魔法少女GL ~女の子たちの初手はいつだってルームシェア時空!!~ 作:MOPX
「私は村田影。小学六年生。ワケあって今は警察署にいる。
補導なんて思ったよりも大した話ではないわ。ちょっと質問を受けているだけよ。
そう、ちょっとだけね……ふふ、ふふふふ……」
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
「あ、はい」
少女の前にいる老齢の男性が声をかけた。
「まだ若くてやれることはい~っぱいあるんだからねえ。
バカなことやっちゃダメだからねえ」
「あの……カツ丼とかは出ないんですか?」
男性は眉を下げて、笑い声をあげた。
「あ~お嬢ちゃんそういうのが良かったかあ。
こりゃお嬢ちゃんに本物の取り調べは見せられねえなあ、あっはっは!!」
「カツ丼、出ないんだ……」
窓の映し出す景色が、外界の異変を伝えてきた。
夕方を飛び越して、夜が運ばれてきたようだった。
「おや……外が急に暗くなったような……」
「!! アレが始まるんだわ……!! こうしてはいれない……!!
待ってて!! 真田天!!」
「いやいや、お嬢ちゃんにはまだ話が……」
「シャドー閃光弾!!」
「ほあ!?」
紫の光が止むころには、少女の姿は消えていた。
こうして私は全速力で先ほどまでいた場所へと戻っていった。
研究所の屋上からは黒い霧のようなものが四方八方へと撒かれている。
見たことのある光景。
真田天はどうしたのだろう。
こうなったということは
やっぱり、当然、もちろん、あの男が全ての元凶だったということだ。
真田天はもしかしてやられて――。
私は頭に浮かんだそのシーンを丸めてクシャクシャにして投げ捨てた。
自分が真田天のことを信じなくてどうするのだ。
自分のことを友達と言ってくれたあの子を。
研究所へ近づくほどに、喧噪は増していった。
途中何人も逃げ出してきたであろう人とすれ違った。
「そっちは危ない!!」という甲高い声を無視して突き進んだ。
研究所の前まで来て、一呼吸いれる。
だが、すんなりと休まることはできなかった。
目に飛び込んできた人物で、またも私の心臓は動きを早めてしまったから。
「……高橋真赤!!」
この人はここにはいない。
ウンウンと状況をシミュレートしていた私の脳内ではそのはずだった。
真田天といっしょにいると思っていたその人物は、
代わりに泣きじゃくる女の子を連れていた。
「わざわざ戻ってきたの!? 危ないよ、ここ……!!」
目の前の少女は早口でそう言った。
前の印象よりも余裕がないのは間違いなかった。
「ちょっと!! 真田天は!?」
「僕は逃げてって言った!!」
逃げてと言った。
それはすなわち、真田天は逃げなかったということだ。
「どこへ行ったのよあの子は……!!」
「博士を追いかけてたけど……さすがにどこかで切り上げたと思いたいね……!!」
私は研究所の方を向いた。
研究所の頂上から黒い霧が噴出されている。
異様ではあるが、見覚えのある光景。
ならば行先は既に決まっている。
「ちょっと、行く気なの? 思ったよりもまずいよ、これ。
然るべき人が判断する事件だと思うけど」
高橋真赤に何か言おうかと思ったが、やめておいた。
今、目の前にいて、他の子を連れているのが彼女の返答だ。
連れの子は手をしっかりと握り、いまだに泣きじゃくっていた。
たまたま研究所に来ていた低学年の子だろうか。
今日という日に研究所に来ていたばっかりに、この事態に巻き込まれた。
瞬時に、あの男のせいで――というフレーズが頭を満たしたが、
たぶんそれは頭に小さく渦巻いていた別の感情を覆い隠すためだった。
「ごめんなさい……なんて言っても、何のことかわからないわよね……」
女の子に向けた言葉は届いていなかっただろう。
研究所を襲撃すると言ったのも、決行するのを今日と決めたのも。
他ならぬ私だった。
「その子に伝えておいて、この事態を起こしたのは
村田零と……村田影だって」
きっと私が運命を、電車が路線を変えるように切り換えてしまったから。
それだけ伝えると足はまた動き出した。
突き付けられた事実から逃げるように、とは思いたくなかった。
「君も逃げた方がいいよー!!」
普段出し慣れてないであろう大声を背に受けて、
私は研究所へ向かった。
たぶん真田天にも同じような調子で言ったのだろう。
親子ゲンカに巻き込まれた、なんて科白が今になって思い出される。
責任と罪は極めて同義なのだと知った。
「ゆめ!! 私から離れないで!!」
「お、お姉ちゃん……!!」
二人の少女の前には黒い巨大な怪物がそびえたっていた。
その姿は人間が呼ぶところのワニに似ており、
口が本体といわんばかりにその先がぱっくりと開いていた。
「こいつ……!! 私が時間を稼ぐからゆめは……」
「何言ってるの!! モンスターには魔法力しか効かないでしょ!!」
小さい方の少女が、なかば強引にもう一人の手を引いた。
二人で反対方向に必死に走る。
モンスターと呼ばれた怪物は、その辿った道をそのまま
戦車が踏み均すように突進した。
「もう!! やっぱ応戦した方がよかったじゃん!!」
「こんなに真っすぐ追いかけてくるなんて……!!」
少女が鞄に目をやる。
中には知り合いから託された武器が入っている。
しかし今の自分では使うことはままならない。
姉には気づかれぬであろう歯噛みをしながら、
それでも足を全力で動かした。
少女たちが足を止める。
自分の後ろを追っていたはずの怪物と対面する形になったから。
壁を背にした時には、既に同じ姿の怪物二体に挟まれる形になっていた。
「ゆめ!! 肩車!!」
少女は姉の言葉に耳を傾けず、別の打開策を考えるためか思案顔になった。
言われた案は明らかに片方が犠牲になる前提であったし、
身を屈める姿を見ればどちらが犠牲になるつもりかも明らかだった。
怪物が安全であった空間を削るように、その距離を縮めていく。
せめてもと、怪物をにらむが、
どんな方法でこちらを認識してるかもわからぬ異形の物の前では無意味で、無駄で、無情にも――
姉に近い方の怪物から突貫してきた。
「わ!!」「お姉ちゃん!!!!」
一瞬のことだった。
「おねえ……ちゃん?」
大きな口のような物体は、大きな方の少女がいた位置を陣取っていた。
後には空虚な風が吹くだけ。
傍らの少女から憎まれ口を叩かれながらも、
笑顔を向けていた存在はそこにはもうなかった。
つまり、少女はいわば、怪物に飲み込ま――。
「飲み込ま――」
飲み込まれ――。
「飲み込ませるかああああ!!!!」
残された少女から桃の光が轟轟とあふれだす。
まるで、小さい嵐となったそれは、吹き荒れ、うなりをあげ、辺りを切り裂いた。
嵐に巻き込まれ、怪物の口の部分がえぐられる、
吹き抜けのように露になったそこに、小さく無垢な姿があった。
「ゆ、ゆめ……?」
少女はもう、先ほどまでの少女ではなかった。
髪には桃色の光が灯っている。
魔法力に目覚め、魔法力で戦う少女、それは――。
「あいつもこいつも!! 私のドリルで夢の跡!!」
(対峙した両の怪物を、びしっと指差し!!)
「魔法少女ォ!!」
(鞄から薙ぎ払うように魔法棒を取り出して!!)
「ガルガンチュア!!ドリーム!!」
(姉の前へと、一歩踏み出す)
「ドリームドリルゥゥ!!」
先ほどまで襲う側だった怪物は、
横っ腹にあたる部分を渦でねじ切られ、
掛け声が終わるころにはもう消滅していた。
残された怪物も、やはり突っ込んでくる。
それならば――。
「ドリームドリルゥゥゥゥ!!!!」
お望み通りと言わんばかりに口に突っ込む。
一瞬、姿が見えなくなった少女は、されど次の瞬間には光とともに怪物の体を突き破る。
少女は白銀の棒を素早く下げると、もう一人の少女の無事を確認するのだった。
「ゆめ!! すごいじゃん!! 魔法少女じゃん!!」
屈託のない笑顔を見せる少女。
身じろぎもせずそれを真剣に見つめる少女。
「……何もせずに流されるままなんて嫌だから、
何もできないままお別れなんて嫌だから……」
「……ゆめ?」
「お姉ちゃんは私が守る……!!
運命なんて、私が粉々にする!!!!」
少女が高々と掲げた物の具は、
沈まんとしていた夕陽の光を受けて宝石のように輝いていた。
「ポーズ決まってるよ!! ヒューヒュー!!」
「……お姉ちゃん、いま真面目にやってるから」
「どこに行ったのよ……あの子は……!!」
警報機のけたたましい音が、壊れてしまったかのようにずっと鳴り響いていた。
汗がにじんできているのがわかる。
研究所の屋上を最短距離で向かおうとしたが、結論から言うと無理だった。
入り口から階段への通路は蜥蜴のようなモンスターが複数徘徊しており、
とてもではないが近づけなかった。
逸る気持ちを押さえて壁に立てかけてあった地図を見る。
回りこんで、別の階段を使うことにした。
急いで階段を上ったが、屋上へと続く踊り場でまたも怪物が鎮座していた。
真田天は「ここに」来ていないんだろうか。
だとするならどこにいる?
おっちょこちょいのあの子だから道に迷ったのか?
あるいは屋上に向かったのが間違いで、他の場所にいるのか?
「ああ……もう……!!」
いったん引き返して、モンスター対策部と呼ばれていた一室を目指す。
もしかしたら身動きの取れない状態なのかもしれない。
それがどういう状態なのか、自分でも何を考えているのかよくわからなかった。
部屋の中に入ると、少し前に見た机が、椅子が、棚がそのまま並んでいる。
違うのは人が全く見当たらないことだけだった。
あの時は真田天と高橋真赤。
二人と並んで――、いや厳密には一歩引いて私が付いていった。
私の知らない場所で、それが自然だと思ったから。
部屋の中を歩き回ったが、特に何もわからなかった。
もともと何か考えがあったわけではないから当然とも言えた。
それでも、真田天と出会えるのではと。
あの子がいつもの屈託のない笑顔をこちらに向けて駆け寄ってくるのではないかと。
そんな希望を抱いてなかったと言えば嘘だった。
そこにあったのは呆然と立ち尽くす自分だけだった。
「あの子に限ってモンスターにやられたなんてことは……」
いつも通りに発したはずの言葉は、か細く震えていた。
口にして、自分が恐ろしい可能性について言及しているのだと気づいた。
そんなわけ、ない。
いないところで、勝手に負ける想像をするなんて
いくらお人よしのあの子でも怒るかもしれない。
そうしたら今度は自分よりも私のことを心配して、
大丈夫だとわかったら心からの笑顔を見せてくれるのだろう。
ころころと変わる真田天の表情。
けれど実際にどの顔を見せてくれるのかは私にはわからなかった。
だって彼女は今ここにはいないのだから。
「どこに……行っちゃったのよ……」
私の口から信じられないくらい情けない声が漏れる。
「独りに……しないでよ……」
自分の頭でも思い至らなかったそれは、
本当に恐れていることなのかもしれなかった。