魔法少女GL ~女の子たちの初手はいつだってルームシェア時空!!~ 作:MOPX
少女が三人、立ちすくんでいた。
三者三様、ある者は下を向き、ある者は沈痛な面持ちで、ある者は今にも泣き叫びそうな顔。
時間は昼過ぎのはずだったが、空は濃い黒で埋め尽くされていた。
「まあ、その……なんだ、元気出しなさい、って言っても無理かもしれないけど……」
紫色のベレー帽をかぶった少女が、沈黙に耐えられなくなったのか声を出した。
その声はたどたどしく、最後には消え入るような小ささになった。
「見ての通りです。私のせい……。
この世界のお姉ちゃんは私をかばったせいで……!!」
「ゆめちゃんは悪くないよ。きっと誰のせいでも……」
髪がうっすらと桃色の少女を、髪を結んだ少女が止めた。
どちらの顔にも疲労の色が出ていた。
「……お姉ちゃんは私が守るって決めてたはずなのに、なのに……
今更、記憶が戻ったって……!!」
桃の少女が小石を蹴り飛ばす。
「……その……私もその手の話はちょっとかじっただけだけど……
似たような例もあるみたいだし、研究はされてるみたい。
気休めじゃないんだけど……だからきっと」
ベレー帽の少女が今度はしっかりと、二人に聞こえるよう言った。
「田中こころも目を覚ますわよ」
「……うん。ありがとう影ちゃん」
「……お姉ちゃんが目を覚ました時に帰る場所がなくなってたら大変ですからね。
今度こそは、お姉ちゃんがお菓子を作って、宿題を忘れて大騒ぎして、私とお祭りに出かけて……。
そんな世界のために、戦い続ける……」
「こころちゃんにとって、この世界はどう映っていたのかな……?」
「……真田天?」「真田さん?」
一人の少女が漏らした一言に残った二人が反応した。
「ちゃんと楽しいって毎日を過ごせたんだよね?
つらいこと、悲しいこと、もちろんあるかもしれないけれど――」
空からはぽつりと雨が降ってきた。
「生きていて、良いって思える、そんな世界になったのかな」
「……真田さん、もしかして記憶が」
雨足は瞬く間に強くなってきた。
気持ちを吐露した少女は、そのまま微動だにしない。
その眼は、雨粒とともに、先ほどまでいた病院を映し出していた。
「風邪引くわよ、真田天」
「私、折り畳み持ってます」
桃の少女は鞄からそれを取り出すと、開いた。
「ん、そう。じゃ今日は解散ね」
ベレー帽の少女は足早に立ち去ろうとし、後ろを振り返った。
少女が二人、小さな肩を重ね、身を寄せ合うようにしていた。
「私はあなたが前を向く人だって知ってるから。
ずっと待っているから。だから今は――」
――好きなだけ泣きなさい、真田天。
その声に呼び起されるように、私は目を覚ました。
頬は雨粒が滴ったように、かすかに湿っていた。
それでも今日も戦い続けよう。
だって私は真田天だから。
「ごめん、ゆめちゃん。お待たせしちゃった?」
喫茶店の前にいたゆめちゃんは、ゆったりとこちらを向いた。
「いいえ、今来たところなので。お久しぶりです、真田さん」
穏やかな笑みを称えるゆめちゃんに、嬉しい気持ちがわいてくる。
なんだか会うの自体、久しぶりだ。
「……こころちゃん、元気?」
「元気そのものですね。今日も布団を蹴っ飛ばして私の方に侵入してきて……。
すいません、そんな話はいいですね」
内心、いくらでも話してほしかったが、あまり外で立ち話をするのも良くないだろう。
ゆめちゃんに改めて声をかけた。
「ゆめちゃんも」
「ん?」
「元気そうで良かった」
言われた夢ちゃんは少し顔を赤らめると、
気を取り直すように鼻を鳴らした。
「まあ直接戦っているわけでもないですしね。
今の状態だとどちらにしろ無理ですが……」
ゆめちゃんの髪の毛は綺麗な黒髪だった。
魔法力は覚醒していないということだ。
そのことについては私の頭では整理しきれないこともあるのだが、
今日はそれを話すための時間だ。
私とゆめちゃんはお小遣いを確認するとお店の中へと入っていった。
平日、学校でばったりと出くわした私とゆめちゃんは
今日のこの時間に会う約束を取り付けた。
ゆめちゃんは近況報告と情報収集と言っていたけど、
私はこうして、ゆっくり話せることが嬉しかった。
それに、こころちゃんの話が聞けることもちょっと期待していた。
ちょっとだけ、本当にちょっとだけ。
私とゆめちゃんは向かい合って席に着くとメニューを広げた。
メニューはひとつだったので横に広げて二人で見る。
私はオレンジジュースと決めていたが、
ゆめちゃんがコーヒーを頼むと言い出して声を出して驚いてしまった。
ゆめちゃん、それはあまりに大人だ。
甘味も注文できたらよかったのだが、予算の都合で見送りとなった。
ゆめちゃんと二人で分けたら……と提案したが、却下されてしまった。
分け合いっこするの、私は好きなんだけどなあ。
「いただきます。さて……何から話し……にがっ!!……おほん」
コップに口を付けた瞬間、目を見開いてすごい顔をしていた。
そんな様子を微笑ましく思いながら
同じく手を合わせて声にするのだった。
「いただきます」
いただきますの由来は食材になったものの命を頂戴する、という説があるらしい。
私はその話を聞いてから食事の前にこの言葉を欠かすことがなくなった。
オレンジジュースを口につけると、その味わいが口いっぱいに広がる。
少しの極楽の後、私は話を始めるのだった。
「……こころちゃんのことから聞いてもいい?」
「ふふっ、そうだろうとは思いましたけどね」
お見通しだと言わんばかりにゆめちゃんが口角を上げる。
その手には砂糖の入った袋が限界まで握られ、まるで爆竹のようだった。
店員さんを呼んでミルクも追加した方がいいかもしれない。
「お姉ちゃんですが、特に変わった様子はありません。
寝相が悪いのだけ本当に何とかしてほしいです。
寝ぼけてラリアットかまされた時にはさすがにやり返しました。
後はいつも通りお菓子を作ったり、宿題を忘れて大騒ぎしたり……」
私はふんふんと頷いた。
こころちゃんが元気に過ごせている。
それなら、それが一番だ。
「……ふふ、そんなに嬉しいですか?」
どうやら私はものすごい嬉しそうな顔をしていたらしい。
でも、当然だろう。
胸がこんなにも満たされているんだから、溢れてしまってもおかしくない。
こころちゃんが元気なら、私はそれでいいんだ――。
「えへへ……。うん、嬉しい」
それは言葉にもなって出てきた。
「全く……、こっちは大変ですけどね。
前に宿題を手伝わされた時はさすがにげっそりしました。
まあそのお礼にお菓子を焼いたりしてくれるんですけど……」
お話を静かに聞きながら、私はいつまでも頷き続けた。
心なしか、お話をするゆめちゃんの顔は楽し気に見えた。
私はその様子を見て何よりだと思うのだった。
こころちゃんだけじゃなくて、ゆめちゃんにも静かで平和な日常を送ってほしいから。
「じゃあ特に変わりなくって感じなんだね。良かった~」
「はい。前のことを踏まえてお母さんには怪しい人が来ても玄関を開けないように言ってます。
あと人の姿をしたモンスターが出るって。学校から言われたってことにして伝えました」
私はなるほどと感心した。
確かにその伝え方ならおばさんも注意してくれるだろう。
「あとはお姉ちゃんの警護ですね。
学校は集団行動ですし周りに魔法少女もいるからまだいいけど……。
休日に出かける時なんかはこっそり後をつけますね。
おかげ様で物陰に隠れたり、身を屈めて進むのがすごく上手くなりました」
手を広げて首を振るゆめちゃんの顔は、どこか誇らしげだった。
こころちゃんのことはゆめちゃんにお願いすれば大丈夫そうで、
ひとまずは安心したのだった。
私は気になっていたことのひとつを伝えることにした。
「ゆめちゃんも無理しないでね。魔法力もまだ覚醒していないみたいだし……」
「そうなんですよね。このままだといざという時に戦えない……。
だから、その時はもしかしたら……」
言いにくそうに上目遣いをするゆめちゃんに、
深く頷いて言葉を継いだ。
「うん、私がこころちゃんを守る。だから気にせず電話してね!!」
ゆめちゃんには既に真田家と研究所の連絡先を伝えている。
これでヒーローのごとく、いつでも駆けつけれるというわけだ。
ゆめちゃんには魔法力がいつ覚醒してもいいように
私の予備の魔法棒を渡している。
これで前みたいに武器を探す必要もなくなった。
「それにしても魔法力が覚醒しないのには困りましたね……。
無理やりにでも、方法ないんですかね」
ゆめちゃんのコーヒーには既に大量の砂糖とシロップが投下されていた。
力技でのパワーアップ。
私はある言葉を口にしていた。
「……記憶」
「へ? 何ですかいきなり?」
「花ちゃんがね、言ってたんだ。私たちの記憶は魔法力に宿っているんだって。
それで過去に戻っても記憶がそのままなんだって」
「ふうん。あんまり興味ないですけどね、その手の話」
ゆめちゃんはスプーンでコーヒーをかき混ぜながら言った。
私は「まあまあ」となだめつつ、続けた。
「だからもしかしたら、楽しかったこととかを思い出したら、
ばばーんと魔法力も強くなったり……しないかな? うん」
途中から胡散臭そうな視線を向けるゆめちゃんに、私のトーンは下がっていった。
「そもそも、それを言ってるの伊藤花さんでしょう?
私、あの人のこと完全には信用していません。何か別の目的があるみたいで。
あと私を子供扱いしてきます、許しません」
「あう。花ちゃんはしっかりしてるし……。誤解されてる部分もあると思うなあ……」
私は言いよどんでしまった。
ゆめちゃんと花ちゃんはそもそも話したことが少ないはずだ。
ゆっくり話したら仲良くなれると思うんだけど……。
「仮にその話が本当だとして、急に魔法力がぶち抜けて高い魔法少女が状況に気づいて全部解決してくれる、
そんな話になるんですか?
……そんな人がいるとしても、その人は世界を救うことを優先して、お姉ちゃんを守ってはくれないかもしれない。
やっぱりお姉ちゃんを守れるのは私たちだけなんですよ」
ゆめちゃんの瞳ははっきりと、輝きを放っていた。
今のゆめちゃんを子供扱いすることは、なんぴとたりともできないだろう。
それに「私たち」と言ってくれたのが何だかこそばゆくて、嬉しかった。
「……そうだね、うん。私たち、だね!!」
「な、なんですか!? 別に拾うところじゃないですから……!!」
ゆめちゃんの顔がみるみる赤くなっていく。
照れ隠しなのかコーヒーの入ったカップを顔を隠すようにあおっている。
やはり苦かったのか、飲むのを勢いよく中断すると軽い咳払いをしていた。
私は傍らにあった紙を取ろうとしたが静止された。
苦渋の顔を何とか戻すと、ゆめちゃんは言うのだった。
「まあ……信頼してるのは本当です。
真田さんはお姉ちゃんのことを大事に考えてくれてるから」
いったん家に帰ったのはどうかと思いますけど、と付け加えられた。
前の世界のことを言ってるのだろうが、そのことについては私も反省しきりだった。
結局なんとかなったが、みんなに迷惑をかけてしまった。
次からはお母さんたちに帰るのが遅くなりそうって伝えておこう。
その後は今後の作戦について、相談に乗ってもらったりした。
話が全て終わると、私もオレンジジュースをひとしきり飲み干した。
とても甘くて、おいしかった。
「ごちそうさまでした」
私が軽くおじぎをするとゆめちゃんも釣られて体を傾けた。
これも聞いたお話だけど、「ご馳走さま」は食材を集めて料理を準備してくれた人への感謝らしい。
私は喫茶店の店員さんたちとともに、話す機会をくれたゆめちゃんにも改めて感謝するのだった。