魔法少女GL ~女の子たちの初手はいつだってルームシェア時空!!~ 作:MOPX
奇々怪々な夢からスタートした朝は、存外いつもと変わらぬものだった。
特筆することもなく着替えを終え、無味乾燥な食事、憂鬱な朝の儀式。
今日は深紅のゼラニウムだった。
魔法力を帯びた緑の髪と合わせて、どぎつい存在感を放っている。
血を連想させて不愉快だった。
与えられるものは、いつだって不安定で憂鬱だ。
相手の機嫌次第で、こちらに干渉してくるのならいっそ放っておいてほしい。
思春期特有の思考なのか、私のもともとの性格なのかも判別がつかぬまま
学校へと向かうのだった。
学校の授業は特に面白みもないが、ストレスになるほどのものでもなかった。
どちらかといえば、休み時間の喧噪が嫌いだ。
何がそんなに楽しいのか、問いただしたくなる。
それでいて自分もその空間に溶け込むため、数人のグループの中で当たり障りのない話をしていた。
こんなことに何の意味があるのだろう。
テストの点が良くても、友達が増えても寿命が延びたりしないのは同じだ。
しかし、前者の方がいくぶんか有意義に感じるのは正しい知識を蓄えているという充実感からだろう。
自立に必要なものは何か、と真面目に考えた。
経済的自立は、まあ真面目に考えて当面無理だろう。
それはこの年齢に課せられたいわば枷だ。
これがある限り、表立って文句を言えないのも歯がゆいが。
ならば精神的自立はどうか。
自分で「大人になった!」 と宣言すればそれが自立なのだろうか。
恐らくは違う。
必要なのは自分で判断する能力だ。
その礎になるのは客観的、普遍的な事実。
それを決めるためには、結局のところ知識なり、わからなければ正しい手段で調べることが必要だ。
こうやって文献を開き、正解の部分を探すのはその訓練と思えば納得もいった。
当面の目標は永遠の命と自立した生活だ。
意識を教科書に戻し、鉛筆を走らせる。
うちのクラスは授業中に茶々を入れる者も珍しくいないため、
平和に思索にふけれるのだった。
自室でも外からの大声や車の音が聞こえてくることはあるし、
集団生活をしていれば誰かはしゃべる。
それならと、野山にいけば虫や動物がいるだろう。
授業中もこうして教職員がしゃべっている。
完全に静かな空間というのは案外希少なのかもしれないと漠然と思った。
授業が終わり、私はある人物のもとへと向かう。
同じクラスで、同じ魔法少女で、同じチームの人物。
積極的に話したいわけでもないが、話にいかないのも不自然な状況だった。
「真赤さん、ごきげんよう」
「やあ、伊藤さん。もう行くの」
5人のグループの中から顔だけを向けて言ってきた。
別のクラスの者もいたはずだが、息を吸うように仲良しこよしの5人組で集まっている。
高橋真赤。
この人物の行動原理も自分には理解しがたいものがあったが、
干渉はしてこない分だけ気楽といえた。
「ふふ、ご友人とのご歓談にお邪魔でしたわね。
時間には余裕があるのでもう少し待ちましょうか?」
「そうだね、ぎりぎりの時刻まであと9分30秒ある」
相変わらずしっかりしているのか、不真面目なのかよくわからない台詞をはく。
私はため息をついて、机に戻り外を眺める。
頭に浮かぶのはもちろんあの方のこと。
天さん。真田天さん……。
あなたは今、どこで何をしているの……?
(研究所にいるはずだが、忘れておこう)
私はこんなにも、胸をこがしているのに……。
この思いは伝わらないのでしょうか……。
嗚呼、天さん、真田天さん……。
私たちが向かう先は、研究所。
今日は新種のモンスターについて説明を受けることになっている。
天さんは実験の労働力として精を出しているはずだった。
終わったら思いっきり労うことができる……楽しみです……。
とりあえず水(2リットル)の準備も万端だ。
あとはいかに言葉をかけ、いかにスキンシップを謀るか……ふふふ……。
光陰矢の如し。
そんなことを考えていたらあっという間に時間は過ぎ、
研究所へ向かう時刻になるのだった。
瞬時に仏頂面に変わる高橋真赤を引き連れていく。
バス停に向かう道の途中で、私の足が止まった。
「……?」
「伊藤さん、どうしたの?」
私の頭の、もっと奥の部分が何かを訴えていた。
「真赤さん、前にここで何かありませんでしたか?」
「質問2つ。前っていつ? 何かって何?」
聞いているのはこっちだ、と内心悪態をつくが、
実際に私の言動には具体性がまったくなかった。
どうしてこんなことを口走ったのか。
重要なことだった気もするが……。
あるいは既に起こったから、もう起こらないのかもしれない。
こんな風に疑問を抱けることが、私の体に何か起こった後の証拠なのだ。
商店街から、悲鳴が聞こえた。
「ん……? ……騒ぎ?
結構逃げてきてる人がいるね。モンスターかな?」
気が合おうが合うまいが、この分析の早さは素直に褒めるべきだろう。
全く違う種類の人間たちが飛び出すようにアーケードの入口から出てくる。
今日はパトロールの当番ではないが、見過ごすわけにもいかないでしょう。
天さんが合流してきて良いところを見せれるかもしれない。
そんな気がするのだ。
「さあ真赤さん、行きますわよ!!」
「やる気だね。代わりに休みにならないかな、明日」
意気揚々、戦意充実、魔法棒を取り出し魔法少女であることをアピールしながら
商店街のアーケードへと入る。
さあ、サンショウウオでも蛇でも蜥蜴でも何でも出てきなさい。
「ん……あれは?」
丸まった背中。
最初は甲羅を持った種かと思った。
しかしそれ以外の部位は小さく、姿をよく確認できなかった。
ダンゴムシ? 違う。ヤドカリ? 違う。カブトムシの雌? ぎりぎり違う。
あれは――。
「カメムシ!!!!」
「えっ? コガネムシじゃない?」
ないはずの砂で、私の足元がぐにゃりと曲がる。
届かないはずの太陽光で、私の頭が焼かれる。
私の足がよたよたと、酔っ払いのように揺れ
横の人間から心配する声が飛んできた。
「不愉快ですわね……!! くたばりなさい!!」
構えた武器の先端から緑の閃光が走る。
カメムシは攻撃を弾くと、こちら側へと突貫してきた。
「そんな攻撃じゃ的を知らせてるだけだよ!! やめなって!!」
「しゃらくさいわ!! 雑魚が雑魚がああああ!!」
突撃は止まらない。
そんなはずはない。
奴はもうとっくに、粉々になっているはずだ。
汗がにじむ。
呼吸が苦しい。
それは明らかに、眼前の敵に対してではなかった。
もっと根源的な脅威に思考が晒されていた。
横の人間が私を無理やり突き倒そうとする。
その程度の当たりでは無理だ。
体幹が違う。
体の幹が、存在の幹が比べるまでもないのだ。
振り払って攻撃を続ける。
攻撃が着弾する。
怪物がよろけて足を止める。
それみたことか。
こんな雑魚は私の敵では――。
刹那、私の頭上に風が吹いた。
もっと正確にいえば質量の移動に伴い、周囲の空気が揺れた。
飛び上がった何かは、敵の頭上を取ると
見事なまでに大鎌を突き立てていた。
「……天さん? そのカメムシは……カメムシは……!!」
「コガネムシ!! 突っ込んでくるだけみたいだから!!」
私と高橋真赤の声を聞きながら、背中で頷くように応えている。
「アーク……スラッシュ!!」
そのまま大鎌を手前に引くと、カメムシの前半分に亀裂が入っていく。
「ちなみにこいつは……ハナムグリ!!!! でも……」
答えた少女の咆哮があたりにこだました。
「モンスターはモンスター!!!! おりゃああああ!!!!」
線をなぞるように、大鎌が踊り、唄う。
聞こえているのは怪物の発する声――断末魔にも似た物だった。
――最期の瞬間。
次に見た時には怪物の姿は完全に消滅しており、
少女の目を開いて心配そうな表情だけがこちらを向いた。
「花ちゃん!! 真赤ちゃん!! 大丈夫だった!?」
手を振って私は応える。
顔は笑顔を作れていた、と思う。
なぜだろう。
天さんが活躍して、私を心配してくれて、安堵の表情を見せてくれたのに。
私の胸にあるこの気持ちは何なのだろう。
そのカメムシは、カメムシは――。
いったい私は何を言いかけていたのだろう。