魔法少女GL ~女の子たちの初手はいつだってルームシェア時空!!~ 作:MOPX
町に突如顕現した暗雲の中でたたずむ繭。
それはまるで、羊水に浸る胎児。
文明が作ったものではおおよそない、有機的なフォルム。
その真下にある建物の屋上で、男はじっと見じろぎもせず立っていた。
男は地面で行われる喧噪にも、空で起こっている現象にも興味を示さない。
そんな男が、突然振り返った。
「やあ、真田君。ずいぶんとお疲れのようじゃあないか」
「……博士」
少女は一人だった。
「村田君……我が娘はどうしたのかね? やはり逃げ出したか?
そうだろう……それが彼女の運命なのだから……」
「影ちゃんは逃げたりなんか……」
少女の体が跳ねるように動き、そのまま構えを取る。
「どれ……少しは所員とコミュニケーションを取ろうか」
男の背中から、黒い両翼が生える。
加速なしでの突進。
少女は身を翻して、横に飛ぶ。
直角に曲がり、男がその動きに対応する。
まるでX軸とY軸をを合わせるように、ルーチンが完璧に構築されている機械的な動作。
少女が飛び上がろうと、足に力を込めた瞬間。
黒い翼が前方へと指し示し、構成する羽のひとつひとつが弾丸のように発射された。
少女が鎌を正面で回転させる。
膜の薄い、即席の防御壁。
少女は、防御よりも回避を選択すべきだった。
一点で、攻撃を受ける道を取ってしまう、そういう性分なのだ。
羽が少女の目の前でまき散らされる。
側面へと飛ばされた、完全に消滅しなかったそれらが再び息を吹き返すように少女へと向かう。
小さな黒い爆発が起こる。
咄嗟に後ろに下がった少女は、すぐに態勢を立て直し正面を見据える。
そこには既に、自分より遥かに大きな人間が腕を組み見下ろしていた。
翼が少女の体を弾く。
「まだ……!! まだ……!!」
少女の痛々しい叫びがあたりに響く。
少女の体は完全に床へと落ち、戦えるものではなかった。
男がゆったりと少女の前に立つ。
「終わりだ。目障りな魔法力よ。所詮、紛い物では私には勝てぬ」
男の手の平から黒い球体が膨らんでいく。
大きさに見合わない、周りを飲み込むような禍々しさが凝縮されている。
あんなものを食らえば、いかに強力な魔法力があろうがひとたまりもない。
「……確かに、私はもう勝てないのかもしれない」
少女の口が、言葉とは裏腹に強く開かれる。
「――ひとりだったら」
男の瞳には、少女の影がもぞもぞと動いたように見えただろう。
「影ちゃん!!!!」
男のものでも、少女のものではない咆哮が響く。
光学迷彩を応用した魔法力。
それを脱ぎ捨てありったけの魔法力で、男に体当たりをする。
男の巨体がバランスを崩し、倒れる。
黒い球体が、どこかへ霧散する。
少女は一人ではなかった。
だって、私がいるのだから。
完全に上を取り、男に乗っかるような姿勢になる。
「これであんたの野望も終わりよ……」
男は、何も答えない。
その瞳は、私の顔を映していない。
その耳には、きっと私の言葉は届いていない。
そう、思うことにした。
ずっとそう思いたかった。
でも、心のどこかで、そうでないことを願っていた。
手に、紫で模した拳銃が形作られる。
「さようなら」
引き金を引こうとした。
私の体は黒い光で包まれた。
何が起こったのか。
意識はまるで、ぞんざいに捨てられたお人形さんのようにあっけなく。
崖から転落したみたいにどこまでも。
いつまでも、自由落下を続けていた。
男は写真を見ていた。
自分と、愛する女性と、その間に生まれた子供。
娘の誕生日の記念に撮ったそれは、それ以来、男の手元にずっとあった。
御守りではない。
自分が守りたかったのだ。
それを確認するために、ずっと持っているものだ。
ご家族の写真ですか?
現地の言葉でそう尋ねられ、男は同じく現地の言葉で答えた。
ゆっくりしてもいられない。
この食堂を出て、今日は遺跡の現地調査へ向かう。
近年になって発見された高い魔法力を持つ場所。
今回の渡航の目的と言っても過言ではなかった。
もとよりこの地域は魔法力発祥の地と言われている。
何の因果かはわからぬが、そうした巡り合わせも決して信じない性格ではない。
今回が最後だ。
必ず何かを見つける。
コートを羽織り、食堂を後にする。
ここはいささか、肌寒い。
盆地に位置することや日照時間の違いがまっとうな理由として上げられるだろう。
だが、それだけだろうか。
家族から遠く離れた場所だから。
少なくとも男の中でもっとも長い時間、思考を占有せしめたのはそれだった。
吐いた息が瞬時に白くなる。
移動は公共の移動機関を乗り継ぐ。
改めて定刻通りに電車が来ることは称賛されるべきことなのだと思い知らされる。
……1本ずつ早めに乗るくらいでちょうどいいかもしれない。
そうと決まれば、足早に移動を始めるのだった。
「村田博士!! お久しぶりです!!」
何処までも広がる緑の芝。
直立不動で立ち並ぶ成人程度の大きさの石、石、石。
異様ではあるが、さもそこに存在していることが自然であるかのような力強さを感じる。
人間がその文明を気づく前からの先輩であるので当然といえば当然なのかもしれない。
今回の研究の協力者と握手を交わす。
「この前出版された『魔法力と私』、読みましたよ!!
いやあ、博士ってあんな詩的な表現もできるんですね!!」
「はは、研究者じゃなければ小説家になっていたよ。
……今回の対象とやらは?」
雑談もほどほどに、仕事の話をする。
「はい、あれです」
協力者が、一際大きい物体に指をさす。
いくつかの石が重ねられ、入り口を形作っている。
それは巨大な建造物と言って差し支えなかった。
こうした遺跡で高い魔法力が検出されるのは珍しいことではない。
あるいは逆。
高い魔法力があるからこそ、そこは古来から特別な場所だったのかもしれない。
人間が本能的に選ばざるをえなかった場所。
近年まで、それを認識することができていなかっただけの話だ。
「それにしても世界有数の研究者にして探索者の博士が手伝ってくれるなんて恐縮です……!!」
「世辞を言われても何も出てこんよ。……それに探索者としては今回が最後になる」
「え? 博士、それって……」
「……今回の調査で何も見つからなければ、妻と娘のそばにいるつもりだ」
「……」
沈黙があたりを包む。
それはつまり、ひと一人の命を諦めるという意。
魔法力のみならず、反魔法力を有す特殊な体質が彼女を蝕み、体に負荷をかけていた。
男の研究はそんな彼女を救うことにあった。
「さあ、行こう」
男二人が石で作られた空洞の中へと入る。
研究者である男の手に握られた二本の白い棒が、反発するように左右に開いた。
「なるほど、確かに高い魔法力があるらしい」
建造物のなかは暗く広い。
まるで天井がなく、一面に闇夜が広がるようだ。
そのまま身を屈め、地面へ耳を当てる。
「博士……?」
呼ばれた男は返答せず、地面をノックするように軽く叩いた。
「この下は空洞になっている」
驚きの声が辺りにこだまする。
協力者である人間も、動きをなぞるように地面を叩いた。
「本当だ……!! これって大発見じゃないですか!? でもなんで……?」
「それを考えるのが我々の仕事だ」
男が思考を巡らせる。
この辺りには地下坑道もなかったはずだ。
人工的に作られたものなら、かなりの量の土を掘り出したことになる。
古代の人間が、埋蔵物目当てで掘り出したか?
それならば綺麗に土をかぶせている意味はなんだ?
あるいは、とあり得ない可能性に自嘲をする。
何らかの生物が下から掘ってきている。
その考えが、まるで引き金を引いたようだった。
足元がぐらつく。
自分達を囲んでいた石が異音をあげる。
正面から、自分たちの足元へと亀裂が入った。
「下がれ!!!!」
男が、もう一人の男を突き飛ばす。
「博士ぇぇぇぇ!!!!」
上から呼ぶ声が、遠ざかっていく。
男の体は、支えを失い、完全に闇へと落ちていった。
「無事……だな」
埃を払いながら、立ち上がる。
周りを見渡すが、延々と闇が広がるばかり。
さっきまで、足元に広がっていた空間であろう。
荷物からランタンを取り出し、これを付ける。
周りは洞窟のようだった。
予想通り広く、まるで地底世界でも広がっていそうだ。
上を見上げると、まるで切り立った崖のように壁は鋭く、元いた場所は見えないほど遠かった。
無事を知らせるため、大声を出したが返事はない。
恐らくこちらの声も聞こえていないだろう。
どうしたものかな、と荷物を確認する。
この距離ではロープも届かないだろう。
自慢のロープテクニックも披露は叶わない。
困難な状況だが無事に帰れれば、妻と娘には土産話になるだろう。
娘などは最近、ファンタジー小説を好んでいるようだから、きっと興味津々で――。
「……!!」
ランタンによる光が、影を映し出す。
自分のものではない何者かの。
その生物は、自らの知識にはないものだった。
本当にこの星に存在している種なのか?
本能が告げる。
この生物の方が、上だと。
つまりは捕食するものと、捕食されるものの関係であると。
棘、爪、角。
いずれともつかない部位が、もう体を貫いていた。
痛みとは違う感覚が傷口から全身へと拡散されていく。
自分という存在が、消されていくのがわかる。
命、影……。
黒い、黒いものが全身を塗りつぶしていく。
すまない――。
全てが飲み込まれていく。
最後に残っていたのは、たった二人の人物の顔だった。
「博士!! 無事だったんですか!? どうやって上がって……?」
「君」
「は、はい」
「魔法力の研究はどうなっている?」
「え……? 何を言っているんですか? 博士……?」
「ふふふ、魔法力の研究はこれからだろう……?
世界を塗り替えてやろうではないか……ふふふ」
「は、博士!! 足元にご家族の写真が!!」
「ん? 何か落としたかね?」
男の足が、落としたものの上に乗る。
映っている3人の顔に泥や土がかぶさり、
それはもう誰のものかわからなかった。
「落としてしまったものは、ゴミだ」
「……!! は、博士……!?」
「さあ!! 急いで戻ろうではないか!!
1週間……1か月……1年……1世紀……研究所にこもって魔法力の研究をしなければな!! わはははは!!!!」
二人の男が遺跡を後にする。
写真は終に拾われることはなかった。
「今のは……?」
私の意識が私に帰ってくる。
風が寒々と吹いていて、頭上には黒い物が鎮座している。
間違いなくここは研究所の屋上だ。
映画のフィルムのように、頭に流れ込んできた記憶。
眼前にはたった今、その映像で見ていたそれが悠然と立っていた。
男の姿をした何か。
体の震えは止まらなかった。
「あんたが……あんたがお父さんを……」
「……そうか、見たか。ならば」
その存在から黒い光が、あふれる。
皮膚が、決壊するように裂けていく。
「このゴミをかぶっている必要もない」
思わず目をつむる。
目を開けるとそこにはもう、父の姿はなかった。
代わりにいたのは、真っ黒で、ぶよぶよとした、
枝分かれしたいびつな触覚がいくつも生えた存在。
ミジンコみたいだな、と漠然と思った。
怪物は私の目の前にまで、瞬時に移動していた。
私は、もう、何もしていなかった。
映像で見たのと同じように、触覚が鋭く変異し私の体へと迫った。
「影ちゃああああん!!!!」
黄色い鎌が、回転しながら投擲される。
少女にとっては、一か八かの攻撃だったに違いない。
私はそれをぼんやりと、まるで映画のできごとのように眺めていた。
鎌が床に落ちて、乾いた音が鳴る。
少女の攻撃は一応の意味はあったようで、
黒いやつはどこかへ消えて逃げていた。
素早くこちらへと走り込み、少女がすぐに棒を拾い上げつつ構える。
悪いやつは空中にぷかぷかと浮かんでいた。
そのまま、頭のはるか上にあった繭へと向かっていく。
怖いやつが底面と接触する。
繭の下の蓋が壊れてしまったみたいに、黒いインクがどろどろと、ゆっくりとここに落ちてきている。
何かが弾けてしまった。
私はその場に座り込んだ。
もう一歩も動く気はなかった。
「影ちゃん!! 早く!!」
少女が手を取ろうとする。
私は動かない。
「ここにいると危ないから……!!」
「……いやだ」
何を感じていたのか、自分自身がその口から知ることになった。
「お父さんは死んでいたのよ。
それなのに私はお父さんをずっと恨んで……復讐する相手なんて最初からいなかったのよ。
お母さんはお父さんのことを信じてたのに」
世界を救おうなどという、私たちの戦いはきっと素晴らしく意味のあるものなのだろう。
でも、私の戦いには何の意味などなかった。
「影ちゃん……!!」
少女が力任せに私を引っ張ろうとする。
「放っておいてよ!!!!」
自分に触れようとする手を、思いっきり振り払う。
「こんなバカな女……生きている価値なんてないんだわ!!!!」
「……!! 影ちゃん!!」
乾いた音が辺りに響く。
頬に刺激が走る。
少女が震える声で叫んだ。
「生きる目的なんて、これから考えればいいんだよ!!!! 影ちゃん!!!!」
私はやっと、頬を叩かれたことに気づいた。
「何するのよ!! やったわね!!」
私の右手が少女の頬を勢いよく叩く。
一発じゃない、何発も何発も。
「ほら!! やり返しなさいよ!!」
手のひらが痛くなる。
叩かれている側は、もっと痛いはずだった。
「さっきにやったのはあなたでしょ!! ほらほら!! やり返せよ!!」
少女は何も言わず、ただ叩かれていた。
「お願いだから……」
私の頬に、熱を帯びた雫が流れた。
「やり返しなさいよ……」
手はもう、少女の体へ触れているだけだった。
まるでそこにいる存在を確かめるように。
「影ちゃんが叩いて満足するんなら……私はいくらでも叩かれるよ……。
それでも私は、影ちゃんに生きていてほしいよ……」
毒気が抜けたような気分だった。
何もない、なんてことはなかった。
少なくとも、真田天はそこにいた。
「立てる?」
「大丈夫よ……もう一人で立てるわ」
私たちは屋上の扉へと急いで駆け込んだ。
真田天が走りながら、こちらへと向いた。
一体どれほど重要なことかと思いきや。
「影ちゃん!! 叩いちゃってごめんね!!」
「……あなたね。私の方が叩きまくったんだから先に謝られたら……!!
まあ、いいわ……。私もごめん。後で叩いてくれていいから」
「……」
「どうしたの? 手に違和感でも……」
「……私、人を叩いたのって初めてかも」
「いやいや、それはないでしょ。全く大げさね……」
二人でそのまま、階段を駆け下りていった。
研究所の外。
まだ走って10分はかかる場所から、桃と赤の少女は異様な光景を目にしていた。
黒い繭に突如、ひび割れのようなものが走ったかと思えば、
各部が異様なおうとつを見せており、それぞれが独立してばくばくと脈打っている。
それはまるでヒトの心臓のようだ。
「なにあれ? まずそうな感じを醸し出してるけど」
「……わからない。わかりませんが、お姉ちゃんはあそこにいます。
もうひとつわかったことがあります」
「それって悪いニュース?」
「……とても」
赤の少女は一応、と先を促す。
桃の少女は神妙な顔をして、答えた。
「真田さんと村田さんが負けたんです」
続