとしている。いったい誰の仕業だろうな。わかりきった答えであった。
『く、ひふふふふ。辛いよねぇ。アリスにはわかるよぉ。ずっと見ているだけなんだもんねぇ、いつだって観客席じゃあ飽きもする』
(だ、まれ・・)
『まあ見てなよ。こんな一戦、まず見ることができないから。君でもある程度は見えるようにしてるんだからさ。楽しもうか』