オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第67話 異神Alice

 

 

 ――――――――――Side/クリムゾン

 

 

「あ、あ、愛、会いたかったよ。クリムゾン、ちゃんっ!」

 

 クリムゾンは絶賛混乱していた。呆気にとられていたとも言っていい。なんとか理解が追い付くも後の祭り。

 

 止まらぬ悪寒。首に感じる圧迫。

 

 男の足元に転がるイグナイツの抜け殻が事態の異常性を物語る。

 

 クリムゾンは魂を抜かれた体験など初めてであり現状を把握しようと必死に理性にしがみ付く。

 

 男の放つ濃すぎる純度の神性に触れただけでもその衝撃は計り知れない。

 

 

 ――――この不死者はその身に何を宿している?

 

 

「なん、なんだお前は!不死者の領分を超え「――――う”る”さ”い”ィィィィッィッ」

 

 ボグォッ

 

 霊体であるはずのクリムゾンの腹に容赦なく拳が突き刺さる。

 

「ッッツ!?―――う”、グぅ???」

 

 有る筈の無い激痛が襲いクリムゾンの動作を停止させる。余りの痛みで横隔膜が痙攣し叫ぶこともできない。嗚咽ばかりが花開く。

 

「あ の ね!あの、ね!!いま、ね!Aliceがお喋り・・しているからねッ・・・・・・ちょっと黙ってて」

 

 不死者は力が溢れ出そうとしているのを無理やり押さえつけているのか、走る思いを必死に押さえつけている。

 

 嬉し過ぎてどうしていいのかわからないという感じだった。それを表すように神性が激しく漏れ出し流出している。

 

 こんなの、あり得ない。

 

 クリムゾンは、こんなの知らないッッ!!

 

 クリムゾンは”本物”を目の当たりにしてしまい、狂気に駆られそうになる。自身の振るう力すらその一端にも及ばないなど、こんな存在に触れられていることに絶望が遅れて終わりを告げる。

 

 男は霊体のクリムゾンの髪を掴み上げ揺する。耳元で叫ぶ様に唸るも上手く感情が抑え込めていない。すぐにも爆発しそうな正体不明な核爆弾。そんな物が顔のすぐ横で喚き散らす。恐ろしくて堪らない。

 

 待て――――アリスだと。

 

 クリムゾンは顔を真っ青に染めようやく真相に気付かされるが・・・

 

 もはや運命は決していた。

 

 

 

 

 恋都もとい体を奪い完全なる復活を遂げたAliceもまたテンションが最高潮にまで達していた。

 

 ―――――魂の解放。新たなる紙片が紡いだ運命の螺旋。

 

 必要なものがすべて揃い舞台に舞い降りてしまった。

 

 完璧な器による受肉。Aliceをアリスたらしめる役割、そして架せられた役からの逸脱。制約も役目も苦しみも何もかも新たなる旧アリス(恋都)に押し付け、更なる超新星へと至った。

 

 主役は遅れてやっくる。

 

 Aliceは興奮しすぎて何から始めればわからず衝動的な躍動に身を委ねる。恋都とは別の意味で会いたくて会いたくて仕方のなかった人物もAliceの機嫌次第。

 

 喜びの余り頭の先から足の指の付け根まで痙攣する。グリグリと目が泳ぎ視界が定まらない。言葉がどもってしまうのも無理はなかった。

 

 ビュオンブオン!

 

 喜びの余りただただクリムゾンを振り上げては地面に叩きつける。嬉しさがアリス性を駆り立てる。

 

 人形!人形!人形!クリムゾンはお人形なの!

 

 クリムゾンは霊体なのに地面と衝突する度に大地を血で濡らす。

 

「クリム ゾ ンち ゃ んッッ!会えて嬉し、嬉しいッ!!」

 

「ガァッ、やべテ・・・ギッ」

 

「本当に、なったとか思ったの!神に!・??全然!そん、そんなことないよ!クヒフッウフフフフフフお馬、鹿さんッ!かわ 異いぃぃ」

 

 赤い染みが広がり飛沫が辺り一面を染める。霊体でありながら血を流す矛盾。

 

 Aliceがそう望んだからだ。そういうものなのだ。望めば叶う世界に際限ない欲望を加味せよ。

 

 淡々と叩きつけられるクリムゾンの骨は砕け皮膚を突き破る。ボロ雑巾の様相を呈す。永遠と嬲られる。

 

 目撃者たちは・・・恐怖に震えた。

 

 あれほどまでに苦戦したクリムゾンが一方的に壊されていく光景。

 

 神であれば罰を下すのに理外の力を行使すると、どこかで思っていたのだ。それが手ずから純然な力で粗雑に野蛮さを振りかざす。原始的な力の発露。理解の範疇に収まる暴力で痛々しくも必死に懇願する者を追撃する加減の無さ。

 

 力を神が振るえば逃れるすべはない。

 

「治るよッ!すぐにでも、傷は ね!あああ、あいあ、あ、アAliceはだって、ク、フフク。優しい”アリス”だもん!―――ねえ聞いてるのッ?無視しないでよオオオオ!!!」

 

 支離滅裂な暴力が優しさに変わる。握力で握りつぶされた足首。皮と肉が骨からズリュりとすっぽ抜けクリムゾンだった血と汁が滲み出る肉の塊は腰から落とされ尻もちをつく。

 

 

 ―――――ぇ――ッ――違う、尻、もち・・・・?

 

 

 クリムゾンの傷は消え、さらに受肉していた。昔と何ら変わりのない姿。さらりと行使し挟まれる奇跡。死者が生者と転じた。

 

 復活させた意図などわかりきっている。徹底的に・・・遊ぶつもりなんだッッツ!

 

「お、お世話に、なななったよね!数百年!クリムゾンちゃんには ね。考えていたのAliceはね。ずっとッ?・・・なんでこんなひどい事するんだろうって。クリムゾンちゃんって、初めて出会った時から酷い事”アリス”にしたよね?・・・??した!したよー!で、でねでね!それってね!――――”アリス”に嫉妬してたからだよね、くふくふ」

 

 Aliceは意味深にグリムとクリムゾンの顔を交互に見比べながら性格の悪さを顔に張り付ける。

 

「・・・ッ!!やめろ!それ以上しゃべるな!!」

 

 知られていいことではなかった。秘めたるクリムゾンの想い。そして、そして・・・ッ!!

 

「聞いてー聞いて―!そこの人ーグリムー!!クリムゾンはああああ実のお兄ちゃんなグリム君に恋心を抱いてたんだッてえええええええ!!」

 

 グリムは突然のキラーパスに全身を強張らせる。神の視線がグリムを捕らえた途端に息が吸えないまでの圧迫感を感じさせた。それでも必死に耳を傾ける。

 

 兄妹、なんの話だ。そんな事実あるはずが・・

 

「やめろ!やめてッ!やめろおおおお!」

 

「―――ホントだよ」

 

「ッ!?」

 

 突然グリムの真横に現れたAliceはその耳元に囁く。全身の毛穴が開いたように冷たい汗が流れ耳からどす黒い血が溢れる。近くのレグナント、クラウン両者も凶悪な神性に中てられまったく動けない。神はそこにいるだけであらゆる行動を制限する。

 

 不遜な行動は即ち、死。

 

 今のAliceは顔に大きな穴を開けていた。何もかも吸い込む暗い闇。そこからボトボトと液体となった闇を吐き出す。

 

「全能で無能たる異神Aliceの言葉を疑う?クリムゾンちゃんはねぇ、あなたに対していつもお股を濡らしちゃうような変態さんなの。こういうのって近親相姦って言うんだよ、最高に気持ち悪いよぉクリムゾンちゃん。論理観本当にないよね。異常者!異常者!異常者だぁ!!」

 

 クリムゾンは知っている。実験の過程でどこからか”たまたま”混ざってしまったグリムの細胞。そのデータが指し示す変えようのない遺伝子情報。お互いの共通点。

 

 それは嬉しくもあり、悲しくもあった。なぜこうもグリムに惹かれるのか・・・打ち明けたくともこの関係性が壊れてしまいそうで恐ろしかったのだ。そんな思いを胸に秘め何百年もずっと一緒にいれば家族を超えた関係を望んだとしてもおかしくはない。好きで好きでしかたがないのだ。だからこそ、狂気に呑まれた彼を助けてあげたかった。

 

「グ、グリ・・ム・・ッ」

 

 見てしまわなければいいものをクリムゾンは救済を求めてしまった。グリムとクリムゾンの視線が重なるも、先に顔を背けたのはグリムの方からであった。

 

 それが拒絶されたように感じるのも無理は無かった。

 

「――――――えあぁぁッああああ”あ”あ”」

 

「わざわざ地上までおっかけてきて、そんなにグリムが好きなんだぁ。あんなにがんばったのに肝心のお兄ちゃんはずっと”アリス”にご執心。女としての価値まるでなくて可哀想・・クリムゾンちゃんって子可哀想、クヒッ!でもね、クリムゾンちゃんの糞みたいな控えめなアピール好き”!”アリス”に嫉妬してAliceを虐待してくるのはもっと好き”!だから殺すね”」

 

「あ”あ”あああああああああ」

 

「うるさい」

 

 そのまま無慈悲にAliceはクリムゾンの腕をむしり取る。虫けらのように四肢をプチプチと千切っていく。そのまま頭を掴み引きずる。痛みは心の傷だろうと強制的に現実に引き戻す。

 

「泣かないで!泣かないで!これから死ぬほど泣かせるんだから!今泣かないでッ」

 

 異神Aliceは更なる絶望を与える。

 

「これなーんだ!」

 

「――――――!!??」

 

 現れた箱型の大型機械。歪な歯の様に噛み合い回転するそれは、どこからどうみても挽肉機であった。何が行われるかなど、無邪気で残虐な神の曇りなき笑顔が答えを出しているようなものだった。

 

「ねえ知ってるぶいーんぶいーんぶぃぃぃぃ?これすんごい痛いよ。足の端からが特に痛い。実際”何度も”体験したから知ってるんだぁ。異物が混じるから、純度が落ちるからって・・そのままここに入れるのはやめろよね」

 

「ま、っまってください!ま、ま、ヒ」

 

「なんで知ってるかっていうとね、Aliceがポコポコポコポコ好きでもないのに産んだあいつら、君らはC種て呼んでたっけ・・不本意だけど一応まあ全部”アリス”でもあるんだよね」

 

 事実を淡々とAliceは語る。C種が死ぬ度にその魂は拠り所を求めアリスの元へと集う。死してなお母親を求め縋る。

 

 ダンジョン内でのC種の活用方法は多岐にわたり、食料として、魔力媒体として、更なる母体として、記憶も体験も否応なしにオリジナルたるアリスへと集積していく。C種とはつまり”アリスの役割”からあぶれたなり損ない。

 

 その背景から資格すら持てやしない醜い失敗作。それでも分裂した”アリス”の魂を持つ個体。根源たる叫びは”アリス”を求めてやまない。決して届かぬ星の煌めきに駄々をこね手を伸ばし続ける。

 

「だ、だからね!反省していい子になってね!子供の数だけの・・今までの”アリス”の歴史を実際に全部体験させてあげるぅ。くひひ。アリスが初めて召喚された戦前直後から今の今までッ!これは長編だぁ!」

 

 Aliceは狂気じみた目でカードを三枚取り出す。

 

「戦場地獄編、調教変質編、運命崩壊編、どれから行く?おすすめはこの調教変質編かな~尊厳も人格も徹底的に破壊されるからすごいよ!”Alice”が生まれた原因だからオススメ・・・どれがいいかな~まあ全部やるんだけどねくふふ」

 

「や――――やめっいやああああああああ」

 

「クリムゾンちゃんもぉ億は子供を産めば女に生まれたことに感謝するよ。偉大だねぇ。ア、ア ハハハハ ハハ ハハ ハハハ ハッッ!!」

 

 

 

 

 ――――――――ここから先は敢えて語るまい。目撃者は3人。それで十分だった。

 

 両者は姿を消したかと思えば、8秒ぐらい経ってからすぐに現れた。

 

 彼らからすれば数秒の出来事だが、実際には900年分の”アリス”本体の歴史と有象無象の”アリス”どもの歴史をクリムゾンは体験させられたのだ。

 

 クリムゾンは・・10分の3も経験することなく廃人と化した。もとより幻想体たる”アリス”と精神の作りも強靭さも、なにより現実の受け止め方が違う。

 

 いかにゲームマスターであっても緩急の無い苦痛のだけの永劫地獄では狂わずにはいられない。

 

 クリムゾンはうわごとのように何かを呟くばかりで完全に精神が破壊されていた。歪に膨らんだ腹は痛々しく、内腿を赤と白のコントランスが這う。

 

「あらら、前提から間違ってたみたい。ごめんね、まさかまともに子供ができない体なんて。何度も流産させてごめんね。フククヒ・・フフッッ可哀想!!クフフ。こんなんでどうやって幸せな家庭を築くつもりだったのかなぁ???アヒャヒャヒャヒヒヒャヒヒフフ!!」

 

 満足したのか飽きたのかクリムゾンの体はAliceの雑な払いでバラバラになる。それから何度も何度も踏みつける。

 

「弱者を、いたぶるって、こんなにも楽しい事だったんだ!!少しだけクリムゾンちゃんのことが理解できた!できちゃったッ!クヒハハハハ ハハッッ」

 

 あれほどまでに強大だったクリムゾンも本物の神相手では虫けらも同然だった。あまりにもあっけなく雑に殺されたクリムゾン。彼女の人生は何者かの掌の上で翻弄されるだけの人形でしかなかった。

 

 神との遭遇とは一往に不幸をもたらすとはっきりした。どうあがいても運命の向かう先は決まっていたのだ。軽い愛撫であっても人間は簡単に壊れかねない。

 

 女の声が混じる男のかん高い笑い声だけが木霊する。喜びに満ち溢れ世界を満たすようだった。

 

 

 

 

 

 

「さて」

 

 Aliceはゆっくりとしゃがみ込む。

 

 倒れ伏すイグナイツの頬を撫でる。初めて見せる慈愛と母性に満ちた穏やかな表情。”アリス”の血を継ぎながらもB種と違う決定的な因子の持ち主。しっかりとした”両親”の因子を引き継ぐこれこそが正統なる血統の連なり。

 

 この子は間違いなくこちら側の存在であり”アリス”と”彼”の子だ。最初は壊そうと考えていたが、なるほどAliceすら魅了する何かがこの子にある。それが知りたい!!

 

「アリス性に抗うとは、なんて愚かしいことか・・・そう思わない?グリム?ねぇねえ?」

 

 ずっとこちらを監視し続ける彼に問いかける。死に掛けでありながら必死にこの舞台にしがみ付こうとする醜い演者。返答は期待していない。一方的に自分本位に語る。終幕のスイッチはいつでも押せる。

 

「子供なんて見たくもないと思ってたけど・・・この子はやっぱり違うね。この子が産まれた事だけは感謝したくなっちゃう。クヒ、フフうふふ・・おかしいなぁ。Aliceの現状を考えるにこれまでの人生は儀式だったんだね・・・有頂天の頂へと続く長い長い階段だったんだ、よ!血を流し這いながらもAliceは遂に辿り着いちゃった。ありがとう!恋都!!アリスの召喚者!グリム!クリムゾン!・・・そして恋都!Aliceがこんなにも邪悪であるのはみんなのおかげッ!望まれるがままに遂にアリスは降臨したッ!ヒハアクフフフヒヒッッイヒヒヒィ!!アキャキャィィギギギ」

 

「ッッ!?」

 

 クラウン達三人は咄嗟に耳を塞ぐ。アリスの一声一声が脳が震わす。アリスは、神は神でも会話が可能な神。僅かな可能性を対話によって賭けるつもりだったがその考え自体が不遜。

 

 神には何人たりとも声をかけることは許されない。

 

「ああ!!これが母性なんだなって!こんなこと言ったら恋都はキモイっていうかも!しょがないよ!Aliceはアリス!女なのに男の体なんて、ふうふふ。ぎ ぎ ぎ ギぎぎ」

 

 急に腕を薙ぎ破壊される風景。ひび割れる世界のあらましに今度こそ終焉を迎え、

 

 

「・・だぁれぇ?」

 

 眼前に現れたどこかで見覚えのある気配に世界は静止する。

 

「お”、お、恐れ多くも、発言を、ゆ”る、していただけ・・ないでしょうか・・?」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 膝をつき祈りの体勢でお伺いを立てるクラウン。この姿勢であれば信じる神や作法は違えど誠意と敬意は伝わると、伝われと一心不乱にアンティキアの神に祈り縋る。

 

 受肉した神に対し動けただけでも偉業。いるだけでも力を放出する神の威光がもろに直撃する。変異はもう免れない。

 

 クラウンの姿が変異していく。それでもまだ第一段階の症状に入っただけに過ぎない。肉体は魂を守る障壁。精神を蝕む第二段階に至るまでまだ自己を保てる!

 

 だが、覚悟のまま飛び出たはいいものの、言葉が出ない。しどろもどろに必死に切り出そうとするが、緊張と恐怖がそれを阻む。ガチガチと歯がぶつかる。

 

 ここまで来て、まさかの無駄死に。

 

 このような醜態を神が許すはずがない。

 

 無力なままに顔を伏せ祈っているのが正解だったのかと思っていたところ、意外なことに向こうから手を差し伸ばしてきた。

 

 

「・・・・・・・・どこかで見た顔だなって思っていたけど、飴のおじさんだ!」

 

 途端に機嫌をよくする異神Alice。ニコニコと温かな感情を振り撒き世界はそれに呼応する有様。ひび割れた世界に穏やかな陽気が漂い虹色の光が流れる。不安定な・・・神だ。こうも感情が世界に反映するか。

 

 それでも・・・考えようには破滅へのカウントダウンはまだ引き伸ばすことができるかもしれない!持ってくれよ世界いいいい!!

 

 まさかの好機到来。

 

 クラウンの思考が面識があったはずの過去へと誘い遡る。”アリス”に関する記憶の地層を掘り起こそうとする。グルグルと答えの無い迷宮へと誘う。

 

 そして、

 

 

 

 

「・・・申し訳ありません。なんのことか皆目見当もつきません・・・」

 

「・・・・・」

 

 が、まるで思い出せない。早々に諦め正直に答えた。元々クラウンは勇者召喚計画の音頭をとる立場に居ながらも否定的であった。詳細を知れば知る程現実味の無い杜撰な召喚計画。勇者という都合のいい戦力がいるなど実際に召喚されるまでは眉唾者でありクラウンのような考えを持つ者が多数を占めるぐらいだった。

 

 いかに戦況が押されていたからと、このような博打じみた計画に乗り出す事には甚だ疑問であったが当時の教皇による全権乱用がそれを可能にしてしまった。仕方なく監視の名目で決して少なくない私財を投げ打ったのは万が一を考えた故の保険。本当の真意を探るための行動。教会内での力関係を意識した結果なのだ。

 

 それがどうだ蓋を開けてみれば・・勇者は実在し召喚されてしまった。世界に異物を招き入れてしまった。

 

「そっか、あれは”アリス”が勇者だからじゃ、ないんだ・・・」

 

 被災した子供たちにパンを配り袋に飴玉を忍ばせたのは覚えている。恐らくその中にいたのか。やはりまるで記憶にない。

 

「でも、そんな優しさを持つ人が”アリス”を戦場に送り出すもんね。大主教だっけ?可哀想な”アリス”のことを知らないはずがないのにね、ね」

 

「・・・・・それは」

 

 実のところ本当にクラウンは知らなかった。

 

 計画の詳細は知れど召喚された勇者の囲い込みは既に終わっていたのだ。出資者という形で背後には大貴族がいた。勇者一人一人にサポート役として張り付く監視者どもは貴族の配下。長引く戦争による教皇への求心力の低下は大主教クラスも疲弊させた。そこにスキが生じた。あろうことか教皇は裏で貴族に助力を取り付けていたのだ。これが戦後に大きく影響を及ぼすことになる。

 

 勇者の扱いに問題があったのは知っているが、それこそ召喚獣の類として列する彼らの地位は高くなかったが改善したのは貴族連中。名が高まれば支援する貴族の発言力も高まり無視できなくなる。異能ありきに勇者が力を知らしめたからこその地位だった。それができない外れとされる者たちの環境及び境遇は劣悪だったのも事実。それを知りながらも私は何もしなかった。私自身が関われる領分を逸したためであり、力なき貴族たちが勇者の力を借り台頭し始める。

 

 だからこその対抗処置として私はあの名門に打診したのだ―――

 

 そしてこの計画の根の深さ、規模の大きさ誰かが裏で糸を引いていたはずだがそれも分からずじまいで私は心半ばに倒れてしまった。

 

 これも過去の責任か。

 

 

 

 

 

「あれは嬉しかったなあ・・・・」

 

 ”アリス”がまだ監禁されず怪しげな処置も軽かったころの話だ。たまたま監視役の目から離れフラフラと街中を出歩いていたことがあった。町に活気はなく人の流れはあっても表情には暗い影を絶やさない。確か不死者側が重要な拠点を数人で陥落させたとかって時期だったか。配給も減り、徴兵により男手も足りない。たまたま教会で行われていた炊き出しで並ぶでもなくボーと眺める”アリス”に対して飴の複数入った袋をくれたのがこの人だった。

 

 もしこの時”アリス”を連れ出してくれれば何かが変わっていたかもしれない。

 

 この世界で初めて触れた純粋な優しさ。単純な”アリス”はそれだけで持ち直した。

 

 Aliceにはそれすらも無かったのに―――――

 

 

「時間を稼いでも無駄だよ。そもそも何ができるの。既に宇宙の端から膨張を超える速度で変化は迫ってきている。今は最後のモラトリアムを楽しんだら?」

 

 宇宙と言う舞台セットをひっくり返す。ただそれだけのこと。くだらない余計な背景だ。

 

「う、宇宙?・・それは・・滅ぶということですか・・・?新たなる新天地に・・我々の居場所は・・ないのでしょうか」

 

「んふふ――――――」

 

 神は最後に邪悪な笑みを浮かべた。

 

 クラウンには宇宙がなんのことかわからない。それでもゲームマスターが目をひん剥いたことから事態の大きさは測れた。それから異能により脅威は”空”の先からやってくると知った。

 

 そうか、世界とはこういう形をしていたのか・・・

 

 スケールが違い過ぎる。そして最後の希望であったグレイズの行動も意味がない事も知らされた。あれはクリムゾンへの力の供給を止めるための行為。あくまでも対クリムゾン用の対抗策。もはやシステムなど関係ないのだ。

 

 アリスの器として機能してしまった勇者を使い転生してしまった神に何ができる――――

 

 皆が歯噛みする。これで終わりなのか――――人は無力なままの存在なのか・・?

 

 一心不乱に神を持たぬグリムですら祈っていた。祈るしかなかった。

 

 先に変異で死ぬか、新たなる祝福で死ぬかの違いでしかない。

 

 

 

 これで 本当に 終わり なのか?

 

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