魔法少女GL ~女の子たちの初手はいつだってルームシェア時空!!~ 作:MOPX
少女が二人、ひとりは前を進み、
もうひとりは遠目に見えるか見えないか、離れたところを歩いていた。
前を行く少女が突然走り出す。
付かず離れずで距離を取っていた後方の少女も、それに気づいて慌てて足を動かす。
後ろの少女は息を切らしながら、それでも負けじと必死に駆けていた。
傍目からは、勝負にならないかけっこをしているように見えたかもしれない。
後方の少女が曲がり角に向かって猛然と進む。
これ以上差を付けられると見失うだろう。
曲がり角を曲がった瞬間、少女はたじろいだ。
追いかけていた人物が腕を組んで仁王立ちをしていたのだから。
「……お、お姉ちゃん」
「ゆ~め~、どういうつもり? 後をつけるなんて趣味がよくないよ」
言われた方の少女は顔を伏せた。
咎める口調では決してなかったが、かといって弁解する言葉も持ち合わせていなかった。
「もしかして私と遊びたかったから? ゆめはいくつになっても甘えん坊だなあ」
「……子供扱い、しないでよ」
期待していた調子より何割も低いその声色。
何かを悟ったのかいたずらっ子のような笑みを萎ませて少女は続けた。
「まあ、いいか。そんな日もあるよね」
「……お姉ちゃんは」
「ん?」
「お姉ちゃんは何をしていたの? 今日」
「……わかんない」
「……」
「お小遣いも余ってるし、どこかで遊びたかったんだけど
何も思い浮かばなくて……ブラブラしてた、うん」
「……そうなんだ」
「そう」
沈黙がしばし続いた。
それは特別に後ろ向きな意味も、前向きな意味も帯びておらず、
ただお互いの存在を確かめ合う行為に近かった。
ひとしきりその静けさが場に満ちると、片方の少女が口を開いた。
「ねえ、ゆめ」
「なに、お姉ちゃん」
「久しぶりにいっしょに帰ろっか」
「……うん」
「さあ!! 研究所を襲撃するわよ!!」
「うん……!!」
影ちゃんの威勢の良い啖呵とともに
私と影ちゃんは研究所の敷地に足を踏み入れた。
結局、花ちゃんはあれからずっと体調が悪いらしくこのことも話せていない。
今回の作戦はリスクも高いから全員でやらない方がいいかもしれない、
というのが影ちゃんの意見だった。
花ちゃんは本当に、どうしちゃったんだろう。
「どうしたの、真田天?」
「ううん、なんでもないの」
今はこの作戦に集中しよう。
うまく行けば前とは違って、みんなが助かるかもしれないんだ。
脳裏によぎるカプセルに入れられた少女の姿。
一度頭に浮かんだそれは決して振りほどくことはできず、
だから自らの決意を確かめるように一歩ずつ地面を踏みしめていた。
自動扉をくぐり、受付の前にやってきた。
見知った顔のお姉さんが朗らかな笑顔を浮かべる。
「あら、天ちゃん。今日もお手伝い?」
「こんにちはお姉さん!! 今日はその……少し博士とお話することがあって」
「そうなんだあ。そっちの子は? 見慣れない子だけど……」
受付のお姉さんは、私たちのことをよく見ているし、覚えてくれている。
なのでやはり、影ちゃんが初めてここに来たこともすぐにわかったのだ。
「村田……です」
「村田さんかあ。新しい子……じゃないね。天ちゃんの友達?」
「はい!! 今日は私の……その付き添いで来てくれました!!」
「付き添いかあ、そうかあ、付き添い……うふふ、ごめんごめん」
お姉さんは途中から笑うのを我慢できなかったのか変な音が漏れていた。
付き添いはあまりよろしくないチョイスだったのかもしれない。
「付き添いは変だったかなあ。じゃあ……付き人!!」
「うふ!! うふふふ!! 天ちゃん、それ変わってない、変わってないよ」
どうも私の言葉選びは的確にお姉さんのツボを突いているらしかった。
何だか私も楽しい気分になってくる。
「影ちゃんは……なんと……御家人です!!」
「うふふ!! うふふふふふ!!」
「ちょっと真田天、それじゃ埒があかないでしょ」
「えへへ……ごめんね影ちゃん」
「もう……、私に任せない」
影ちゃんはすうっと息を吸うと真剣な眼差しでお姉さんを見据えた。
お姉さんの顔にも、何を言い出すのかと期待の色が漂っている。
「ああああ!! 急に尿意と便意が!! 漏れる漏れる!!
漏れてしまうわー!! うわああああー!!
今ここで!! 漏らしてしまうわー!! トイレエエエエエエ!!」
「ぶふ!!」
お姉さんは弾丸で撃たれたようにお腹を押さえて、
ひくひくと体を震わせながらその場でうずくまってしまった。
「影ちゃん!? 漏らしちゃうの!? 大変!!」
「なんであなたまで驚いてるのよ!! ほら、今よ」
「あ、そうか。お姉さん!! トイレ借ります!!」
「どうぞ……」と振り絞るような声を聞いて、私と影ちゃんは顔を見合わせた。
そのまま足早に研究所の中へと歩を進めた。
「やったわ!! 受付嬢なんてチョロいもんね!!」
「……」
「真田天? どうしたの?」
「影ちゃん!! ちょっと待っててね!! それとトイレはまっすぐ行った突き当りだから!!」
「な……トイレは演技だからー!!」
叫ぶ影ちゃんの声を背中で受けて、私は身をひるがえした。
私は再び受付の前に立つと、復帰しつつあるお姉さんに声をかけるのだった。
「お姉さん、大丈夫ですか?」
「あ、天ちゃん戻ってきたんだ。どうかしたの……うぷぷ」
少し躊躇の後、私は話を始めた。
やっぱり、正直なのが良い。
「影ちゃんのことですけど実はトイレを借りに来ただけじゃなくて……」
「ふんふん」
「お父さんと……博士とお話するために来たんです」
「ああ~、所長の娘さんだったかあ~。名字いっしょだものねえ」
「それで……影ちゃんがちょっと……」
「何かあるの?」
「その……派手に暴れ出すかもしれなくて……」
お姉さんは目を丸くすると、またも吹き出してしまった。
笑い声が収まった後、お姉さんは息を切らしてしゃべった。
「いいよいいよ、何か事情があるんでしょ」
「いいんですか? 迷惑になったりとか」
「天ちゃんは何も話してないし、私は何も聞いてない。
村田影ちゃんは純粋にトイレを借りにきた、それでいこ!!」
ニコニコと元気そうな笑顔。
今までに挨拶する時に見てきた笑顔とはまた違うものの気がした。
お姉さんは顔をこちらに近づけるとこっそり耳打ちをした。
「正直、映画みたいでちょっとワクワクしてる」
それでは、とお姉さんは元の受付モードに戻るのだった。
心なしかいつもよりも生き生きとした表情に見える。
きっとお姉さんの頭には影ちゃんと博士のまだ見ぬストーリーが繰り広げられているのだろう。
「影ちゃん、トイレ終わったかなあ」
弾むようなステップで私もトイレへと向かうのだった。
「トイレちゃうわ~」とぷんすか怒っている影ちゃんと研究所を進む。
博士はこの時間帯は対策部のデスクにいるはずだ。
対策部に向かう途中の階段で良く知っている人影がたたずんでいた。
あれは――。
「真赤ちゃん!! 久しぶりだね!! こんにちは!!」
「やあ真田さん。こんにちは」
私が手を振って駆け寄ると、真赤ちゃんも軽く手を挙げて応えてくれた。
「真田さん、今日来る日だったっけ?」
「ううん、違うんだけど……ちょっとだけ深~い理由があって……。
あ、この前の算数のテストだけど真赤ちゃんが教えてくれたおかげで良い点が……」
「……僕が? 教えたことあったっけ?」
「あ……」
背筋に走る冷たい感覚。
あの出来事は時間が巻き戻る更に前のことだ。
私は覚えているけど真赤ちゃんは覚えていないんだ。
想いを共有できないのは、悲しいことだと感じた。
それでも、算数を教えてくれたのは真赤ちゃんで、
今、目の前にいるのも真赤ちゃんだから――。
「真赤ちゃんは覚えてないかもだけど……教えてくれたのはやっぱり真赤ちゃんなんだ。
だから……ありがとう」
きっと真赤ちゃんが私に勉強を教えてくれる優しい真赤ちゃんというのは
変わっていないと思うから、だから私が真赤ちゃんにお礼を言うのは変なことじゃないんだ。
真赤ちゃんは不思議そうに首をひねっていたけど。
「ところで君の陰に隠れているその子は? 初めて見る感じだけど」
「この子は影ちゃん!! ほら、あいさつあいさつ~」
私がほらほらと体をずらすも、影ちゃんも
ぴったりとくっついている。
分身の術かな? と真赤ちゃんはコメントしていた。
影ちゃんが人見知りするタイプというのは私も何となくわかってきたが、
きっと真赤ちゃんなら大丈夫だろうと思ったのだ。
だって、影ちゃんも真赤ちゃんも優しい子だから。
観念した影ちゃんは真赤ちゃんに自己紹介をするのだった。
「村田影……です……よろしく……」
「ああ、この子が……」
真赤ちゃんは何とも言えない顔をしていた。
これを神妙な顔、というのだろうか。
私がこの世界の時間が戻っていることを説明した時に、
影ちゃんのことも話していたのでそれでだろうか。
続けて真赤ちゃんも自己紹介をした。
「僕は高橋真赤。小六で魔法少女。真田さんと同じチームで活動しています。よろしく」
「ああ、この子ね……」
何だかさっきの真赤ちゃんと同じような表情をしている。
影ちゃんにも真赤ちゃんのことは話しているのでそれでだろう。
「なに……?」
「いや、なんでも……ないわ」
「そうなんだ」
「は、はい……」
「ふうん」
「……」
「……」
さすがにいたたまれなくなり、私は声を上げてしまった。
「ほ、ほらほら二人とも!! 例えば……お互いの趣味とか特技とか休日に何をしているかとか……!!」
「お見合いか!!」「お見合いじゃないんだから……」
頭をぽりぽりとかくと場の空気も少し和んだようだった。
とりあえず、良かった。
階段を上りながら私たちは談笑をした。
「えーっと高橋真赤、さん? あなたのマフラー、とってもイカしているわ」
「どうも。村田さんのベレー帽もとてもよくお似合いです、まる」
「おほほほ……、そうかしら」
「デスワヨ。……そういえば伊藤さん最近見ないね。おかげで僕も休みにくくなっちゃった。
というか、君。博士の娘だよね? 何しに来たの?」
真赤ちゃんの目がじっとりと影ちゃんをとらえた。
影ちゃんはたじろいでいるように見える。
「あ、真赤ちゃん。影ちゃんだけど今日ここにいるのはめちゃめちゃ深~いワケが……」
「いいのよ真田天……ここは私の力で何とかする……!!」
影ちゃんは軽く息を吸うと真赤ちゃんの方を一睨みした。
真赤ちゃんはというと、眉をひそめて口を一文字に閉じている。
「高橋真赤……さん。あなたは運命ってやつを信じる?
ちなみに私はほんのり信じているわ」
「はあ」
「しかして!! 私たちがここで会ったのは何かの縁!!
さあ、あの男を倒すために協力するのよ!!」
「いや、何ひとつわからないけど……」
「え……? とにかくあの男、村田零が元凶なのよ!!
真田天から聞いてるでしょう? 」
「真田さんが壮絶な親子ゲンカに巻き込まれてるのは知ってるけど……」
「な、なんですって~!!!!」
影ちゃんがすごい顔でこちらを見てくる。
メンチを切る、とはこのことを言うのだろう。
「私はその……影ちゃんと博士が話せてないみたいで、ちゃんとお話しできたらいいのにって……」
「必要ないわよ!! おせっかい!! もひとつおまけにおせっかい!!
それじゃあ私が反抗期を迎えている子供みたいじゃない!!!!」
ぽかぽかと両手で叩いてくる影ちゃんに私はなすすべもなかった。
しょうがなく真赤ちゃんに質問をする。
「そういえば真赤ちゃんも今日は研究所に来ない日だよね?
何かあったの?」
同じチームの子は基本的に同じように予定が組まれている。
だから私が来る予定のない日は、真赤ちゃんの来る予定のない日でもある。
「ああ、言ってなかったね。博士から大事な話があるんだってさ」
「え!?」
「真田天!! それってもしかして……!!」
「うん……!!」
この時期の大切なお話。
恐らくはチームを移る話に違いなかった。
「あの男……!! 伊藤花がサボりまくってるのに人事異動をゴリ押ししてくるなんて……!!
なにがなんでもパーティーを開くつもりね!!」
「パーティー開くの? 僕、お寿司がいいなあ」
「ああああ!! なに呑気なこと言ってるの高橋真赤!!」
アナゴが好きなんだよね、と言っている真赤ちゃんの横顔を見ながら私は決意を新たにした。
作戦を決行するのが今日で良かった。
少なくとも真赤ちゃんのパーティーがめちゃくちゃになることはこれでなくなったのだから。