物心ついた時から、周りは血と硝煙の香りで満ちていた。
ーー東京自警団、緋岸花。
それがいつの間にかオレが所属していた組織の名前。親や兄弟の存在さえ知らず、その歳ならペンを持つはずのオレの手には時代錯誤な竹槍が握られていた。上は80過ぎのジジイから下はオレくらいのガキがいる様な歪な組織で、自衛隊や国なんかに頼らず自分たちで街を守ろうとしていた狂った集団だった。
ヤクザやマフィアの紛い物で、上役の連中は我が物顔で街を練り歩き、オレらの年代やじいさんたちはそのお零れで辛うじて生きていた。売られたのか元々孤児だったのかは分からないが、そんな組織にいたオレは替えのきく便利な鉄砲玉としてよく戦闘に駆り出されていた。
それが本格的に狂い始めたのが、ガストレア戦争だった。
特殊なウィルスによる怪物化した生き物による蹂躙に為す術なく街は破壊され、明日の生活もままならない。それでも上流だった頃の生活が忘れられない上役共は、オレたちに武器を持たせ無駄な特攻を繰り返させていた。
そして、奴らは禁断の方法に手を染めた。
ーー対ガストレア用クラスター式爆弾。通称、爆弾魔。
正式名称はこんな感じの、オレたちの中では人間爆弾と呼ばれていた。
体の中にバラニウムの破片を閉じ込めたカプセルを大量に埋め込み、体に一定量以上のガストレアウィルスが侵入すると爆発のトリガーとなり、辺りを更地にしながら周囲のガストレアを一掃するという狂った思想で出来上がった非人道的兵器。上役共はその手術をオレたちに施し、幾度となくガストレアの群れの中へと突っ込ませた。昨日まで話していた奴が目の前で吹き飛ぶ。今日はじめましての奴も帰る頃には跡形もなく消えている。そんな日々を過ごし、それでも死なずに生き残り続けたオレに、上役共は追加の手術を施した。心臓にバラニウムの破片を埋め込み、血中にナノマシンサイズまで小さくした特殊なバラニウム。ステージが低いガストレアはオレの血を浴びて死に、ステージIVやゾディアックが相手でも致命傷を負わせる事に特化した爆弾人間。そして、その活躍の機会を得たオレは……。
***
「……がフッ!?」
血を吐き出す行為で不意に意識が覚醒する。一体どれくらい意識を飛ばしていたかさえ分からない。周りには大量のガストレアの死骸とそれを上回るガストレアの群れ。終わりの見えない戦闘にオレの体は限界を迎え始めていた。体は血塗れの傷だらけ。無数の噛み傷や刺傷で痛覚や触覚が麻痺して、どうやって立っているのかも分からない。銃弾も底を尽き、あるのは刃こぼれした刀とバタフライナイフのみ。それでもやる事だけは明確で、それ故に倒れず、紅く染った眼光でガストレアを睨みつける。
「死に損ないの死に場所には、うってつけの良い場所だ」
孤立無援、辺りに広がるのは死骸と血溜まりのみ。誰からも看取られず、目の前の化け物共に食い散らかされるのだろう。それでいい、それがいい。
右腕の皮膚が粟立つ感覚。反射的にそちらを向くと土の中から飛び出して来たガストレアーー多分、モグラの因子持ちーーが目の前まで迫っていた。咄嗟に右腕を突き出したオレに、されど躊躇無く飛び込んで来たガストレアに噛みつかれ、そのまま……。
***
ーー結局、オレはその戦いでも無様に生き残った。いや、それ以下だった。
全身に穴が空き右腕と左脚は食いちぎられ、それでも尚オレの体は爆発せず、重傷を負ったまま病院に担ぎ込まれた。何故生きているのか、ガストレア化もせず爆発もしないのか。朦朧とした意識の中でそれだけを考えていた。
意識を失っては覚醒する。それを繰り返し、もう何も思い出せない中、聞こえた声に反応したオレの答えは、化け物に成り下がることだった。
***
噛み付いたガストレアが内側から爆発する。その飛沫を鬱陶しげにはらったオレの右腕はもはや人間のそれでは無かった。
鱗で覆われた前腕に肘から飛び出した角。指先からは鋭利な爪が伸び、あえて名付けるなら龍の腕の様になっていた。左脚も毛むくじゃらになり肉食獣を思わせる爪が靴を突き破り顔を出していた。背中に至ってはコウモリの様な翼が生え、オレはさながらキメラの様な体を晒していた。瞳もきっと紅く染っている事だろう。
これがオレの生きる代償、生きる為の罪の清算。
オレの体に巡る血は特殊なバラニウムを含んでいる。心臓に埋め込まれた破片も同様だ。それ故に、ガストレアウィルスの侵食をある程度防ぐ事が出来る。ただ、それだけでは深手を負った時爆弾魔が爆発する。オレにはもう1つ、特殊な体質がある。
超適応体質ーー室戸先生が勝手に名付けたそれは、オレがどんな過酷な状況下においても適応し生きる為の最適解を出し続けるという狂った体質の事を指して名付けた。この体質は室戸先生が言うには、オレがガストレア化した場合、自我のあるガストレアが出来上がるそうだ。
つまりオレは、血中のバラニウムがある限りガストレアには成りきらず、体質によって爆発には至らない。そんな均衡の元、オレは瀕死になっても死に切れない体となっていた。
ただ、血を大量に失うとその均衡が崩れ、オレの体は徐々にガストレアの様な変化を遂げ、いずれは全身がガストレアに似た化け物になる。この姿を、誰にも見られなくて良かった。
遠くから遠雷にも似た轟音が聞こえた。きっと蓮太郎が本気を出したのだろう。それだけではなく、剣戟の音も微かに届く。将監も夏世と共に頑張っている事だろう。これで心残りは……何も無い。
「蓮太郎みたいに格好良い肩書きがある訳じゃねぇが、人生最後だ。名乗ってやろう」
人外共に名乗った所で意味は無い。ただそれでも、何となく名乗りたい気分だった。
「元東京自警団、緋岸花第十一部隊。対ガストレア用クラスター式爆弾、被検体Number9071。紅蓮華、派手に舞い散ってやるよ!!」
握りこんだ龍の手がガストレアの群れを真っ二つに切り裂いた。
すみません。
再開しました。
リハビリしながら徐々に書いていきます。