オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第65話 挑む者

 ――――――――――Side/グレイズ

 

 

 神の降臨。

 

 あってはいけない望まれぬ奇跡が現実のものとなってしまう。

 

 世界への負担は凄まじく条理が綻び紐解かれる。

 

 それは、現実世界へと送り出されたグレイズにも変化が見て取れた。

 

「ッ!!?なんだッ」

 

 グレイズは奔る思いを抑え、不思議な現象を前に足を止める。ゲームマスターから別れの際に渡された端末の調子がおかしい。表示されたマップにノイズが走り表記が歪む。

 

 揺らぐ世界はグニャグニャと輪郭を歪める。おかしなことに別の景色も映し出す。

 

 二つの世界。異なる別のフィルターが重ねられるように融和し定着していく。気が付けば草木が通路一面に群生し、妖しげな陽気が漂う。

 

 これは・・・さっきまでいた謎の異界の・・・・どういうことだ・・・

 

「・・・・・・・急がないと」

 

 今更ながら大して驚く事でもないかと思い直し走り出す。ダンジョンに来てからというもの常識を超える出来事ばかり。ダンジョンとはこういうものなんだとなんとも間違った見解を抱く。

 

 もし、この場にリズがいれば「いや、ちげーよ」と強く言ったことだろう。

 

 とにかく今は与えられた使命を果たすのが先決。こうしている間も先生たちは戦っているのだ。端末を頼りに指定された地点へと進むのみ、なのだが・・・

 

「!??・・・今のはまさか・・・ああもうッ」

 

 聞き覚えのある懐かしい声につられ急ぎの身でありながら踵を返すのであった。

 

 

 

 

 草木に囲まれなが多くの者が戦っていた。

 

 変化の波に呑まれる事情も知らない者たち。

 

 柔らかなる空気は必ずしも優しきものであるのではない。ここは依然ダンジョンという魔境。変化は容赦なく部外者に襲い掛かる。

 

「ギぃッッ」

 

「ヘルマンッ!?――――受けるな避けろっ」

 

 

 怪物の振るう前足。乱雑な横薙ぎが容易く命を刈り取っていく。

 

 ピクリとも動かなくなった仲間に副団長は呼びかけるも返事は当然のごとく返ってこない。ここで手にしたダンジョン製の防具を持ってしても耐えることができない純粋な力の暴力。魔力障壁が甘ければ肉体がひしゃげてしまう。

 

 やはり、ここは地獄の入り口。死に一番近き彼岸の境界なのだと思い知らされる。それでも陣形を崩さずに戦いに挑む騎士団の仲間たち。みんながんばっているが全滅するのは時間の問題であった。

 

 (脅威と遭遇した途端にこれか・・・!)

 

 一般的な氷水騎士団のメンバーの一人は思う。いや、彼だけでない。誰もが喉元まで死を感じていた。それでも抗う姿勢は今は亡き団長からの薫陶か。

 

 丁度”30分前”だったか、世界が急変したかと思えば同時にこの怪物も現れたのだった。

 

 黒くゆらゆらと揺らめく不快な闇を纏う3メートルもの怪物。ギラギラとした目を体中に貼り付け死体を貪る姿を見て我々は接敵を避けてきた。

 

 魔獣にしては正体不明、どの個体とも合致しない新種。とにかく初見の敵との交戦は無理せず戦い、可能な限りの情報を持ち帰るのが通常のセオリー。未知なる魔獣戦とはそういうものなのだ。

 

 手にした端末を必死に操作し見える地雷を避けて上の層へと目指す。それができたのもリズ達と離れ離れになったあの時に拾ったこの端末のおかげだ。

 

 この異変と同時に機能も回復したのか新たなる脅威へのアップデートが行われ脅威を示すシンボルマークが増えた。

 

 それでも脅威の数は多く突然影から現れた怪物は我々に襲い掛かり遂に戦う羽目に。やはりというべきか、怪物は強かった。

 

 生半可な魔術は通らず、神性を付与した神言魔術でようやく効果が通る。敵は信じられない事に強固な神秘耐性を持っていた。そうでなければ神性付与した魔術の威力減退が説明付かない。

 

 接近戦を仕掛けようにも集中展開した魔力障壁込みの防御でようやく受けることできるまでの膂力。受け流さなければヘルマンと同じ末路を辿る。戦力を分散し突破口を見つけるための時間を稼ぐもそれも芳しくない。逃走しようにも怪我人が多すぎる。

 

 ・・・せめて、あのBランカーがいれば状況は変わっていたのかと意味も無く思ってしまうのだ。

 

 突然現れた小さな襲撃者と共に姿を眩ましたのが分岐点だったのだろう。

 

 あれに巻き込まれてしまった新入りのことが頭によぎる。敵諸共に円状に空間を消滅させられ、残された俺たちは終ぞ仲間の遺体を発見することができなかった。遺品の一つも回収できなかった。これでどう遺族に顔向けできる。

 

 空間消滅の余波を喰らいながらもまだ無事な仲間に手を貸しここまで来たが、もう限界だ。飽くなき行軍は精神を磨り減らす。

 

 怪物がこちらの事情を考慮してくれるはずもなく天井や壁を縦横無尽に跳ね翻弄する。機敏すぎる動きに惑わされ一人、また一人と脱落していく光景は正に悪夢だ。魔力もいつまでもつのか。絶望的だ。

 

「業なる一計、聖良たらしめ闇重射ち嫌う。簒奪せし右筆は愚かさの象徴【ファイバー・セルン】」

 

「マンディス副隊長ッ!!」

 

「俺がッ!時間を稼ぐッ!だからお前たちは――――ッ!!!!」

 

 口火を切る聖句。鋼の咢がガッチリとトラバサミの様に噛り付き怪物の動きを止める。

 

 (切断できないかッッ!!)

 

 先の空間消滅で右腕を持っていかれた副団長が矢面に立ち黒い怪物の意識をその身に集める。

 

 副団長は――――――囮になるつもりだ。

 

 意を汲み悔しさに下唇を噛みしめ背を向け撤退する騎士たち。だが、決死の覚悟も空しく術式は崩壊する。

 

(―――避けれんッ!!)

 

 ガパリ、と涎を撒き散らし歪な歯並びをした白い牙をこれ見よがしにと、おもむろに砲弾の如く迫る。

 

 跳ねる飛沫となり、黒い怪物が襲い掛かる。

 

 

 そこに横合いから何者かの蹴りが怪物を突き刺さる。

 

「なッッ!!?」

 

「オオゥアアアッッ!!!」

 

 吹き荒ぶ咆哮。マンディスの目の前で何者かの蹴りが怪物の顎を蹴り上げた。

 

 浮き上がる体躯に飛び散る牙の破片。

 

「【強靭】」

 

 流れるように続く剣による刺突が数多有る眼球を深々と貫いた。

 

「――――――――――――――――――」

 

「―――――グレイズッッ!!?」

 

 予定にない乱入者。それも死亡したと思われていた者による助太刀に副団長は目を疑った。

 

 グレイズは剣を早々に手放し咆哮を挙げのたうち回る怪物の背を蹴り上がり、天井へと飛んだ。

 

「―――ッ」

 

 グレイズは空中で半回転し天井に着地。そのまま陥没させるほどの脚力をもって真下で打ち震える怪物へと突撃する。

 

 落下方向に展開した魔力障壁。それに合わさり魔力放出が加速を促し重力を纏う。

 

 ドグシャァァァァッッッ!!!

 

 グレイズは怪物を押し潰しあっという間に討伐した。

 

 断末魔をあげることなく怪物は四散すると音もなく死体は消え去った。

 

「「「・・・・・・・・」」」

 

 皆が唖然とした。生きていたのもそうだが余りの手際の良さ。まるで別人だった。

 

 グレイズはまるで何事も無かったかのように起き上がりいつもの調子で話しかけてくる。

 

「ふぅ、間に合ってよかったです。みんな生きていてくれて・・本当に・・」

 

 そうやって彼は依然と変わらぬ笑顔を浮かべるのであった。

 

 

 

 

「な、お前正気か!?逃げないってどういうことだッ?」

 

 仲間の問いかけにグレイズは静かに首を振る。彼という戦力の加入で希望が見えてきたのにグレイズはやることがあるのだと言う。

 

「お前だってわかっているだろ!これを見ろ!我々にできることなどあると思うのか!?」

 

 異常に未知で満ちたるダンジョンは余りにも残酷で想像を超えた環境だった。トラウマになりそうで二度と行くかよと決意させた。三大禁忌は伊達じゃなかった。

 

 誰も口にはしないが恐ろしい何かがここにいる。世界と世界が重なり合ったあの時。なにか・・言葉にしてはいけない強烈な存在の気配を感じた。

 

 言葉では表現しきれない聖典に記される、かの存在。信心深い騎士たちはその片鱗を感じ取っていた。

 

 グレイズに今まで何があったのかは知らない。別人かとも思わせる実力の底上げは生半可なことでは成し得ない。相当な修羅場を潜り抜けてきたにしてもこうまで強くなるものなのか?

 

 間違いなく彼は騎士団の中で一番強い。だからと言って異常を前に太刀打ちできるものではない。そういった類の強さではないのだ。

 

 溢れる神性の濃さから以前起きた例のオーロラに匹敵する異変、いや神災。力を得たことで増長しているのかと危惧するが、落ち着きっぷりからそれはない。

 

 これ以上神性が濃くなれば我々も無事ではいられない。

 

「だったら尚更でしょう。もしかすればこの異変はここだけで済む話じゃないかもしれません。外だって安全の保障はないんです。今できることをやるためにも僕を行かせてください、お願いします」

 

「く、正論過ぎて言い返せねえ。でもなあ、それでもなあ!」

 

 確かにこの呪われた地は聖王国の領土に隣接する。近くにはルーデンス辺境伯が治める都市が存在する。この神災がどのような結末をもたらすのか不明だが、オーロラの件から碌でもない事が起きるのは想像に難くない。

 

 見過ごすべきではないのはわかるがそれでも・・こっちには怪我人もいる。

 

 拾える命を見捨てることはできない・・・

 

 思わずそれを言葉にしてしまおうとするが、ここで沈黙していた副団長が口を開く。

 

「行けよグレイズ。何か考えがあるんだろ?」

 

「副団長・・・」

 

 副団長は包帯を巻いた頭を抱え緑に萌ゆる大地を見渡す。

 

「見てのとおり全然大丈夫じゃないが、まずは納得が先だ。話してみろ。まずはそれからだ」

 

 

 

 

「なるほど動力施設を破壊して元凶と繋がったそのライン?を停止させればいいのか」

 

「あれは・・・次元が違います。正攻法では無理なのでその様な手段しかないかと」

 

 思い返すだけでもグレイズは身震いがする。クリムゾンと言ったか。あれこそが顕現した神。降臨することのない奇蹟。

 

 あの場に残った者たちは誰もが超人であるがそれでもどうしようもないほど大きな壁。

 

「だったらもっといい方法があるぞ」

 

 話を聞き何やら地図を見比べる副団長は提案する。

 

「動力は水の力を利用しているのは確かなんだな?」

 

「そう聞いてます」

 

 ゲームマスターが直接言っていたのだから間違いない。

 

「知ってるか?この地には元々マズロ湖ってのが近くにあってだな・・・ここはそこから水の流れを利用しているんだろな。だったら・・・・・偉大なる霊水の力にあやかるしかない。毒を以て毒を制す」

 

 それはつまり異教の神の力に頼ることに他ならない。外界の湖は氷のベールで包まれた不可侵の聖域。

 

 漂う寒気から湖は凍り付きながらも川の流れに影響がないのは神の恩恵そのもの。喜ぶべき事象も異教の神によるものであると知れば皆顔を歪める。

 

 かつて栄華を誇った古き時代の話。名を出すことを許されない水の神の伝承。この世が氷に閉ざされた元凶となる降臨せし存在【  】の痕跡こそが常世の理。神の降臨とはつまり既存法則の破壊と新たなる提示。それだけで多くの人間が死ぬ。

 

 それ故に例え信仰する神であろうとも信徒は神が現世に降臨することは望まない。一度その力に触れれば信徒であっても耐えることはできない。それを正しく理解しているのは聖王国のみ。だからこそ、降臨を良しとする異教とは相容れない。無知なるものに訓戒を示しても戦争にしかならない。

 

 こういった不可思議な場所・・名も知らぬ者の足跡(ロケーター)には湖が多い。その地の水には神性が宿っている。そのまま口にすれば力を与えるという魔性の霊水。

 

「まさか浸水させて神性同士をぶつけ合うつもりですか!?」

 

「そのために必要な道具は揃っている。こんな場所水没させるしかない」

 

 

 

 グレイズは手渡されるバックの中身を覗く。中にはブロック状の灰色の粘土のような爆薬が仕込まれていた。だが火属性じゃないグレイズには機爆ができない。火の秘薬たる火薬に干渉できるのは火継守のみ。これでは宝の持ち腐れだ。

 

「安心しろ昔軍から支給された奴を使ったことがある・・威力に関しては段違いだがな。端末を操作してこの信管を起動すれば電撃が走り遠隔で起爆する。流石は第三級遺失物だ。これだけの量で十分な破壊力を叩き出す。指向性を持たせれば壁も抜ける。それこそ湖と隣接した壁であれば小さな穴でもほがせば後は勝手に広がる」

 

「・・・止めないんですか、僕を・・」

 

 すると恥ずかしげな顔で副隊長はこう言った。

 

「お前の言った通りだ。俺たちは命惜しさに目が曇り大義を忘れていた。俺たちは騎士。国を守る盾なんだ。この問題を対処しなければ聖王国に甚大な被害が出る。きっとここが踏ん張りどころだ。天命を待つのではなく抗う姿勢こそが生きるってことなんだ。だから、好きにしろ。お前にしかできないことをするんだ」

 

「――――――ッはい!!」

 

 グレイズは本当に周囲に恵まれていたのだと改めて自覚する。余裕が生まれたことで初めて気づく客観的事実。

 

 姉さん・・僕は・・・・

 

 騎士団の一員として職務を託されたならば止まる理由も、

 

 

 

「いやーそれはちょっとやめてくれない?流石に見過ごせない」

 

 

 

「!!!」

 

 

 不穏な気配が近づく。カツンカツンとワザとらしく足音を鳴らせ迫る人物。この声を聴き間違えるはずがない。

 

 通路より現れたのはリズを肩に担ぐベルタであった。誰もが突然現れた銀髪の女性に目を奪われる。

 

 だが、グレイズだけは全身に力を巡らせる。

 

「ふーん、君もこっちに脱出できたんだ。さっそくなんだがここで死んでもらうよ」

 

「ッ!?」

 

 途端にベルタはリズを宙に放り、姿が消える。

 

 何処にッ!?

 

 誰もが消えたことを理解し辺りを探ろうとする判断を下す前にベルタが高速で差し迫る。それが副団長たちにとっての最後の光景となる。

 

 ――――はずだった。

 

 ガギイィィィン!

 

 誰もが反応できなかった中でグレイズはベルタの打ち据える斧を剣で受け止めた。

 

「あややや?」

 

「ッ・・・く・・ぐぐ」

 

 反応できてしまった。しっかりとまぐれでもなく相手を捉え動いた――!

 

「みんな逃げてください!――――――――逃げろおおおおッッ!!」

 

 咄嗟に援護を仕掛ける騎士団の仲間たち。だが、矢も魔術もまるで通じない。強力な魔力障壁が阻んでいた。

 

「鬱陶しいな・・」

 

「余所見を、するなあッ!」

 

 注意を引こうとグレイズが仕掛ける。

 

 蹴りからの肘振り上げによる顎への一撃もベルタに躱され、魔力放出を行い高速戦闘を繰り広げる。

 

 その様を目撃した騎士たちはレベルの違いに驚愕する。早すぎて見えない。時偶にグレイズの姿が映るだけで敵の姿だけは何処を探しても発見できない。

 

 激しくぶつかり合う金属音だけが残響する。

 

 ようやく気が付く。彼らはここにいても足手まといになるだけ。

 

「ッッ~行くぞおまえら!前向きに後退だッ!」

 

 動けるものは怪我人に手を貸し急いで撤退する。皆、悔しい思いでいっぱいだった。新入り、それも正規のメンバーでないグレイズ一人に任さねばならない不甲斐無さ。

 

 グレイズは黒い怪物が比にならない更なる怪物に一人で戦わせないといけない。

 

「―――――――――グレイズッッ」

 

 彼らは逃げるしかなかったのだ。例え後ろ髪引かれようとも無様であっても生き残らねばならなかったのだ。

 

 

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