ブラック・ブレット〜紅の斬撃〜   作:阿良良木歴

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闇への勧誘

「クソッ!胸糞わりぃ!!」

 

苛立ちを隠そうともせず、蓮華は路地裏を歩く。道に落ちている空き缶を蹴飛ばし、絡んできた不良をぶっ飛ばす。それでも蓮華の気は晴れない。蓮華は路地裏の最奥、レンガが無造作に積み重なっている所に腰を下ろす。ポケットからさっき絡んできた不良から頂戴したタバコを取り出し、火をつけた。夜の空気に溶けるように紫煙が揺れる。肺に取り込んだ煙を一息で吐き出し、それをボーッと眺めた蓮華は一言。

 

「……まじぃ」

 

元々喫煙者ではない蓮華。イライラ解消に効果があるという噂を実践してはみたものの、効果は今ひとつのようだった。それでも、吸い始めてしまったものはどうしようもなく、そのまま口に食わえてぶらぶらと上下させた。時刻は日付を跨ごうかというところ。それでも、何故か家に戻る気になれず、家から遠いところをフラフラしていた。が、そろそろ戻ろうかなと思い、蓮華は嫌に重い腰をゆっくり上げた。

 

「おやおや、やっとお帰りかな?」

 

「ッ!?」

 

耳元で囁きかけられた声。飛び退き、腰にあるホルスターに手を伸ばす。が、途中で冷たい鉄の感触が首筋に突きつけられ、動きを止める。

 

「動かないで。じゃないと斬る」

 

「……おいおい、なんの真似だよこれは?」

 

ゆっくりと手を上げつつ、蓮華は状況を分析する。前方に影胤、後方には小比奈。場所は人が全く通らない路地裏の最奥。そして既にチェック・メイト寸前の状況。想像しうる限りの最悪なシュチュエーションだ。しかし、そこから何をするでもなく、影胤は両手を広げた。

 

「安心していい。今日は殺し合いに来たわけじゃない」

 

「……どの口が言ってんだよ」

 

「おや?信じてもらえなかったかな。……小比奈」

 

「はい、パパ」

 

不信感を持ったままの蓮華を納得させるかのように、影胤は小比奈に剣を収めさせた。小比奈もトコトコと影胤の傍に走り、蓮華を囲んだ包囲網は無くなった。

 

「……何が目的だ。まさか、本当に仲間になれって言うんじゃねぇだろうな?」

 

「ヒヒッ!君は本当に察しがいいねまさにその通りだよ」

 

おもむろにアタッシュケースを物陰から取り出すと、影胤は無造作に蓮華の足元に放り投げた。地面との衝撃で半開きになったアタッシュケースの隙間から溢れ出るように、数個の札束が顔を出す。

 

「今手元にあるのはこれだけだが、もっと多くの大金を用意することが私には出来る!」

 

「……」

 

無言を突き通す蓮華に対し、まるで救済する神の如き大仰な仕草で影胤を手を差し延べる。

 

「私と共に来い、紅蓮華!!君は私と近い匂いがする。君もこの世界に不満を持っているのだろう?」

 

「……確かに、今の世界は狂ってる。平和だなんだ言いながら、呪われた子供たちの迫害は無くなんねぇし。貧富の差だって見過ごせるもんじゃねぇ」

 

「そうだ。だからこそ、再び1からやり直さねばならない」

 

蓮華の言葉に同意しながら影胤は仮面の下で笑みを深める。あとひと押しで完璧にこちらに着く。そんな確証めいたものを影胤は感じていた。だが、

 

「けどな、こんな仮初めの平和でも、壊していい訳がねぇんだよ!!」

 

言葉を影胤にぶつける様に叫び、蓮華はアタッシュケースを影胤の足元に蹴り出す。隙間から舞い上がった数枚の札が、花びらのように宙を舞う。

 

「……どういうつもりかな?」

 

「お断りだっつってんだよ。この平和壊すために、どうせ呪われた子供たちを兵器として使う気だろ」

 

「……」

 

無言を肯定と捉え、蓮華は不快感を顕にする。踵を返し、この場から去る蓮華に向かい影胤は叫ぶ。

 

「ぬるい……ぬるいぞ、紅蓮華!兵器として使われなくても、呪われた子供たちの迫害は終わらないぞ!!」

 

「それでも、兵器として使っていい理由にもならねぇよ」

 

「……後悔しないと言えるのかい?」

 

「んなもん、自分が後悔しない道を迷わず進むだけだ」

 

それ以上影胤からの追求は無く、蓮華はそのまま闇に消えるように去っていった。不思議と影胤の言う通り、戦闘にはならなかった。

 

 

***

 

 

「ただいまっと」

 

小声で帰宅報告をしながら、蓮華は静かに玄関を開けた。部屋の電気は消えている為、しろはもう寝たのだろう。考えながら、蓮華は物音を立てないように部屋の戸を開ける。途端に腰あたりに軽い衝撃と温かい感触。驚いてたたらを踏んだ蓮華は壁に手をついた。偶然スイッチに触れ、暗闇がかき消される。まぶしさに目を細めながら腰に視線を落とすと、まばゆい白銀の髪の毛が目に入った。

 

「し、しろ!?」

 

「……おか」

 

「お前、なんで起きてんだよ!」

 

少し怒りながら、蓮華はしろを問いただす。しろは顔を上げず、蓮華の腹にグリグリと頭を押しつけ続けた。

 

「もしかして、起こしちまったか?」

 

「……ちがう。……おなか………ぺこ」

 

「なんだよ、晩飯食ってねぇの?昼も言ったけど、冷蔵庫におにぎりとか菓子パンあったろ?」

 

「……やだ」

 

ようやく顔を上げたしろの顔を見て、蓮華はハッとした。普段、無表情で感情を表に出さないしろの顔が、不安げにしかめられ瞳には涙が溜まっていた。

 

「……れんげ……と……ごはん」

 

「……」

 

「……いっしょ…………に……たべる」

 

「……そっか!じゃあ今作るから、ちょっと待ってろ」

 

しろに寂しい思いをさせた後悔と、小さい文字だがしろが四文字の言葉で話せた嬉しさが相まって気合いを入れて料理を作り始めた。そして、蓮華は気づいた。

 

「……」

 

チラリとキッチンからしろの様子を見る。しろはコクコクと舟を漕ぎながら、寝ないように頑張っていた。そして、確信する。さっきまでのイライラは、しろに対して後ろめたい事をしてしまった後悔なんだと。後悔しない選択をすると言いながら、結局後悔している自分を嘲笑し、蓮華は心に誓いを刻み込む。

 

もうしろに顔向け出来ない事はしない、と。

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