魔法少女GL ~女の子たちの初手はいつだってルームシェア時空!!~   作:MOPX

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3. Finale ~おやすみ魔法少女~

走る。ただ走る。全力で走る。

喉はもうカラカラで体は悲鳴を上げている。

痛みが体から破裂しないように脇腹を必死に抑える。

それでもこの真っ暗な廊下を真っすぐに進む。

 

警報機が狂ったように音を打ち鳴らす。

心臓が呼応するようにバクバクと血液を送る。

毛細血管の、細かいひとつひとつが圧迫されているのがわかる。

頭は特に顕著だ。

頭蓋骨が痛いやら熱いやら、快楽物質の類も大量に出ているに違いない。

 

もう少しで手に入るのだ。

永遠の命が。

 

ポケットに手を突っ込む。

嘲りの笑みがこぼれる。

 

こんなものなど、最初から必要なかったのだ。

自分が必要としていたのは、愛する対象だ。

お人形のように、未来永劫、変わることなくニコニコと笑い続ける対象だ。

 

――こんなもので、私の心を縛ろうとするなんて。

 

いつか言った私の科白が思い出される。

理由もやっと思い出せた。

 

私はやっと今、自由になるのだ。

 

 

 

 

 

「それ、花ちゃんへのプレゼントだから……!!」

 

私はまじまじと袋を見つめていた。

入っているのは緑の葉っぱのアクセサリー。

 

思いがけない展開に胸は高鳴っていたが、

喜びよりも困惑の方が勝っていたと思う。

 

あの日から私は1週間学校を休んで寝込んでいた。

毎晩、毎晩、砂漠のど真ん中で倒れている夢。

目覚めた時は体の端から端まで汗でくっしょりと、不快感の塊になっていた。

 

そんな折にきた買い物の誘い。

 

真田天は、のこのこと一人でやってきたそいつは、ニコニコとお人形のように――

天さんとの買い物は私にとってかけがえのない時間。

疲れも全て吹っ飛んだのです。

 

高橋真赤が一週間の休みを取ったことなどを肴にしつつも、

買い物は和やかに進行し、最後に渡されたアクセサリー。

これにはどうも日ごろの感謝が込められているようで。

 

「花ちゃん……何かあったら相談してね。私、精いっぱい力になるから……」

 

「天さん……ありがとうござ……」

 

一瞬、鈍器で殴られたのかと思った。

そう思うくらいに、激痛が走り、眩暈がして、足元がふらついた。

 

前にもあったのだ。

こういう出来事、いや、これそのものが。

 

だから思わず口走った。

 

「……天さん、前にもこんなことがありませんでしたか?」

 

「私は……」

 

目の前の少女はゆっくりと口を開いた。

 

「……何度でもこれを渡したいって思ったから」

 

そこからは芋づる式に記憶が掘り起こされた。

私がそれまで体験したこと、全てかは定かではないが。

 

 

 

 

 

屋上へ続く階段を駆け上がる。

二段飛ばしどころではない。

四段でも五段でも跳ねるように、飛ばせるだけ飛ばす。

 

「あっ!!」と声が上がる。

前のめりに、階段に突っ込むように倒れる。

顎が段差に直撃し、悶絶の後、笑いが込み上げてきた。

 

今はこの痛みすら極上のご馳走に添えられたスパイスに過ぎない。

 

 

 

 

 

「田中こころさん……ですよね?」

 

「ん? えっと……ごめん、どなたですか?」

 

「隣のクラスの伊藤花です。お見知りおきを」

 

「そうなんだ。私は田中こころ!! ……もしかして魔法少女!?」

 

目を輝かせて聞いてこられ、私の不快感は臨界点に達する。

この当たり障りが生じようのない会話でこうなるのだから最早面白い。

 

ああ、そちらは知らなくてもこちらはよく知っている。

真田天を理想の真田天から遠ざける女。

 

「ええ、そうです。つきましてはご同行お願いできますか?

……研究所の、博士が呼んでいるのです」

 

田中こころの周囲には常に、田中ゆめが付いている。

登下校もいっしょなら、休み時間も廊下から様子を見ていた。

おそらくは授業時間以外ずっといっしょなのではないか。

 

だからこそ、このタイミングを狙った。

6年生は5時間目で終わり、5年生は6時間目まであるこの曜日を。

 

歩きながら考えましょうと田中こころを外に連れ出す。

校庭まで出てきたところで勝利を確信する。

 

後は口八丁。

魔法少女として見込みがあるだの甘言で研究所へ誘い込む――。

 

はずだった。

 

「どこに行くのお姉ちゃん!!」

 

「……!!」

 

「ゆめ? 今日は6時間目までじゃないの?」

 

あろうことか田中ゆめは私の前に立ちふさがっていたのだ。

 

「……6時間目の道徳なんかよりお姉ちゃんの方が大切に決まってるじゃない」

 

「道徳を軽視するのですか、田中ゆめさん」

 

「お姉ちゃんをどこへ連れていくの……? 場合によっては……」

 

田中ゆめが魔法棒を取り出した。

 

「道徳100点の回答をさせてもらうわ」

 

私は余裕のある笑みを浮かべていた。

 

「どこへって……決まっているではないですか。

私たち全員、同じ場所を向かって歩いています。

……出口のない地獄へ向かって。この町、いや世界全体が、ね」

 

田中こころは口が半開きのまま、こちらを向いた。

 

「は? 研究所へ行くって言ってませんでした?」

 

「お姉ちゃん下がって!!!!」

 

田中ゆめが勇んで突っ込んでくる。

私を取り押さえる気か。

体格はこちらが上だが、横の獲物までもが敵に回れば

私に勝てる道理はない。

 

ここまでか。このループでも永遠の命に辿り着くことは――。

 

 

 

馬鹿を言うな。

蹴散らしてしまえ。

 

 

 

近づいた少女の体が小さく吹っ飛び、そのまま尻もちをついた。

私の体からは、黒いものが溢れていた。

 

少女がふらふらと立ち上がろうとする。

 

「ゆめ!!!!」

 

「おねえ……ちゃん……にげ……て」

 

「こいつうぅぅぅぅ!!!!」

 

突っ込んできた田中こころの拳は私の顔面へと吸い込まれ、

まるで壁に打ち込まれたように止まる。

私の表皮に覆うように出現した黒いバリアーがすんでのところで衝撃を吸収していた。

 

周囲の人間たちが足を止め、こちらに集まりつつある。

 

「ただの喧嘩ですわよ!!!! 見世物じゃあない!!!!」

 

私は素早く田中こころの後ろを取ると左手で抱きかかえた。

 

「放せよ!! 嚙むぞ!!」

 

「おお、怖い怖い……ですが、約束は守っていただきませんとね」

 

向かうのだ、研究所に。

それはもう私たちの間で決定事項、いや運命の終着点だったはずだ。

繰り返される物語に「最高」の結末をもたらすべく。

 

「何を始める気!?」

 

「本当の意味で……前へ進むのですよ……!!」

 

――ここからは時間との戦いだ。

一分、一秒、一刹那。

切り詰めていく、ナイフでめった刺しにするように。

 

「つかまりなさい!! 参りますわよ!!」

 

足に力を込め、田中こころを掴んだまま飛び上がる。

遥か下から姉を呼ぶ妹の声があたりに響いていた。

 

 

 

 

 

屋上へと向かう扉に手をかける。

思い出すのは真田天の顔だった。

 

改めてポケットの中の物を握りしめた。

潰れてしまいそうなくらい強く強く。

 

これで消えてなくなれば、どんなに楽だったのだろう。

 

やれ感謝だの、愛だの、どんな単語が添えられえていようと同じだった。

この頭に付けてあるたくさんのお花と何が違うというのか。

 

これは呪いだ。

逃れられない運命だ。

 

人は生まれを選べない。

どんなに努力しようと、この体に流れる血を変えることはできないのだ。

 

人は不平等だ。

生まれや個人の差異による同一でなさ、立場の違い、それにより生じる優劣を

不平等と称するなら、人間が人間である限り、不平等という概念は存在し続ける。

 

だったらどうするか。

決まっている。

 

この世界のルールごと、運命を破壊する。

 

私だけが、この世界で生き続ける。

私という存在が、あらゆるしがらみから解放されて自由になるのだ。

 

 

 

 

 

田中こころを抱き、跳ねるように飛んでいく。

まるで木から木へと飛び移る忍者のように、

私は門を軽く飛び越えて、そのまま研究所の壁に突っ込んだ。

 

ちょうどいい。

時間を短縮する。

 

ロープアクション。

一度やってみたかったのだ。

 

私は右手で棒を掲げると、研究所の4階の窓へ向かって

真っ黒な蔦を伸ばした。

 

魔法力なら、物質には干渉できない。

 

体が持ち上がる。

そのまま、まるで荷台を引き上げるように私の体は上昇していった。

 

――田中こころさん、あなたは今どんな気分ですか?

体は上がっていますが、落ちているのですよ、地獄に、ね。

さあ、狂乱の宴が……。

 

「よくもゆめを~~~~!!!!」

 

「ごほ……!!」

 

田中こころの拳が、私の肝臓のあたりをとらえていた。

 

一発ではない。

まるで裁縫で使うミシンのように、一定の破壊力を帯びたスピードで、

振り子のように、一定のリズムで、

私の肝臓を的確に、何度も叩いている。

 

片手は疲れたボクサーが相手に抱きつくように、

私にくっつきながら、執拗な肝臓狙いをやめることはなかった。

 

――呼吸が苦しい。

 

校庭での戦闘とは違う。

持てる力を引っ張り上げるのに使っているから防御へ回せない。

逃げ場もない。

 

失策。

 

もしも私が気でも失えば二人して落下となるのだが、

そんなことを考えるような人間はここまで暴れたりしない。

 

こんな場面で私の野望は潰えるのか?

 

歯を食いしばる。

 

もしここで終われば田中こころと最期を共にすることになる。

それだけはごめんだ。

私という人間に残っていた矜持が、ぎりぎり意識を保たせてくれた。

 

「謝ってよ!! ゆめに謝れよ!!!!」

 

(田中こころぉ……!!)

 

声にならぬ叫びが体の中にこだまする。

 

あと少しの高さが遠い。

早く、上がってくれ。

そう念じれば念じるほどに、時間が歪み、まるで動きが止まっているかのような錯覚を覚える。

 

早く……早く……。

 

窓ガラスの斜め下、これでは届かない。

 

まだ……早く……。

 

私の体が窓ガラスの真横まで上がった。

ここまでくれば――。

振り子のように、蔦を揺さぶり、窓ガラスへ突っ込む。

 

黒いオーラを纏った体当たりで窓ガラスをぶちやぶる。

 

視界がぐるぐると回り、私と田中こころの体は部屋へと投げ出された。

 

悲鳴が上がる。

 

喉が縮んでしまったかのようだが、必死に肺に空気を送る。

息が上がるどころか、打ち上げられた魚のように体全体が跳ね騰がっているようだ。

 

やっとの思いで見上げると、そこには2メートルを超える巨体が姿を現した。

 

――早く行け。

 

掠れ切ったそれは声にならず、意味を持たぬ空気の振動だった。

 

それでも巨漢の男は田中こころを抱え上げると、音も立てず消えていった。

 

これで完全に主導権を、ボールを私が握った。

 

後は、後は……。

 

「屋上へ行き……博士に追いつくだけ……ですわよ……」

 

やっと鳴り響いた警報機を合図に、私は屋上へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

そして今へと至る。

 

扉を開け放つ。

風が黒い曲線を描く。

 

まんまとカプセルへと入った田中こころと、

そのすぐ横にぴったりと村田零が立っていた。

 

この男にあるものは一種、構築されたルーチンだけだろう。

相変わらず正面の一点だけを見詰めている。

私を敵とも味方とも見做していない風だ。

 

だからこそ、わからせる。

 

私が手にした武器から大量の根が這い出る。

 

博士は微動だにできず、黒い根に雁字搦めに縛られる。

私はまるで歌劇のスタァが舞台の中央へと上がるように、

悠然とその前へと進むのだった。

 

「博士には感謝しないといけませんわね……私に道を示してくれた……

永遠の命の……ね」

 

「……」

 

「博士、お言葉は?」

 

「……」

 

舌打ち。

 

後悔の念も、助けを乞う懇願も、存在しなければこれ程までに味気ないのか。

人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。

 

だが、それももう終わりなのだ。

もう少しで、私の目的は達せられる。

 

「こころちゃん!!!!」「おと……伊藤花!!!!」

 

私が振り返ると、真田天とベレー帽の少女が扉の前に立っていた。

やっと入ってきたオーディエンスに私は一礼をするのだった。

 

ここからは門出の歓びを高らかに唄いあげる。

観客がいなければ盛り上がらない。

 

「その男をどうするつもり……、伊藤花!?

あなたは最初からずっと怪しかった……!!」

 

糾弾するような激しい口調を受け流し、

私は真田天の方を向いた。

 

「怪しい……というのならあなたの横の方はどうなんでしょうか?」

 

「な、何を言っているの!?」

 

「おかしいとは思わないのですか?

いくら敵の親玉を倒しても時間が巻き戻されたかのようにリセットがかかる。

一体、誰がそれをやっているのですか?」

 

「それは……」

 

「今回も、また全てが戻って無為に終わります。だって……」

 

私はカプセルへ思いっきり手のひらを打ち付けた。

 

「田中こころがこんなになっているのだから!!!!」

 

「……花ちゃん。私は花ちゃんがどんな子か知っているから……だから」

 

「ループを起こしていたのが真田……天……?」

 

私は高らかに、まるで処刑台に立った者の罪状を読み上げるように謳いあげた。

 

「簡単な話ですよ。田中こころが傷ついたからそれをなかったことにしている。

村田影、あなたはこの女の力をよくご存じなのではないですか?

まるで神とも見間違わんその力を……目をそらすなああぁぁ!!!!」

 

急変した私の声色に、村田影の体が震える。

 

「花ちゃん……私は止めるよ……。花ちゃんが今やっていることも、博士がやろうとしたことも。

それでみんな元に戻って……」

 

「……もとの不幸な日常に戻る?」

 

「え……」

 

「この世界を陥れる怪物が消えても、マイナスがゼロになるだけ……私の人生は何も変わらない。

そんなもの、ハッピーな終わりじゃない……。

あなたたち気づいていないんですか? 理由がどうあれ、世界が繰り返し、肉体も元に戻り、記憶を引き継いでいるこの状態は……」

 

これが私が、辿り着いた結論。

 

「永遠の命を手にしているのですよ!! 私たちは!!」

 

「違う……違うよ花ちゃん……!!」

 

「ですがこんな不完全な、誰かにハンドルを握られたループなど不十分!!

だから私が、全てを超える力を身に着け!! 私だけがループを引き起こせるようにする!!」

 

「……!!」

 

真田天がこちらへ走ってきた。

 

「村田影!! 援護しろおぉ!! お前の願いは叶えてやる!!」

 

飛びかかるのでも棒を投げつけるのでも、なんでもいい。

 

村田影の目的は父親への復讐。

もしも真田天が田中こころのために、倒した親を蘇らせているとなれば、

それは究極の裏切り。

 

もとより感情的なこの人間が、真田天と敵対する、

そんなシナリオを散らつかせてやったのだ。

 

 

 

だが――。

 

紫の弾丸は、私の根を捉えていた。

手を震わしたまま弾丸の主が叫ぶ。

 

「私は……私は……真田天を信じる!!

だって……だって……ずっと一緒に戦ってきたんだもん!!」

 

でかい舌打ちが鳴る。

 

もういい、こんな思慮のない人間のことなど。

 

 

真田天が距離をもう詰めていた。

何かを叫んでいる。

 

「お願い!! 花ちゃんやめてよ!!」

 

「どうしてそこまで必死なのです!!!!

田中こころが、無事でないまま事が終わるからでしょう……!!」

 

「このままだと花ちゃんが……!!」

 

その言葉を聞いた瞬間、私の頭は沸きあがった。

 

「うるさいうるさい!! 何が人のためですか!!

言葉なんていくらでも偽れる!!

言の葉をいくら飾っても……言の根はわからない……!!」

 

商談は人を気持ちよく騙すことだと言う男。

人の嫌がることをしておいて愛しているなどと宣う女。

 

人は結局、自分のためにしか行動できない。

 

「愛なんて言葉……言ってる人が気持ちよくなるためじゃないの!!!!」

 

「花ちゃん!! 聞いてよ!! 私は……」

 

「黙れ!! 黙って!!」

 

私に何も与えるな、余計な情報を与えるな、ぜんぶ疑心暗鬼の種にしかならない。

ただの水の一滴も、私に与えないでくれ。

 

いつの間にか涙が流れていた。

これは自分のための涙だ。

だから、いいんだ。

 

私は叫んだ。

 

「フラワーエンプレス!!!!」

 

巨漢の男の周囲に、黒い根とともに緑の根が巻き付く。

いびつな斑模様が男を包む。

 

私の記憶とともに目覚めた能力。

 

この男は自らに魔法力を取り込んでいた。

何らかの方法で魔法力を反魔法力に変換し。

 

では、逆は?

 

反魔法力を魔法力に変え、自らの寿命に変換することができれば、

それできっと、この世界のあらゆる生物を凌駕する力を身に着けることができる。

 

手応えはあった。

 

しかし博士はこちらを向いて事も無げに言った。

 

「伊藤君、君では無理だよ」

 

「な……?」

 

「目的を達することができず、志半ばに敗北する。それが君という存在の運命だ。

全ての戦いで君は負けるはずだった。違うかね?」

 

「私は……私は……?」

 

もう頭は回っていなかった。

 

「負け犬なんかじゃない!!!!」

 

「花ちゃん!!!! だめええええ!!!!」

 

所詮、自分以外全員が敵だったのだ。

だからこれでいいんだ。

 

さようなら天さん。

 

これで私は永遠の命を得て、

邪魔な真田天を消し、

その後は天さんと蜜月の時間を過ごすのです。

 

こうして私の物語は最高の結末を迎える。

私だけが生き、私以外は全て消える最高にハッピーな終わりへと――。

 

 

 

 

 

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

叫び声があたりにこだまする。

獣かと思えたそれは自分が発しているものだった。

 

おかしい。

体の感覚が完全に麻痺しているのに、体が動いている。

 

構えた棒から噴出した黒いエネルギーが滝のように流れ出る。

直撃すれば一溜りもないであろうその攻撃は、一瞬で紫の少女を飲み込んだ。

 

「影ちゃーーーーん!!!!」

 

私には何が起こったのかわからなかった。

今、自分の体を動かしているのは誰だ?

私はこれで永遠の命を得るのではなかったのか?

 

私は――私ですらなくなるのか?

 

嫌だ。怖い。

 

何よりも、誰よりも恐れたのはきっと死じゃない。

 

自我の消滅だ。

 

 

「やってくれたわね……伊藤花ぁ!!」

 

「影ちゃ……」「私のことはいいから!! 行きなさい真田天!!」

 

物語の悪役になった気分だ。

だったらこの先、どうなるかもまた自明だった。

 

天さんが、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。

 

「嫌だ……怖い……助けて……」

 

「今更なに言ってんのよ……!! ごほっごほっ……!!

もう既に手を出してきたでしょうが!!!!」

 

「体が勝手に動いたのです!! ですが首から上は大丈夫なのでこうしてしゃべれます!!」

 

「あんた……本当にふざけて……いる……の……」

 

鋭くこちらを睨んでいた村田影の視線が、

それでも下がり地に伏せた。

 

私の体が天さんの方へと向き直った。

隣にいたはずの男はもういない。

どうなったのかもわからない。

 

「くるなああああ!!!!」

 

私の武器から、五月雨式に漆黒の線が発射される。

 

既に風景が描かれたキャンパスを、

ぞんざいに黒の絵の具で塗りつぶすように空間に黒が残る。

 

 

天さんはそれでもこちらを見据えていた。

 

黒い線が彼女がいたところを埋め尽くす。

 

体に寒々とした風が吹く。

 

体温が下がっていくのがわかる。

 

脳はいたるところがショートしたのだろう。

 

思考は既に焼ききれていた。

 

 

黒い線が消えると、そこにあった天さんの姿は――。

 

 

態勢を崩してよろけつつも立ち上がり、

こちらへまた走り出した。

 

真田天は寸前で攻撃を躱していた。

 

 

「くるなあ!! くるなあ!!!!」

 

武器の先端に黒く巨大な球体が発生する。

 

「こないでええええぇぇぇぇ!!!!」

 

今度は、さっきよりも遥かに細い線が、

しかし無数の流星のように正面へと降り注いだ。

 

それらは目前の魔法少女へロックオンされたホーミング弾のような挙動をし、

弧を描くようにいくつかは逸れ、いくつかは命中をしていた。

 

天さんの脚が止まる。

 

それでも私の攻撃は止まらない。

 

 

天さんを倒すか、真田天に倒されるか。

きっとこれが、私に課せられた罰。

 

私にとっての天使は、死神でもあったのだ。

 

天さんが無数の黒い線を体に受けながら、それでも一歩ずつ近づいてくる。

 

「おねがい……もうこないで……」

 

掠れ切ったその声は酷くみっともなくて、醜くて。

 

天さんのシルエットが大きくなっていく。

 

「こないで……っていってるじゃない……」

 

天さんの表情は俯いていて、わからない。

わからないのは、怖い。

 

だから自分以外、ぜんぶぜんぶ消えてしまえばって思った。

 

 

天さんはもうすぐそこまで、来ていた。

 

私が最後の攻撃を放つ。

 

球体が一瞬、萎んだように縮む。

次の瞬間には不規則な軌道で、栓が開いた風船のように飛んでいった。

 

「天さーーーーん!!!!」

 

天さんはもう動いていた。

まるでそれが起こるのがわかっていたように、軽やかに前転を決めると、

再び立ち上がった。

 

もう私たちは互いに手を伸ばせば届く距離だった。

 

真田天が、天さんがまた歩を進める。

その足取りはひとつひとつが小さくてもとてもはっきりとしたもので。

 

目の前まできた彼女は私を――。

 

 

 

 

 

抱きしめていた。

 

 

 

 

「怖かったんだよね……花ちゃんも……」

 

そう言っている彼女の手はとても温かかった。

私の体に温もりが戻っていくのを感じる。

 

「人の気持ち、見えないもんね……。何が正解なんかわからなくて……」

 

言っている彼女の顔は見えない。

 

「でも……だからこそ……」

 

私を抱いている手が、より強さを増した。

 

「言葉で伝えなきゃって思うんだ」

 

私の体が白い光で包まれていく。

 

たとえこの世界の全てが虚構で、夢幻であっても、

今、目の前にいる彼女の行動は、本当のものだと信じたかった。

 

 

 

 

 

私は砂漠の上に立っていた。

目の前には膝をつき、立ち上がろうとする緑の髪の人間がいた。

 

同じくくすんだ緑のボロ布に、170センチは超えているであろうスタイルの良さ、

そして頭に付けている花。

 

目の前にいるのは私だった。

 

きっとここは、ループとループの間の玉響の時空。

現実には存在していない、魔法力と反魔法力が見せている空間。

 

もっと早く気付くべきだった。

魔法力が異なる宇宙へ飛び、同じ自分に引き寄せられるなら

異なる世界からこちらに来ることも可能だということだ。

 

この人間は並列した世界で厄災を振りまき、

更に保険として自分の魔法力の一部を私に植え付けていた。

反魔法力を有した特殊な魔法力を。

 

「もう……御役御免なのよ……負け犬さん」

 

その人間が立ち上がりこちらを見下ろす。

 

「あなたが主体だから、永遠に失敗し続ける……

次の輪廻からは私が体をいただく……あなたの魔法力を消滅させてね!!」

 

「謹んで、お断りいたします」

 

相手が両手で握り拳を作り、顔の高さまで上げる。

私もワンテンポ遅れて真似を……するのは癪なので息を吐いて精神統一の構えをした。

 

「花ちゃん!!」

 

横を見るといつの間にか天さんがいた。

どうやらこの空間への客人は彼女だけらしい。

私と同じ年齢くらいに見えるので、私の知っている天さんなのだろうとわかった。

 

「天さん、こればかりは手出し無用。

私は私に打ち勝ち……自分自身を手に入れる、ですわよ」

 

「あなたの意志になんて毛ほども価値がないと理解するべきよ」

 

「それはこちらの科白です」

 

「それすらもお返ししましょう。私が私でいるために……もっとも効率よく動かさせてもらう」

 

「何を言っているのかわかりませんわ」

 

「あなたの頭が悪いからよ」

 

頭の中でゴングが鳴った。

 

きっと相手の頭でもそうだったのだろう。

ほぼ同時に私たちは動き出した。

 

まずはクレバーに、距離を取り相手の出方を――。

 

「!!」

 

気づいた時にはもう視界は覆われ、衝撃が走っていた。

『私』の放った右ストレートが「私」のおでこを捉えていた。

 

とっさに頭が動いていたのでダメージは少なかったが、これは……。

 

「それそれ!! さっきまでの勢いはどうしましたか!! 負け犬チャンピオン防衛王者!!」

 

「くっ……!!」

 

『私』の拳が、雨あられのように飛んでくる。

 

リーチが違う。

階級がひとつ上がればストレートがジャブの威力になると聞いた時には、

そこまでは変わらないだろうと思ったが、今回はそれ以上だった。

これではまるで、小学生と成人がボクシングをしているようなもの。

 

「花ちゃん……!!」

 

天さんの懇願するような声が聴こえてくる。

それは私に向けられたものだろうが、応えるのにはまだ早いと思った。

 

「私」はまだ、私であることを証明していない。

 

攻撃は鳴りやまない。

乱暴なドアノックのように私の頭に接触を続ける。

 

「ほらみたことか!! やっぱり私が音頭を取った方がよいではないですか!!」

 

両の手で隙間ができないようにしっかりとガードをする。

しかし、わかったこともある。

私は目の前のこの人間が、嫌いだ。

 

「……今までの私のおかしな言動はあなたが原因だった!!

9割はあなたが乗っ取っていた!! 違いますか!!??」

 

私が放ったストレートは空を切った。

 

「9割……? 9%と言いたいのかしら?

そんなに乗っ取っていたら失敗なぞしていない!!」

 

「見苦しいですわね……!! とにかく全部あなたの仕組んだことなのですわ!!」

 

カウンターをもらわなかっただけ良しとしましょう。

それにしてもこれでは私が算数を間違えたみたいではないか。

天さんの前で恥をかかすとは……許すまじ。

 

そんな私の思いとは裏腹に再び拳の雨が飛んでくる。

一発ごとに私の体は後ろに跳ねる。

「花ちゃん!! 足を使って!!」と天さんの声が飛んでくる。

 

私が後ろに下がろうとした時に、背中に何かが当たった。

弾力があるからしてこれはロープだ。

 

そう、ここはもうリングの上。

 

客人はもう天さんだけではない。

気づけば周りは大量の私が取り囲んでいた。

 

下卑た笑みを浮かべる者、冷ややかな視線を送る者。

恐らくは無数にある宇宙から疑似的に観客として集まった。

この戦いの勝敗をひとつのモデルケースとするつもりか、あるいはただの野次馬だった。

 

実況の私が興味なさそうに何か端末をいじっている。

解説の私がアイマスクを付けて居眠りをしている。

 

結果はもう見えたと言わんばかりだった。

 

「終わりですわよ!!!!」

 

「花ちゃーん!!!!」

 

気分が悪くなるくらい何発もパンチを浴び続けた。

 

だからわかった。

 

こいつの右ストレートの予備動作が。

 

私はそれをくぐり抜けるように突っ込む。

 

大砲が頭上を通り抜ける。

 

ありったけの魔法力を込められて緑の拳は――。

 

『私』の肝臓に突き刺さっていた。

 

「~~~~!!!!」

 

声にならない叫びがこだまする。

 

静かになった場内で魔法力のしぶきだけが飛び散る。

 

「持つべきものは……必殺ブローですわよ!!!!」

 

そのまま抱きついて、逃げれないように体を固定する。

何度も何度も奴の肝臓を叩く。

 

奴の足が、どんどんふらついているのがわかる。

背中を無暗に叩いてこようが無駄だ。

 

「私」はずっと、『私』の動きを見つつ、パンチの衝撃も後ろに飛ぶことで逸らしていた。

こいつはどうだ?

無暗に動き回り体力を浪費していただけだ。

一目見てわかった。

こいつの弱点は人を見下し、軽んじるところだと。

 

『私』はもう「私」の術中に嵌っていたのだ。

 

頭の中でメインテーマが鳴り響く。

実況の私が、解説の私が、観客のたくさんの私が総立ちになる。

 

ストレート、ジャブ、フック。

もうわからない、めちゃくちゃだ。

 

『私』の体が浮く。

 

力強い声が聴こえる。

 

いけー!!!! やれー!!!! そこだー!!!!

 

最後に放った右アッパーカットが『私』の――

 

目の前のこいつの顎を捉えた。

 

巨体が糸の切れた人形のように沈む。

 

レフェリーの私が駆け寄り、頭の上で手を交差させる。

 

嬉しさが爆発した。

 

振り向いた先で笑顔を浮かべる天さんに、

私は両手を掲げて雄たけびを上げるのだった。

 

「花ちゃん!!!! すごいよ!!!! やったよ!!!!」

 

「ええ……ええ!!」

 

リングに滑り込んできた天さんに感極まって拳を突き出してしまった。

何をやっているんだ、と我ながら恥ずかしくなったが、

天さんは微笑みながら拳を合わせてくれた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ま……まちな……さい……」

 

もう一度振り向けば本物の負け犬が――おっと失礼、

別宇宙の御方が倒れながらこちらを睨んできた。

 

「あなたの……そのたたかいかた……どうやって……そんな……」

 

私の頭に憎らしい笑顔がよぎる。

気づいた時にはその名前を口にしていた。

 

「……田中こころ」

 

「……だれ……だ……それ……は……」

 

辺りはもう、砂へと戻っていた。

砂の中へと自分より一回りも二回りも大きかった体が沈んでいく。

 

元の世界へ帰っていくのか、消えるのかはわからない。

だが、そんなことはもういい。

 

私の体は、思考は、私だけのものなのだ。

 

水が差したが、それももう終わった。

私は天さんの方を向き直った。

まずは言わねばならないことがあるのはわかっていた。

 

「天さん……その……」

 

「なに花ちゃん? 最後のアッパーカットすごかったよ!!」

 

「ありがとうございます。ではなくて……」

 

私は頭を90度傾けた。

 

「ごめんなさい!!」

 

「……ほへ?」

 

顔を下げたまま私は話した。

ありのままの、私の気持ちを。

 

「私は……あなたを利用しようとしていたのです……。

いつも隣にいてくれる自分の都合の良い存在として……。

でも……それは……きっと……」

 

「……大丈夫だよ、花ちゃん。言って」

 

いつもの包むような丸みのある声に、恐怖が和らぐのがわかった。

 

「……独りでいるのが怖かっただけなのです。

狡猾な父と、独占欲の強い母……そんな二人から産まれた私。

そんな私が……誰からも愛されるわけないと思っていたのです」

 

天さんは静かに聞いてくれた。

 

「でも本当に向き合わなくてはいけないのは……きっと自分自身だったのです。

自分のやってきたことをなかったことにはできない、

自分の記憶や存在から、逃げることはできない」

 

いくら別の存在だと主張しようが、

私が別世界のこの星を滅ぼしかけた存在だというのは否定ができなかった。

 

きっと私はそんな私であることと、

向き合って生きていかなくてはいけないのだ。

 

「顔を上げて、花ちゃん」

 

私の前にはまるで満開のひまわり畑を思わせるような、

笑顔という花がそこに咲いていた。

 

「もうきっと大丈夫だよ!! だって花ちゃんは……一人じゃないって気づけたから!!」

 

「……天さん。……。あなたはループは起こしていなかった……」

 

「……うん。私にはできない。

だからいつも、こころちゃんを助けて、それで平和になったらって……」

 

今の彼女の言葉なら素直に受け入れられる気がした。

全ては私の弱い心が生み出した蜃気楼だった。

 

「私は……いろんなものに謝らなければいけませんね」

 

「……大丈夫だよ。影ちゃんとゆめちゃんにも一緒に謝ろう、うん」

 

私はポケットに手を入れた。

私に良心というやつが残っているなら、それはあるはずだった。

 

右手に感覚が宿る。

 

取り出せばそれは緑の葉っぱ、アイビーをあしらった髪飾りだった。

 

私は頭の花に手をかけた。

 

「……花ちゃん!!」

 

「ご心配なく、これは逃げるためではありません」

 

付けたくもなかった花を、ひとつずつ、全部を砂漠の風へと放り――。

 

「自分と向き合うためです」

 

緑の髪飾りを付けた。

 

私たちの体が再び白い光に飲まれていく。

 

「じゃあ、花ちゃん……またね!!」

 

「ええ……天さん……これからは……いえ、これからも……友達として」

 

かつて抱いていた思いが幻想でも、目の前の彼女に新たな輝きを感じるから。

この思いと一生つき合っていこうと思った。

 

私はそこにあることを確かめるようにまた、髪飾りを触る。

 

アイビーの葉。

花言葉のひとつは永遠の愛。

ここには永遠があるのだとそう信じた。

 

 

 

 

 

光に包まれて私が最後にみた夢。

荒涼とした砂漠で天使かと見間違わんその少女は立ち尽くしていた。

 

戦いは終わっていた。

少女が戦っていたのは自分だった。

変異したいくつもの黒い根が、根こそぎ切り倒されていた。

 

ガルガンチュア・アークテンス。

 

彼女が永い戦いを経て、授けられた最後の異名。

 

私にとっての彼女は死神だった。

 

死が体に広がっていくのがわかる。

 

それでも彼女の魔法力はそれを少しでも和らげるように私を優しく包んだ。

 

彼女の流した涙が私に落ちた。

 

それはきっと、私が初めて受け取ったものだった。

 

 

 

 

 

後には、渇ききった砂漠に一輪の花が咲いていた。




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