魔法少女GL ~女の子たちの初手はいつだってルームシェア時空!!~   作:MOPX

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第8話 お待たせ、魔法少女

これは将来の話。

 

少女は自分の将来に夢を持っていなかった。

 

何だか酷く欺瞞に満ちていると思ったのだ。

 

人生にゴールなどというものは存在していない。

 

明瞭な答えなど、誰も持ちえていない。

 

それなのにさも将来の目標を持てば上手くいくように言うのはなぜだろう。

 

今、この世界に満ちている人間、一人一人、つぶさに見ていってそれが正解だと言えるのだろうか。

 

少なくとも限りある現在の情報で、自分の人生を決めつける気にはなれなかった。

 

 

少女は空虚だった。

 

 

意志が介在している言葉というものに、酷く苦手意識を持ってしまった。

 

せめて、ありのままに世界を見ていたかった。

 

そんな中、創作物だけは彼女の興味を引いた。

 

普遍的な刺激を与えてくれ、何より存在そのものが完結しているところに心惹かれた。

 

誰もが純粋で、単純で、嘘のない存在でいてくれたら。

 

自身すら認識できないその思いは、ずっと胸の中に燻り続けた。

 

 

 

 

 

「真田さんたちが負けた? まずいんじゃないのそれって」

 

僕は努めて冷静にしゃべった。

見知った顔の人間の安否を気にするのは当然のことなのだろう。

僕の体からは、反射的に汗がふき出していた。

 

「ええ、まずいです」

 

そう言ったゆめちゃんの表情はとても物々しい様子だったが、

感情を読みとるのは難しかった。

 

悲しんでいるわけでも、怒っているわけでも、動揺しているわけでもない。

まるで、何かを悟ったかのような口ぶり。

 

しばらく沈黙が続いた。

 

「……真田さんたち、無事なの?」

 

耐え切れなくなったのか、僕の口は開いていた。

 

「はい……研究所からは出たみたい……。

でも、真田さんがこんなに弱ってるの、多分初めてかも」

 

「じゃあ助けに行くべきじゃないの」

 

口調は、怒気を含んでいた。

自分自身、どうしてなのかはわからなかった。

 

「先輩、頼めますか?」

 

「何? 君はどうするの?」

 

「私はお姉ちゃんを助けに行かないと……そして」

 

また、姉。

いつもなら微笑ましいはずなのに眉が吊り上がってしまう。

 

「『この世界』を救わないといけないんです」

 

体の芯が、少し冷えた気がした。

少女の顔を覗き込んでも、何もわからなかった。

 

「それはどういう……」

 

「先輩!! あれ!!」

 

思わず顔を上げる。

視線の先にあるのは研究所の真上にある巨大な繭――がドロドロと崩れている様だった。

 

「自壊している……?」

 

「いいえ……あれは進化しているんです!! お姉ちゃんもあそこの中心に!!」

 

どうしてそこまでわかるのか、今更聞く気分ではなかった。

とにかく、目まぐるしく状況が変わり、頭の中は未整理の感情がぐるぐると渦巻いている。

 

 

 

 

 

繭は唐突に弾けた。

 

黒い絵の具をぶちまけたように研究所を覆い、飲み込んだ。

そのまま元の建物の形に沿うように流れて、粘土が固まるかのように固定化されていく。

 

頂点はいくつもあり、それぞれが針のように尖っている。

 

真っ黒で禍々しいその姿は、ファンタジーにおける魔物の根城を彷彿とさせた。

 

研究所が立派なダンジョンと化したのだ。

 

「……いや、何あれ」

 

さっきから疑問を呈してばかりだが、致し方ないだろう。

こんな状況に遭遇するの、多分人生に一回でも多い方だ。

 

「真田さん、とりあえずじっとしてるみたい……。

村田さんに止められてるのかしら……」

 

お構いなしで話を続ける少女。

僕は少しだけ安堵をした。

誰だって自分の身を一番に考えればいい。

それで世の中は上手くいくはずだった。

 

僕らは研究所……今は真っ黒な刺々しい建造物の入り口まで差し掛かった。

近くで見ると、表面が切り立った崖のように鋭く、不自然なほど光沢を放っている。

 

光を反射しているということは、それだけ光を通してないということだ。

中は果たしてどうなっているのか。

 

危険なことは間違いないと思った。

 

引き返す。

 

シンプルなその答えが頭に浮かぶ。

 

特に何のしがらみもなければ、間違いなくその選択肢を選んでいただろう。

隣の少女の顔を覗き見る。

 

悲壮さを感じた。

凛とした雰囲気に、寂しさと儚さが混じっていた。

なぜか少女と初めて会った時のことを思い出した。

 

そうだ。

あの時もだ。

自分は、この少女の横顔に心を奪われた。

ずっと理由もわからぬままに。

 

「さてと、私は行きます。先輩は自由にしてください」

 

「待ってよ」

 

僕は手でゆめちゃんを制した。

ここで何もしなければ、恐らく一生後悔することになる。

 

「君ひとりでどうするのさ。中にモンスターもいるんでしょ? どうせ」

 

桃色の髪が風になびく。

顔にかかったそれは、彼女の力強い瞳を引き立てていた。

 

きっとこの少女は僕が退きたいと思っているのと同じくらいの熱量で、

進みたいと思っているのだろう。

 

そうして、ゆめちゃんはゆっくりと静かに、その言葉を言った。

 

「私の魔法力を爆発させて、あれ全部を吹っ飛ばします」

 

 

何を言っている。

 

 

「わからない、君の言ってることが」

 

「一見大きな反魔法力ですが、核となる部分はあります。

恐らくはもともと村田さんのお父さんだったもの。

それに強大な魔法力をぶつければ、少なくともまたループは起こすことができる……たぶん」

 

早口でまくしたてられる。

理解できないのではない。

頭がそれを拒んでいた。

 

「……わからないよ。そもそも君の体、魔法力でできてるって……!!

それっぽく言ってるけど自爆するってことだろ!!」

 

「……そうです」

 

否定を期待した強い言葉は空を切った。

肯定の返事は震えていた。

 

「伊藤さん、魔法力がなくなって記憶もなくした……!!

君の場合は……!? どうなるの?」

 

「……わかりません」

 

伊藤さんは会議で言っていた。

魔法力に記憶の一部は保存されている。

世界が巻き戻っても記憶を保持しているのは魔法力に記憶が宿っているからだと。

 

魔法力を失った伊藤さんの記憶は、もう戻ってこない。

じゃあもしも、魔法力で体ができている人間が、その魔法力を失えば――。

 

「……君がやる必要あるの? それ」

 

ゆめちゃんの瞳がまっすぐにこちらを捉える。

 

「何を言っているんですか、先輩」

 

「だってそうじゃないか。誰が君にそれをしてって頼んだ?

感謝されるわけでもなく、犠牲にだけなるなんて……そんなの」

 

く――。

 

無為だし、無意味だ。

 

僕は止まらなかった。

 

「人間なんて自分のことだけを考えるものだろう?

だから自分のことくらい考えないと、バランスが取れないじゃないか。

僕の友達たちだってみんなそうしてる。だから上手くいってる」

 

少女は黙って聞いていた。

正面から、僕の言葉を受け止めているように見えた。

 

自分自身、どこから湧いているのかよくわからない。

こんなにも僕はおしゃべりだったか。

 

「君が消えて世界を救ったとして、それを君が確認できなくて意味あるの?

僕は嫌だよ、世界のためにお前が消えろなんて言われたら。

どうせもう不思議なこと起こりまくってるんでしょ?

だったら探そうよ、君が無事で世界もどうにかする道を」

 

ほとんど一息だった。

喉は痛みを訴えていた。

 

ゆめちゃんはしばらく立ち止まって、考えていたようだ。

決心が鈍ってくれ。

人間、悩めば安全策を取る。

 

そうして少女の口が開かれ――。

 

「言いたいこと、終わりですか? 行きますね」

 

「ちょっと待ってよ!!!!」

 

言葉を尽くして駄目なら、と僕の体が前へ出る。

 

「先輩の考えはわかりました。……とても先輩らしい理屈です。

でも、今……必要なの、たぶん違うんです」

 

「何がどう違うの!!!!」

 

少女がゆっくりと口を開いた。

 

「今、ここに、私が、いる意味です」

 

「ああ、そう!!」

 

僕は両手を思いっきり広げた。

わからずやには、こうだ。

 

「行かせない。

どうしても進むんだったら僕も力づくでごふっ!!!!」

 

僕は地面へとひっくり返った。

激痛を帯びたまま地面へと転がる。

 

勝ち誇ったゆめちゃんの顔が視界に入り、僕は叩かれたのだとようやくわかった。

 

「顎を正確に打ち抜きました。しばらくは脳震盪で立てないはずです」

 

顔を上げようとしたが、ぐねぐねと視界も感覚も歪んでいた。

伸ばした手は、どこまで届いたかも定かではなかった。

 

それでも、僕は最後の力で声を絞り出した。

 

「こわく……ないのかよ……!!」

 

「……なぜそんなことを?」

 

「だって……」

 

気のせいじゃないはずだ。

これは自分の頭がぐらついているせいじゃない。

 

「君の足……震えているじゃないか……!!」

 

少女の足が止まる。

どんな言葉でも止まらなかったその足が。

 

少女が背中を向けたまま答える。

 

「ええ、怖い……です」

 

「だったら……!!」

 

「でも行かなきゃなんです。

お姉ちゃんはずっと私のことを守ってくれていた……

だから今度は……いいえ、今度こそ……私がお姉ちゃんを守らないと」

 

静かな空間で、言葉だけが響く。

淡々と連なるそれが、僕の心に直接落ちてくる。

 

感覚だけ厭に研ぎ澄まされて、おかしくなってしまいそうだった。

 

「ありがとうございます、先輩」

 

ゆめちゃんの声色がとびきり優しくなった。

良いことなのに、良くない予兆だとわかった。

 

「体を張って止めてくれたの、嬉しかったです。

……前に遊びに行った時のこと覚えてますか?お姉ちゃんのために頑張って立派だって。

あなたには何でもない一言だったかもしれないけど、私はそれで救われたんです」

 

必死に、頭が記憶を手繰り寄せる。

そんなこと思いもよらなかった。

 

「……さようなら」

 

視界が閉じていく。

それでも、何とか抵抗して視線がゆめちゃんの振り返った顔を捉えた。

 

寂し気な顔だと思った。

 

どこかで見たことがある。

 

少女と初めて出会った時?

 

違う。

 

もっともっと前だ。

 

 

あれは僕だ。

 

昔の僕だ。

 

独りぼっちだったころの僕だ。

 

それは鏡像だった。

 

だから逆だと思った。

 

 

僕には友達ができた。

だが、少女には?

気づいた時には全て遅い。

 

少女は既にいなかった。

伸ばした手は届かなかった。

 

これで僕の物語はお終いなのだと悟る。

少女をここまで連れてくる、それだけが僕に与えられた役割なのだと。

 

あとは少女が世界を救って、その後の世界で僕は何も知らず平和に暮らすのだろう。

そうして僕の意識は、どこまでも深い闇の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私はお姉ちゃんが無事ならそれで……!!』

 

『いやー、魔法少女って本当にすごいですよねー』

 

『真赤ちゃんとゆめちゃんってよくしゃべって……るよね?』

 

『私も……このベレー帽、お母さんの形見だから……!!』

 

『赤は情熱と先導の色ですから』

 

 

頭の中にいろんな顔が渦巻き、口々に好き勝手しゃべりだす。

最後に浮かんできたのは良く見知った人だった。

 

『人生で本当に熱くなれる瞬間なんて数えるほどなのかもって』

 

「本当に……」

 

独りで虚空に向かって音を吐く。

 

「僕に一体……どうしろっていうのさ……」

 

 

 

 

 

現代に似つかわしくない禍々しい建造物。

街に突如現れたそれは、そこだけが異界にすり替わったかのよう。

 

二人の少女はその傍らで佇んでいた。

正確には、一人が一人の上に覆いかぶさっていた。

 

「影ちゃん、重たいんだけど……」

 

「どきません。あなた絶対に突っ込んでいくでしょ」

 

困ったような顔を浮かべる黄の少女。

その髪色がいつもより薄らいでいることに紫の少女は気づいていた。

 

「それにしても……あなたって思ったより細いわよね、真田天。華奢」

 

「そう? お肉はたくさん食べてるんだけど……やっぱり筋トレかなあ」

 

二人は改めて禍々しい黒い城のような物体を見ていた。

 

強い風が吹いた。

 

何もしていなければ、後方に吹き飛ばされそうな勢い。

二人して踏ん張る。

 

「あ!!」

 

紫の少女のかぶっていた帽子が、浮き上がった。

 

黄の少女が瞬時に身を翻す。

次の瞬間にはダイビングキャッチでそれを両手に捉えていた。

 

少女の手には、紫のベレー帽が握られていた。

 

「はい!! 汚れとかはつかなかったと思うけど……」

 

「あ、ありがとう」

 

紫の少女が帽子を深くかぶりなおす。

 

「影ちゃんの大事なものだもんね」

 

「うん……そうなんだけど」

 

「?」

 

紫の少女は少しためらい、悩んだ素振りを見せた後、口を開いた。

 

「……思い出したの。お母さんが言ってたのを。

この帽子、お母さんの誕生日にお父さんがプレゼントしたものだって」

 

紫の少女の口調はまるで、懺悔をする罪人だった。

黄の少女はそれを静かに聞いていた。

 

「最初からずっと、お父さんはここにいたのよ。

……どうしてこんな大事なことを忘れていたのかしら。

きっと憎くて憎くて、しょうがなかったから目を背けて……」

 

「……大丈夫!!」

 

黄の少女が言葉を遮る。

周囲に似つかわしくない、されど明るく朗らかな声で。

それは暗闇に灯った蝋のような光だった。

 

「だって影ちゃんはもう思い出したから!!

これからは……忘れないように、ひとつずつ大事に……」

 

消え入るような声を受けて、再び紫の少女が覆いかぶさる。

努めて明るく、ふざけたように。

 

悲しさを少しでも和らげるように。

 

「影ちゃん、重たいってば~」

 

「どかないってば。あと重い重い言わない!!」

 

そんな~と訴える声を尻目に、紫の少女は改めて建造物を見る。

今、あの場には誰がいるのかと。

 

また、強い風が吹いた。

 

今度はしっかりと帽子を押さえる。

 

何となく、自分たちのいない場で勝負は決まるのだろうと漠然と思った。

 

予期せぬ返事が返ってくる。

 

「私はみんなが無事で……。

影ちゃんも、花ちゃんも、真赤ちゃんも、ゆめちゃんも……こころちゃんも。

みんなが無事ならそれでって……思うんだ」

 

「……そうね。真田天、あなたも」

 

そのまま二人は黒い建造物を眺めるのだった。

 

「ところで影ちゃん、キャシャって何?」

 

「あなたね……、知らずに受け答えをしない!!」

 

 

 

 

 

建物の中は外観にも負けない不気味さだった。

 

壁は、まるで焼き焦げた後みたいに、ただれた黒が流れていた。

かつて電灯だった部分が壁に埋まって、辺り一帯を怪しく照らしている。

 

中は存外広かった。

 

廊下も部屋も天井も、全部取っ払って敷居がなくなったよう。

 

中央の業務用のエレベータ、その上下に伸びた通り道だけが、

空から垂らされた一本の糸のように燦然と存在感を放っていた。

 

桃の少女は駆けこむように中央へと向かい、足を止めるのだった。

 

エレベータの前に、黒い斑点のようなものが湧き上がる。

斑点はどんどんその数を増していき、小高い山を二つ形作った。

 

山が生物を模した姿へと変貌する。

 

空気が抜けて潰れたボールみたいにぐねぐねと。

羽に当たる部分が伸びていき形を成していた。

 

それなら、と少女は白銀の棒を構える。

自分より遥かな巨大な敵。

その数が二体だろうと臆する様子はなかった。

 

「ドリィィィィム……!!」

 

巨体が跳ぶ。

 

少女が掛け声を中断して見上げれば、

ジェット噴射のように黒いガスをまき散らしながら敵はどちらも浮いていた。

 

「羽を生やす前に飛ばないでよ……!! あんた達なんてすぐにやっつけて……お姉ちゃんを助けるんだから!!」

 

言葉とは裏腹に少女の体に汗が滲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壁、どうでもいい。

 

広さ、どうでもいい。

 

入ってくる情報、全部がノイズだらけ。

 

空気、吸えれば十分だ。

 

足、ちゃんと動いている。

 

きちんと仕事をしろ、目。

 

 

 

乱暴に揺れるカメラが前方を映す。

 

守るべき者の姿に、焦点を当てる。

 

倒すべき――の姿を目に焼き付ける。

 

 

 

本能がむき出しになったまま、ぶつかったようだった。

 

二文字の言葉を体がちぎれんばかりに叫ぶ。

 

少女と怪物の間に、視界が割り込む。

 

衝撃が、全身に走る。

 

目の前の黒い物が態勢を立て直そうとしていた。

 

 

 

遅すぎるんだよ。

 

 

 

「盾!!!!」

 

先ほど出したものを、全力で振り下ろす。

 

よろけて無様だ。

 

「盾!! 盾!!」

 

一発ごとにめり込む。

 

後ろから声が聞こえてくるのに気づいた。

 

「せ、先輩……!?」

 

特に有意な発言ではない。

 

 

「盾!! 盾!! 剣!! 斧!! 弓!! 盾!! 盾!! 槍!! 斧!! 盾!! 盾!! 盾!!」

 

 

黒い物は原型を留めず、粉々。

 

呼気が荒くなり、自らの異常を伝えていた。

 

僕はやっと少女の、ゆめちゃんの方へと向き直れた。

 

「あの……先輩……鼻血が」

 

「君がなぐったからだろお!!!!」

 

広い空間に自分のはずの声がこだまする。

 

「どうせ君!!!! いっちゃうんだろお!!!!

だったら僕がまもる!!!! わるいやつぜんいん、僕がたおす!!!!」

 

「せ、先輩……」

 

息つく暇もなく嫌な感覚が襲う。

 

残った敵が、空中から、巨大な球を作っていた。

話していた間に、ものすごく力を集中させている。

 

空中から攻撃されて駄目なやつだ。

 

 

 

盾では防ぎきれない。

 

槍では間に合わない。

 

弓では撃ち落とせない。

 

斧では届かない。

 

 

 

理性は少し、黙っておいてくれ。

 

 

 

「先輩!!!!」

 

黒い光は僕らをゆうに飲み込む大きさだった。

 

「く――」

 

 

 

 

 

「くそがよおおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

 

 

跳び上がり、武器を正面に突っ込む。

赤い閃光が黒の光線を切り裂いていく。

 

視界がひらける。

 

敵の無防備なドテっ腹が映る。

 

そのまま回転をして、振りかぶる。

 

「剣!!!!」

 

切り裂いて、地面へと落下する。

 

結果は見ずともわかっていた。

 

残ったのは、僕とゆめちゃんだけだ。

 

 

 

「先輩!!」

 

駆け寄る少女に、僕は何も言わない。

 

予断を許さない状況であるのはわかっていたからだ。

 

「ゆめちゃん!!」

 

僕が周囲を見るよう促す。

 

近くで、遠くで黒いものが所々うごめく。

 

関係ない。

 

こいつら全員、ぶっ倒してやる。

 

「なに戦おうとしているんですか!!」

 

体当たりを食らい、体が押し込まれる。

 

中央の小部屋。

 

ゆめちゃんがその傍らのボタンを連打した。

 

「よかった……!! 電気は通っている……!!」

 

僕らはそのまま中へと入った。

その狭さで僕はやっとそれがエレベータなのだと気づいた。

 

床が真っ黒でバクバクと脈打っていること以外は。

 

「先輩!!!! 降りますよ!!!!」

 

「上がるんじゃなくて!?」

 

「お姉ちゃんは下です!!」

 

ゆめちゃんが真下に魔法棒を突き立てた。

 

「ドリルの本懐、見せてあげます!!」

 

咆哮が狭い空間を裂けんばかりに響く。

 

「ドリームドリルゥゥ!!!!」

 

床が、溶けるように崩れていく。

足の、表面の感覚がなくなる。

 

そのまま僕ら二人の体は、真下へと落ちていった。

 

 

 

 

 

周囲は打って変わって赤、青、黄……カラフルなマーブルを描いている。

彩度の高い発光色が目に悪い。

 

足元には、さっきとは違う世界が無限の広がりを見せていた。

 

僕とゆめちゃんは、小さな破片に身を寄せて落下し続けた。

 

目的地は定かではないが、僕の目的は果たせていた。

 

今はゆめちゃんの隣にいる。

 

「これなら間に合う……!!」

 

ゆめちゃんが目に光を灯らせる。

僕の時計は正確だ。

きっと、こんな土壇場でもそれは変わらないのかもしれなかった。

 

「それにしても、先輩。よく来ましたね。

ハンカチ持ってたかな……」

 

「……汝、ここぞと思った時はどこまでも熱く燃え上がれ」

 

「……?」

 

「何でもない。受け売りだよ」

 

「いえ……良い言葉です。誰のですか?」

 

「……僕の姉」

 

特に理由もなく、二人で笑顔を見せあった。

 

 

 

「先輩、音楽好きなんですよね」

 

「……どうしたの? 急に」

 

足場とともに落ちながら僕らは会話した。

場に似つかわしくない気もしたが、この場に合うものなんてわからない。

 

だったら僕らの話したいことを話せばいい。

 

「どういうのが好きなんですか?」

 

「静かなの、あとだいたい洋楽」

 

「そうなんですね。歌詞わかるんですか?」

 

「わかんないよ。わかんないから」

 

いいんだ。

 

しゃべりかけて気づいた。

自分が好きなものは単純な音の並びだ。

 

そこに意味は求めていない、いや、ない方がいい。

 

「そうなんですね。私は絵を描くのが好きだけど、それってきっと……

感情とか、そのとき考えたこととか……残せるからだと思うんです。

口にできないこと、絵だと形に残せるから」

 

少女がためらいがちに答える。

僕は改めて不思議な気持ちにとらわれた。

 

「どうしてそれを僕に……?」

 

「ふふ……さあ、どうしてでしょう?

先輩が音楽好きなのと同じ理由なのか知りたかったから、とか」

 

僕は作られたものに人間以外のものを求めた。

されどゆめちゃんは人間を求めた。

そんなところだろうか。

 

今はその相違ですら心地よく感じる。

それは僕らが存在している証拠だからだ。

 

胸がざわつく感覚を覚えた。

 

「……下!!」

 

僕らは破片から顔を出して下を見る。

 

初めは黒い球体かと思った。

 

それは生物だった。

 

触覚が生えて、動いている。

 

しかし、その黒の密度は今までのものと比較にならなかった。

 

黒の中に、更にドス黒い黒がある。

終わりが見えない。

全ての光はそこに届かない。

そんな、純粋な黒。

 

僕は破片から飛び降りていた。

 

本能か、理性か。

 

あるのは、あいつを倒せばゆめちゃんが助かるというシンプルな思考だった。

 

魔法棒に力を込める。

 

落ちながら、軌道を修正し、魔法力を身に纏う。

 

大気圏に突入するロケットのように、加速し、熱され。

 

標的へと落ちた。

 

体が弾かれる。

 

足場はできていた。

 

黒いやつはふよふよと浮かぶ。

 

やっとこちらに気づいたのか。

 

触覚を突き立て、こちらに突っ込んでくる。

 

 

勝負は一瞬だった。

 

 

躱すか、終わるか。

 

 

僕の体は動いていた。

 

黒いものがすぐ横を突き抜ける。

 

自分の腕を思い切り振り上げた。

 

言葉が頭を満たした。

 

――ここぞと思った時はどこまでも熱く燃え上がれ。

 

やっとその意味がわかった気がした。

 

 

「僕にとっては今だ!!!!」

 

魔法棒が、燃え上がるように真っ赤になる。

 

「剣!!!!」

 

確かに、それは、最適な速度を以て、敵へと届く、はずだった。

 

腕の感覚はあった。

 

風を切る音もあった。

 

赤は確かに、灯っていた。

 

――手応えだけが、ない。

 

 

「くそ……くそ……!!!!」

 

視覚の上で、攻撃は黒い物体に届いていた。

より正確に言えば、それは飲み込まれていた。

 

魔法力が消されていく。

 

そこから黒いものが、決壊するように溢れていく。

いつも怪物を倒した時に出る量の比じゃない。

まるでこの空間全てを満たすように。

 

「くそおおおお!!!!」

 

体が黒へと飲まれていく。

 

体の感覚が、根こそぎ奪われる。

 

 

 

自分という存在が、消える。

 

 

 

そんな中で、確かに聞こえた。

 

 

 

ゆめちゃんの声が。

 

 

 

ここまでやってくれたら十分です!!!!

 

 

 

 

後は私が!!!!

 

 

 

 

 

幻聴にしては、やけに力強いなと思った。

 

 

 

 

「ドリィィィィム!!!! ドリルゥゥゥゥ!!!!」

 

 

 

 

黒い物が桃の渦巻きに巻き込まれ消えていく。

そのまま、少女が敵の本体へと突撃した。

 

まるで溢れていた黒をかき分け進むように。

 

黒が白へと変わる。

 

今度は体が白い光へと飲まれていく。

 

何が起こっているのか。

 

目を凝らして、必死に確認する。

 

少女は正面を見据えていた。

 

まるで僕には見えていないものを見ているかのように。

 

「そうか……そういうことだったんだ……だから私は……」

 

少女が、白い光に向かって歩を進めた。

 

「ゆめちゃん!!!!」

 

僕は手を伸ばした。

 

何が、どうなるかなんて知らない。

 

彼女を、ゆめちゃんを独りにしたくない。

そう思っただけだった。

 

世界を救うなんて、大層な話はわからない。

でも、傍にいることはできるはずだった。

 

一度も届かなかった手を、またもう一度伸ばした。

 

 

 

 

 

手に感覚が宿った。

 

しっかりと届いていた。

 

ゆめちゃんの温もりが伝わってきていた。

 

少女がこちらを振り向く。

 

その顔は、とても優しい微笑みを浮かべていた。

 

その口が、かすかに動いていた。

 

 

――ありがとう。

 

 

乾いた音がした。

 

手が宙へと放り出された。

 

僕らの手は、もう離れていた。

 

「ゆめちゃん!! ゆめちゃああああん!!!!」

 

「これは私だけで十分なんです。だから……」

 

少女がまた前へと向きなおった。

 

「さようなら、真赤さん」

 

僕の体は後ろへと引きずり込まれる。

意識が消えていくプロセスを辿る。

 

最後までその名前を叫び続けた。

 

音がなくなるまで、なくなってからも。

 

その人の名前を呼び続けた。

 

 

 

 

 

少女は今、鏡の前に立っていた。

 

それはまるでもう一人の自分だった。

 

鏡に手を当てれば、手の平が重なるかなと思った。

 

少女は手を伸ばした。

 

まさに触れようとしたその瞬間に。

 

鏡は砕け散った。

 

割れた破片に、たくさんの顔が映っていた。

 

それらは全部、一人の少女のものだった。

 

怒った顔、笑った顔、憂いを帯びた顔。

 

どれもが美しいと思った。

 

やがてこの時間が終わるのだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わりはやってこなかった。

 

後には砕け散った破片の残骸と、残された少女が呆然と立ち尽くすだけだった。

 

それは少女が、もう一人の少女の幸せを願ってしまったから。

 

それが終わりだと自らが決めたから。

 

決して訪れることのないその時に向かって。

 

少女の物語は、終わりをなくしてしまった。




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