魔法少女GL ~女の子たちの初手はいつだってルームシェア時空!!~ 作:MOPX
巨大な黒い根が振り上げられる。
まともに食らう気はない。
横に飛ぶ、けたたましい音が鳴る。
自分のいた位置には黒い物が地面をえぐるように横たわっていた。
根は再び、振り上げられる。
一本ずつ、お行儀よく攻撃してくるわけはない。
禍々しい幹から、まるで触手のように無数の根が伸びていく。
それらが、子供の弾く鍵盤みたいに滅茶苦茶に降り注ぐ。
不要な情報をカットする。
自分に飛んでくる数本にだけ集中する。
僕はそうやって生きてきた。
横に飛ぶ、またも音が鳴り響く。
攻撃を受けるつもりはないが、同時に防戦一方であるのも事実だった。
常に一手先を行かれている。
こちらが先を行くようでなければ反撃はできない。
どうしたものか。
脳の、恐らくは理性的な部分は不自然なほど冷静だった。
この状況を楽しんでいるのかもしれなかった。
しかしそれこそ不自然だ。
理性的な部分が楽しみという主観的なものを求めるなど――。
「ええい!! 何をしているのですか!!」
今、僕を叱咤する存在はいないはずだった。
それは前から飛んできていた。
「全く……世話が焼けますわよ……」
発しているのは伊藤さんだった。
根をぶんぶん振り回している人が言っても良い台詞ではない。
なのでこれは幻聴だろう。
いかにツラの皮が厚い伊藤さんといえど、この状況でこちらに寝返るなど……。
「フラワァァァァ……チェーンソォォォォ……」
……。
いかに伊藤さんといえど……。
「ブウウウウゥゥゥゥメラァァァァン!!!!」
緑の刃がこちらに向かう。
緑ならば、魔法力ということだ。
その意図はすぐに明らかになった。
黒い根のいくつかが刃により切り刻まれていく。
残った根は苦しみ、のたうち回るように田中家の壁をビシビシ叩いていた。
緑の刃は、それを放った魔法少女へと戻っている。
「伊藤さん!? どういうつもり!?」
「説明は後でします!! 真赤さん!! 右です!!!!」
言われるがままに僕は右へと飛んだ。
飛んだ後に気づく。
伊藤さんがこちらをフォローする気なら、つまり。
回避する方向を指示しているのだと――。
頭上が暗くなる。
根が鞭打つように落下してくる。
手を掲げたものの、衝撃が走る。
何とか受け止めれたが、身動きが取れない。
「伊藤さん……!! や、やりやがったな……!!」
「私から見て右に避けろと言ったのです!!」
「ああああ!!」
足に力を込めて根を弾く。
今ので大分無駄に魔法力を消費した感がある。
「次です!! 左!!!!」
いや、どっちだ?
深く考えるのはやめよう。
さっきは言われた方向に飛んで駄目だった。
つまり、逆へ飛べばいい。
僕の体が右へとステップを刻む。
頭上が暗くなる。
またしても根の落下地点へと飛び込んだ僕は、
必死に根を抑える羽目になった。
「伊藤さああああん!!!!」
「文句を言うからあなたの向きに合わせたのです!!
次からは私から見た方向に統一します!!
はい!! いきますわよ!! 右!!!!」
だからどっちだよ。
もう棒立ちの方が安全なんじゃないか?
「ええい!!」
僕の足がステップを刻む。
「はい!! 右!!右!!左!!」
同じところを連続、続いて逆側。
「左!! 右!! 右!! 左!! 左!!」
だんだんとわかってきた。
意味ではなく音の並びで捉える。
二文字と三文字。
破裂音の入るタイミング。
それらを抽象化し、再構成する。
ミギミギヒダリヒダリミギヒダリヒダリヒダリミギ……。
タンタンタタンタタンタンタタンタタンタタンタン……。
これはきっと、原初の音楽。
僕の動きが加速していく。
根の動きが鈍くなる錯覚を覚える。
み――。
僕の体は右へと飛んでいた。
素早く体を翻し、態勢をなおす。
前方は確認しない。
そのまま魔法力を得物へ込め、突貫した。
「剣!!!!」
今まさに、着地した隙だらけの根。
それを真っ二つに引き裂く。
切断された根が音を立てて田中家の庭に沈む。
切り裂いた根はその形を維持できなくなり消えていったが、
他の根には影響がないようだった。
ならば、と身構える。
全部切り飛ばすだけだ。
さっきの要領で一本ずつ、煩雑な輪切りで始末していく。
「良い調子ですね真赤さん!! 本来あなたの力で私を倒すのは難しいのですが……
早期発見と私のサポートが活きましたわ!!!!」
褒めてるのか貶しているのかわからない弁は置いておき、僕は話を進めた。
「根は全部切った!! そろそろ降りてきてよ伊藤さん!!」
「いいえ、まだです……この根はまた生えてきます。
そうなる前に魔法力の供給経路を断たねばならない……!!」
魔法力の供給経路。
見上げた先には緑の魔法力を放っている少女がいる。
「それって……どういうこと? 面倒な頼みだったら聞かないよ」
「ふふ……勘違いしてますね、真赤さん。私の背中の更に後ろ側……
そこを斬っていただければそれで、私とこれは分断されます」
勘違いとは何のことか。
深く詮索はせずに、手順だけをインプットする。
「頼みます、真赤さん。これはあなたにしか頼めないこと……いえ」
緑の少女は遥か上空から懇願の眼差しを向けてきた。
「あなたが、やらなくてはいけないことなのです」
「ああ、もう……!!」
口から溢れてきた悪態をぐっと飲み込んで、僕は反対方向へ駆けだした。
玄関へとさしかかる。
僕の目はそのドアノブしか捉えていない。
他の選択肢など吟味する余裕はない。
最短で突き進む。
扉を開け、なだれ込むように階段を駆け上がる。
手前の扉。
痛々しく損傷が残る部屋を、瓦礫を登るように進む。
ベランダへと出る。
さっきとは違う角度で巨大な植物と対峙する。
自分の視線の高さと、少女の位置が同程度。
植物との距離は、ジャンプすれば届くかもしれない。
ジャンプすれば。かもしれない。
前提も望みも弱い。
理性が反対しても、何かが燻っているのだ。
ベランダの手すりに足をかける。
僕は力の限り、伊藤さんに向かって飛び上がった。
視界がカメラを放り投げたみたいにぶらつく。
激突。
足を、手を必死に食い込ませる。
何でもいいから、引っ掛かってくれ。
足に感触がある。
黒い大樹の裂け目に足をかけれた。
魔法力と反魔法力の反発を感じる。
緑の少女の影響だろうか。
ここはまだ密度が薄い方だ。
とはいえ長居する気はない。
さっさと片づけてしまえ。
「剣!!!!」
黒い大樹に切り込みを入れる。
少女から空気を吐くような音が聞こえる。
まるでやっと呼吸を取り戻したかのような。
切れ込みを入れた部分が自壊していく。
僕は伊藤さんの方へと飛び込む。
抱きかかえるように身を寄せて、
そのまま黒い巨大な幹を、滑り台のように流れ落ちた。
二人分の衝撃が、地面と僕の体に走る。
振り向くと、巨大な大樹は後ろへと倒れこもうとしていた。
支え棒を失ってバランスがとれなくなった、そんな印象。
大樹のいたるところで、泡立てたクリームみたいに気泡が発生している。
水を与えすぎて腐った苗。
脅威が完全に過ぎ去った状況で、
僕が思い浮かべたのはそのようなものだった。
黒い大樹は完全に消滅した。
「伊藤さん!! 大丈夫!?」
伊藤さんの魔法力はみるみる弱まっていく。
魔法力欠乏症。
返ってくるのは悲痛な声か、悔恨の思いか。
「真赤さん、じきに私の魔法力は消滅します。
その前に私が得た情報を……記憶をお話しします。
時間がないので一方的にしゃべらせていただきます」
まるで必死で心配した声を嘲るように。
少女の声は淡々としたものだった。
それがあまりに予想に反したものだったから、
一つの可能性に思い当たる。
「もしかして……わざと……」
「まずはこれを」
伊藤さんが葉っぱをあしらった頭のアクセサリーを外す。
それを握った手をこちらへと差し出した。
「私の復活の布石となります。大事に持っていてください」
「何を言ってるの君は。受け取れないよ、大事な物なんでしょ?」
「いいから受け取りなさい!!!! 時間がないのです!!!!」
言圧に押されて、手を出す。
僕の手に落ちてきたそれを、大事にポケットへとしまった。
人の大事なもの、あまり持ち歩きたくない。
機会があれば家にでも置いておこう。
「いいですか? 私は奴と一時的に融合することにより記憶を共有していました。
ループを……この長い戦いを終わらせる鍵も朧気ながら理解しました」 「どうしたの? 魔法力が足りなくてあることないことを……!!」
「その鍵はずばり……田中ゆめ、です。
私は鍵を握っているのはずっと天さんか田中こころだと思っていた……
だから気づくことができなかった」 「こんな状況じゃどこへ運んでも……!!」
「あの娘を……守るのです……!!
運命を打ち破ったあなたにならできるはずです……」 「え? 今ゆめちゃんのこと言った?」
「もうわかりましたね? あなたが私を倒したことで二重の運命が解消されたのです。
私が天さんに倒されるという運命と
あなたが舞台から降りるという運命が……」 「ゆめちゃんが危ないの!? ちょっと!!」
「ふふ……何だか眠くなってきました……
天さんに出会ったら伝えておいてください。
アクセサリー、とっても気に入っていたと……」 「それはわかったけどゆめちゃんのクダリをもう一回……!!」
「それでは真赤さん……後は頼みましたよ……」
「伊藤……さん?」
伊藤さんは力なく手足を伸ばし、目を穏やかに閉じた。
僕はこの時になって思い出した。
集会の時に出てきた話題のひとつ。
彼女の説ではループしている時の記憶は魔法力に保存されている。
もしも人間の行動原理が、性格が、その人間らしさが、
その人の経験、すなわち過去に依拠しているとするのなら。
その過去を封じ込めているのは、人間の記憶で。
記憶を失うことは、つまり――。
「伊藤さああああん!!!!」
血走った瞳がかっと見開く。
「ひ……」
「呼ばれたので起きました。まだ少し時間があるようですね……尺を間違えました」
「だ、だったら……!!」
頭を必死に整理しようと、とにかくいろんな単語に手をつけるが
余計に散らかっていくようだった。
「ゆめちゃんを……守る。守るよ。でも……どうしてそれを僕に?
伊藤さんしぶといからさ、やろうよ、自分で」
「ふふ……だって」
伊藤さんはいつもの嘲りとは違う笑みを浮かべた。
それはまるで小さな子供が悪戯を思いついた時のものだった。
「赤は情熱と先導の色ですから」
「……」
そんな役割、担えない。
とは言えなかった。
言っちゃいけなかった。
自己の存在が消えることに直面した人間の一言。
それを否定する勇気なんて僕にはなかった。
「だったらこっちだって言わせてよ……!!」
言葉が堰を切ったように、なだれこんでくる。
「伊藤さん……!! いつも意味深なことばっかり言ってて訳がわからなかったけど……
別に嫌いじゃなかった!! ある意味自分に正直だからさ……!!」
「……」
「真田さんと3人での活動、別に嫌じゃなかったんだ……!!
それだけは伝えておきたくて……!!」
――あなたは誰ですか?
「え?」
倒れていた少女の髪は完全に黒くなっていた。
ここはどこなのか、いつからここにいるのか。
怯えた様子で聞いてきた。
僕は目の前の少女の手を引いて立たせた。
「……君、自分の名前はわかる?」
わかりません。
そんな短い返事が返ってきた。
僕は少女の手を引き、家の中にいるように言った。
君は友達の家で遊んでいた時にモンスターに襲われたんだと。
家の被害を見て怖がっていたが、この近くに怪物はもういないと。
お家の人が帰ってきたら田中こころさんの友達だと言えば伝わると。
少女は何も言わず、頷いた。
そんな少女を残して、僕は歩いた。
少女は最後まで、名残惜しそうにこちらを見ていた。
僕はその視線を振り切るように走り出した。
僕の知る彼女は、もういないのだ。
さようなら、伊藤さん。
「最後の最後まで……」
自分に対して文句が出た。
「嫌じゃなかったって……こんな言い方しかできないのかよ、僕は」
空はどんよりと、一層暗くなっていた。
「こころちゃん!! 下がって!!」
「……真田さん!!」
黄の少女が庇うように、その手を伸ばす。
幾度となく発生させた竜巻。
その度に、綺麗にした部分が侵食されるように黒い塊が集まってくる。
少女が息を切らした。
黒い物体が突っ込んでくる。
「真田さん!!!!」
「っ……!!」
少女が態勢を崩し、のけ反る。
ダムが決壊するように。
風船が割れたように。
我慢していた赤子が泣きむせぶように。
黒い物体が少女へと襲い掛かる。
「こころちゃん!!!!」
黄の少女が上から覆いかぶさるように、傍らの少女の体を覆う。
光が小型のドーム状に少女たちの体を包んだ。
「大丈夫……!! こころちゃんは私が守るから……!!」
「さ、真田さん……!!」
黒い物体たちが乱暴にドームを叩く。
次々と捨て身で突っ込んできて、黄色い球はみるみる削られていく。
黄の少女は、その無防備な背中をさらけ出さんとし――。
「ごめんね、真田さん」
「……え?」
世界が、ひっくり返る。
一瞬で少女たちの位置は入れ替わっていた。
「私、なんとなくだけど覚えてるんだ。真田さんがずっと……私のことを守ってくれたって。
真田さんは私にとってのヒーローなんだって……」
「ここ……ろちゃん?」
「だから……もう……」
黒髪の少女が黄色い光から飛び出す。
「真田さんが傷つくのを見たくない!!」
「こころちゃん!!!!」
「クソモンスターども!!!! 私が狙いならこっちに来いよ!!!! ほら!! ほら!!」
大きな嘴が、少女の体を咥える。
「こころちゃん!!!!」
じたばたともがく少女を空へと引き上げ、
周りに護衛のように黒い物体が取り囲む。
少女を囲った一団はそのまま飛び去っていった。
「こころちゃああああぁぁぁぁん!!!!」
後に残されたのは、悲痛な叫びと打ちひしがれた独りの少女だけだった。
雨が降り始めていた。
続