魔法少女GL ~女の子たちの初手はいつだってルームシェア時空!!~ 作:MOPX
屋上には真田天も、あの男もいなかった。
存外に静かな空間で、冷たい風だけが頬を刺激する。
その中で、ハート形のオブジェだけが水道管が破裂したみたいに黒いしぶきをあげていた。
紫の魔法力で構成された銃をいったん消しておく。
構えていた分、少しの安堵が胸に訪れる。
だが、うかうかもしていられない。
「さて、どうしたものかしらね……」
私はなおも動作を続けるオブジェをにらんだ。
ここまで世話しなく厄災を振りまいていると、もはや呆れてしまう。
これがあの男の、研究とやらの成果なのか。
無意識に強く歯を嚙んでいた。
あの男はここにはいない。
恐らくは自動で動かす仕組みがあるのだろう。
これは千載一遇のチャンスというやつかもしれない。
誰の邪魔もなく、あのヘンテコオブジェをぶっ壊せる。
さすがに腕力で折るのは難しいだろうが、
あれが反魔法力をまき散らす存在なら魔法力をぶつけることで止まるかもしれない。
私は魔法力を込めて紫の筒を作り出す。
更に力を込めて弾丸を――。
その刹那だった。
嘲笑うような音が聴こえてきた。
胸がさざめき、恐れ、苛立つ。
その音はだんだんと大きくなる。
もう私は音の方にしか注意を払っていなかった。
この耳障りな音は、聞き間違えるはずはない。
「きやがったわね……!!」
屋上の端から、一瞬黒い影が見えたかと思うと
そのまま床へと滑り込んできた。
黒い影はオブジェへと直進し、体をひねるように立ち上がる。
母を見捨て、世界を混乱に陥れる元凶。
「村田零ぃぃぃぃ!!!!」
立ち上がったその姿は背中から黒い四肢が生えていた。
本当に美的センスの欠片もない。
こんな男、お母さんも愛想をつかせばよかったのだ。
血液は沸騰し、血管が切れそうな感覚の中、
私の頭は冷静に思考しようと努めた。
この男を追い詰めた時のシミュレーションは何度もしてきた。
大丈夫だ、うまくいく。
私は形を作っていた筒を空中で分散させた。
「挨拶もなしに登場なんてね!! 何か言うことがあるんじゃないの!!」
「……今夜は」
私の心臓がドクンと跳ねた。
どうしてかは、わからない。
「闇が綺麗だ」
「……っ!! 呆れた!!
おじさんが唐突にロマンチックなことを言ってんじゃないわよ!!」
「出来映えは順調なようだな。この星を、綺麗な色に染め上げよう」
「それがあんたの目的!? いったい何をしようというの!?
どうせクソしょうもないんでしょうけどね!!!!」
「一日か二日か……支局ができればペースも上がるだろう」
「シキョク……? なによそれ……?
人に話しているのならわかるように説明しなさいよ!!!!」
「娘よ」
心臓がさっきよりも大きく跳ねた。
私は視線をそらしていた。
まるでホラー映画で、見たくないシーンから目を背けてしまうみたいに。
「なぜお前はここにいる」
「なぜ……? なぜって……?」
私の頭がパニックになっているのがわかった。
取り乱すな。
これはこの男の戦術だ。
私に急に話しかけて、動揺を誘おうというのだ。
その手には乗らない。
今こそ高らかに伝えてやるのだ。
「決まっているわ!! お母さんを見捨てたあんたに復讐して、この世界を救うためよ!!」
「もう一度質問しよう」
「な……!?」
「なぜお前がここにいる」
もう答えたはずだ。
こいつは病院でずっと待っていたお母さんのもとへ帰らず、
外国でずっと研究をしていた。
今だってわけのわからない装置で町に不幸をばらまいているではないか。
他に理由なんて、ない。
「再考の余地があるようだ」
「なに……」
私の声は震えていた。
これは怒りによるものだ。
そうに決まっている。
「なに意味がわからないこと言ってるのよ……!!
もうじゅうぶん時間は稼がせてもらったわ……!!
見なさい!!周りを!!」
「これは……?」
薄暗くなっていた空に、無数の紫の明かりが灯る。
半球状にこの男を取り囲んだそれは、私の出したものだ。
この男から見える風景は、さしづめ地獄のプラネタリウムに違いない。
「シャドービット!!!! 完全包囲!!!!」
私の宣言とともに、ビットがいっそうの輝きを放つ。
「間抜けだったわね……!! 話している間に私はこのビットを展開していたのよ!!
あんたなんかこれで終わりよ!! 悔いるならお母さんに悔いるのね!!」
「……」
「ど、どうしたの……? びびって声も出ないようね!!
あんたなんかこれで本当に終わりよ!! 終わりったら終わりよ!!」
「娘よ」
「な、なによ……? 今更謝っても許さないわよ……?」
「攻撃、しないのか?」
血の気が引いていくのがわかる。
違う、これは違う。
こんな男にも小さじ一杯分くらいのお情けはかける。
だから私の良心が傷んでしまうだけのことだ。
攻撃できないわけがない。
そんなことできるわけが――違う、
できないわけがない。
「娘よ……本当にお前は……」
処刑台の上に立っているはずの男は、悠然と言い放った。
「私を憎んでいるのか?」
私の指示を待つビットたちは、いまだ輝きを放っているだけだった。
「娘よ……思うに、お前がほしいものは……愛だ。
誰かから無条件に庇護され、必要とされ、存在を許容される……
すなわち、親の愛」
「な、何を言い出すのよ急に!!」
「娘よ、お前は私が消えれば、
その愛がもう手に入らなくなるとわかっているのではないのか……?
だからこそ、私を消すことができない」
「違う……違う違う!!」
「私の愛は得られず、母の愛はもう記憶に薄れ、
だからこうして私の愛を得ようとしている」
「ちが……う……」
「娘よ、お前は母親が入院していなければ、そう思ったことがあるのではないか?
そして……こんなに早く亡くならなければと」
「……ち」
「娘よ、真実を教えてやろう」
処刑台に立っていたのは、いつの間にか私だった。
「お前が恨んでいるのは母親だ、そして今、私の愛を欲している」
「だ!!!!」
空に浮かんだ無数の紫が、一点をめがけて閃光を放つ。
「ま!!!!」
一発じゃ足りない。何発でも放つ。
「れええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
紫の爆風の上から、何発も何発でも、それ以外、見えなくなるくらい。
「……っ!!!!」
喉は裂けてしまうくらい痛かった。
頭は、熱くて、ただの発熱する何かと化していた。
膝はがくがくと震え出した。
歯はがちがちと鳴り出した。
うるさい。
私は何もしていない。
私はただ、ただ……。
空に浮かんでいたビットが消える。
紫の爆風が霧が晴れるみたいに収まって来て。
「髪型は常に動きやすいものにすること……」
「ぬあ……!!!!」
私の口から変な音が漏れた。
「ただし、魔法力の発生を阻害する場合は、この限りではない……」
「あ……あ……」
霧が晴れていき、その姿がはっきりとしていく。
「魔法少女手帳の一節だ、娘よ」
「あぁぁぁぁ……」
心底、情けない声が口から出ていく。
視界が沈み、お尻に衝撃が走る。
力が入らない。
目の前の男は何一つ変わらず、その場に立っていた。
すなわち、私の攻撃は無意味だった。
もう全てが無意味だ。
男から黒い、禍々しいオーラが発せられる。
本能が全てを諦めていいと告げてくれる。
だって、絶対にもう無理だ。
「娘よ、最後に教えてやろう。お前は最初から戦う覚悟などなかった」
男の言葉が、何にも邪魔されることなく、私の頭に流れ込んでくる。
「私に手をかけるつもりがないお前は利用したのだ、真田天を」
そうなのかもしれなかった。
「自分の手を汚さずに戦っているポーズだけは取るため、
目的を持ち戦い続ける真田天を利用した。お前が真田天に接触したがるのはそれ故だ」
言い返す気もなかった。
「さらばだ、愚かな娘よ」
黒いオーラが槍のようになり、私の方へ向く。
最後の瞬間でこんな思いをすることになるのは、
たぶん当然のことだった。
だってそれが、私があの子に犯した罪だから。
さようなら、真田天。
こんなこと言う権利も、私にはないかもしれないけど。
黒い槍が狙いを私に定めた。
その瞬間だった。
「アァァァァク!!!! ウェェェェイブ!!!!」
「おああああ!?」
黒い槍が体を貫いて、冷たくなってそのまま……なんて私の想像は、
背後からの爆発に飲み込まれていっしょに吹っ飛んでいった。
熱い。微妙に熱い。
予期せぬことで私は屋上の床をころころと転がっていった。
目が覚めるどころか、体中がヒクヒクと痙攣している気がする。
「大丈夫!? 影ちゃん!?」
「あなたねえ……!! 助けるにしても方法が……!!」
言いかけた私の口が止まった。
こんなこと言う権利、そういえば私にはないんだった。
顔をやっとの思いで上げる。
きつかったのは肉体的にではなく、精神的にだ。
いつも通り、何も疑わず、心配そうな顔をする真田天。
奥には田中ゆめも真顔でたたずんでいた。
「ごめんね!! 爆風で飲み込めばどこから攻撃が来ても安全かなって……影ちゃん?」
しょぼくれた私の顔は、たぶん捨てられた動物みたいだったのだろう。
「何で助けるのよ!! あなたは!!」
「え……?」
不思議そうにする顔に、私はいよいよ腹が立ってしまった。
屈託のなさすぎるこの子と、自分に。
「あなたは聞いてなかったかもしれないけどね!!
私はあなたを利用していたのよ!!
自分で戦う勇気がないから……戦う気満々のあなたを利用してた!!
笑えるでしょ!? ずるくて卑怯!! それが私!!
さっさと軽蔑しなさいよ!! お願いだから!!」
「うん、遠くから全部聞こえてた。博士の声、大きいから」
「な……?」
全部、聞こえていた?
なら、何で?
何で私は、今こうして無事でいる?
「……私は影ちゃんがずるいなんて思わない。
だって影ちゃんは……」
私はただ、たじろいでいた。
続く言葉が予想もできなかったから。
「影ちゃんは今、ここにいるから」
「……え?」
「影ちゃんは逃げ出したりなんかしてないよ。
補導されてたはずなのに、研究所に来てくれた。
一人で、一番危険な、ここまで来てくれた」
「私は……ただ……あなたを探して……」
「うん、私も一人は寂しいから……
だから、ゆめちゃんとも影ちゃんとも合流出来て良かった!!
それってきっと、影ちゃんが私を探してくれたからだよ!!」
――本当にこの子は人を疑うことを知らない。
あんまりにも無邪気で、無垢で。
世界のどこかには、理解してくれる人がいる。
私が、真田天のことを理解できているわけではない。
真田天も、私のことを完全にわかっているわけはない。
それでもいっしょにいたい。
頭だけじゃなくて、体全体でそう感じている。
だからちょっとだけ、今はこの笑顔に甘えさせてよね。
「本当にあなたはお人よしなんだから……もう……」
「えへへ……そうかな……?」
「そろそろいいですか、おしゃべりタイム」
私と真田天がはっと目をやると、
田中ゆめとあの男が対峙していた。
普通に考えると、しゃべっている間に攻撃されてもおかしくなかった。
私も真田天もこの子より年上なのだが、まあ私にも余裕がないことだってある。
真田天が謝りながら田中ゆめの横に立つ。
田中ゆめは一瞥を投げるだけだった。
心なしか、この子もいつもより余裕がないようだった。
男は急に骨が折れたように倒れ込む。
聴こえた小さな叫び声は、私たち3人分が混じったものだ。
そのまま男は横になると背中から
ジェットが噴射するみたいに黒いモヤを生み出し、造形していく。
田中ゆめが魔法棒を構える。
真田天がヘルメットをかぶりなおした。
私もベレー帽を押さえる。
もう惑わされない。
お母さんが残り少ない時間を私のために使ってくれて、
たくさんの言葉を残してくれたから。
お母さんのこと、絶対に忘れないから。
だから今は前へ進むために――。
「力を貸して……お母さん!!」
黒い霧は巨大な怪物へと変貌していった。
続