――――――――――Side/グレイズ
因果は収束する。引力は互いを惹きつけあらゆる清算を助長し演出してみせる。
その戦いは確かに望まれたのだ。
――ッッ!―――――ッ―――ガギギッン!!!
グレイズは血を吐きながら縦横無尽に風と巡る。
ベルタの相手をしている暇も時間もない。この時も向こう側の世界で戦っている彼らに比べれば・・・だが動力施設まで走ろうにも無視できる相手でもない。
グレイズは確かに成長した。
その手応えも有る。
が、それでもベルタは格上なのだ。
「あれあれ、おかしいな~。まるで別人じゃないかよ。いったいどうしたの大丈夫?」
ベルタはマイペースに笑いながら痛烈な攻撃を仕掛けてくる。この先2ブロック先が目的地。迂回するにしても遠く、ベルタは強大すぎる障害。
無視できる脅威でなかった。
「―――――ッ―――ゥッ!!」
簡単に軽口を叩いてくれる!
息も絶え絶えに全身の血液が血管を突き破ろうと突き抜けていく流動。ビキビキと血管が浮き上がり肉体の内側から出血し筋肉が断裂していく。
急激な加速がグレイズの内臓を圧迫し眼球に血液が集中し血走り魔力放出による急激な加速が心臓を締め付ける。
これだけやってようやく踏み入った領域。これがベルタのいる世界なのかッ。
剣を打ち合う事数合、どんなに前に出ようとしてもベルタは必ず阻む。
「それそらー」
気の抜けた掛け声からは想像できない痛烈な斧の連撃。岩から削り取った様な武骨な造形の斧を両手に、振り回される事無く叩きつけては質量で圧倒する。
裁き切れず体が押され吹き飛ばされる。まともに受け止めれば魔力障壁ごと骨を破砕する。
「――――――ガぁッ!!?」
「防御に関してはよく頑張っている。でも感覚がノロマじゃスピードに振り回されるだけで意味がない」
転がるグレイズに追撃を加えんとガリガリと地面に引きずらせ斧を振り上げる。火花を纏いながらもグレイズの胸を切り裂く。これだけ圧倒し致命傷を与えながらも殺しきれないのはやはり異常な再生力の賜物。それがわかっていながらもベルタは攻める。グレイズの焦りがわかっているからこそ時間を稼ぐ。無理して攻めなくても焦っってボロを出すとわかっていた。意識はこの先へと向いているのが見え見えだ。
ベルタは巨大な剣を虚空から取り出し異常な速度で振り回す。決して武器に振り回される事無く見た目に反した膂力でグレイズを刻む。銀の髪を乱し獣の眼光が獲物を追う。その姿は獰猛な猟犬そのもの。
牙は決して抜かれず獲物を床に壁へと叩きつける。それでもなお、グレイズはしっかりと頭部を守る。少しでも意識を失えば例の魔術が飛んでくる。グレイズは先生の忠告を守り必死に機会を待つ。”底”を見せつけ無力な存在だと思わせる。
グレイズはこれ見よがしに偽の最大速度を見せつけ回避と防御に専念し的確にベルタの攻撃に対して魔力障壁を部分展開し噛ませ防ぐ。障壁は狭ければ密度は高まり強度も増す。それでも対応しきれないと演出してみせる。及ばぬ弱者を装う。我武者羅に命懸けでギリギリを保つ。
ちゃんとやれているのかもわからぬほどに次々と思考が巡る。ベルタの攻め手が多彩でエグすぎる。
――――”砲弾”は既に装填されている。
ベルタの後ろ回し蹴りがグレイズの頭に炸裂し、瞬時に大剣によるブチかましが貫通し喉元を突き刺す。それでも”砲弾”の形成を維持し続ける。
後は放つのみなのだが・・・
魔力精製の余念は怠らない。圧縮に圧縮を加え砲弾にまで成長した矢はいつ爆発してもおかしくない。
前よりも動きが鮮明に見える。先生の破格な指導はグレイズを飛躍的に成長させた。
クラウン家に独自に伝わる魔力用法。門外不出の技術を異能によって正確に継承された。
だからこそベルタの強さが引き立つ。魔力放出無しに、素の身体能力で圧倒してくる。確かな成長に打ち震えながらも容赦のない猛攻に肝を冷やす。ベルタもガードの薄い頭部以外を必要に狙っては逆にフェイントを織り交ぜる。そうか・・彼女らの戦いの根本も先生による教えが根付いているのか・・・
先生の言う通りだ。未だにベルタが大した魔術を使わないのはグレイズを見くびっている証。肉弾戦でどうにかできると判断させるギリギリのラインは保っている。
動くならば。
ここ、だ―――――ッッ
「ウオオオオオオォォォッッッ!!!」
グレイズは強引に突き刺さった刃を無視し、自ら傷跡を広げながらも反撃を行う。グレイズの素早い体当たりからの剣の突き。だが、ベルタはまるで予想していた様に身を引き躱す。負けじと喉元を追いすがる剣先をベルタは首を逸らし避ける・・・はずだった。
「ッ?」
異様なスピードで伸びる突き。目測が狂わせ頬を掠らせる。ベルタは戦いの中でグレイズの身体的情報は大体把握した。歩幅に呼吸、剣の間合いですら言い当てて見せよう。
だがそこに予想を超えた剣の間合いが襲い掛かる。柄の端を握り間合いを伸ばすには異様なリーチの長さに力強さ。つまりは、これは異能!
「――――――――――――――ッ!!!」
雄たけびと共に猛攻に出るグレイズ。それはまさに獣。獣人形態により膨脹する肉体がベルタを捉えその全身をもって体当たりを仕掛ける。爆走する巨体はベルタの魔力障壁に罅を入れ突き破る。その体は前よりも大きくなっていた。
悲しいかな。これはベルタにとって想定内であった。いつか必ず異能を使って来ることは分かっていた。彼にとっての唯一の活路だもの。異能の成長性だってすでに一度目撃している。
パワーもそうだが一番警戒すべきは咬合力。障壁を新たに張っても時間を稼ぐことなく突破すれば回避も防御も間に合わない。逆に言えばそれさえ警戒していればいい。噛みつきが無ければちょっと面倒なだけの雑魚にすぎない。
グレイズの懐に潜りこみワザと咬撃を誘う。それでもリスクを無視して至近距離での近接を挑む。その逞しい両腕に抱擁されれば命にかかわる。が、それも通用しない。【転移】を持つベルタは回避可能。その手札は未だに見せていない。ビックリした時が奴の最後だ。虚をつかれれば意識は簡単に空白をもたらす――――
ベルタの踏み込んだ足先が地面を陥没させる。腰の入った掌底が獣の顎を捉え顎諸共に牙を砕いた。感触が、意識を飛ばしたと実感する。
意識が―――――遠のいた!!
堅牢な城壁に穴が開いた。
あの邪魔なA種がいない以上防ぎようのない死が襲う――――――――ッ??
その瞬間ベルタとグレイズの意識は光に包まれた。
気付いた所でもう遅い。グレイズの至近距離で魔力が爆発し、二人は光に包まれた。
◇
(――――――――――――――――――――)
細い綱渡りであった。ベルタの動きは早すぎた。まともに攻撃を直撃させることもできない。それでどうやって”砲弾”を直撃させれる。どこまでも付け焼刃でしかない。いかに優秀な指導者がいても一朝一夕で身につくモノで無い。経験と実践が圧倒的に足りない。こんな精度では直撃は不可能。感覚だけで放つこともままならない。
直撃でなければ倒すことはできないのだぞ。回避と防御を並行し、形成した”魔力の砲弾”の圧縮の維持を保つことで精一杯。とても発射に射角等の計算に思考を費やす暇がない。
で、あればだ。
トリガーは相手に引かせればいい。
参考にすべきは先生でない。僕はそこまで優秀でない。本当に参考にすべきは勇者様との一戦。どうやってもタイミングを合わせれないならと自爆覚悟のカウンターに賭けることにした。
異常な再生力を前に確実な一撃を決めるために勝負を仕掛けてくると信じていた。ベルタが本気を出させないギリギリのラインで弱者として戦う。ベルタにはこの先も戦いが待っている。余力を保持しなくてはいけない。雑魚相手に魔力を消費させてはきりがない。魔術を解禁されれば簡単に意識は飛ぶ。獣人化し攻勢に出れば後がない事の証明。相手に底を見せたと思い込ませる。
痛烈な一撃を起点に薄れた意識は維持を解き放ち”魔力の砲弾”を暴発させた。
ギリギリの・・・賭けであった。
ベルタの魔術は刹那で命を刈り取る。意識が飛んだ瞬間が勝負。
暴発が先か、魔術が先か。
威力は勇者様との戦いで保証済みだった。
ドガアアア――――――――――ンッッ!
両者は衝撃と魔力特有の光の残滓に包まれ爆ぜる。
煙のベールに覆われながらも大きな影が動いた。暴発の余波から逃がさまいとしっかりと爪がベルタの両肩に食い込んでいたのだ。衝撃で間合いを開かせないために、そして確実に直撃させるために。暴発すればエネルギーは指向性も無く四散するので威力が弱い。無駄を省くためには至近距離にまで接敵させる必要があった。
そして暴発は指向性も無い魔力の爆発を生じさせた。それはベルタの魔力障壁に通じないが為の拘束。ベルタは抜け出そうにも鋭い爪がさらに食い込む。【転移】しようにも肉体に入り込んだ異物が阻害する。【転移】は同意の無い相手を巻き込むことができない。
誰かの血が空気を濁した。
・・・ベルタでも知ることのない事だが、血に触れお互いのアリスの因子同士が反応した結果ベルタとグレイズは一つの体として認識された。故に【転移】はどうやっても不発。
――――――ベルタはどうなったのか・・・確かな事は致命的な僅かな隙が生じたということだけだ。
◇
――――――――――Side/ベルタ
痛烈な衝撃に身を窶す。
ベルタは煙の中から現れたグレイズの顔を見て、呆れて笑った。無い頭を使い死力を尽くした男の顔がそこにあった。醜くも評価に値する。覚悟ばかりはいっちょまえか。
――――――高揚が昂ぶらせる。
自爆まがいの一撃。
当然グレイズも無事では済まなかった。衝撃は圧となり、壁となり魔力障壁を展開しなかった体の前面をすり潰し破壊した。伸びた獣の鼻先を半分にまで凹ませながらも血走った目がベルタを捉える。左腕は肘先から断裂したもののベルタの肩に食い込んだまま垂れさがる。だが右腕はしっかりと掴んでいた。
瞬時に再生した強靭な顎が狙うはベルタの首。
”魔力の砲弾”と噛みつき。禁断の王手二段撃ち。不死性を十全に生かし気合で事を運ぶ、どこで破綻してもおかしくないゴリ押し戦法。
それでもしっかりと未熟な獣の牙はベルタに突き立てられたのだ。
それで終わりでもよかった。
だがそうはいかない。
こんなにも楽しければ無視できない相手となる。
血生臭い逢瀬が始まる。
「――――――――――正直・・感動した―――ッね」
グレイズの耳元で不穏なサイン。なぜ喋る。間違いなく僕の牙は障壁を粉砕し首に齧り付いた。この血の味こそ何よりの証明。
それがどうして、こうも・・平然としていられるものなのか?
抑揚のないベルタの声が不穏を生む。
ベルタは意識を変えた、変えてしまったのだ。
―――――つまるところの本気にさせてしまった。
「楽しくなってきた なッ!」
違う、おかしい。なぜ未だに噛み切れない。
グレイズの誤算。自爆による自傷。全身の傷は激痛となり感覚を鈍らせる。それ故に顎の異常に気が付かない。ベルタは瞬時に親指をグレイズの下顎窩に差し込み顎関節を的確に破壊したのだ。指が顎の機能を阻害する。馬鹿げた筋力を持とうと発揮できなければ意味がない。後手に回ったがベルタは間に合ってしまった。
寸でのところで射抜かれた。
――――――それが なんだァ――ッ!!
強引に機能しない顎が不自然に膨張する筋肉に押され牙が首筋に食い込み沈んでいく。ベルタは初めて苦し気に息を漏らす。
「うヴべッ――そのまま、よく食らいつけ・・・耐えれるものなら耐えてみろッ!!」
ドゴオッッッ!!
「―――――――――――――ブヘッッ!!!!?」
声にならない嘶きが首に、ベルタの傷口をくすぐる。グレイズは突然の衝撃に身を震わせ喉元に込み上げる血液を鼻や口から霧状に噴出する。ベルタの空いた両腕が次々に破城鎚の如くノーガードのボディに突き刺さる。余りにも重い一撃。思わず目を剥き、血涙を垂れ流し、滑付いた汗がブワリと玉の様に噴き出す。
「ガァッ!ゴガアアアアアア!!」
「おぐぅ―――ぐおおおおお!!!」
平静を装い精神的余裕を見せつけるベルタ。実のところ追い込まれているのはベルタも同じだった。拳が突き出される度に負けじとグレイズも首に牙を食い込ませる。
肩に食い込んだ爪と握力が拳の威力を低減させる、魔術を使おうにも殴り続けなければ食いちぎられる。何度も言うが獣の顎撃を舐めてはいけない。ベルタの膝が獣の肝臓を破壊する。
「ガアアアアアアアアアッッ!―――――ガッッアアアアがアッアアアアアァァ!!!!」
「ウ”ッ!?ギッ――――ガアア!!!」
両者ともに引くに引けず逃れることも叶わない。白熱した死の抱擁。デットレースに未だ終わりは見えず。グレイズにとっての勝機はここにしかない。間合いが開けば二度と捕まえる事は不可能。油断の無いベルタを捕まえることはできやしない。純然なパワーとタフネスを活かせる盤面まで漕ぎ着けたが手札はあらかた提示してしまった。もう後がないのだ。
我武者羅に、無茶苦茶に前進するしかないのだ。
ここで勝利しなければ逆に負ける。負かされる―――――魔術の行使だけはなんとしてでも封じ込まねばああああああああああ!!
【強靭】
発動までようやく漕ぎ着けた筋力強化の魔術がグレイズの体を更に膨張させベルタを押し倒そうと迫る。ただ前へと体重差を利用し巨体をもって押し潰す。
「ぐぶぅッ」
血を吐くベルタから勝利が垣間見えてしまった。
・・・・その行動は間違いではない。戦術も悪くなかった。
ただ――――――時間をかけ過ぎた。
命のやり取りの中での魔術の行使――――グレイズにできてベルタにできないはずがない。
一流も一流。高位魔術師であるベルタが魔術で押し負けるはずがなかったのだ―――――
(ああ・・本当に・・・面白いな人間・・・)
グレイズを敵と認識してしまった。リズと同じで評価に値する。数百年ぶりの命の危機。まさかただの人間にここまでされると思いもしない。この魔力の運用癖はあれだ。”先生”だな、こいつに入れ知恵したのは。
ある意味、後輩なのか・・・
ベルタは血を吐き出しながらもその口元は、はっきりと笑っていた。
使用を控えた魔力の駆動は終わり魔術の起動も完了。あとは発動するのみ。
ベルタの得意分野はなんだ?こうやって殴り合う肉弾戦か?違うだろ。
もっとスマートに行こうぜ。私は素敵な―――魔術師だ。華麗に行こう。
禁忌たる深淵の力。今集う。懐かしき光に釣られ過去を慮る。幼心こそが我が始まり。終わりなき刹那が大人を殺す。薄汚れ、誰もが無垢を肯定せず。
白亜”劇場”
ベルタが保有するもう一つの切り札。
さあ!賛辞と称賛と死をもって送り出そう。
晒したからには生きては返さない。観る者全てが塗り替わり新たなる情景が展開される。
さあ、劇場開廷だ。
狂乱せよ!!狂乱せよッ!!!
「!? なんだってッ!?」
突然の消失。
ベルタが目の前から忽然と消え力が空振り鋭い咢が空を食む。
グレイズは馬鹿な、馬鹿なああああ、と・・周囲を見渡し姿を探すが、奇奇怪怪な未知なる異界に閉じ込められた。
わなわなと手先に残る温もりが未練がましく拳を握る。ここまできて・・あと一歩、届かなかった。敗北の事実に収まりが付かず吠える。慟哭に悲しさを帯びる。
「そのあと一歩って、君が考える以上に遠いんだぜ。決め手に欠け不用意に長引かせるとこうなる。それでも褒めてあげよう。ベルタにこれを使わせたんだから誇れ”グレイズ”。存分に死ね」
「―――――――――なんだこれはッ・・・」
世界は塗り替えられた。やたらとファンシーでフワフワとする気の抜けた雰囲気。形容しがたいまぬけ面の生物が跳ね翔け躍る。まるで絵本の世界だ。
「劇場――――開園。劇場共演型術式は初めてかな?進行役は当然この私様なんだよね!!」
ベルタは冷汗を流しながら余裕を見せつける。やはり慣れないな。
”何者か”の干渉を受けるこの術式は・・・・術者だけが感じる謎の視線にはいつまでたっても慣れそうにない。
ベルタは首の傷を癒し、動作を確認し一回り小さくなった敵の姿を迎える。まあ初めても何もこの型式の魔術は巻き込まれた時点で命運は決まる。ただ確定した死を迎えるのみ。彼は気づいているのかな。自分の姿に。
引き込んだ対象の完全無力化。魂は解放され術者以外をデフォルメされたキャラクターと化す。
どんな攻撃をも”世界観”に則った相応しいものへと変換。公然と子供と大人の構図を作り出す。これから始まるのは戦いではない、一方的な蹂躙だ。それにベルタの性癖がよく表れている・・・我ながら糞みたいな性質だ。副次効果で魔術の行使者はその発動に身もだえするほど快感を伴う。敵さんに申し訳がない。でも知ってほしいんだ。
魔術って最高だよね!!
魔術最高!!魔術最高!!
足腰立たなくしてやる!
劇場共演型の魔術の習得は”域”を超えた者にしかできない。通常の魔術と違い継承されたり教導によって習得するのではなく詳細を開示されたところで身に付きはしない。
完全なる固有専用魔術。この世に二人もいない唯一無二の発現者。術者の糞みたいなエゴを押し付け限定的な位相へとシフトする。性質上範囲内の対象は強制的に巻き込まれ違う法則性に魂を解放させられ殉じなくてはいけない。不可視の流れに身を任せねば抗うことも許されない。
致死性の高い強力な術式だがベルタは制作・習得できる立場でありながらも苦肉の策で習得していた。想定する敵はいつだって更に前に行く者。
習得した時点でまだセイランは産まれていなかったが、終ぞ戦う事も無かったが憧れであり密かにライバル視をしていた当時、一強時代を築いた【氷結界域】への対抗策でもあった。
持ち前の火属性で冷気に対抗しようとも、もう一つの固有属性から放たれる魔術への対策は難しく異能を絡めた実戦経験が違い過ぎる故に長期戦は不利、初手での早期決着が答えであった。戦いであればこれで正しいだろうが、納得のいかない。相手だって秘密の切り札を解放する可能性だってある。
もし同じ型式の術式を使われてみろ。位相と位相は重なり合い融合する。どんな変化がもたらされるか誰にも分からないのが劇場共演型の怖いところ。
ほんとは・・彼女に試してみたかったなぁ・・・
ベルタは前に一歩進む。相手の底は理解した。これ以上の方策は―――ない。
「―――――――ッグ、ゴホッ―――!?」
だからこそ、この心臓の痛みは完全なる不意打ちだった。ベルタは胸を抑え倒れ込む。激しい動悸が息を切らす。
(なんだ・・・?)
景色が捻じ曲がる。急な世界の移り変わりにグレイズは瞠目する。
急にベルタが胸を抑え息を荒げている。
優勢だったはずなのに苦しむベルタに困惑する。これはいったい―――
「間に合って、しまったなぁッッ・・・・えぇッ?」
元の無機質な通路。暗がりから何者かが壁に背もたれ先の無い血塗れの右腕を突き出す。
そう、彼こそは―――――彼の名は!!
不敵な笑みでリズは笑っていた。
「リ、リズゥゥッ・・何したんだリズウゥゥ――――――ッ!!!」
胸を抑え血反吐交じりに及び腰になるベルタは必死に叫ぶ。
「お前右手を切り落としただけでいいと思ったか?せっかちが。こんなんでも神言魔術は有効なんだぜッ」
「なんぉぉッそんな馬鹿な!」
ベルタは滝の様に汗を流しながら人知れず未知なる魔術による苦痛と快感を覚える。苦しいけどやっぱり苦しい。それでも未知なる魔術に触れた時のワクワク感は気持ちがいい。決して想定外の事態に思考を止めない。媒体起点の遠隔からの魔術作用。
こいつ呪詛も振り撒けるのであるかあああああああ!?
リズの神言魔術がベルタに炸裂した。
【濡れ手に刃】――――
対象の肉体を媒体にその部位を”破壊する”・・はずだった術式。そう破壊するのだ。にぎにぎするだけで終わらないのだが驚く程にベルタの心臓は頑丈だった。脈が・・力強すぎて逆に弾かれる。いつまで強敵ムーブを続けるつもりだこいつは・・・?
リズは呪いが弾かれそうになるのを必死に喰らい付く。それもこれも右手の不在が原因と思われる。リズ自身もこの術式を発動するのは初めてだった。当たり前だ。この術式は何を想定して作られたのかまったく理解不明だったのだ。媒体と同じ部位を破壊するんだぞ。心臓抜いたら人は死ぬ。特攻で心臓を奪っても普通はそれで死ぬし、生きていたとしてももう心臓はないのだぞ。
当たり前だ。
今となってはこれが再生力に富んだ相手専用だとしか思えない。グレイズやベルタの様な再生力お化けにこそ有効な限定的すぎる神言魔術。
まさか・・神はこれを想定していた・・?
運命としか思えない。
リズは目が覚めた時、手の無い右腕を見て断面が綺麗すぎることから切断されたあと右手は捨て置かれそのまま放置された可能性に賭けた。
神言魔術への理解や信仰の貴さを知らぬ者にセーフラインがわかる筈もない。何が罪で罰なのか・・・
神の機嫌の良し悪しなど外様にわかるものかよ!!
心臓を握りしめたリズの右腕は切り落とされ無残に地面に堕ちた時点で不敬に当たるのだとばかりだとベルタは考えたに違いない。それはA種の心臓を利用した自己強化神言魔術【正統なる血統】の条件の重さから推察したのだろう。ついでに特攻も封じた。
特攻・・右手の無いリズなどに後れを取る訳がないと・・・油断した。裏を返せばそれほどまでに無視できない脅威だったのだ。
信仰と無縁の強さを誇る守護者にわかれというのが無理なのだ。
ベルタは条件の絶妙な緩さにしてやられた。
そんなの、―――――わかるわけないだろおおおおおおおおッ!!
負傷ではないので心臓に治癒をかけても無駄。右手と心臓は異界のどこか。拾いに行くことも叶わない。
ふ、ふふふ。これで勝ったつもりかぁァ――――ッ!?
「手つきが・・だいぶいやらしいぞリズゥ、そこ胸だけど触る場所ずれてるッゴヘッ――――はぁ、ハァ――童貞、じゃ無いんだからさぁ」
「な、なんで知ってんだ」
「――――ッ!?」
ベルタは思わぬ返しに戸惑う。グレイズも驚く。だってあり得ないだろ。Bランカーともなれば女に困らない。勝手に向こうから擦り寄ってくる。金も力もある。
だがッ、矛盾しているがリズの態度がそうと言い切れない真実味を孕んでいた。
ドゴオオオオオオオオオン!
今度はなんだ!?と畳み掛けるように爆発音が響き少し遅れて唸りをあげ何かが迫る。
この音はまさに水の音であった。
「「なッ!?」」
リズは驚愕し、ベルタはグレイズに振り返り叫ぶ。
「まさか―――囮だったのか!?」
「―――――――――」
違う。そんなはずがない。だって、先輩たちの傷じゃ爆破した後、逃げることができない。それどころか辿り着けるかもわからないまでに疲弊していた。ベルタですらも放置してもこの状況下では勝手に死ぬと判断させる程度の実力と負傷者の数。
放っておいても黒い怪物に殺されると、そもそもこの道を抑える限り回り道するしかなくその経路は遠い。騎士団の実力では辿り着くのは不可能。
グレイズは先輩たちを逃がしたつもりであった。このタイミングで爆破する人間は彼ら以外にあり得ない。
偶然?そんな都合のいい事があり得るものか!!
先輩たちは僕の為に道を切り開いてくれたのだ。この水の流動こそがその証明だった。
――――――彼らは最後に祖国を守る盾となったのだ。
想いが伝わり涙を振り切りベルタに襲い掛かる。
「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおッッ」
「ッ!【炎帝】ッ灰塵に帰せええええええッ!!!!」
ベルタが慌てて魔術を起動する。
【発火】の派生。それも正統なる後継。【発火】と【炎帝】は同じ制作者であり、それは術式の優秀さの証明となりえる。起点的魔術は優秀な機能美が認められたからこそ後世でその要素を取り込んだ派生魔術が多く誕生したのだ。
効果は至ってシンプル。小さな太陽を作り出す。発動したが最後一帯が蒸発する。
だが――――――
「んへぁッ」
動揺するベルタは迫るグレイズに対し魔術を放とうとするも心臓が締まり強制中断。起動から発動までのシークエンスに失敗し、グレイズの剛腕がベルタの顔面に炸裂。
そのまま、冷たい水の奔流は彼らを飲み干した。
◇
怪しげな機械が立ち並ぶ中で水浸しどんどん水かさを増す施設内で力なく寝そべりながら氷水騎士団副団長はそれを眺める。
なんとかここまでたどり着けたのも重傷者を一人ずつ囮にした強行作戦を実行したからだった。
「・・・悪いなみんな、ここからはあいつの未来に賭けてみるとしよう」
みんなボロボロの体で笑っていた。誰一人無事な者はいない。グレイズが同行しなければ脱出など夢のまた夢。ここは未だに第二階層。出口は遥か遠く、現実は更なる苛烈さを増すばかり。
最後に騎士の意地を張らせてもらおう。氷水騎士団はここにあり、と――――
悔しかったし情けなかった。あの女は俺たちなど眼中に無かった。それほどまでに強者であった。そしてそれを後輩に任さねばならない現実に奥歯を噛み砕く思いだった。
命よりも大事なものがある。ここで逃げてどうなる。誇り無くして生を拾えばただの負け犬。騎士団の先達として示しがつかない。騎士は逃げない。騎士は守らねばならない。たとえ人知れず死ぬとしても誉は消えない。
これもまたみんなでひと泡吹かせようと、無力なままで終わらせまいと男の意地を張った結果であった。残された者は皆雄たけびをあげ障害である黒い怪物相手に果敢に挑み時間を稼いだ。喰われながらも必死に剣を突き立て、最後に知識のある俺が残った。
悔いなどあるものか。
「本当に・・・成長したな。お前はもっと強くなる。それが見れないのが残念だ・・ゴフッゴホッ!」
最初の頃のような生き急いだ余裕の無さは鳴りを潜め、それどころか余裕すら感じさせる。グレイズはここにきてようやく羽化し始めたのだ。それを止めてしまうのは同じ戦士として許せなかったのだ。副団長は確かな予感を感じていた。新たなる騎士の誕生を。
とは言えグレイズもまだ経験が浅い。不測の事態が起きる可能性もある。せっかくだ。英雄譚に少し噛ませてもらおう。誰かが生きていれば意志は引き継がれる。思いは無駄にならない。
行け、どこまでも、行けッ!お前は、生きるんだ――――!
人知れず影の立役者は頭上から決壊した水の流れに飲まれ、終ぞ浮上することはなかった。
この行為がどんな影響を与えるかも知らずに満足げに水底へと誘われていく・・・