ヨルムの体が――――――軋む。
どれほど刃を交えたのか。凝縮された時間の中で何度打ち合ったのかもわからないが、改めてセイランの強さを再確認した。忘れていたよ。こいつは一文字を習得する前からA種を撃破可能な卓越した剣技の持ち主であった。守護者同士の個人ランク戦だって一文字無しで第一位じゃった。
異能により加速し続けるヨルムと張り合うセイランの底知れなさ。
一定の速度まで振り切れば増幅、もしくは減退が可能な異能を持つヨルムは絶対に速度やパワーで負ける筈がないのだ。異能で強化できるのは速度だけでなくエネルギーや純粋なパワーの増幅だって可能。その逆もまた然り。一方的に自己を強化しつつ、相手を弱体化させることが可能。なんだったら相手を強化して暴走させることも可能なのだぞ!!
スピード自慢は格好のカモ、のはずだった。
この地に根差す守護者は同胞の”先生”の教えで高速戦闘を基本理念とした戦闘体系を確立している。良く動く奴ほど我の前では足掻くこともできぬ!!
それを・・・・こいつは・・・・ッ
やはり先の戦いから学習したのかセイランはその場から余り動くことなくヨルムの残像から続く残像の連撃を全て刀でいなし、弾く。織り交ぜる最大火力の【氷結】すらセイランの神速のスイングから生じた瞬間的な熱量が溶かし切り崩す。
その度に火花が散り閃光が瞬く。
「ガアアアアアアアアア――――――ッッ!!!」
ヨルムの纏う独自の魔力障壁”あいすあーまー”が無ければ既に焼き殺されている。
(こ、こいつ―――――ッ、こんなにもォッ!!!)
セイランの移動が無くとも、刀を振る速度までノロマではいられない。それではヨルムに対応できない。
その動作速度は間違いなく我が異能の網に引っ掛かるのに、なぜか速度と威力の減退が無い。
異能がまるで効いていない。
おまけに氷結対策まで講じておる!多少凍り付くだけでセイランの魔力障壁たる外装で留まっている。
「ひぅ!!?」
突撃するヨルムの前に突然大槍が現れる。
守護者お得意の【蔵書】からの槍などの長物による迎撃。馬鹿正直に突っ込んできた敵に対し寸前で突起物を虚空から取り出すことで自ら串刺しにさせるとても効果的な迎撃カウンター。これもまた”先生”が考案した初見殺し。
ヨルムは頬を抉り耳を裂きながらギリギリで躱す。
刀ばかりに気を取られればこうやって【蔵書】から取り出したアイテムを利用し巧みに操って見せる。
完全に我の動きに合わせてきた・・・見切られているのかッ!?
一向に一文字を使おうとしない理由も不明。ムカつくムカつくムカつく!!
それでもセイランは強かった。弱体化していてもなお強者の頂にいる。
そう・・・・・セイランは弱体化しているのだ。
それがアリスの仕業なのか、原因は分からないがどうだっていい。
こうなったら意地でも一文字を使わせなければ憤死してしまいそうだ。
誰もが憧れた最強の座、この我ですらその強さに灼かれた位階。
何度だって言おう。なんてざまじゃ。
今だからこそA部隊副隊長の気持ちがわかる。こんな姿見たくなかった。こんな奴と戦いたかったのではない。
勝ったところでそれは本当に勝利と言えるのか?
胸を張って凱旋できるのか?
この身に埋めく疼きは治まるのか?
だったら・・・・引き戻してやるッ!おんしはこんなところで終わるようなつまらない存在であるはずがないのじゃからなあぁぁぁぁ!
時間は十分稼いだ。魔術師に時を与えればどうなるか味合わせてやる。
――――――その魔術の名は高名な魔術師ならば誰もが知っていた。それでいてその実態は誰もが知らぬ。どの記録にも残っていない完全に失伝されたとされる最果ての一等星。
起点は【暗黒】――――――失われた魔術からの古ぼけた派生魔術なり。
余りにも派生が多い闇属性の魔術【暗黒】の系統の最奥。選択肢の多さはメリットだがそれだけ実用性の低い下位互換とも言える劣性魔術も内包していることに他ならない。
だからこそ実際には碌でもない魔術だと悔し紛れに現代の魔術師は誹る。
悔しさや憧れ、失伝からの失望と喪失感。それでも異様に長い駆動経路はどうしても目立つ。それは余りにも長すぎた。
その派生を順序良くたどればどれもが美しい出来の魔術で連なっていることは一部の者なら読み取れたはず。僅かな情報からとても戦闘向きではない。起動から、駆動そして発動までに莫大な時間がかかる。それこそ何名もの同属性の協力者を用意し儀式の場で補助する必要があると予測されていた。
・・・ああ、その推測は正しいとも。我であっても戦時中は事前に準備をしてから一人で発動させていた。
―――――それでも当時とは何もかもと違うのだ。
祈り手の初期型。第零号改造器種たるヨルムは他の祈り手と違い植え付けられた因子はオリジナルアリスの髄液ではなく、骨髄の一部そのものが移植されていた。不死性とアリスへの執着が合わさり、尋常でない肉体的・精神的過負荷を受け止めていた。不死者に泣き言はいらない。必要ない。とうの昔に捨てた感傷だ。それで、なにが変わる??
源泉の違う異物を押し込められ魔力通ずる”黒き穴”は反作用で大穴をほがす。だからこそ祈り手は魔力の桁が違う。アリスの因子により強化された肉体に魔力量で骨子は完成し、そして強力無比な異能の要素が摂理を捻じ曲げた。
ヨルムはまさに天才であった。これほどまでに深淵に魅入られ拒否された者はいないであろう。
魔術は静かに美しく跳ねる。最果ての地はいつだって輝いていた。
――――――――――【星海の来訪者】
展開させた妖しさの鏡に映るはもう一人の自分。鏡の中でヨルムは不敵に笑う。
それに、思いっきりヨルムは蹴りを叩き込む。
鏡は砕け散りながらもヨルムを映し出す。すると破片の中からもう一人のヨルムが現れた。
砕けた破片から同じように別のヨルムがまた一人、二人と増えていく。我の影を踏み後に続く。
余りに異質な光景にセイランが止まる。
なぜか・・・術者であるヨルムも止まる。なぜならば【星海の来訪者】の真の力を初めて知り驚いていたからだ。
【星海の来訪者】がどういう魔術か・・それは極めてシンプルな効果。
並行世界から術者と同等の存在を呼び出す、ただそれだけのものである。驚いたのは召喚した数が一人ではなかったからでありこれまでの魔術は不完全だったのだと過去を恥じたのだ。
そして、もう一つ・・・
【星海の来訪者】は召喚術を元に組み上げられたヨルムの家に代々継がれてきた継承魔術。召喚される別の自分はまったく同じ強さを誇り性格や気質等に多少の違いはあれどほぼ同じ性能を秘める。
さて、これはどういうことなのか・・・・召喚された者全てが自身と同じようにすでに切り傷でボロボロであったのだ。
手で抑える腹部から内臓を垂らすヨルム、誰なのかも判別できないまでに顔面が削れ脳みそを晒すたヨルム、蹲るばかりで立ち上がる気配の無いヨルム、大火傷で死にかけのヨルム。
死臭を放つヨルムたちだが誰一人その闘志を濁らせることなく目が爛々とセイランを睨みつけていた。
これはヨルムの知らない魔術の仕様。恐らく先代の誰もが知らず、始祖たる開拓者のみが理解する真髄。呼び出せる同一存在は自分に近い時間軸の存在のみ。
いや、開拓者ですらこの規模は想定していなかったのだろう。開拓者よりも上手く使う者がいるとは夢にも思ってはいまい。
ヨルムの馬鹿げた魔力量もそうだが一番の要因は長すぎる駆動経路。異能による駆動時間の加速が効力の増幅を呼び込んだ。それは偶然噛み合ってしまったのだ。
呼び出された別の自分。並行世界であっても同一存在にそこまで大きな差異は無い。それは状況もだ。
つまり・・・・・・
なぜかはヨルムにもわからない。それでも理解してしまうのだ。
呼び出された”ヨルム達”が戦っていたであろう相手の正体。【星海の来訪者】で呼び出せるヨルムの数はこんな数十人程度ではない。ここに招来されなかった者たちはみんな共通の敵に敗北したのだと直感的に感じ取る。
目は口程に物を言う。
ヨルム達は言葉を交わさずとも理解した、してしまう。
どれだけ敗北を積み重ねようとも一度でいい。たった一度の勝利を求めてやまない。
(アイツに・・勝ちたい・・・ッ)
百万の屍の上に基本世界足るヨルムは立つ。
皆、一緒に戦っていたのだ。それも、まったく同じ相手と。
どうしてか勇気が湧いてきた。孤独などではなかった。みんな一緒に戦ってたんだ・・・・
血と汗に濡れるヨルムは輝きを秘め死んでなどいなかった。未だ顕在する怜悧なる調べは点と点を繋ぎ合わせシステムが構築されリンクしていく。個は全となり一つの強い意志が統括する。
我は決して、一人ではないッ!!
ヨルム達の決意は燃え盛り不退転の覚悟であらゆるものを灰塵に帰す。集約されし情念は集い大いなる意思となる。
それに連動するかのように既知は未知へと変化した。
◇
熱い――――――これは―――――?
セイランの揺らめく世界の情景に一石が投じられる。濁ついたキャンパスに生じた赤い炎。冷たい熱に当てられ魂が鼓動する。
何かに・・引っ張られている・・・?
引力とでも言うべきか、アリスにより意図的に操作された精神の隙間に入り込み浸透していく。
『深淵のお気に入りだっただけはある、か・・・・想いはまさに・・・諦めなければ希望は潰えないのかぁ・・・無駄なのに』
『気持ち悪い』
どこからか不快な声が響くも身近に感じていた大きな気配が悶える。
星の数の想いが遠き各世界から集い一点に収束される。ここまで辿り着けなかったヨルムの炎はしっかりと受け継がれ燃えカスのような火も煉獄の熱さを宿す。
この全てが自身に、セイランに向けられていることは容易に理解できた。不透明な世界から燃え滾る手を壁を隔て伸ばされている。
火に飛び込む虫の様にセイランは無意識に導かれ握り返す。ボロボロの客演たちが見守る中、無我夢中で本来の剣聖たるセイランを呼び起こす。
一人の戦士として、こうまでされたら傀儡でいることで収まるなど相手に対して失礼でしかなく・・・
彼女に――――恥をかかせる訳にはいかない。
ここは私たちの舞台だ!!
セイランを取り巻く血の戒めが綻ぶ。
精神世界でセイランは無手でありながら構える。
(・・・・・・・・・ああ!)
『こ、こいつ』
血の呪縛を担うアリスははっきりと目にした。上段に構えるセイランの所作。存在しないはずの刀がそこにはあった。
大事なのは見てくれではない。世界と言う舞台で望んだ己を演じるならば舞台そのものを魅了する輝きを纏わねばならない。在りもしない真実は美しき所作に追随する。
運命だって、そういうものなんだと虚構すらも現実にしてみせる!!
『これが特攻【一文字】だッッ!!』
ヨルムの執念が現実を超えセイランを再起動させる。遂にはアリスが絡め取る腕を振り払う。
「・・・・・・・・・・・・・」
急激にクリアになる心の世界。そこには多くの者たちがセイランを取り囲む。この世に生を受け早25年。多くの敵を斬って来た。誰も彼もが美しき【一文字】の前では均等であり、どんな肩書も地位も高位存在であろうとも土下座させた。
高名な騎士も銃士もドラゴンも他のゲームマスターからの刺客もA種も魔女も斬り捨てた。記憶に残るのはせいぜい【石波の騎士】と名乗ったあの男ぐらいか。それほどまでに私にとって敵とは無個性であり意識する程の存在でなかった。一撃で死ぬ存在になんの興味も抱けようか・・私を見つめる者たちの名も、顔もわからないのも仕方がないことだ。
だがそれはさっきまでの話。今日は多くの驚きがあった、そう・・あったのだ。
一文字を受けても死ななかった者が二人もいた。一人は不死者でありながら、なぜだか畏敬の念を覚えてしまうコイトと名乗るおかしな男。そして、祈り手の【氷結界域】。
直撃でなくとも一文字を受け死ななかったのはこの二人が最初で最後であろう。どちらも不死者であるが【一文字】の性質の前に不死性は関係ない。
【氷結界域】は状況から初手特攻は使えず奇襲も情報の誤差から失敗。そこからのこちらの想定を超えた加速での緊急回避と何十までの氷結した凍った空気の層による認識の撹乱による離脱で目測を狂わせ須臾ともいえる一文字の直撃を躱して見せた。出血で死なないのは不死性の恩恵だろう。返す刃で氷漬けにもされた。
だが、コイトに関してはよくわからない。斬った時に何か妙な手応えを覚えたがやはりわからない。まるで無理やり外から傷口を押さえつけられているような印象を受けた。他にも彼に関して切断させれなかったのはわざと外したからだ。無意識に手加減が働き”切断”に至らなかった。なぜそうしたのかはわからない。本能的に殺してはいけないと体が勝手に動いてしまった。まるでゲームマスターに類似した親しみを覚えてしまうのだ。謎の多い男である。
・・・所詮はA種も私たちも同じ穴の狢か。
ああ・・・まったくもってどうでもいいことだ。なあ【氷結界域】。
初めてだ。こんなにも戦いで熱くなれるのは。
凍てつく冷気を肌に感じながらも高揚していく。初めての感覚に戸惑うも・・・悪くない気分だった。
ここで初めて現実世界へとセイランの意識が帰る。視界には多くの【氷結界域】が今か今かと待ち望む。その時を待っていた。
なんだこれは・・・楽園か?
皆、私を待ち望んでいてくれた。何もかもが透明となりこの世界にはヨルムとセイランだけが顕在する。
記憶にない私の斬撃を受けてもなお立ち上がる”初めての敵”に謝辞を送る。
これは――――――本気で相手をしなくてやらねばな。
「随分と待たせた。私も、まだまだ若輩だなぁ・・・ねえ、本当の名前を聞いてもいい?」
「・・・・・・ヨルムング・サナトリアージじゃ、我が死神よ。しかと刻むがよい」
「ヨルムング・サナトリアージ・・・・・まずはありがとう・・・陳腐だが、ただそれしか言葉にできない。生まれてきてくれてありがとう。私の敵でいてくれてありがとう。きっとこの事は忘れない」
「それはこちらも同じこと。一人の戦士としておぬしと戦えることに敬意を払おうぞ」
「そうか、なら最後に。やり残したことがあるならそれを果たすといい。それぐらいは待ってやるさ」
「・・・・・・・・・・・」
「そう警戒するな、ただのお礼だよ。心からの、ね」
「―――――――――そうか・・・それは・・・・まあ助かるの」
ヒョッコヒョッコと整わない足取りでヨルムは恋都の元へと歩む。ベットを背にうなだれる恋都がゆっくりと顔を上る。
まずお互いの目と目が合う。お互いに欠損が目立ち血塗れなのに悲観を感じさせない。ボロボロだなと二人で笑い合う。
「どうじゃ?我に幻滅したか?すまんな、助けに来たのがこんな変態で。傷を弄るとな、つい懐かしくなれるのでな」
でも、どうしてかそれが誇らしくもあった。次第に近寄るコイトとの間合い。ヨルムは有無も言わせず唇を重ねる。
恋都は驚く程に素直にその行為を受け入れた。避ける適当な理由もなかった。とても穏やかな気分であり初めて誰かをかっこいいなと思えた。これが伝説の不死者の生き様か・・・どんなに歪んでいても歩むことをやめない永遠の旅人。生き方を身を削りながらも示されてしまった。
「・・・・・」
「いきなりすまんな。こう見えてなかなか初心でな。キッスの一つもしたこともないのでな。そのじゃな、それがどうにも、な。丁度相手もおるし・・・」
「ふ、あははは。正直・・下手もいいところだな・・・ヨルムちゃん」
「し、仕方あるまい。我が人生は常に闘争の歴史。色恋の一つもなくての。後悔はないが興味の一つくらいはあるのじゃぞ?」
唇を撫でむふふ、と不敵に笑うヨルムに初めて心臓が跳ねる。どうしてだろうか、俺にはこの先の結末が幻視してしまう。だからこそ悲しく思う。戦士である彼女を止めることなど誰にできようか。ブレーキはとうの昔に壊れている。
「聞いたぞ、異能を使ったとな・・・本当に同胞ではないのじゃな」
「ああ、なんでも俺は勇者だと、さ。その・・・悪かったよ・・・ごめんな。嫌いにならないでくれ・・・」
「不死の勇者か・・ふ、ふくくくはは。訳が分からんなぁ。まったく。まったく!!許せん。ああ、本当にマジ許せん。よりにもよって怨敵たる勇者を好きになるか・・・」
「許してくれてもいいんだが?見ての通り俺ももう・・逝く。残念なことに死ぬんだよこれが」
死の間際でこんな気持ちになれるとは・・・知りたくなかった。
「いや、許さん。責任をとって”一生”連れ添ってもらう。どんな形で合ってもじゃ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、そうだな」
暫く沈黙が両者を包む。お互いの心の情景が瞳を通して通じ合う。言葉は寧ろ邪魔に思えた。でも、恋都は叫びたかった。勝てるはずがないと、そんな怪我でなにができる。
逃げろと伝えたかった――――――――
最後に悲しそうに笑みを浮かべヨルムは踵を返す。彼女は死地へと向かう。
「うぅグッ、ヨルム”ッ!」
「コイトそこで見ておれ!これがリシモアテルが不死者の、魔術師の生きざまッ!深淵濡れし魔術の秘奥!勝ったら我と凱旋デートじゃッ!よいな!!」
獰猛な獣のように笑みを浮かべその身をひるがえす。これでもう思い残すことは無い。振り返る事も無い。こんなものは一時の気の迷い。今際の夢。心はすでに目の前の敵に射抜かれている。恋、とも違う親しみが籠った情念。
女の情念が敵を殺すのだ。
――――――――何もいらない。この勝負に勝てさえすれば、もう、何も・・・
自然と足は止まり敵と視線が交差し世界が歪む。静寂が訪れる聖櫃なる場。まるで儀式場のような神聖さ。どちらも公平に勝負は望まれ挑まれる。
ヨルムは既に先ほどの戦闘中に布石を打っていた。勝つための光差す道筋が暗き闇に一閃を描く。それがはっきりと見えていた。
一流であるならばどちらも準備はして当然。セイランだって短い間に【雹月】の対策をしているのだ。顔を晒しながらも凍結しないのが何よりの証拠。魔術師としても優秀と来るか。
そればかりは・・・どうにも許しがたい。魔術に関しては負けるわけにはいかないのだ。
こちらも対策はした。どちらがより狡猾か、意地の悪さ比べと行こうか。培った老獪さに震えるがいい小娘が。
さあ、あとはどう出る――――ヨルムングよ。己の全てを曝け出せ!
いつまでも続くかと思われた静寂は刹那に破られた。
結末に至るまでの全てを把握できたのは、アリスのみであった。
「「 」」
刀を握るセイランの腕が僅かに動き、全身の毛が逆立ちヨルムは始動する。最初の一戦目と同じように限界を超えた加速で接近するヨルム。
それに合わせ質量の波が阻む。
当然、現れる針の筵を思わせる刃先の壁。【蔵書】で貯蔵された武具を全放出したのだろう。ヨルムは僅かな隙間に体を捻じ込み傷つきながらも潜り込む。
意外にも動いたのただの一人。この基本世界のヨルム以外はまるで動くことをしない。見守るばかりだ。
それでも些細なことでしかない。セイランにとってどうということではない。
セイランの構えは刹那に終了した。刃は掲げられその威光を弱者に知らしめる。
これまでの人生で放つことの無かった”本気の一文字”が解禁された。
ああ、勇ましきは我が一文字よ。
絶対なる脅威。ヨルムの運命分かつ星辰の方向。時間や空間は凝縮され結果だけが出力される。その過程を認識できるものはセイランのみ。
――――――――ザシュッッッ!!
一文字はいとも簡単にヨルムの首を跳ね飛ばした。
音も無く斬撃はあらゆる森羅万象を捻じ伏せ、余波が周囲を飲み込み洗い流す。
世界は再び揺らぐ。アリスにすら脅威を感じさせた究極の一刀。その斬撃はダンジョンを完全に裂き軌道上のありとあらゆる思惑も理も次元も二つに分けた。誰もこの変化を想定していなかった。人知れず世界に再び賽は投げられた。
アリスだけは永遠の一瞬を察した。
首は刎ねられたが――――――まだ、戦いは終わっていない。
ヨルムの執念が死と共に燃え上がり実を結ぶ。
勝負はここからだった。
(最初から、勝てると思ってはいない・・・・生を捨ててようやく触れることができる領域・・・・)
宙を舞い浮遊感に包まれるヨルムの頭部はしっかりとセイランを見つめていた。
(最後まで・・・期待を裏切らない奴じゃ・・・感謝するぞ)
準備は既に終え噛みあった歯車が動き出す。セイランが違和感に気が付いたのは一文字が終了した直後。刀を振り下ろした体勢から残心に移行しようとするが・・・
――――――――体が動かない。
それでも意識だけがはっきりと巡る。
これをセイランは知っている。
時間が止まっていたのだ。
(ッ!?)
ドン、と。
続けてセイランの腹部に鈍い衝撃が続けて襲う。跳ね飛ばした首の無いヨルムの体が組み付きセイランを押し上げる。
その時、セイランは見てしまった。
宙を舞うヨルムの首。その口に咥えられし”銀時計”を。
懐に収めていたはずの銀時計は既に前哨戦でもぎ取っていたのか。わざわざこれ見よがしに銀時計を見せつけるのは意趣返しなのか。首が笑っているように見えた。
それよりも、だ。
どういうことだ。なぜヨルムの首なし死体は無事でいられる。
一文字の余波で第二階層は崩壊する程の衝撃を受けた。他のヨルム達も跡形もなく消え去り残るはアリスが眠るベットのみ。アリスがいなければダンジョンの原形も保っていなかっただろう一撃。
この爆心地で無傷な理由。間違いなく他のヨルム達による仕業。
そんなことが可能なのか・・・?
あの土壇場でそんな複雑なシステム構築が出来るのか?同一存在で在れどこんな即興で可能なのか?
魔術に対し造詣が深い”先生”から教導された身としても常識の外側。
いや、”先生”は常々言っていたではないか。
『私よりも魔術の深淵に触れている者はいますよ、ええ。でもあれは例外なので参考にしないでください。参考にしようにも無駄なだけですので、はい』
やはりヨルムのことであったか。まさか、ここまでとは・・・だがそのシステム。個の繋がりは今の一撃で断たれた!
飽和攻撃による連携じゃなくあくまでも一人を徹底的にサポートさせる判断力。確かにヨルム程の実力でなければ防げない。不死者の厄介なところも見事にいかしている。底の尽きない魔力も厄介だし、首を刎ねてもしばらくは体が動くのも面倒だ。
だが時間を止めた程度で勝てるほど甘くはない。それはあちらも分かっているはず。ヨルムの予想通りセイランの魔術構成は防御と対応力に全振りの
”特攻持ち”特有の、特攻を主体に生かす戦術構築。通常の魔力障壁と違い多層型の障壁を常に身に纏っている。敵の意識が注視する部分を読み取り前兆の無い不意の一撃すらも勘で避ける獣じみた感性もあり隙が無い。
”銀時計”が無くとも当然、時間停止対策は講じている。隊長クラスであれば誰もが持つオンリーワンな個性。意識がはっきりしていることから直に体も動き出す。【雹月】だって適応したのだぞ。
ヨルムは知らない。主たるグリムしか知らない秘匿されし情報。セイランは魔力特質持ち。土属性、性質は【馴化】。どんな状況にも対応し順応し慣らす適応力の保持。即効性は無いが時間が経つたびに有利となり耐性を獲得する。常時身を包む魔力障壁を通し環境の頂きへと昇る。階段はいつだってセイランを絶頂へと導く。
この程度では・・・・止まりはしない。
セイランの判断は正しかった。
―――――――相手が全てを賭したヨルムではなければの話だが。
侮ったのでもない。それでも魔術の分野に関してはヨルムは負けるはずも無かった。ヨルムからすれば25年程度で深淵の縁に触れるかどうかのクソガキに機先を制されることを許容しない。
そういったプライドを捨て去り、ようやくたどり着いた答え。
初めて過去でなくコイトやガンヘッド達という未来に足を踏み出したことで更なる飛躍を遂げる羽ばたき。
過去が現在を栄光ある未来へと押し上げる。あるかもしれない僅かな勝機を目指して。
ヨルムの戦略がセイランの復帰の前から動いていた。
加速が――――――止まらないのだ。
「ッな!?」
押されゆく体。凍った床がヨルムの勢いを促しセイランの踏ん張りが効かなかった。ほんの少しばかり体が浮いたのが致命的であった。
最後に首の無いヨルムの死に体は地面を蹴って――――力尽きた。
斜め上にと力を僅かに加えて。
ヨルムの行使した時間停止の魔術により切り離された時空間。明確な時間停止とは違うが非常に似た現象を発生させ解除後に絶対零度の結果だけが生者に手向けられる。展開時の空間内はとにかく不安定でありながら術者以外の行動を制限する。
そう・・術者以外のだ。微細なコントロールが必要だが、死んでもなお時間停止がヨルムに適応されないのは行動の全てを予め予測し委細なく合致した結果だった。あらかじめプログラムされていた行動と一切のブレも無く成し遂げて見せた。
行動は完遂された。
そして、この魔術【氷精降世】を展開した狙いだが、時間停止ではなくあくまでも外部との時空間の境界線を緩め切り取るためのもの。
完璧なるスタートを切るための布石に過ぎない。
ヨルムの首がセイランを見届ける。意識はどうしてかはっきりしていながら瞼がゆっくりと閉じていく。
・・・ああ、ヨルムはかつてここまでの加速をしたことがあっただろうか。意図的にリミッターを掛けたのは自身の肉体が持たないのもあるが、限界を超えたスピードの先に何が起きるのか分からないためだ。
理論上無限に加速が可能な我が異能。
試してやろうではないか、セイランよ。おぬしには特等席を用意してやったぞ。死ぬまで踊ろうか。コイトの代わりに付き合うがいい。時間の果てに何があるのか探しに行こう。
隔絶された時間の壁は砕かれ別次元へとシフトする。時の結界は穿たれ、時間だけが取り残された。そう表現してしまう程にあらゆる歴史を置き去りにし時間の層を貫く流星と化す。セイランはより深くへと層を突き破りセイランを巻き込み潜行する。
どういうことかそれがはっきりと敵対者であるセイランにも認識できた。
ここはいったいどこだ・・・??そもそもなぜ私は無事なのだ?
全身を覆うように纏う氷。加速に氷結、これはまさにあの時ヨルムが見せた謎の術式。いつ、発動したのだ。まるで気が付かなかった。まさか・・・あんな大魔術をこれほどまでに連続で発動していたというのか。こんな短時間で、並行処理でッ・・・・?
セイランに張り付いたヨルムの首なし死体を中心に展開される【雹月】は速度に応じ対象を凍り付かせる。崩壊するべき肉体は加速する度に凍てつき氷の外装を得る。膨れ上がる氷の結界を加速による熱量で溶かしきれないほどに相殺し徐々に冷気が押し勝つ。
完全に暴走していた。ヨルムの異能は加速する対象の威力を高める効果を持つ。それを術式に適用させ半永久的に増幅させ稼働する。こうなれば魔力はもはや不要。現象に対し異能が適用され続けた。
(・・・まさか負けたのか、この私が)
セイランに抱き着く首なしのヨルム。間違いなく死んでいる。それでも勝利の達成感は無く、してやられたと言う悔しさと感心が湧く。
どれだけセイランが魔術に精通していようとも魔術の分野においてヨルムが遅れをとるはずがなかった。その分野だけは負けるわけにはいかなかった。それがよく伝わってくる。
セイランにしても油断はなかった。
ただ、ヨルムの執念が一矢報いた。
最初からヨルムは死ぬつもりだった。命すらも勝筋に組み込む勝利への渇望。セイランが最後まで感じることの無かった勝利への貪欲さ。
――――――それが命運を別けた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
何処とも知れぬ虚空を流星が今日も堕ちていく。時間の果て。終わりなき旅路が未定の終わりを探し求める。
セイランの魔術的な防御も食い破り、”馴化”は終ぞ加速に追いつかずにいた。セイランとヨルムの死体は完全な氷像へと変える。氷像内の時間を止まったまま。【雹月】にこびり付いた異能による加速。氷の外装が優しく包む。その内部を【氷精降世】による時間停止が補完する。適応しようにも外装たる加速する氷が塗りつぶし適応力を超えていく。
セイランの意識だけが変わる事の無い世界の果てを仰ぎ見る。どうしてかヨルムの体は温かかった。
どれだけ経っても助けは来ない。セイランは遂にお腹がすき仕方なく”馴化”を停止させた。
すると時間停止が適応されセイランは完全に停止した。少なくともこれで餓死はしないだろうと根負けした結果だった。
セイランとヨルムは堕ちていく。どことも知れぬ果ての果て。どこまでも、どこまでも、上も下も無い境界線の先を永遠に彷徨い続けるのだ。
悔しさと嬉しさを胸にセイランは三千世界へと旅立った。
◇
「ヨルム・・・?」
すっかり綺麗に崩壊してしまった一室。アリスの張り巡らされた臓器も消し飛びぐちゃぐちゃになった大地の上で地面に転がるヨルムの首を眺める。
その顔はとても満足げで穏やかな表情をしていた。
「――――――ッッ―――――」
恋都は納得がいかなかった。勝手に死んでいったヨルムに腹が立つ。どうなるか最初から分かっていたのにそれでもなお感情の高ぶりと喪失感は消える事は無い。
そして、もう会えないのだと考えると胸が苦しかった。
知り合って一日も経っておらず、おまけに大して素性も知らぬ相手。妙にお姉さんぶろうと背伸びをする癖にどこか人懐っこく、それでいて不死の戦士としての激情を昂ぶらせ獣の様に意気揚々と死地に赴くヨルム。感情の赴くままに生を謳歌する彼女の苛烈な生き方は羨ましく感じたのだ。
意識が朦朧としながらも地面を這いヨルムの首へと手を伸ばし抱きかかえる。
悲しそうにはにかむ彼女の笑顔はもう見れないのだと・・・恋都は静かに・・嗚咽を漏らす。
意識が、次第に薄らいでいく。
だからか、周囲を取り囲む状況に意識が向かない。どこから湧いたのか俺を掴み上げる無数の腕。儀式に捧げられる供物のごとく天へと掲示される。天を仰ぎ見ると恐ろしいものが顔を隔て真っすぐに恋都へと向かって来るのであった。
余りにも悍ましい生を貪る者は僅かに生じた心の隙間を埋めるように浸透していった。
――――――
―――――――――
――――――――――――
ぎしぎしと軋むベットの上で何かが蹲り笑みを浮かべる。
「ねえ、どう思う?アリスがアリスを殺すのだなんて、ふふふ」
「――――――――ァ――」
「辛いでしょ?苦しいでしょ?アリスもね、アリスがこんな姿しているなんて認めたくないよ。ほんとだよ?」
強まるアリスの指先。恋都の首が締まる。弱弱しい華奢な細首は簡単に折れそうであった。
おかしい・・・こんなにもアリスの手は男らしいものだっただろうか?
「やっぱり貴方はアリスの救世主だったんだね・・・貴方がいるからこそ今のアリスがいる・・・これってやっぱり運命だよ、くひっ」
そう言いながらも手はまったく緩まない。純粋な殺意が言葉に反してその意志の強さを表す。ポタポタと流れるアリスの涙は偽りではない。
感謝と憎悪が―――――オリジナルアリスの肉体に宿る恋都の魂を襲う。
なんだこれは・・・どういうことだ・・!?
視界は存在せず暗黒が漂う光亡きし手さぐりの世界。その身に感じる重みから誰かに覆いかぶさられ首を絞められている。
いや、それだけで済めばどれだけよかっただろうか。前とは比にならない激痛が電流の様に巡り続けるのだ。首に感じた手の感触に耳を通し響く聞き慣れた男の声。
まさか俺とアリスの体が入れ替わったのかッ!?
そんな、こんなッ・・・・
俺が・・・一体何をした。これがアリスの望みなのか。
「この体はいいね。よく馴染むよ。手順は少しも無駄にもならなかった・・本当に・・ようやく」
オリジナルアリスの上で五体満足の恋都は嬉しそうに笑う。本人であれば絶対にしない嫌ったらしい笑み。
「うぅおええ・・・昔のアリスはなんでこんなに醜いんだ。お願いだよぉ・・・はやく・・消えてよぉ」
嫌悪由来の激しい嘔吐感にアリスの頭はクラクラとしていた。すこぶる絶頂なのに忌まわしい過去が神経をイラつかせ不快にさせる。
第三者の視点から改めて見る抜け殻の惨状に目眩がする。消えない痕をすぐにでも抹消したかった。だが彼も同じ苦しみを感じているのならば多少の溜飲も下がるというもの。
条件が揃った恋都の体であれば、幻想体であろうと殺せる。”アリスの役”は回収済み。恋都はもはや元アリスだ。因縁深い関係性が殺す刃となる。すぐに殺さないのは少しでも彼に反省を促したかったからだ。
ああ、長かった。どうしても因縁の起点である彼でなくてはならなかった。始まりが彼であるならば終わらせることも彼にしかできない。
自覚があろうがなかろうが、ただ知ってほしかった。
アリスはここにいるのだと。深き水の底から手を伸ばし声を高らかに叫びたかった。
恋都の意識が闇に飲まれていく。これが因果なのか?
納得が――――いかなかった。
(俺はまだ・・・・何もできちゃいないのだぞ・・・)
逆にアリスに絞殺されかけている。自殺を促した俺への意趣返しなのか。罰なのか。割と本気で死ぬ事を促したのは変えようがない真実。
苦しい、そして疲れた。
絶望と諦観、僅かな喜び。
だが、ヨルムの最後の輝きにあてられ、足掻く。足掻く、足掻く――――
そこによくわからないアリスの過去の記憶が俺に流れ込む。それが止めだった。
記憶の流入に相まって生きる気力がまるで湧かない。900年以上もの虐待の歴史の波に飲まれゆく。たかだか18年しか生きていない俺の人格を狂わせる。
強い衝動が、感情が容赦なく俺を書き換えていく。
それでも生きたいと言えるのか。
俺が俺でなくなっていく。
自分の名前さえ奪われ遂に、アリスとなったのだ。されたのだ。
もはや自分が誰かもわからぬままに鈍い音と共にアリスの意識は静かに途切れた。