魔法少女GL ~女の子たちの初手はいつだってルームシェア時空!!~ 作:MOPX
私は身動きが取れなかった。
体は正常だ。
だから、これは私が動こうとしなかっただけの話だ。
息を嚙み潰すように、音を抑える。
腕を、足を、動きがないようにと。
脳がわざわざ恣意的な指示を出さざるをえなかった。
……んん。
幼馴染の寝息が耳元で聴こえた。
全身を傾けるように、体重がこちらにかぶさってくる。
私はそれを、ただ受け止める。
無下にしないように、ただ。
ここは研究所の休憩室。
長椅子のすぐ横で、天ちゃんは寝息をたてていた。
今日のパトロールはすぐに終わった。
というのも、すぐに交戦してすぐに戦闘は終わったからだ。
目線を下げると、腰にさがったヘルメットがゆらゆらと揺れていた。
天ちゃんも戦おうとしてくれた。
私ひとりで大丈夫だからって何度言っても。
そのせいで疲れさせてしまった。
きっと研究所が私と天ちゃんを同じチームにしているのも、
その方が都合がいいからだろうと思った。
断然、私が天ちゃんに迷惑をかけているのに。
漏れそうになったため息を口の中で抑える。
――こ……ころ……ちゃん……むにゃ……むにゃ……。
私はそれを静かに聞いていた。
邪魔するわけにはいかない。
天ちゃんは、きっとさぞ気分よく、――心地で。
――ゆめ……ちゃん。
風船が弾けた。
硝子が割れた。
世界が爆ぜた。
体が震える。
背中が震源地だった。
ふわ!? と驚く声が聞こえた。
あたりにはけたたましい音が鳴っていた。
私は下を向いて、謝るほかなかった。
「ごめんね天ちゃん、起こしちゃった」
「え……!? あ、そうか。私、寝てたんだ……。
こころちゃんが気にすることないよ!! お昼寝しちゃった私が……」
「ゆめのこと――」
言葉が続かなかった。
喉が酷く渇いた。
最初から口にすべきじゃなかった。
どうして、こう、何も考えていないんだ。
天ちゃんは俯いていた。
やがて、こちらを見据える。
「……うん、夢でみてたんだ」
その口ぶりは寂しそうでも、凛としていた。
こういう時の天ちゃんは、抑え込まれない強さを持っていた。
私はなんとなくわかっていた。
天ちゃんは今までの間つとめて、ゆめの話題を私に出さないことを。
昔はよく3人で遊んでいた、はずだった。
天ちゃんがゆめのことを忘れているはずがなくて、
無意識だからこそ、それは音になったに違いなかった。
ゆめにとって天ちゃんは優しい、近所のお姉ちゃんだった。
誰かなんかより、よっぽど。
私は弱い。
だからこうして天ちゃんに、守られている。
話題が出てこなかったが、あたりにまだ音が鳴り響いてるのに気づけた。
「うるさいよね。これ」
「ううん!! そんなこと……!!」
私の背中からはまだ魔法力が噴き出していた。
けたたましい、暴力的な音が部屋を支配する。
私には、そうとしか聞こえなかった。
「私は好きだな、この音」
「……どうして?」
「こころちゃんがいる!!って感じがして」
屈託のない笑みから目を思わず逸らす。
そんなことを言われる資格、私にあるはずがなかった。
「……3人でよく、遊んだよね」
私は何も答えない。
今はもう、できない。
私のお父さんと天ちゃんのお父さんは、
近所の模型屋さんのコンテストか何かで知り合ったらしい。
二人とも佳作だったけど、それで意気投合したって。
私のお母さんと天ちゃんのお母さんも出会ってすぐに仲良くなった。
うちのお母さんは「同年代にあんな可愛らしい方がいるなんて!!」といたく驚いていた。
私たちがもっと小さい頃から、子育てのこととか話していたらしい。
私には天ちゃんがいた。
同い年のとても大切な幼馴染。
3人と3人。
それぞれが知らないところで、仲良くなって
みんなが同い年で、こんなことがあるんだねって笑って。
ゆめはひとりだった。
私がひとりにしてしまった。
ゆめにもできたかもしれない大事な人を、
その未来をなくしてしまった。
「ゆめちゃんに絵を描いてもらったこと、思い出してたの……。
私、夢の中でも居眠りしてて」
天ちゃんの言うことを私は黙って聞いていた。
あるいは、私の幼馴染は――。
私の代わりに、思い出を吐き出してくれてるのかもしれなかった。
「疲れて、こころちゃんの家の縁側で眠っちゃったんだよね。
……覚えている?」
静かに頷いていた。
何も思い出せないから、完全になくなったのかと思っていた。
少し力を込めれば壊れてしまいそうなそれを、ゆっくりと掬いあげていく。
私も眠っていた。
その時は、お互いにもたれかかっていた。
お互い寝息を漏らして
でも、おかしい。
本来、寝ている時のことなんてわからない。
でもこれは私や天ちゃんの想像ではない。
それがわかったのは――。
「ゆめちゃんがスケッチブックに描いてたんだよね、私たちのこと」
ちょっとだけ思い出した。
起きた時にはゆめがものすごい不敵な笑みを浮かべてたんだ。
それで私たちのことを冷やかして――。
もうやめろ、こんな話。
「ごめん天ちゃん……」
「こころちゃん……!! ごめん、ごめんね!!
私、こころちゃんの気持ちも考えずに……!!」
違う、違う。
天ちゃんはずっと人の気持ちを考えている。
私に慮られるだけの気持ちがないから、変なことになっているんだ。
雫は、切り傷から流れる血のように流れ落ちた。
気持ちを考えるというなら、ゆめの気持ちを考えるべきだった。
もう、いまはいない、ゆめの気持ちを。
「ゆめがどう考えているかなんて、もうわからないんだ……」
差し出されたティッシュを手に取ることもできず、
私はずっとそうしていた。
なんだ、まだ全然、涸れ果ててないじゃないか。
そう思った矢先、自分の発するものとは違う人工的な甲高い音が鳴りだした。
それは瞬く間に周囲を満たし、そこにいる人の認識を支配した。
私より前を天ちゃんが駆けていた。
あの後、博士からじきじきにモンスターの駆除に行くように指示を受けた。
人手が足りてないのだろうか。
そんなことはどうでもいい。
存在意義がそれしかないなら、そうするしかなかった。
喉の渇きを、体の火照りを忘れるため。
幼馴染は加速していった。
天ちゃんも、大分足が速くなった。
追いつけない。
博士からの指示が飛ぶなり、天ちゃんは駆けだしていた。
「こころちゃんは疲れているだろうから!!」って。
確かに、その前の戦闘で率先して戦っていたのは私だった。
でも、それだけじゃないはずだった。
私が涙を見せてしまったから。
だから天ちゃんに気を遣わせてしまった。
今は背中しか見えない、幼馴染の笑顔が頭によぎる。
「大丈夫!! モンスターの弱点はノートに取ってあるから!!」
天ちゃん秘蔵の、モンスターの弱点を書き留めたノート。
科学的には存在すると断言されてないが、
魔法少女の体感としては確かにあるそれを、天ちゃんは少しずつ、しっかりと綴っていた。
だからこうなっている。
止めるべきだったのか、わからない。
私と天ちゃんはモンスターが出現したとされる野山に到着した。
あたりを見渡しても何もいない。
誤報。
そんな言葉が頭によぎる。
でも、今回ばかりはよかったかもしれない。
幼馴染を危険に晒さずに――。
ぞわりとした感覚が背中を撫でた。
「天ちゃん!!」
私の声に合わせて魔法棒を構える。
報告によれば、敵は一体。
の、はずだった。
いつの間にか、周囲を取り囲まれている。
形はイソギンチャクみたいなやつらだった。
罠?
モンスターにそんな知能があるだろうか。
そもそも数を少なく見せるというのが、
こちらの防衛システムを把握していないと出来ない芸当だった。
罠を仕掛けたとすればそれは――。
そんなことを考えている場合じゃなかった、まずは。
「天ちゃん!! もっと下がって!!」
「こいつらは触手を斬ったら動きが遅くなったはず……!!
私が先に行くよ!!」
天ちゃんの魔法棒の先から黄色い曲線が伸びる。
それは目の前にいる、成人よりも一回り大きい怪物を相手取るには心許なかった。
敵の数を改めて数える。
5体。
一度にこれだけモンスターが出現する自体、珍しいことのはずだ。
前に起こったのは――。
人の叫びが頭で鳴り響く。
一瞬で壊れていくモノ、ヒト。
この地域で起こったモンスターの異常発生。
その映像が再生される。
そしてその最後ではゆめが――。
「うわああああああ!!!!」
「こころちゃん!!!!」
私の無茶苦茶な攻撃で敵のうち一体が消滅する。
その隙を突こうとしたやつも、粉々に砕けて霧散する。
戦いじゃない。
何もできない子供が、駄々をこねて、暴れているだけだった。
3体目も4体目も、いつの間にか消えていた。
5体目は……。
「天ちゃん!!!!」
やっと私の意識は戻った。
天ちゃんは怪物の触手を捌こうと、懸命に動いていた。
速さも、手数も、追いついていない。
「わ……!!」
幼馴染がバランスを崩して声を上げたのと、私が突貫したのがほぼ同時だった。
私の攻撃が終わった後、敵は完全に消えていた。
すぐさま振り返る。
怪我がないか確認する。
天ちゃんは寂し気な笑みをたたえていた。
この子がそんな顔をする必要はなかった。
戦うのは、危険な目にあうのは、何も持ってない、空っぽな人間こそが相応しかった。
――だから言ってしまった。
「……天ちゃんはもう戦わなくていいから」
「……え」
沈黙が流れた。
見下ろす少女の顔は、困惑を見せていた。
その反応で、やっと私はその発言が、言われた側にどんな意味を持つのか思い至った。
違う、これは非難じゃない。
天ちゃんが悪いなんて言ってない。
怒ってなんかない。
心とは裏腹に、言葉は臆病で何も出てこない。
ぬかるんだ道で、タイヤが擦り切れんばかりに回転しているのに少しも前に進んでない。
幼馴染の顔を見るのが怖かった。
「天ちゃんはここにいて!! 私はモンスターがいないか見てくるから!!」
逃げ出すようにその場から離れた。
後ろから声が聞こえてきた。
体だけはやけに動いた。
少しずつでも天ちゃんは努力していた。
それを踏みにじるようなことを言ってしまった。
何も成長していないのは私の方だった。
また、こころにもないことをいった。
それで天ちゃんの反応が怖くて、自分から逃げた。
あの時みたいに目の前からいなくなる前に、自分の方から目を背けた。
なんて、なんてなんて、弱い人間なんだ。
でも、これでいいのかもしれない。
これで天ちゃんが私に愛想をつかせば、それで良いはずだった。
それこそ、私が望んでいたことのはずだった。
時間感覚を失ったまま、脳は壊れたスピーカーのように
同じことを反響していた。
繰り返すごとに強固に、私の思考は塗り固められていった。
このまま、独りで――。
足が止まった。
思考が逆流する。
天ちゃんは今、ひとりだ。
私はモンスターがいないか探すと言って飛び出した。
もしも本当にモンスターがいたら?
バカだ、私は本当に。
急いでもと来た道を戻る。
必死にその人の名前を呼びながら。
募っていく焦りは、私と天ちゃんが別れた場所で最高潮に達した。
天ちゃんはどこにもいなかった。
名前を何度も叫んだが、その声は木々を微かに揺らすだけだった。
いても立ってもいられず、走り出したかったがどこへ行けばいいのかわからなかった。
途方に暮れたまま、焦りだけが確かに増していく。
また、同じことを繰り返すのか、お前は。
「こころちゃーん!!!!」
理解するよりも、体が反応するのが早かった。
私は声の方へと駆け出していた。
「天ちゃん!!」
その姿を確認する。
私の焦りなど、天ちゃんは知る由もないだろう。
だから幼馴染の顔は、単に私が戻ってきたことに対する喜びだった。
それでいい。
天ちゃんが無事なら――。
妹も守れなかった癖に贖罪のつもりか
良い人ぶれて満足かそうやってあの出来事も
薪にくべるつもりか結局は自分のために
私は意識を戻した。
その段になって初めて、天ちゃんの脇にいる少女に気づいた。
紫のベレー帽をかぶっていて同じくらいの年頃に見えた。
「天ちゃん、その子は……?」
「今さっき知り合った!! ……影ちゃん、自己紹介どうぞ!!」
とりあえず名前がエイ、ということはわかった。
「……」
影ちゃんなる子は、静かにしたままこちらを見ていた。
警戒しているのだろうか。
「……影ちゃん、自己紹介をどうぞ!!」
天ちゃんが合図を仕切り直す。
そこはさすがに聞こえていると思う。
既に天ちゃんに自己紹介をしている。
それなら原因は私だろう。
「いいよ、自己紹介しなくて」
「え? でもこころちゃん……」
今更、友達を増やしたいわけじゃない。
それよりもこの少女が今回の件に無関係かどうかだった。
モンスターに罠を張る知能がないなら、仕掛けたのは人間だ。
人気もないこの場に居合わせた少女が関係している可能性はある。
モンスターを操れる人間というのは、いないはずだけど。
「天ちゃん、こっちに来て」
「え?」
「いいから」
天ちゃんがわけもわからぬまま、こちらに歩を進めようとした時だった。
傍らにいたベレー帽の少女が姿勢を正す。
私はそれに応えるよう、拳を構えていた。
「……むら……です」
「ん?」
「で、ですから!! 村田影!! です!!!!」
音量調整をミスしたラジオみたいに、
極端な音の上下を繰り返しながらの紹介だった。
天ちゃんは、よくできました!! と言わんばかりに嬉しそうな顔をしている。
「影ちゃんから話しかけてきてくれて、こころちゃんを待ってたんだー」
天ちゃんは屈託のない笑みを浮かべる。
私と別れる直前のやり取りは触れられなかった。
きっと意図してのものに違いなかった。
だとすれば私はこのベレー帽の少女に感謝すべきなのかもしれない。
私はまだ警戒を解かなかった。
眼前の少女が天ちゃんに接触した理由ははっきりしない。
偶然、こんなところに居合わせたのではないなら天ちゃんがひとりの時を狙ったということだ。
それはつまり、どこからか尾行してきた。
「あなたはどうしてここにいたの?」
「ひ……」
普通に聞いただけだったのだが、目の前の少女を委縮させるには十分だったらしい。
天ちゃんが慌てて会話に入った。
「影ちゃんは私たちの後を付いてきたんだよね?」
「う、うん……そう。研究所から……ここまで」
予想通りだった。
だとしたら次はその理由だ。
「じゃあなんで付いてきたの?」
「……」
「影ちゃん、それはまだ話してなかったよね?
できれば聞かせてほしいなあ~」
「え、ええ……」
どうやらベレー帽の少女はしゃべるのに慣れてないらしかった。
私はじっと待った。
「私の……お父さんが……様子が……いや……村田零っていって……」
「博士? 博士がどうかしたの?」
少女がまたも縮こまる。
横やりを入れるべきでなかったと後悔した。
促す分だけ、遅れる。
天ちゃんが「ほら、深呼吸!!」と合いの手を入れる。
村田影という子が「うるさいわね……」と悪態をついた。
「あの男……おかしいんです……
もともと冷酷非道で薄情で許せない人間でしたが……
家に全く帰ってこないんです……」
「博士が? こころちゃん、知ってた?」
私は首を振った。
博士の様子を気に留めたことは正直あまりない。
だから今日どんな感じだったかも思い出せない。
「研究で残業してるんじゃないの?」
「何日も……いえ、何か月もです」
「ええ!? 博士、オフロどうしてるのかな……?」
私と村田影さんの視線が天ちゃんに集まる。
どちらも何か言おうとしたが、結局言わなかった。
天ちゃん以外の人を交えた会話に、私も要領をつかめてなかった。
「私が思うに……あの男は何か怪しい研究をしているんです!!
それで一言、言ってやろうと思って……!!」
「それで何で私と天ちゃんを……?」
「だ、だから……ガツンと言ってやろうと伝言をお願いして……」
体幹を鍛えてなければずっこけていた。
ベレー帽の少女は嘘を言ってなさそう……
というより嘘をつけるほど器用なタイプに見えなかった。
だから私がいなくなった後で話しやすい天ちゃんに声をかけた。
天ちゃんはきっと、誰とでも仲良くなれる。
誰がいらないかは、明白だった。
悪寒が全身に走った。
最初それは、自分の体に起こった異変かと思った。
しかしそうではない。
天ちゃんも、ベレー帽の少女も体を震わし
辺りをキョロキョロと見渡していた。
私は振り返った。
研究所の上空に渦巻くような黒い影。
最初は異常気象の類かと思われたそれは、まるで生き物のように黒い繭を形作っていた。
あれは巨大なモンスターだ。
思考ではなく、本能が告げた。
「こころちゃん……!! 影ちゃん……!! あれ……!!」
「え? なになに……なにあれ!?」
天ちゃんも気づいたようだ。
私たちがモンスターの知らせを受けて現場へ急行。
そこでは報告とは違う大量のモンスター。
それと同時に研究所では異変。
お話ができすぎている。
ことによると、ベレー帽の少女の推測は正しかったのかもしれない。
体は震えていた。
あの時、この町に起こった厄災の比じゃなかった。
まるで世界が終わるかのような感覚を、理論ではなく生物としての嗅覚が伝えている。
一方で、私はずっとこの瞬間を待っていたのかもしれなかった。
私は異変へと歩を進めた。
「こころちゃん!!」
呼び止める声を背中で受ける。
「大丈夫だよ!! こういう時ってきっと各地からすごい魔法少女が集まって……
それで……だから……」
「天ちゃん、たぶんそれ、間に合わない」
幼馴染の言葉は途絶えた。
大丈夫というのは、「あなたひとりで頑張らなくても」の意に違いなかった。
だからその意に答えた。
「天ちゃん、もう一度、言うね」
今度は、しっかりとした意志で。
「……天ちゃんはもう戦わなくていいから」
戦うのは私だけでいい。
空っぽな自分の役割。
私は全力で駆け出した。
幼馴染の悲痛な声を、少しでも耳に入れないように。
続