ブラック・ブレット〜紅の斬撃〜   作:阿良良木歴

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傷だらけの救世主

鬱蒼と繁るジャングルの様な木々の間を、蓮太郎を背に乗せた延珠は飛ぶように駆け回る。その後ろからはもはや原型が何だったのかわからないガストレアが全てを薙ぎ倒しながら追従する。縫う様に疾走する延珠と蓮太郎の目の前が唐突に開け、断崖絶壁というに相応しい崖が眼下に広がった。

 

「飛ぶぞ、蓮太郎!」

 

「ちょっ!延珠!?」

 

一切の躊躇無く蓮太郎に告げると、延珠は崖から身を踊らせた。空を駆ける様な浮遊感と視界一杯に広がる景色に圧倒されたが、すぐに落下による風圧と森に突っ込んだことにより蓮太郎は目を回した。枝が体を叩く痛みと着地した時の衝撃で満身創痍になった蓮太郎だが、状況把握の為に辺りを見渡す。

 

「延珠、さっきの奴は?」

 

「大丈夫だ。上手く撒いたようだぞ蓮太郎」

 

「そう、か。ここからはさっきより慎重に進もう」

 

つい先程出会ったガストレアのレベルはIV、様々な生物の因子が混ざり合いどのような能力があるのかわからない状態。そんな敵がうようよといる未踏査領域。神経を研ぎ澄まさなければ死に直結する、この場所に蓮太郎と延珠は足を踏み入れていた。

 

「とにかく影胤が何かする前に食い止めるぞ」

 

「そうだな。でなければ、蓮華の敵討ちも出来ぬからな!」

 

「いやアイツまだ死んでねぇよ……」

 

軽口を叩き合うが緊張の糸は切らさない。精神をすり減らして進んでいるのだ、空気だけでも緩めておかないと気が狂いそうなのだろう。会話だけは切らさずゆっくりと歩を進める二人の前に明かりの灯った小屋が現れた。明かりを灯すなんて事はガストレアには出来ない。故に人間の仕業なのだが、如何せんこの蛭子影胤討伐隊は一枚岩ではない。同じ人間だとしても手柄の横取りを恐れ襲ってくる場合もあるのだ。蓮太郎と延珠の間に静かな緊張が走る。音を消し小屋に近づいた蓮太郎は、小屋より少し離れた位置にいる延珠に目で合図し突入した。その目の前をアサルトライフルの銃口が出迎えた。反射的に身を屈めアサルトライフルを持った人物を押し倒し、

 

「あ、れ。お前は……」

 

「……この場合は、大声を上げた方がいいのでしょうか?」

 

「おーおー蓮太郎。人に散々言っといて、お前が一番の変態じゃねぇか」

 

幼女を押し倒す高校生の図。それを携帯で写真を撮る蓮華。伊熊将監のイニシエーター、千寿夏世と入院中のはずの蓮華との再会は蓮太郎の変質者扱いによって台無しとなった。

 

 

***

 

 

「つまりさっきの爆発はお前の仕業だったってことか」

 

「はい、その通りです」

 

あの後小屋に突入してきた延珠と蓮太郎に一悶着あったが、今は落ち着き外を警戒する蓮華を除き小屋の中で話し合いが行われていた。蓮太郎と延珠を襲って来たガストレア、その原因となる森に轟いた爆発音が夏世にあったと知り蓮太郎は声を荒らげた。

 

「なんであんな爆音が鳴る武器を使ったんだ!周りにいるガストレアだって襲ってくるんだぞ!!」

 

「すみません。森で発光信号を見かけて、仲間と思い近づいたんですが。それがガストレアだったんです。それで気が動転してしまい、つい……」

 

「だからって!」

 

「おい蓮太郎。責めるのも大概にしとけよ。モデル・ドルフィンで頭が回るからって、まだ十歳の女の子なんだ。突然の出来事に動揺すんのはしょうがないことだ」

 

小屋の外に目を向けたまま、蓮太郎を諌める蓮華。その姿に蓮太郎の頭に更に血が上る。

 

「……そもそもなんでお前がここにいるんだよ?俺達が見舞いに行った時は意識不明の重体って聞いてたんだぞ!」

 

「オレは体が丈夫なんでな。起きてすぐにこっちに向かったんだよ。ま、流石に着いたのはほんの少し前だけどな」

 

「無理してんじゃねぇよ!もっと自分を労れよ!?」

 

「そいつは出来ねぇ相談だなぁ」

 

カラカラと笑い飛ばし、話を有耶無耶にしようとする蓮華に再び声を上げようとするがその前に蓮華が口を開く。

 

「それよりも夏世ちゃん、将監は今どこに?」

 

「すみません、それが逃げてる最中にはぐれてしまって……」

 

「そっか。まあアイツはしぶといからどうにかなるだろ。問題はこっちの方針だな」

 

申し訳なさそうに俯く夏世に近づきの頭をポンポンと叩くと、真剣な眼差しで蓮太郎を見据える。

 

「どうって言われても。取り敢えず影胤の野郎を探しに行くしか無いだろ?」

 

「バカかお前。さっきお前が自分で言ってただろ、周りのガストレアが襲ってくるって。実際、夜行性でも無いガストレアが目を覚ましてそこら中で暴れ回ってる」

 

そう言われ蓮太郎が耳を澄ますと、何かが倒れる音や鳴き声が遠雷の様に聞こえて来る。暑いわけでもないのに蓮太郎の背中に嫌な汗が滲む。

 

「安全第一で考えるなら、今は待機だ。興奮したガストレアを相手取るのは、流石に骨が折れる」

 

「……」

 

反論する余地も無いためか、蓮太郎は口を噤む。大人しくなった蓮太郎を見てから蓮華は小屋に置かれた机に向かい、バックの中から拳銃やライフル、ナイフ等の様々な武器を取り出しメンテナンスを始めた。手早く、それでいて繊細な手裁きに蓮太郎は目を見開く。

 

「お前って、器用なんだな」

 

「あん?ああこれの事か。器用って訳じゃねぇよ、慣れてるだけだ」

 

視線を逸らすこと無く手を動かし続け、一通り終わった様でホルスターやズボンのベルト、上着の胸ポケットに次々としまい込む。

 

「んで……延珠ちゃんはなんでそんな申し訳なさそうにオレを見るわけ??」

 

「……」

 

蓮華は立ち上がり後ろを振り向きながら、部屋の隅っこで小さくなっている延珠に声をかける。小屋に入ってきた時は元気が良く蓮太郎と争っていたが、蓮華の姿を見るや大人しくなっていた。

 

「……怒って、いるだろう?」

 

「オレが?なんで??」

 

ポツリと呟いた言葉を理解出来ず、蓮華は首を傾げる。その言葉に、堰を切った様に延珠の感情が溢れ出す。

 

「わ、妾が勝手に飛び出し!蓮華の作戦を全部滅茶苦茶にしたのだぞ!?それで、お主はッ!!死に、グスッ、かけて……ッ」

 

途中から泣きじゃくる延珠の姿を見て、蓮太郎も眉間に皺を寄せた。蓮太郎も責任を感じていない訳じゃない。むしろ感じているからこそ、蛭子影胤の討伐を急ぎ蓮華が体に鞭打ってこんな場所に来ている事には激昂したのだ。しかし、

 

「え、あ。なに?そんな事気にしてたの?」

 

あっけらかんと言い頭を掻く蓮華を見て、二人は言葉を失った。

 

「おまッ!死にかけたことが、そんな事だと!?」

 

「いや死にかけたことはそりゃ結構ヤバイけどさ」

 

「だったら!」

 

「でも負けたのはオレだ。オレが弱かったから、死にかけた」

 

有無を言わさぬ雰囲気に蓮太郎は呑まれ、続きの言葉が出てこない。

 

「それに延珠ちゃんの精神が不安定になってんのも分かってた。わかってて、何も出来なかった。つまりはオレのミスだ」

 

「そ、んな。ヒグッ!ことはッ」

 

「まだ十歳の女の子に仕事の時は気持ち切り替えろ、なんて真似出来っこねぇよ。オレですら出来ねぇんだ、リーダーであるオレがまだまだ未熟だっただけの話だ」

 

それに、と1度言葉を区切り蓮太郎を真っ直ぐに見つめる。怖いほど真っ直ぐな瞳に蓮太郎は思わず息を呑む。

 

「蓮太郎、お前には延珠ちゃんはもちろん木更や生徒会長。その他にもお前を大事に思ってる奴が多いんだ。無茶無謀、無理難題をこなすのはオレ1人で十分だ」

 

「……蓮華、お前は」

 

真剣な様子の蓮華に何かを言おうとして、そこで無線の受信機にノイズが走る。ハッとして夏世がつまみを調整し、音が鮮明になっていく。

 

『……い。…………世!無事なら応答しろ!!』

 

「音信不通だったので心配しましたよ、将監さん」

 

『ったりめぇだろうが!オレを誰だと思ってやがる』

 

威勢のいい声を聞けてホッとした様子の夏世。蓮華も安心したのか小さく息を吐き出した。

 

『それよりいいニュースだ、仮面野郎を見つけた』

 

その言葉に蓮華たちは息を呑む。告げられたポイントは海辺の市街地、ここからそう遠くない。

 

『今、近くにいる民警が集まって総出で奇襲を掛ける手筈になってる。報酬山分けになるのは癪に障るが、相手が格上だししょうがねぇ。お前も早く合流しろよ!』

 

「ちょっと待てよ将監」

 

そのまま吶喊してしまいそうな将監に、夏世の横から無線を奪い取った蓮華が待ったをかける。

 

『なっ!蓮華テメェ来てたのか!?』

 

「そうだよ、遅れちまったがな。で、聞きたいんだが。そこにオレより序列が上の奴はいるか?」

 

『ああ?いるわけねぇだろんなヤツ。序列三桁なんざそういるもんじゃねぇだろ』

 

「そうか、だったら奇襲はやめろ。死ぬぞ、お前」

 

放たれた言葉が重い沈黙を作り出す。蓮華と夏世はもちろん蓮太郎も将監の強さを知っている。それでも蓮華は、将監が死ぬと断言したのだ。

 

『……本気で言ってんのか?』

 

「大真面目に言ってるよ。周りの全員を止めれなくていい、ただお前くらいはオレ達が合流すんの待っててくれ」

 

無線の向こうが無音になって数秒。大きな溜息が吐き出された。

 

『……貸一返済、だからな』

 

「恩にきる」

 

『もし討伐されて報酬貰えなかったら、落とし前つけてもらうぞ』

 

「覚悟の上だ」

 

『……早く来い。しびれ切らしちまう前にな』

 

捨て台詞の様な言葉と共に、無線がブツリと切れた。

 

「……つーわけだ。行くぞ」

 

「お、おう!!」

 

颯爽と蓮太郎の横を通り過ぎる蓮華を追いかけ3人は小屋を出た。海辺の市街地までの鬱蒼とした森を駆け抜けると小さい港が見て取れた。そこから聞こえる銃声と剣戟。戦闘は既に始まっているようだ。と、突然先頭の蓮華が足を止め後ろを振り返る。

 

「どうしたんだ蓮華?ーーッ!?」

 

蓮華を追い抜いた蓮太郎が振り返ると体中から角を生やしたガストレアが蓮華に突進を決めたところだった。腕や腹を貫かれながら、蓮華はホルスターから銃を取り出し発砲。動きの鈍くなったガストレアを蹴り飛ばし、追い討ちとばかりに喉をナイフで切り裂いた。ガストレアはそれっきり動かなくなった。しかし蓮華の支払った代償も大きく、口から血を吐きながら膝をついた。すぐさま蓮太郎が駆け寄る。延珠と夏世は辺りに気を配っている。

 

「蓮華ッ!?おいしっかりしろ!!」

 

「しっかりしてるつーの。……ゴフッ!こんなの過擦り傷だ」

 

「何馬鹿な事言ってんだよ!?早く治療しないと!!」

 

「残念ですが里見さん、そのような余裕は無いみたいです」

 

その言葉に顔を上げた蓮太郎は声も無く絶望する。今抜けていた森、その中から数えるのも嫌になる程の紅い眼光が蓮太郎達を見据えていた。

 

「尾けられていた様です。このままでは勝っても負けても全滅します」

 

それは言外に誰かが残って足止めをしなければならないということを語っていた。つまりは生け贄を差し出すということ。

 

「私がここに残ります」

 

「じゃ、じゃあオレ達も!」

 

「里見さんは馬鹿なのですか!?既に賽は投げられたんですよ!」

 

「バカはお前らだよ」

 

「「「なっ!?」」」

 

一歩前に踏み出していた夏世を押し退け、血塗れの蓮華がその背中で自分が残ると語っていた。

 

「やっぱり病み上がりじゃすんなり倒せなかったわ。だから、ここは死に損ないに任せて先に行け。安心しろ、1匹たりとも通したりしねぇよ」

 

そう言った蓮華の息は荒く、目は血走っているのか異様な程に紅い。だが眼光は鋭く森の中に向けられていた。

 

「ーーッ!ふっざけんなッ!!」

 

そのボロボロの姿に、傷だらけの姿に蓮太郎の感情が爆発する。

 

「なんでお前ばっかり無茶すんだよ!俺たちが頼りないからか!?力不足だからか!だったら見捨てろよ!お前がわざわざ命張るような価値は俺にはねぇんだよ!!」

 

「……それは認識の違いって奴だ」

 

激しい感情の独白を聞いても、蓮華はただ静かに答えるだけだった。

 

「お前は自分で思ってるよりもずっと、周りに必要とされてる。延珠ちゃんなんかいい例だろ、お前がいなくなったら誰が延珠ちゃん守るんだよ?」

 

「それは……」

 

「それに誰が死んでやるなんて言ったよ。コイツらさっさと片付けてお前ら助けに行ってやるよ」

 

ーーだから、先に行けーー

 

その言葉に後押しされる様に3人は港の方へ向かい走り出した。後ろから聞こえてくる銃声と耳障りな断末魔の叫びを決して忘れぬように。




予定的にはあと三四話で1巻分を終わらせたいです。
今年中にそこまで持ってけたらと思ってます!

今後とも温かい目でお願いします!

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