ウマ娘 クリスマス合同 作:ウマ娘 クリスマス合同
天気は晴朗。なれども日は低い。
日が沈まぬうちにと一緒に入ったケーキ屋で、悩む素振りをしている彼女の様子を眺める。
ツリーや赤白くつしたの装飾が煌びやかに目立つ中、店頭のショウケースの周りではクリスマスの音が聞こえていた。
店内BGMのクリスマスソングや嬉しそうな子供の声、来店告げるベルの音など。
「モンブランだ。今年はこれで済まそう」
隣で彼女が指さす先には、栗ずくめのケーキが中くらいのサイズで居座っていた。
白砂糖で冬景色に染まった山を見送り、値段を確かめたあとは彼女の方へ向ける。
そうして見えたのは、クールに湛える微笑にひそむ、得意げな表情だった。
彼女の言いたいことをだいたい察して、望み通り言ってやることにする。
「今年のクリスマスは栗で済ます、と」
「ふふっ」
そう特別でもない。
寒い夜をより寒く過ごすような雰囲気だけ残して、彼女は店員に声をかけた。
今日はそういう日らしい。
*
会計を済ませて店を出たあと、まっすぐに帰路につき、夕日に向かって郊外の穏やかな大通りを歩く。
早めの晩も外食で済ませた後にケーキを買って、あとやることと言えば帰宅することくらいで。
寒い外気に宙ぶらりんの左手と、右手にはケーキボックスの重み。程度はケーキ二つ分で、隣には近しいウマ娘。
「いやあ、イヴって感じしてきたな」
「今更では?」
シンボリルドルフとは長い付き合いなもので、聖夜を実感するにはそれなりの刺激が必要だった。
ただ二人で外食をして、帰りしなにケーキを買うくらいではなんとも思わない。それくらいなら幾度となく経験したことがあるし、当然の光景であるというべきか、特別感が薄れているというべきか。
その点、にぎやかな街の様子を見ればすぐに分かった。
すれ違う人々みんなが楽しそうで、車道に張り出すウッドデッキには、気の早いことに肩を寄せ合っている男女がいたりして。
いや、実にクリスマス。またはイヴ。
「もっとこちらに目を向けてほしいものだが」
「んにゃ、代わりにみんなが見てるだろ。俺だけでも逸らしておいた方が得じゃないか?」
よく分からない言説で彼女の言及を逃れる。
ふつうなら詭弁を咎められてより立場が悪くなるだけだろうが、今日に限ってはそれ以上深追いはしてこないはずだった。
「べつにどちらでも構わないよ。どうせ帰宅すればどうにでもなるからね」
飄々とした口調で、どこか棘のある物言い。
どちらでも構わないことはないんだろうと半ば思いつつも、口には出さないでおく。
しばらく歩くと、道の端に佇む親子がいた。
喧嘩でもしたようで耳を塞いで知らんぷりしている少女と、しゃがんで困ったように声をかけている母親。
頑として動かない少女に、母親は耳を塞いでいるとサンタさんに合えないよ、なんて言葉で諭そうとしている。
赤服のあの人には弱いらしい。
少女は子供らしく、渋々といったふうに従った。
通り過ぎる。
「耳を澄ませばサンタに出会えるのかな」
じゅうぶん歩いたあと、過ぎ去っていった光景にほほえましさを感じ取って、そう零す。
耳を塞ぐと来ないなら、逆のことをしてやればいい。
幼稚だけど、年齢に似合わず俺は逆張りキッズなもので。
「幸も不幸も、自ら触れようとすれば寄ってきてくれるものだよ。彼に会えるかどうかはともかく、手段さえ間違わなければ相応の結果にはなる」
「まともな返答でびっくりしてる」
「それに、耳がよければひとの接近には気が付きやすいからね」
「ものすごくウマ娘が有利だけど」
「ふふ。心配しなくとも、サンタクロースなら君のところに来てくれるさ」
どうも俺のところにはサンタクロースがきてくれるらしい。
ふむ。なんの話だったか。ええと。
ああほら、もはや話題の提案者ですら何の話題だったか忘れている。それくらい無駄な話だったのに。
「あー思い出した。『耳をすませばサンタに出会える』みたいなことか」
「君は記憶トレーニングをした方がいいな」
「いやほら、代わりにダジャレを引っ張ってきたたからチャラで」
「ほう」
「つまりこうだ」
クリスマス。
辺りに耳を
……みたいな。
「トレーナー君」
「なに」
「こうなると平易な表現に頼らざるを得ないが、君は天才なのだと時々思う」
「無理矢理詰め込んだだけだぞ」
大仰な物言いに振り返ると、目を丸くしたウマ娘がひとり。
あまりに驚いた調子で言うものだから、こちらもそれなりに嬉しくなる。
「『巡り澄ます』と『確率増す』か……ふふ」
やたら楽しそうにリフレインしている。
ダジャレ……とは違うだろうが、そのあたりの界隈なんて触れてこなかった世界だ。こちらから近づくのは珍しいから、恐らくそれで喜んでくれているのだろう。
すこし体が冷えてきたあたりで、彼女が笑顔を寄越してくる。尻尾を高く持ち上げ、こちらの世界にようこそ、と言わんばかりの包容力で。
いやはや、そんなに気に入られるとは思っていなかった。すこし申し訳ない。
先ほどのアレは、彼女の好む気色のダジャレとしては完成度は低い。彼女のそれは笑えるものばかり……ということではないが、見習ってもうちょっとマシなものを言えばよかったか。
どこに改善の余地があるだろう──と考え込んだあたりで、いつの間にか楽しんでいる自分に気が付く。
気恥ずかしさに震えた。
おそらくルドルフも
「俺も影響されてきたなあ」
「なに、喜ばしいことじゃないか。肝胆相照。これ以上となく親しくなれた証のようで、私は嬉しいよ」
「……ひえー」
あまりにも爽やかな声色と表情で言うものだから、せっかくの寒さも融けてしまった。
惚れてしまいそうなぬくもりに心臓をはね上げつつ、それはそうと白けた暖かさで街並みを見送る。逃げの一手。
親しくなれているのは嬉しいけれど……ううん。
「──あ」
暖かく溶かされて困っているところに救いが見えた。
逃げた勢いで仰いだ寒天に、寒風が舞うように吹く。
それにつられ舞い上がる埃のようなものがちらほら見える。ゆらり頭上を降りてくるそれに、童心のようなものを思い出した。
これは雪。
「……風花」
晴れているのに雪が降る現象をこう呼ぶらしいと、記憶の中の言葉を手繰り寄せる。
ルドルフも気づいたようで、すこし上を見上げてはこちらに視線を寄越してきた。
何か言葉を期待されているのだと感じ取って、それなりに考えることにした。
ちかくには、晴れた空から降り出した微かな粉雪と、夕焼けで明るむ魔法のような時間。世界に影がなくなる時間では、赤みのさす夕日に粉雪がつつましく輝く。
とおくには、燃えるような向こうの空と、視線を寄せるごとに色相を青くするこちらの空。
しんみりと落ちてくる雪に気付いたらしい人々が、一様に空を見上げだす。
綺麗な光景だから、楽しげに反応しているのは
ここで同じように反応すれば、傍目には俺たちもそう見えるのだろう。
それじゃだめだ。
こんな綺麗な日だからこそ、気の迷いみたいに思っていた言葉も伝えてしまわねばならない。
「ルドルフ」
「うん?」
「いったん縁切ろうか、俺ら」
「……え?」
景色を記憶にアルカトラズ。
彼女とクリスマスイヴを過ごすのは、これで5回目だった。
──こんな日だから、今すぐとは言わない。ただ、年明けからはもう、君にとって何でもない存在でいさせてほしいんだ。
「あい、上がってどうぞ」
「お邪魔します」
雪は控えめに降り続いた。
狸の嫁入りを見届けつつ足を進めていると、なんやかんやで日が沈み切る前には帰宅できてしまった。
学園からさほど遠くないマンションの一室に彼女を招いて、リビングに直行する。
入れておいた暖房が効いているのを確認して、過去の自分に謝辞を述べておいたあとは、手を洗うなり買ってきたモンブランを冷蔵庫に入れるなりして、ソファに腰掛けた。
帰宅して早々暇だ。普段は雑務や担当ウマ娘のトレーニング内容の確認で時間をつぶしているが、こうも完全な休みとなると時間の使い方に余白が多すぎる。
「しかしまあ、本当に俺の家でよかったのか?」
やることがないなりに会話で持たせようとする。
一応もっともらしい疑問のつもりで投げたが、隣に腰掛けた彼女は頭にはてなを浮かべた表情を向けてきた。
「……その方が穏やかに過ごせるだろう?」
「それはそうだろうけど……」
「私もバカじゃない。自身に向けられる人気くらい把握しているさ」
彼女の人気は未だに熱量を下げないままでいる。
今日だって、ただ帰宅するだけの道のりで衆目を集めていた。
「私が外にいるとどうしても人目を引く。それでは落ち着けないだろう」
「…………」
「引退した皇帝の私生活は如何に? ……なんて興味も、まだ冷めていないだろうからね」
「もっと時間置いてからだなあ」
引退式を行ってからおよそ一年。
色々と騒ぎ立てるいつもの記者も他の記者も、もう慣れたものだ。
少なくともデビュー以降の三年間を共に過ごした間柄ではあるため、注目を浴びることくらいとうに慣れきってしまっているのが現状。
とはいえこんな日くらいは静かに過ごしたい。それが彼女の望みであるとともに、こちらへの最大限の配慮なのだろう。
彼女は目立つ職分なので、今後も注目が絶えることはないはずだ。
ある程度妥協しなければならないのは当然なので、来年あたりはもっと派手にこの日を迎えられるよう調整すべきかもしれない。
……あ、いや、そうじゃない。間違えた。
来年からは──ああ、ええと。
まあ未来の話は未来の自分がどうにかする。
将来設計は鬼が笑う以外に役に立たない。目下の話でもしておくべきだ。
「ところで聞きたいんだけど」
「うん?」
「クリスマスプレゼントとか用意してる?」
普通、自身に贈るモノを用意しているかどうかなんて、友人に訊くものではないだろう。
そのあたり自分がとびぬけて怠慢なのは認める。
とはいえ気になるものは気になるものだ。
例年通りなら、彼女も俺も受け取って気負いしないそれなりのものをお互いに用意している。
実にクリスマスイヴらしい行為。今年もそうなのだろうと予想して、ひとり楽しくなっていたのは先月の話。
いや、そのあたりはどうでもいい。
いまここで問題なのは、「俺用意できてないんだけど」などと正直に話すことのできない自分の性格だ。
「あいや、やっぱこの話は後に──」
「申し訳ないが、今年は用意できていないんだ」
「……え。あれ? そうなのか?」
「ああ。すまない。しかし、言い訳に聞こえるかもしれないがそれなりに理由はあって──君もそうだろう?」
ああ、ばれてる。
「私も昨日、仕事が終わり次第何か買うつもりだったんだが……」
途中で途切り、ものの数瞬だけ次の言葉を探す素振り。
長い付き合いなので分かる。つまりこれは
となるとやることはひとつ。
「千慮一失というべきか。つい仕事に興が乗ってしまい、完全に出遅れてしまってな。慌てて向かったころには、既に目当てのものに長蛇の列ができていた。これではまるでシン──」
「シンガリルドルフだったか」
「……先読みはやめてくれ」
困ったような表情。
この顔を見ている時がいちばん生を実感する。
これを間近で見れるなら、寒くて静かな日も悪くないなと思う。
サンキュー聖夜。暖房はまだ効いてるぞ。
人間は楽しいことの渦中にあると時間の経過を忘れてしまうもの。
テレビでやっているクリスマスらしい番組なんかを流し見ながら他愛もない話をしていると、数時間なんてザラだ。
クリスマスと言えば冬。冬と言えばこたつ。
こたつの有用性について頭のカロリーを使わずに話すなどして、それとともに暖房への信仰心も高め合ったりして。
「はい、これが今日の主役」
「ああ。ありがとう」
この家におこたはないけれど、ミカンやら何やらを行儀よく食べ散らかしたあと。
ようやく冷蔵庫から取り出してきたモンブランに手を付けようとして、動きを止める。
……ふん、これは栗。クリ。くり──
「決めた」
「うん?」
「俺はダジャレを考えることにする」
ガチだ。
先ほどの「シンガリルドルフ」でひとつネジが抜け落ちた。
今だけの気の迷いかもしれないが、これは面白い。あのちょっと外した時の絶妙な寒さが心地いい。
そうなるともう止まれない。真剣さのみ振る舞いたい。
俺なりの熱量を感じ取ったのか、彼女は頬を緩くほころばせて、嬉しそうにこちらを見ている。
「この界隈は突き詰めれば突き詰めるほど複雑で奥が深い。ダジャレには『運』が必要だ」
「……うん?」
「ああ。とはいえ、ただ字面通りに捉えるだけの運じゃない」
突如始まった講義をありがたく拝聴する。
曰く、これを意識するかどうかでダジャレの質が変わってくる、とかなんとか。
ちょうどいい押韻が思いつくかどうかのそのままの意味での「運」、それに適した状況に出くわすかどうかの「機運」と、それを自然なふうを装って会話に盛り込む「運用」。
考えれば考えるほど、なるほどダジャレには『運』が必要だった。
──となると、このタイミングでの『運』を探してみるべきか。
まだ手のついていないモンブランを睨みつける。
栗色のクリーム。クリスマスツリーのようにてっぺんに居座るスター代わりの甘栗。それら全体の上に白砂糖がかかっている。
白い粉砂糖が雪のようで綺麗。
雪。
よし、これだ。
「このモンブラン山にかかってる粉雪は『ノーベル賞』モンだな」
「その心は」
「つまりこれはノーベル雪化粧! ……わーわー言うとります、お時間です以上おしまい」
「君は天才なのだと思う」
「やめてくれ」
死にたくなってきた。
主役はトリに残しておきたい派なので、モンブランにおいてもてっぺんの栗は残すようにして食べる派だ。
昔は残しておいた栗を家族に横取りされることがあったが、今となりにいるのはあの七冠バ。
いまさら横暴なわけもなく、むしろ無意識のミラーリングなのか、ルドルフも同じようにしていた。
なんとも皇帝らしいというか、意図することなく心理的に好かれやすい行動をとっている。
なかなか恐ろしいなあ、などとボケっと感じながら、テレビに向かって「年末の番組つまんねー」をしておく。
脳死の言葉だったがややウケがよかった。すくなくとも「ノーベル雪化粧」よりは。たぶんあれはダジャレじゃなかった。くやしい。
「年末で思い出したけど、正月はどうするか決めてる?」
しだいに染み出してきた恥ずかしさを拭うように話題を変える。
URA役員やらトレセン学園副理事長やら帝大法学部やら。
彼女は異様に仕事ができるので、年末年始に入っているはずだった仕事も昨日で前もって終わらせてしまっている。
ひとがこなしていい仕事量じゃなくね……とかいう正論はともかく、彼女はイベントごとにこうなのだ。無理やり休みを作ってでも、そのイベントらしい過ごし方をしたいとかなんとか。
誰の影響とは言わないが、イベント重視気味だった生徒会の雰囲気がまだ残っているのだろう。
「年明けは実家に帰るが……トレーナー君も来るだろう?」
「ん、そうしていいなら──あ、いや、じゃなくて、えっと」
「…………」
そんな仕事のできる彼女だから、俺が関与できないどこか遠いところに向かっていくんだろうと思っていたけれど、どうもそんなことはなかった。
トレーナーと担当ウマ娘という関係が立ち消えたところで、たいして付き合い方が変わることもなく、むしろより親しくなれているような気さえするほど。
親しくなりすぎているような気がするのは、たぶん俺だけだった。
「あの、ちょっと待ってくれ」
「ん……どうかしたか」
「冷静に考えるととんでもない距離感になってないかなって。そう思わないか」
愚鈍ながらも随分前から気付いていた。これはたぶん普通じゃない。
どういう関係かと聞かれると答えに困るし、いまさら友人というにはすこしばかり近すぎる。
かといって既にトレーナーと担当ウマ娘の関係でもなく、中身だけがその延長線上にいるような。
この不自然な関係性になんの違和感もないのか、目の前の皇帝は疑問の表情を浮かべている。
「いやほんと冷静になってくれ。実家とか言ってたぞ今」
「……? なにか差し支えあっただろうか」
「いやないけど……いや、ないんだけどさ。そうじゃなくてこう、ここ2年ほどで距離感バグってないかいと」
「ふむ……」
いまいちピンときていなさそうな表情に、どうしたものかと懊悩する。
べつに不満があるわけじゃない。もっと親しくなれるならそれでいいし、そうありたい。
とはいえ、友人なら友人なりの距離の詰め方があるんじゃないかと、そう思わないこともない。
『トレーナーとその担当』としての関係を引きずっているのなら尚更。
「私が現役の頃も、こんなふうに共に過ごしただろう。それと変わりないのでは?」
なんでもなさそうに言葉が落とされる。
たしかに、彼女が現役の時は、新年はきまって一緒に抱負を決めたり初詣に行ったりしていた。
クリスマスの時は生徒会主導でパーティを開いていて、抜け出すようにふたりで屋上に行った。恥ずかしながらダンスのエスコートをされたりもした。
そう考えると、俺たちのかかわりはあの頃となにも変わっていないのかもしれない。
……いや、それがよくないって話。
「あ、あー、うん。考えるのを辞めよう」
この関係は途絶させるとして、それからのことはあとで考えたい。
そもそも関係性に名前を付けようとするのが間違っている。行く末は分からないけれど、たぶんなるようになるだろう。
現実逃避の先を都合よく思いついたので、そのへんに放っていたスマホを手に取る。
メッセージアプリを開いて、とにかく思い当たる人間ぜんいんに同じ内容のものを送りつける。同期のトレーナー、先輩、後輩、もう数年連絡を寄越してこない友人……
「なにか面白いことでも? 食い入るように見ているようだが」
「……あいや、他の奴はどうすんのか気になってな」
返信がちらほら帰ってくるようになったあたりで、ルドルフがさりげなく顔を覗き込んできた。
『今日と明日どうしてる? 正月空いてる?』のメッセージに返ってきた返答は、それはもう地獄。
前半部分の答えとしては、担当ウマ娘の飼い犬の世話を見させられていたり、同期のトレーナーと寂しく飲んでいたり、ひとりで寂しく飲んでいたり、ひとりで仕事内容を確認していたり。
後半部分の答えとしては、共通して『正月はひとりで過ごす』との返答が来たり。
いや、それはそうか。
元担当のウマ娘とイヴの日や正月まで一緒にいることなど、そうそうないことだ。
「恵まれてる方……か? 俺は」
「…………?」
「いや、ひとそれぞれ沢山のクリスマスがあるんだなと……」
「……メニークリスマス?」
神妙な顔でとても面白いことを言ってくれたルドルフはともかく。
「いやでも、ほんとメニークリスマスだよ。色んな過ごし方ばっかだ」
「そうか。良い聖夜を送ってほしいものだ」
「うん。みんなそれなりに幸せそうで……って、あ」
『お前はどうしてんの?』と追及してくる独り身たちを適当にあしらい続けていると、他とは気色の違う返答が返ってきた。
そうだ、ひとりだけいた。
「そういや元担当のウマ娘と結婚までいった先輩がいたわ。あそこめちゃめちゃ仲良かったんだよな。当時ずっとパシられてたけど」
引退してすぐにそうなったひと達。
当時は周囲から色々騒がれていたけれど、まあうまくやっているらしい。
『嫁さんに言われて買い出ししてる』との返答を見る限り、まだパシられているみたいだ。
「今でも尻に敷かれてるようで──ん? 尻……敷かれ……」
理解した。
つまりこれが『運』だ。
思いついたものを、満面の笑みを携えて彼女に放つ。
これが今の最高傑作。喰らえ。
「
「やはり君は頭が良いな」
「もうよそうか」
自分にダジャレは向いていないのかもしれないと不安になりつつも、とりあえず主役の栗だけ残してモンブランを胃に収める。美味しかったのでそのうち個人でも買うことにした。
テレビで流れているのは歌番組。よく知らない歌が続いている。たぶんクリスマス関連だろう。愛だとか奇跡だとか、そういう雰囲気のもの。
愛はクリスマスプレゼントらしい。震える。物で渡せ。
「かーっ。最近の曲は熱さが足りなくて困るね」
「……ふむ。きちんと熱は籠っていると思うが」
「いやいや。もっとこう、華氏2000度な歌詞にせんと……」
「…………」
「あんまり才能過信せんと、もっと上げんか新鮮度……って怒りたくなる」
「…………」
反応がない。
ぼうっと放り出していた視線を向けると、どうも素っ頓狂な表情。
「いやごめん、明らかに『歌詞にせんと』までがピークだった」
ウケなかったのだと判断した。
しくじったなあ。もっと笑えるようなものにしたい。皇帝の隣にいる人間としてふさわしい、完璧なダジャレを連発したい。
ルドルフはしばらく何も言わないままでいたが、そのうち僅かに笑顔を落としてくれた。
「ふふ。いや、軽妙で素晴らしかった。ただ、君はもっと別の方面に向いているのかもしれない」
別の方面というとあまりピンとこないが、きっとクラシック級のようなものなのだろう。
同じようなジャンルでも、三冠路線とティアラ路線のような異なる道が用意されている。土台は同じだが、内容はバラバラでそうそう交わることはない。
それなら尚更、いつまでも彼女のいる方に並んでいたかったが。
「ダジャレがいいな、俺は」
「ほう? その心は」
「いや、ルドルフのこと笑わせたいだろ」
いつものクールな笑みもいいが、どうせなら思い切り笑わせたい。
彼女の硬い表情が崩れるのは、ダジャレを披露したりされたりするときと、テイオーや生徒会メンバーのような親しい身内が関わっているときくらいだ。
後者はともかく、前者なら俺でも条件を満たせるかもしれない。
「……そういえば案外キザなことを言う男だったね、君は。昔からそうだ」
懐かしむようにそう零す。
どことなく嬉しそうだったが、そろそろ「楽しい時間」だけではいられなさそうな予感がした。
言葉の運びに陰りが見えて、身構える。
「装模作様。あのクリスマスの時だってそうだ。気取った態度を時々見せながらも、志を共にする仲間として、常に寄り添ってくれていた」
思い出の中を探っているらしい。
あのクリスマス、というのは、きっと屋上で踊ったあの日のこと。
表情が毅然としたものに戻り始める。
「トレーナー君」
「ん?」
「そろそろ話してくれ」
「…………」
「私だって、ひとの心は読めない。関係の途絶を切り出されているのにこうも平然とされると、独りよがりの信頼だったのだろうかと不安になってしまう」
当然、後回しにはできない。
それくらい分かっている。
「トレーナー君。これからも君と同じ道を歩んでいきたいと願うのは、傲慢だろうか」
「…………」
「変わらず隣にいてほしいと願うのは、驕りが過ぎるだろうか」
「…………」
「このまま進まなくてもいい──あの時のように、たまに抜け出して共にいてくれるだけでいい」
あのクリスマスの続きを、今日できないわけがなかった。
去年の引退式直後はそうした雰囲気でもなく、どちらとも忌避したが、今年は何もない。
なるならなる。それだけの可能性は最初からあったはずで。
今日これまで避けてきた『クリスマスらしさ』を、今からでも取り戻せないわけがなかった。
「…………」
せっかくなら俺もそうしたかった。
まったくもって驕りでも傲慢でもない。彼女がそうありたいなら、付き添うのが本望だ。
「……トレーナー君?」
だからだろう。
何度も呼ばれる肩書に、やはり目を背けたくなってしまう。
「
「…………?」
「俺はもう君のトレーナーじゃない。分かってるだろ、それくらい」
当たり前の言葉。
既に彼女は引退しているのだから、その関係には『元』がつくべきだ。
それが見あたらないから嫌なわけで、どうしても彼女にその責任の一端を背負わせてしまいたくなる。
言ってしまってからすこし後悔した。
「……君は、時折厳しいことを言うな」
聡い彼女には言いたいことが伝わったようで、一呼吸の間をおいてから言葉を返される。
皇帝はやはり強いらしく、気を落としたような雰囲気はない。
ただすこし伏しがちになった目でもって、こちらの怠慢を責め立ててくるだけだ。
「──俺が悪かった。あのとき、他の奴に任せてしまったのがよくなかった。最後まで君の隣にいるべきだった」
国外遠征と体調不良。
あのクリスマス明けの有馬記念を勝利して、七冠の響きに浮ついた気分で年を越して、それから。
たった一度でも俺がトレーナーでいることをやめてしまったから、彼女の走者としての道は途絶えてしまった。
あのとき、無理にでも自分の意見を押し通していたら、まだ彼女の『トレーナー』でいられたのかもしれない。
「もう君のトレーナーじゃないんだよ、俺は」
もう一度繰り返す。
今度は彼女宛てでなく、自分自身へと。
いつまでもたらればを捨てきることのない自分に、揺らぐことのない事実を確かめさせるように。
彼女が重たげに口を開く。
「過去のことを掘り返すつもりはなかった。それでも、君がそう感じたんだろう?」
「……ああ」
「……実際そうなのかもしれない。私も、振り返るとやはり後悔よりも怒りが沸いてくる。『君がいたならああはならなかった』とね」
落とされる言葉は、激しくもなく落ち込むでもなく、平坦だ。
「私にとってのトレーナーは君しかいないと、明らかに固執していた。すまない」
それだけだった。
反駁でも、受容でもない。
ただ、謝罪。
その言葉が、お互いにどういった意味合いを持ったのかは知りようもない。
それでも、何か関係性が変わるきっかけになったのは間違いなかった。
しばらく無言で過ごす。
気まずさすら感じられないまま、テレビの音だけが聞こえるリビングで息をする。
まあ暫くそんな状態なもので、何も言葉を交わさないままの状況もそこそこに飽きて、ちらほら会話くらいはするようになった。
触れるべき部分だけは放置を繰り返しながら、踏み抜きようもないまっさらな地雷原を渡る。
そのうちなんとかなると思い込んで、言いたいはずの言葉を飲み込み、気分の緩和にテレビだけは見ていた。
クリスマスらしさが見当たらないのはどうしようもない。
「あ、URA」
ちょうど流れ始めたのは、トゥインクルシリーズのCMらしい。
悲壮的な曲とともに切り替わってゆく数々のシーン。
今年一年のレースを振り返っているようだった。
「なぜか聞き覚えがあるな」
「ああ、これか」
背景に流れる曲。
やけに別れを嫌っている。
「君の引退式でも流れてたよ。別れを惜しむ『哀愁の歌』だな」
「ほう、詳しいな。覚えているのか」
「いや。まともに聴いたことすらない」
ウマ娘以外のことはあまり興味がない。
この曲も、彼女の引退式含め数回耳に入ったことがあるくらいだ。
「でも、俺はそれを知ってるはずなんだ。誰よりも色濃く」
こんな状況でも一応ダジャレへの熱量は冷めていないので、できる限りの意味を乗せて放つ。
意図した言葉が気にかかったのか、ルドルフはすこし考え込んでいた。
「……
なんとか気付いてくれたようで、やがてポツリとこぼした。
面白そうではない。
「君の冗談は笑えないな」
「あ、そう? やっぱまだまだ駄目だよなあ」
「意図を考え込んでしまうとどうしてもね」
ふん。なるほど。彼女がそう言うならそうか。英語を使うならもうすこし分かりやすいほうがいいのだろう。
熟考して理解できる凝ったものでなく、考える時間を必要としないもの。いつか彼女が言っていた『炭酸水を購入したそうだ』のような、単純なもの。
くそう、くやしい。くやしいなあ。
浮かんだ押韻がそのままゴールインしているようでは駄目なのだろう。渾身のダジャレでこの上なく笑わせてやりたい。
「…………」
とかダジャレの質で悩んでいるうちに、URAのCMは佳境。
惨めな別れの歌をバックに画面が切り替わる。
もったいぶるようなモノローグで紹介される『これまで』の中には、二年前のルドルフがいた。
既に数日後に迫った、この国で一番有名なあのレースだ。
「有馬記念……」
彼女にとって最後の一着。
二年前の有馬記念の感動は、今でも鮮明に覚えている。
クリスマスのすぐ後に迎えたあのレースで、未踏の『七冠』を達成したときの興奮ときたら、この先並ぶものはないだろう。
ただ、輝きを失わないモノはひとつとしてないらしかった。
そのあとの春、都合で着いていけなかった海外のレースで繋靱帯の損傷をして、それで引退だった。
六ヶ月ほどあれば治療はできたが、再発や他の不調に繋がる可能性を無視できない。
まだ走るかどうか検討した末、彼女から辞退した。
「君が今でも走ってくれてたらな」
思わず漏れる。
振り切ったつもりが、やはりどうしても引きずるようだった。
彼女が引退してから、界隈の熱量がすこしだけ冷めたような気がする。
他の追随を許さないほどの「絶対王政」がない。死にそうなほど熱気にあてられたレース場がわずかに遠い。
今の世代は凄まじい。どのシーンを切り取ったって「最高」の言葉が似合うレースばかりだ。
でも、それでも。
『皇帝』の再統治を望む声が多かったのは、想像に難くない。
「──南柯之夢だよ。トレーナー君」
なんかのゆめ。
聞き覚えのない言葉。
考え込むだけ無駄だと判断して、彼女が次を紡ぐのを待つ。
「栄華之夢、一炊之夢、槐安之夢……栄枯盛衰。君なら分かってくれるだろう?」
頷きで理解を示すと、わずかに笑ってくれた。
これ以上となく現実だ。胸が重苦しくからっぽな心地がする。
「確かに勝つだろう。ブランクなど慣れている。今からでもまだ他に並ぶ者のいない皇帝に返り咲けると思っているよ」
「ならなおさら……!」
「それでも、あの場所の主役はもう私ではないんだ。私が輝ける場所はレース場にはない。皆無だ」
きっと『トレーナー』に拘っているのは、俺も同じだった。
すこしずつ実感を凍み込ませてくる現実に、俺は成す術もなく──
「……
茶化すことくらいしかできない。
「よくわかってくれるな、君は」
彼女の軽い笑みがなぜか痛みを残す。
微妙に暗い表情だからだろう。あのころはもっと快活な笑顔を求めていた。
「私は、自身が目指す最高の指導者としての──皇帝としての信頼を築く過程を終えた。そして、土台が揺らぐことのない七冠バとして『自由』を得た」
「……ああ。知ってる」
「もとより目的はここにある。すべてのウマ娘が幸せに過ごせる世界を、他の誰でもないこの私が作り上げる。誰もが存在理由を疑わぬ”皇帝”として。そのための自由だ」
「……うん」
「だから、私がウマ娘として輝ける場所は、もうほとんどない」
彼女は気丈な性格だから、表情を陰らせることはない。
だとしても、単なる夢への手段としてでなく、きっと走り自体にかける情熱もあったはずだ。
引退することさえなければ『八冠バ』などと呼ばれる現在もあったのかもしれない。そんな可能性ばかり考えてしまう。
夢のために夢をあきらめて、数字の変わることのない七冠バとして『自由』を得たのだ。
そんなもの、彼女が背負う必要があるのだろうか。
「──君には負担をかけさせてばかりだな。本来なら私一人で抱え込む悩みだった」
「…………」
「でも、君はそうさせてくれないだろう? なら、少しくらいわがままを聞いてくれ」
「…………」
「輝ける場所ならまだここにあると、信じさせてくれ」
「…………」
「だから──だから、」
区切られた言葉の先は、聞かなくても分かる。
「せめてもうしばらくは……君にとっての星でいさせてくれ」
捻りだすように彼女が呟く。
少し憂げな声色で、頭をこちらに預けるように傾倒させて。
「星か……」
彼女がこの界隈に齎した影響は大きい。七冠バの称号は、それほどまでに深い衝撃だった。
今後どのようなウマ娘が現れるにしろ、その称号が目に見えない壁となって立ちはだかる。その存在感が影を落とす限り、彼女はいつまでも唯一無二の皇帝のままだ。
それにしたって、レースを過程だと割り切って走る意味すら失ってしまうには、『自由』の代償に大きすぎる。
スターウマ娘とは、彼女にふさわしい称号だった。
他を食ってしまうほどの輝度。誰が見たって絶対にそれと分かる存在感。
「君はずっと星だよ。俺だけじゃなくて、みんなにとって」
せめてかけてやれる言葉は、この日のプレゼントだとするにはあまりに粗末だ。
「……そう、ありたいな」
そんな何者でもない言葉でさえも、彼女は意味を見い出してくれるようだった。
たぶん、俺は死ぬまで彼女のトレーナーであり続けるのだろう。
数秒後にはお互い冷静になって、どちらからともなく距離を離した。
顔が火照っているのが自分で分かってしまったので、無様に晒さないようベランダに出る。冷えた外気で心を無理やり落ち着かせるように。
少し遅れてついてきた彼女も、まあたぶん似たような理由なのだろう。
まだ雪が降っている。
「あ、そうだ。聞きたいことがあって」
照れ隠しなのか自分でもよくわからない感情で、差しと先行を使い分ける感覚について尋ねておく。
あっさりとした問いに、彼女は明確に答えを表してくれた。
「……懐かしいものだな。レースのことで相談されるのも」
「いやちょっと、今の担当の子がな」
「そうか。……すこし妬いてしまうな」
トレーニング云々の話にも、冗談ぽく笑っている。
最初から悩む必要などなかったのかもしれない。
真正面から言えなくて迂回してしまったが、皇帝はきっと目を逸らさずに考えてくれた。
「あのさ」
「うん?」
「自信がなくなっただけなんだ。君のトレーナーでいられる自信が」
「…………」
「あの国外遠征に俺が付き添っていたとして、どの道同じようになってたんじゃないかって、無駄に考えてた。それだけの話」
「…………」
「だからその、すまん。縁を切るどうこうは気にしないでくれ」
「そう、か」
静かに反応してくれた彼女は、ことさら目立った表情でもない。
確実に思いを受け止めてくれているような、嬉しそうな、申し訳なさそうな……が、それぞれ混在している顔。
……なんの表情?
「……私も言っておくべきだったな。トレーナー君」
「え、はい」
「昨年から、URA役員としてウマ娘のためのレースづくりに少し加担させてもらっているわけだが」
「はあ」
「皆の幸福のため、遠くない未来に作るつもりだ」
「なにを?」
「トゥインクルシリーズの──終わってしまった夢の、
「エッ?」
息が詰まる。
流れでさらっと大事なことを言われた気がするが、聞き間違いではない。
な、なに? その先……?
「……それは、君にも期待していい、と?」
「ああ。もちろん」
「へ、へえ……」
あまりに実感のない答えに、ただ嘆息交じりの返答しかできない。
『その先』というと、これまで以上に枠組みを取っ払った新しいシリーズの設置のほかに思い当たらないが。
話の流れ的には、すでにトゥインクルシリーズを去ったウマ娘も参加資格がありそうな雰囲気だ。
つまり、彼女がまた走るかもしれないということ。
うん……うん?
「あ、あれ……? でもさっき『もうあの場所の主役じゃない』みたいなこと言ってなかったか?」
「ああ。大人のレベル1が子供のレベル99相手に本気を出しても面白くないだろう。だから、主役になれるような場所を用意する。これまで以上に輝ける場所を」
「で、でも、さっき南柯之夢って」
「うん……? 確かにそうは言ったが、それでもしばらくは星でいさせてくれるんだろう?」
「……あ、あー。言った。言ったけどさ」
微妙に納得のいかない言葉で返される。
いやあれは慰めというか願望というか──いやでも、本心があったのは否めないけれど。
とすると、何だ。
彼女は走る道を捨ててまで夢を叶えようとしているのかと思っていたが、思い違いだったか。
むしろその逆。はなから二兎射止めるつもりだ。
この一年、彼女にとっては、次走のための準備期間を適切に過ごしているだけだったらしい。
「枠組みはそれなりに決まっていてね。あとは細かく整備をするだけ、というところまでこぎつけた」
「ほあ、そうなんだ、すごい……」
「だからそのときは、一番近くで見ていてくれ」
「……へ。いいのか」
「もちろん。君は私の『トレーナー』だろう?」
「……なるほど。また出戻りかな。この関係も」
ようやく理解した。
今日はあのクリスマスの続きらしい。
多忙に殺される中、それでも時間を見つけ出して、他人の目から抜け出したその先。
『誓え』と言っているようだった。
ウマ娘そのものを輝かせるつもりでいる彼女自身を、さらに輝かせろ、と。
いささか無茶が過ぎる要求のように思えるが、トレーナーとして担当ウマ娘の期待には応えなければならない。
一生彼女の隣に連れ立っていることを、それとなく誓わなければならなくなる。
「……あれ。ってことは、もしかしてさ」
誓うついでに少しだけ思考を落とす。
いや、とはいっても単純な話。
彼女が俺をずっとトレーナー扱いしていたのは、引退直後もまだ走る気満々だったからでは。
あれ? 最初からただの一方的な勘違いでは?
「で、これまで一切クリスマスっぽいことしてないわけだけど」
「誰のせいかは言わなくても分かるね?」
「まったくな。赤服の翁が煙突より侵入し褒美を配る日だったのにな今日は。しんみりしてる場合じゃなかったんだ」
「君の認識がおかしいことは分かった」
冷えた体をリビングの暖房で生き返らせているころの会話。
改めて今日はクリスマスイヴ。
天気は晴朗。日は沈んだ。
シンボリルドルフとは長い付き合いだけれど、それはそうとちょっとした刺激でさえ聖夜の雰囲気を感じ取ってしまえる。
こんな日ならきっと素敵な聖夜を過ごせる……つもりが、時計を確認すると、もうけっこうな夜。
誰のせいかは知らないが、そろそろ日付が変わる。
イヴらしいことは何ひとつとしてやっていない。
誰のせいかは知らないが。
「ふむ。もうこんな時刻か。そろそろ、サンタクロースさんが苦労する頃合いだね」
「……いやちょっと面白い」
「好評なようで何よりだ」
もはやルドルフはイヴらしさなど度外視しているようだったが、寒さだけはそれとなく提供してくれていた。
これがクリスマスっぽいかと言われるとそうでもない。
今日になって急激にダジャレへの興味が増したが、彼女のそれは妙に心地いい。
こういうのをやりたい。
「がんばって耳を澄まさないとな」
「いや、夕方にも言ったが、ちゃんと君のところには来てくれるよ。普段通りにしていればいいはずだ」
「そうかな」
自信に満ちた表情を見る限り、本気で言っているらしいことだけは分かる。
「難聴ではないだろう?」
「そりゃまあ。鈍感ではないつもりだけど」
「ああ。君は昔から、『皇帝』でない『私』の話をよく聞いてくれる。それだけでも、あの人は来てくれるはずだ」
せっかくの聖夜の雰囲気をぶち壊された彼女にはもはや羞恥心など残っていないらしく、なかなか照れくさいことを真顔で言ってのける。
昔からこういう奴だったか、となんとなく思いなおした。
「ということで、ほら。私がサンタクロースだ。トレーナー君にプレゼントを届けに来た」
サンタ帽すらない雑な振り。
「ほら」などと言われても、サンタらしさのかけらもないが。
「というか『ルドルフ』ってトナカイの名前だった気が──」
「…………」
「──とかそんな野暮なことは言わないからなもちろん」
死にそうなほどの威圧感が笑みと共に貼りついていたので、これ以上茶化すのはやめておく。
さすがに空気を読まなさ過ぎているのか、やさぐれる暇すら与えてくれない。
仕方なくまともに乗ってみることにした。彼女がサンタだというなら、何かプレゼントをくれるはずだが。
「今年は何も用意してないんじゃなかったかな、サンタさん」
「私と過ごす時間をあげよう」
「……あー、それはヤバい」
このシンボリルドルフとかいうウマ娘、何を言うにしても毎回これだ。
誰でも惚れてしまうような凛々しい顔で軽く笑いかけて、なんとも思っていなさそうな装いで俺個人にぶっ刺さる台詞を吐いてしまう。
ほかに代え難いものを安易にくれてしまうからずるいのだ。耐えきれない動揺が心の中で荒ぶる。
たぶん俺は夢女子なのだろう。
「いつも貰ってるけど、まあ、そうだな。ありがたく」
動揺を隠すように声を返すと、彼女は笑っていた。たぶん知れているのだろう。
こちらの苦悩など見通しているとばかりにすこし首を傾げるのも、皇帝の大人げなさが出ていてぶっ刺さる。
悔しいので逆張りすることにした。
ここまでくると最期まで聖夜らしからぬものを提供してやりたい。
そういうものは来年に期待しろ。
「プレゼントなら俺も一応用意はしてあるんだ」
「ほう」
「つまり、最後は
これが俺のやりたかったこと。
機なら今しかないと、それぞれの皿の上を指さす。モンブランが乗っていた皿。
「…………?」
それは、暖房も効かなくなるほどのパーフェクトフリーズ。
七冠バらしく景気よく『自由』を7乗して。ダジャレだから『運』も詰めて。
「……あ」
言いたいことに気付いたらしい。
そこには、食べやすいようてっぺんに飾られていたのに、なおも残っている栗。
「なるほど、これは……ふふ」
伏線のように忍ばせていたソレに、彼女はようやく笑ってくれる。
とはいっても微笑程度のもので、腹を抱えて笑うようなものではない。もう少し軽快に笑わせられたらよかったが、まあひとまず良しとした。
ここまでくると、考えることは同じみたいだ。
「ルドルフ。今年もメリクリの時間だ」
「ああ。とても賑やかで煌びやかな夜がくる」
「ところで栗が余ってるな」
「おや、本当だね。つまり最後は──」
これは天丼?
「「締
お ぐ り 。