オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第74話 幸運なる者たちへ

 

 

 ――――――――――Side/グレイズ

 

 

 水の流れは強く複雑な施設内を入り組みあらゆるものを洗い流す。神聖であるが故に触れるべきでない水中。水底は仄暗く常に生者を引き込もうとする闇への裏口。

 

 冷え切った水に飲み込まれれば一貫の終わり。熱を失った体では生きて帰れはしまい。寒さが魂すらも凍てつかせ衰弱させる。

 

「はぁ、はぁ。ごほッごほ」

 

 バシャリと何者かの水面から手が伸びる。黒々とした毛並みは水を弾き一際萌える。

 

 グレイズはなんとか右手に抱えたリズの体を引き上げる。動きの鈍い巨体を必死に動かす。

 

 なんとか陸に這い上がり安心し背中から倒れ込むと、「うげッ」その時奇妙な感覚と声を背中から感じた。

 

「な”―――!」

 

 よく見るとベルタを押し潰していた。まさか今の今まで背中に張り付いていたのか!?

 

 水の勢いは凄まじく体のあちこちが瓦礫などにぶつかりグレイズは大怪我を負っていた。それはベルタも同じ。

 

 血は流れ体温も奪われたのだぞ。獣人特有の体温の高さと頑丈さでなければ死んでいた。冷たさに感覚が鈍って違和感すら無かった。よくここまで持ちこたえたものだ。守護者の生命力はいったいどうなっているんだ!?

 

「はぁっ、はぁ」

 

 気の緩みから獣人形態が解けかける。完全に油断していた。グレイズの下からモゾモゾと這い出るベルタを止めれるだけの力が出ない。相手もまた衰弱しているのは確かだ。ここでやるしかない。

 

「待て待てぇ、ちょっと・・休戦しないッ?」

 

 まさかのベルタからの申し出に困惑する。状況はベルタが有利であるはず。火属性であるが故に水の冷たさとは無縁。冷たさに身を焼かれ衰弱することもない。認識力や運動機能の低下はないのだ。

 

「このままだと死んじゃうよリズ!ヤバイよリズ!」

 

「え、てあッ!?嘘、息してないッ!?ヤバイ!!」

 

 リズの体は冷え死体の様であった。蒼白の顔色に一切の血色が見えない。息が止まっていた。

 

 え、ど、どうしたらッ!この場合どうすれば―――ッッ

 

 焦るグレイズ。

 

 思わぬ事態に頭が回らない。そもそもこの段階に至ると助けようがない。

 

 水没とは奈落の落とし穴に落ちたようなもの。沈めば二度と這い上がれない。

 

 それが一般常識。寒さは容易く人を死に至らせる。こうなってはもう手遅れ。溺れた際の救助の仕方など普通は知らないし勿論グレイズも知らない。溺れるという事例自体少ないのだ。なにせ冷水に身を浸からせれば確定した死が待っているのだ。生存は想定されていない。

 

 グレイズは焦り右往左往するばかり。己の無力感に打ち拉がれる。

 

 だが対比的にベルタは的確に動く。

 

「【発火】」

 

 ―――――そうか火だッ!まずは温めるのが先決かっ。

 

 ベルタによって生み出された火が爛々と一帯を照らし出す。温かな熱気が周囲を包む。しかもこれは火の結界か。カンテラなしに展開するのか・・・これまで文字通りに身を焼いてきた敵の炎だが、この時ばかりは優しく活力を与えてくれる。

 

「リズ死ぬな!君にはまだいろいろと・・・」

 

 息の無いリズの顎に手を添え顔を上げるベルタ。そのまま鼻をつまみお互いの唇を合わせる。グレイズは驚く。こんな時に何をしているのだと。それでも並々ならぬベルタの気迫が躊躇わされる。火の結界と言い本気で救うつもりなのだ。

 

 繰り返し行われる胸部圧迫と接吻。儀式の如く行われるその光景は神聖そのものでグレイズは思わず祈ってしまう。ベルタも一心不乱に手を動かす。

 

 これは賭けだ。一塁の希望をリズの右手に託した。恐らく今もリズの身体能力はベルタとリンクしている。心臓を媒体にA種と同調して見せたのだ。もし生命力もリンクするならば可能性はある。どうしてここまでするのか自分でもわかっていない。衝動的に体が動いてしまう。

 

 ここで死なせるには惜しい奴だよ君はッ!

 

 魔術が閃き雷撃がリズの心臓を突き抜ける。

 

 

 願いは――――――届く。

 

 

 

「負けだ・・俺たちの負けでいい」

 

 リズは息を吹き返した。

 

 あり得ない光景にグレイズは夢でも見ているのかと混乱するが嬉しさが勝る。

 

 喜ぶグレイズを尻目にリズは状況を推察してからゆっくりと負けを認めた。

 

 混濁する意識の中、完全に死んだとばかり。溺れておきながら復活を果たしたのだ。貴重な経験がリズを満たしていた。

 

「お手上げだな・・・マジで」

 

「こっちも伊達に400年は生きてないよリズ~」

 

 ああ道理です、はい・・・

 

 リズは世界の広さを知る。

 

 一種の敬意すら覚えるまでの高みの存在。一芸特化の俺とはまるで違う盤石な強さ。才能もそうだが努力が根幹にあるからこその揺るぎなさなのだ。隙が無さすぎて変な笑いが出てくる。こうやって生きていられるのもベルタの気まぐれなのだろうな。

 

「二対一なら勝てるかもしれないよ?」

 

 ベルタは悪戯に挑発してみる。

 

 実際に心臓は握られており、身体能力もリンクされている。右手を回復させれば呪いの効力も同調効果も消えるかもしれないが、消費の多い回復魔術が使える程魔力は残っていない。

 

 かと言って復刻した特攻はもっと厄介。最悪、身体能力も呪いも継続する可能性がある。勝利を収めるのはあながち不可能ではないなと冷静に分析していた。

 

「・・・・もうそういう空気じゃないだろ。こっちは命まで救われてる。それに火が無ければ寒さで死ぬ。脱出するにもこの惨状じゃなあ。グレイズだって変身がいつまでも持たないだろう、このままではみんなみんなお陀仏さ」

 

 崩壊したダンジョンの瓦礫が積み上がりたまたまできた余剰スペース。ここは密室でどこかに行くには泳ぐしかなかった。それに少しずつだが水嵩が増している。

 

 完全にベルタにイニシアチブは握られている。浸水による気温の低下は著しく外とあまり変わらない状況だ。

 

 おまけに外界に出た後の事も考えなければいけない。ここは豪雪地帯。火を扱う彼女が居なければ帰還は絶対に不可能。装備も足りない。なにもかも。

 

 ・・・・それにだ。

 

 ベルタとは殺し合った仲だが此処まで来ると奇妙な縁を感じるものだ。これ程の相手と何度も戦い生きている。俺を殺す機会はいくらでもあった。つまりベルタは俺に対し何か殺しに踏み切れない理由があるのだ。

 

 ――――――――なるほど、俺は最高の宝を見つけたかもしれない。ここからは交渉か。

 

「なあ、助けてくれないか?」

 

「えーいやいや、誰がそこまで面倒見るといったのか。」

 

「じゃあ、ベルタはこれからどうするんだ。律儀にマスターとここで滅ぶのか?」

 

 ここはもう崩壊寸前じゃないか。それぐらい誰にもわかることだ。俺の知らないところで何かがあったのだ。

 

「うん・・・・マスターが望むならそうするよ」

 

 刷り込みレベルのマスター第一主義。あの時も俺の助命の為にそんなことを言っていた。それもまるで自分に言い訳をするようにだ。

 

 なんだか見てられない。お前ほどの奴が自由とは無縁と来たか。なんとも納得がいかない。

 

 やはり我慢がならないな。理由がないなら与えてやる。

 

「じゃあなんで俺を助けたんだ。あれは裏切りじゃないのか??」

 

「それは・・・それは・・わかんないよッ」

 

 確かに。

 

 グレイズから見てもベルタがリズを救う理由はない。だがこれまでの経緯に関わってきたからこそわかることもある。彼女の執着心はまるで男と女のそれじゃないか。僕にはそんな経験ないけども。

 

 でもベルタはリズのことが気になって仕方がないようだ。彼女は言葉を待っている。答えを欲している。リズに何かを求めている。言い訳をしたがっている。

 

「だったら教えてやる。お前は俺と――――――――冒険したいんだよ!!」

 

「――――――はぁ?」

 

「え”ッリ、リズさんッ?」

 

 ベルタはおもっくそに不機嫌な顔をする。

 

 前にはっきりと言ったよね。好きだって。

 

 それをさぁ、どう解釈したらそう・・・・・ああ、なるほど。もしやこいつ恥ずかしがっているのか??そう言えば童貞だとか・・・こっちも同じようなものなのに・・・恥ずかしくて誤魔化したのか。

 

 ・・・よくよく考えればベルタが圧倒的に年上だった。こんな年増は嫌という事をやんわりと断っているともとれるぞ・・・それでいて脱出したい、そういうことなのか??都合のいい女と勘違いしてやいない??

 

 どうなんだ、どっちなんだこれ??

 

 

 

 

 一方、

 

 ――――リズには見過ごせなかった。

 

 お前はこんな穴蔵で死ぬべきではないのだと、自由になって欲しかった。

 

 多くのモノを見て俺の隣で感動に打ち震えるのがお似合いなのだ。そういう幸せのイメージをつい夢想してしまった。冒険の素晴らしさを知らずに死ぬなど許されない。それ見ろ。ベルタはプルプルと体を打ち振るわせている。きっと俺の冒険者魂に触発されたのだ。守護者であろうと冒険心は通ずる!

 

 彼は冒険中毒者。師匠の影響もあるのだろうが寝ても覚めても冒険。病気の域に達していた。ベルタほどの逸材にまだ見ぬ冒険に夢うつつ、胸踊らせる。

 

 これには流石にグレイズが声をあげる。これが冒険キチの末路なのか。童貞とかそれ以前の問題だろこれ。凝視する相手が可哀想だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。リズさんマジで言ってるんですか!?」

 

「なんだ不満か?敵が味方になるなんざ珍しくない。冒険者の世界はなあ裏切りまみれだぜ!これが俺流だ。それにお前も俺と冒険するんだから一軍の自覚を持てよ」

 

「そういうことを言ってるんじゃないですってッ。それと僕、騎士志望なんですが」

 

「騎士見習いだろ。だったらやめちまえ。俺たちもう仲間だろ!新人の分際でいきなりの裏切りか!?まあ・・よくあることか。才能あるなぁ!」

 

「ぼ、冒険者ってホントクソですね。僕の夢は騎士になることなんですって!冒険者なんて無法者の集まりじゃないかー!絶対にやりませんよッ!ヤダー」

 

「無法者・・確かにそうだな。否定はしない。だがな冒険者は誰よりも自由だし・・・自由だ!気に入らない同業者ぶち殺せるしな!なッ!嫌な奴が視界から消えるといい気分だぜ!」

 

「嫌です・・・いやだー」

 

 馬鹿みたいな二人のやり取りにベルタは呆れどうしてか胸が熱くなる。

 

 今まで感じたことの無い未知なる感情。なんだかすごく楽しくて笑いが止まらなかった。どうしてだろうかマスターとの繋がりを感じない。解放感に包まれている。

 

「うくくく、あはははは!うんうんそうだね。仕方ないよね。心臓握られているし、このままどこかに行かれたら対処のしようがない。監視させてもらわないと、ね」

 

「まあ・・・そういうこと。”今は”そういうことにしておいてくれ。俺もよく・・わからないからさ」

 

「―――――――――ッッ・・・・そっか、そうだね」

 

 彼女もまた俺と同類。

 

 何年たってもが未知なるものに惹かれるお年頃か。冒険と恋愛に年齢など関係ない。これからは俺が先輩後輩か。

 

「いやー素直じゃないなあ!好きなら好きだと言わなきゃ伝わらないよリズ!」

 

「お前もな!」

 

「・・・え、え。なにこれ。なんかまとまってるし」

 

 置いてけぼりのグレイズは新たなるクランの誕生に立ち会うことになった。

 

 これがかつて殺し合いをしていた仲だというのだから信じられない。

 

 冒険者ってやっぱりあれだなと言葉を濁す。

 

 でも、未来は明るい。

 

 感覚で分かる。神を名乗る不遜な者は消滅した。

 

 敵だった者同士が笑い合う。可能性はどこまでも広がっている。

 

 きっと姉さんも・・・

 

 思い返すはクラウン大主教への恩義。

 

 ・・・グレイズは残された者として責務を全うしなければいけない。仄かに覚悟を引き継いで騎士見習いは聖王国の闇に挑まねばならない。

 

 ・・・先生には本当に世話になったのだ。

 

 

 

「転移するからちゃんと捕まっててね」

 

 ベルタの呼びかけに頷く二人。魔術が発動し崩壊したダンジョンから地上へと帰還を果たす。

 

 

 

 かくして冒険者達は新たなる門出を迎えた。深紅の女神の化身とも見間違える女性を連れリズは聖王国へと地味に凱旋する。

 

 彼らは冒険の中で様々な出会いを経て、学び、成長した。

 

 

 随所で影響を残しながらも神と深く関わることがなかったことこそ最大の幸運。彼らはもっとも幸運な迷い人だった。

 

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