魔法少女GL ~女の子たちの初手はいつだってルームシェア時空!!~ 作:MOPX
「あのーちょっといいですかあー」
「……」
「ごめんなさーい!!」
「……」
「す!い!ま!……」
「聞こえてる」
「あ、すいません」
同じクラスの陸上部の子。
こちらに目線を流してくる。
本当に同い年か、そう疑問に持つ程度には貫禄を感じた。
自分も決して背は低くないが、目線を合わせるとこちらが見上げるくらいには相手の方が大きい。
クラスでも違うグループなので話したことはあまりなかった。
ある例外を除いては。
夕日が沈みだし、運動場の人影も減ってきた。
残っているのは運動系の部活でも特に熱心な生徒たちだけだろう。
目の前の子もそうした熱心な子たちの一人であるが、
黙々と筋トレい励む様はストイックそのものという感じだった。
「用は?」
「いつもの」
少しの笑みを浮かべるとコクンと頷く。
例外というのがこのやり取りだ。
まるでバーのマスターと常連客のような空気だが、
これができるあたりお互いに悪感情はない。
静かな雰囲気ではあるがユーモアのある子、というのが
少ないやり取りの中での印象だった。
その子がおーい、と腹から声を出す。
声の先には二人ほど。
そのうち一人がこちらを振り向き、ぱあっと笑顔を見せる。
夕焼けを背にしたその笑顔は、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
流している汗が照らされ、まるで一粒一粒が輝いているようだ。
私は手を振って応えると、笑顔を見せた当の彼女が駆け寄ってくる。
さすがは陸上部。
練習の成果を見せんばかりに綺麗なフォームだ。
こちらにぶつからんとする勢いだったが、
弾むようにステップを刻み目の前に着地する。
こちらに飛び込んできてくれたら、受け止めるのも一興……と思ったのは内緒だ。
「こころちゃん! 委員会おわったんだね!」
「うん。せっかくだし一緒に帰ろうかーなんて」
「うん! ちょうど練習も切りがよかったし……と、ちょっと待ってね」
さっきまで天ちゃんと話していた子が小走りで寄ってきていた。
私とも天ちゃんとも違うクラスだったが、確か学年で走るのが一番速い、と聞いている。
「おてんてん、帰っちゃう感じ?」
「あーうん」
天ちゃんが申し訳なさそうな顔をする。
「いいよー。先生には私から言っとく。また明日なー」
「ふっ……」
普段は寡黙な子がやれやれといった風に手のひらを広げる。
陸上部のもう一人の子がなんだそのポーズと思いっきり突っ込みを入れた。
私と天ちゃんは、よくわからないので笑っていた。
じゃあ、と私と天ちゃんは陸上部の2人に挨拶をすると更衣室へ向かった。
後ろから話し声が聞こえてくる。
聞き耳を立てたわけではない。
耳が良いので聞こえてしまった、
――あの2人はどういう関係だっけ
――幼馴染
――へえ、そうなんだ
――嫉妬か
――ニヤニヤすんな
――わしはお前のことを応援しとるよ
――キャラ違うでしょ。それにしてもあのこころって子、何部?
――帰宅部だぞ
――うそっ!? 筋肉の付き方すごくない!?
――それは私も思ってる
前半はよくわからないのでおいといて、どうやら筋肉を褒めてもらったようだ。
未来の陸上部のエースたちにそう言ってもらえるなら本望だ。
待っててねと言って更衣室に入る天ちゃん。
残していった汗の匂いが心地よい。
青春は五感で感じれるものだったようだ。
学校からの家路、そのすぐ脇にある商店街。
まっすぐ帰ってもいいが、門限までまだ時間がある。
「天ちゃん、どこか行きたい?」
「うーん。久しぶりに食べたいかも、アレ」
「ふふ、アレ、だね」
「うん! アレ!」
私たちは商店街へと足を運んでいった。
目的の場所は歩いて数分だ。
その間、私たちは近況報告という名のただのおしゃべりに興じるのだった。
「天ちゃん、部ではおてんてんって呼ばれてるの?」
私はなんとなく気になったことをそのまま口にした。
幼馴染である私でも聞いたことのないあだ名だ。
天ちゃんはうーん、としばらく思案していた。
「瞬ちゃんだけかなあ。そう呼ぶの。ちなみに閃ちゃんはシーモって呼ばれてるよ」
「上原さんのあだ名センス、何というか独特だね。私も呼んだ方がいいかな?」
「……。天ちゃんがいい」
「天ちゃんは天ちゃんだよ。シーモ、シーモの方」
「あっ、そっかあ。シーモのことかあ」
「そうそうシーモシーモシーモ」
「ぶふっ! こころちゃんちょっと気に入っちゃった?」
お互いちょっと照れくさくなったのを感じ取ったのでシーモ連呼でごまかしておいた。
ありがとう、シーモ。
「シーモさん、同じクラスだからって今日も取り次いでもらっちゃった」
「B組だよね。良い子だし面白いよ!! シーモちゃん!!」
「それはうすうす感じる」
今日のやり取りでもそこはかとなく面白さを出していた。
今度休み時間にでも話してみようか。
「上原さんは? 今日も話してたよね? 仲いい?」
仲いい?に何も含みはないのだが、なんとなくこんな表現になった。
「瞬ちゃんはね、何というか……すごい子かなあ」
「走るの早いもんね」
「うん、でもそれだけじゃなくて……」
天ちゃんの眉に力がこもる。
昔から真面目な話をする時に出る癖だ。
私は静かに次の言葉を待った。
「私には走ることが全部だからって、すごい努力してて」
私は黙って聞いていた。
「同い年なのにそこまでう打ち込めれて、すごいなって。
私は……走るの楽しそう、とかしか考えてなかったから」
「それも真実だよ。走るのは楽しい。体を動かすのは楽しいー!!」
「こころちゃんスポーツ委員だしね」
「帰宅部のね」
大げさにストレッチの動作をしながら私たちはまた笑った。
「天ちゃんは委員、入らなかったんだね」
「うーん、スポーツ委員はちょっと考えたんだけど……
他の子がやりたいって言ってるのが聞こえたから」
仮に立候補を募ったら天ちゃんは真っ先に手を挙げていただろう。
こういうところで人に譲るのは昔から変わっていない。
我が幼馴染は優しいのだ、あまりにも。
そこにはあえて触れず、私は相槌をうった。
「他の委員は? 何か……いろいろあったよね」
天ちゃんがくすくすと笑った。
「文化とか、清掃とか」
「そうそうそんな感じ」
「うちのクラスは立候補多くてすぐ埋まっちゃったなあ。こころちゃんは?」
「うちは全然埋まんなくて静まりかえってた。決まらなくて帰れないかと思ったもん」
天ちゃんがふき出した。
今のはギャグではなく事実なのだからしょうがない。
委員会に選ばれた日のことが思い出される。
B組は委員長こそあっさり決まったのだが残りの選考は熾烈を極めた。
要するに、みんなやる気がなくて立候補が出なかった。
私も、特に何かする気はなかった。
スポーツ委員はスポーツができる人がいいのでは?
誰かが言ったその一言でみんなの視線が一斉に向いた……なぜかこちらに。
私はごまかして明後日の方を向いていたが、思い当たる節がないわけではなかった。
恐らくは体力測定の握力の時に人だかりができたり、
シャトルランでシーモ……下原さんと死闘を演じたのが良くなかった。
最後の抵抗で下原さんの方を向いてみたが
「シャトルラン、田中が勝っただろ」と言わんばかりに一睨みされ終戦となった。
かくして帰宅部のスポーツ委員は誕生したのだった。
「本当に委員長はすぐ決まったんだけどね、長島さん」
「どんな子? 仲良し……? あ」
「どしたの?」
えへへ、と笑う天ちゃんに釣られて私も笑う。
たぶん、私が天ちゃんと上原さんの仲を聞いた流れをなぞったからだろう。
「うーん。私はそんな話してないけど、何というかオーラが違う感じ」
「オーラ!? 何か出てるの!?」
「うん、出てるね、あれは」
B組の委員長、長島さんは明朗活発、頭脳明晰、文武両道といった感じで
中学生活が始まってすぐクラスの中心になっていった。
正直、委員長だけはクラス全員だれがやるか確信していたと思う。
「それに結構周りを見てる子でね、今日の委員会活動の報告も
『田中さんは物言いがきついことがあるから注意してね!!』って言われちゃった……」
「え!? こころちゃんそんなに強いかなあ、物言い」
「なくもない、といえなくもない」
「え……? なくもなくもなくも……あれ?」
「なくもなくもなくもない」
「なくもなくもなくもなくも……」
「シーモ」
天ちゃんが爆笑するのを尻目に私は反芻する。
確かに意見がぶつかった時に折れないのは本当だろう。
正しいと思ってるからこそ主張するのだから。
それが人によっては我を通している、ように見えるらしい。
親にもあまり指摘されたことがないので正直、驚いたというか新鮮な感覚だった。
「まあ、すごい人っていっぱいいるんだなあって思った」
「……うん。こころちゃん、なんだか嬉しそうだね」
そう言う天ちゃんも少し微笑んでいるように見えた。
きっと笑っている理由は一緒だ。
世界はまだまだ、こんなにも広いから。
さあ、目的の場所はもうすぐだ。
目的の場所へと到達する。
私たちが小学生の時から通っていると言っても差し支えない場所。
「お兄さん!たい焼き一つずつお願いします!!」
お!!天ちゃんとこころちゃん!! と気勢の良い声が聞こえてくる。
商店街のたい焼き屋さん。
たい焼きの味だけでなく、このお店の雰囲気が私も天ちゃんもとても好きだ。
なんだか買い物をするだけで元気がもらえる気がする。
「いつもありがとうございます」
私が一礼すると若いのによくできてるよなあ、見上げたもんだよと褒めてくれた。
内心、とても嬉しかったのは内緒だ。
こうしたところで役に立つのだったら小学生の時の経験も無駄ではなかったのだろう。
いや、無駄にしてはいけないんだ。
私たちはそれぞれ勘定を済ますとご所望のたい焼きを受け取る。
今日もずっしりとあんこが重い。
今日はひとつずつ買ったので半分こはなし。
一瞬、例の裂き方をしそうになったが、寸前で踏みとどまる。
もはや癖になっている感すらある。
天ちゃんと食べるの楽しみだね、なんて会話をする。
小学生の時からいつも変わらない味。
だから、いつも楽しみだ。
そしていつもと変わらないやり取り。
それが続くはずだと思っていた時だった。
楽し気に話している私たちに、たい焼き屋さんの方から話しかけてきた。
もう少し先なんだけど、天ちゃんとこころちゃんには話しておこうかな、なんて前置きをされた。
不思議そうにする天ちゃん。
対して私は神妙そうにするお兄さんに、なんとなくだが察した。
「いつも」がついに崩れてしまうのだと。
商店街から出ると外はいつの間にか曇っていた。
私も天ちゃんも、そこに入った時とはまるで違う調子。
楽しくおしゃべりをしながら商店街に入ったのが
わずか10分足らず前の出来事とは思えなかった。
「残念だね」
「……うん」
私の方から口を開いた。
そのままだと、天ちゃんが無理に明るく振舞いそうだったから。
もうすぐお店を閉める。
たったそれだけの事実が私たちの胸の中を覆った。
お店の方は申し訳なさそうにしていたが、
私たちはいえいえ、とたじろいて要領を得ない反応くらいしかできなかった。
このお店の一番のファンは二人だったからなんて言われて、
よくわからないが胸が嬉しいような、苦しいような気持ちでいっぱいになった。
これからもファンでいたかったのだ。
あのお店の。
「私達、なにかできるかな」
ぽろっと天ちゃんがつぶやいたのを聞いて私はその横顔を見る。
天ちゃんは真剣な表情をしていた。
「なんだろう……お店を閉じるのはしょうがないって言ってたよね」
私も普段は休止中の頭を少しでも働かせる。
お店を閉じること自体は前々から決まっていたそうだ。
そもそも中学生二人でその事実をひっくり返せるものではないだろう。
何より、お店を閉じることはお兄さんが決めたのだ。
「……お手紙」
「ん?」
珍しく歯切れの悪い幼馴染に私は「どういうこと?」と言葉を促した。
「感謝の気持ち、どうにかして伝えれないかな。
お仕事中に話し込んじゃうのも迷惑かもしれないからお手紙……とか」
「なるほど! 天ちゃん! ナイスアイディアだよ!」
「……うん、だといいんだけど……」
やはり歯切れが悪い。
何を気にしているのだろうか。
「天ちゃん? 私は良いアイディアだと思うよ、本当に」
「うん、ありがとう。でも、もらって、その……邪魔になったりしないかな?」
「いやいや大丈夫だって。何なら私からそれとなく予告しとこうか。
近日!! 天ちゃんからお手紙渡します!って!!」
「予告しちゃうんだ! こころちゃんはやっぱりすごいなあ……」
何がすごいのかはよくわからなかったが、天ちゃんに褒められて誇らしい気分だ。
「天ちゃんが本当に何を心配してるかはわからないけど、
私も手伝うからさ。やろうよ。手紙も2人で考えよう!!」
「うん……ありがとう、こころちゃん」
「よし!! たい焼き屋常連の底力を見せよう!! おー!!」
「えへへ、一番のファン、だもんね」
手を高々と上げる私に合わせて天ちゃんも同じ仕草をした。
手の伸びた先は相変わらず曇りだったが、その合間から星ものぞいていた。
昔、手を伸ばして星を取ろうとしたことを思い出した。
もちろん無理だったわけだけど、悪い思い出じゃなかった。
日曜日。
土曜と違って午前中の授業もなく、帰宅部である私にとっては本来、勉学に励む曜日。
というのは理想の話で、だいたいは天ちゃんとどこかに遊びに行く。
土曜の午後は天ちゃんも部活があるし、週に一度の貴重な機会だ。
私が天ちゃんの家の前で待っていると、
私服を着た天ちゃんが飛び出してくる。
今日は黄のワンピース。
例のものを持ったか確認すると私たちは歩を進めた。
今日の行先は最初から決まっている。
「何だか緊張してきたかも……」
「あはは、お兄さんも楽しみにしてるって言ってたし大丈夫!!」
閉店の話を聞かされた後日、私は一人でたい焼き屋に赴き、お兄さんに話をした。
曰く、何だか照れくさいが構わないとのことだった。
お手紙を渡す日は、お店が開く最後の日にしようと決めた。
「こころちゃん? どうかした?」
「ううん、なんでもないよー」
お手紙の話のついでに聞いたことを私は思い出していた。
初めて私たちがあのお店で買い物をした日。
天ちゃんが思い切りお店の人をおじさん!! と呼んだのだった。
お店の人は困ったようにまだおじさんって呼ばれる歳じゃないから
お兄さんって呼んでくれ、と言ったんだった。
それ以来、私たちはずっとあの人のことをお兄さんと呼んでいる。
ちょっとだけそれが嫌味になってないか気になってて、聞いたのだ。
もし嫌で我慢してたらごめんなさいって。
そうしたらお兄さんは笑い声をあげて答えてくれるのだった。
嫌だったことなんて一度もない。
天ちゃんとこころちゃんにそう呼んでもらえると
何だか若返ったような気分になるのだ、と。
私は天ちゃんの手を引いて商店街へと向かった。
大丈夫。
今日の天気は晴れのはずだ。
後ろを進む幼馴染は、心なしか歩く速度が遅い気がした。
私はその速さに合わせてゆったりと進んだ。
急ぐ必要はない。
商店街の街並みを改めて見渡す。
家族でよく行っていたラーメン屋さん、
怪しげで、どこか神秘的な小さな古本屋さん。
お使いにいっていたお肉屋さん……。
よく行くお店もあれば未だにあまり知らないお店もある。
どれもが、いつかはなくなってしまうんだろうか。
なくなってしまうのは悲しいし、寂しいことなのだろう。
でも、だからこそ――。
これまでの思い出も、こうして過ごす今も、これから未来のことも大切にしていきたい。
――そうだよね、ゆめ。
私はきゅっと天ちゃんの手を握りなおした。
天ちゃんもそっと握り返してくれた。
私たちはお店へと到着した。
そこにはもう本日閉店の張り紙がしてあった。
本当に最後なのだなと実感がようやく湧いてくる。
私たち以外のお客さんもいない。
挨拶をするには絶好のタイミングと言えた。
「天ちゃん……!」
「うん……!」
私に促されて天ちゃんは一歩前へ出た。
家を出た時も言っていたが、やはり緊張しているようだった。
私はというと、斜め後ろで静かに見守ることにした。
ずっと見てきたからわかる。
我が幼馴染は、こういう場面ではなんやかんや上手いことやってのけるのだ。
「あの!! お兄さん!!」
おお!! きてくれたか!! とお兄さんが相変わらず気勢の良い声をあげた。
「はい! あの……まずは……」
天ちゃんがすうっと息を吸った。
大丈夫だ、落ち着いて。
「たい焼き!! ひとつずつお願いします!!」
私は前のめりに倒れそうになった。
あまりにもいつもの調子。
さすが我が幼馴染。
並みの心配など、どこ吹く風だ。
お兄さんも手紙のことを知らされていたからこそ予想外だったのか、笑い声をあげていた。
天ちゃんはいくつになっても元気だねえ!! と声があがる。
「あ!! こころちゃん、ひとつでよかった!?
たくさん買うのもアリかなって思ったんだけど、他の人の分も残した方がいいかなって……」
いいよーと私は答えた。
何だか来る前の予想よりだいぶ和やかな雰囲気だ。
これも天ちゃんの人徳というやつだろう。
たい焼きをホクホクした笑顔で受け取る天ちゃん。
なんだかその笑顔を見ていると今日も、きっと良い日になりそうな気がしてくる。
「お兄さん!! ありがとうございます!! これがお代と……あと……」
かばんからごそごそと天ちゃんが便箋を取り出す。
お兄さんも待ってましたと言わんばかりに笑顔で見守ってくれている。
「これ!! こころちゃんと書きました!! 感謝のお手紙です!!」
お代といっしょにトレイの上にお手紙を乗せる天ちゃん。
お兄さんはおお、ありがとうよ、と目を細めている。
大切なものを見る目だと思った。
「その……お兄さん……これまで、ずっとたい焼きを作ってくれて……」
天ちゃんの声が、少し震えていた。
言葉も途切れる。
もう、本当にこれで終わりと思ったら、いろんな感情があふれてきたのかもしれない。
私は内心で、頑張れ、頑張れと天ちゃんを応援した。
ここは天ちゃんに言いきらせてあげたかった。
天ちゃんは再びすうっと息を吸うと意を決したように声を出すのだった。
「今まで本当に……ありがとうございました!!」
その声はまるで私たちの胸の中にまで響いたようで。
お兄さんの皺も増えたその顔が、口元を緩めた。
その口からこちらこそ、ありがとうよと優しい声が返ってきた。
無事に手紙を渡した私たちは商店街の外へと出ていた。
たい焼きは手に持ったままだ。
何だか食べるのがもったいない。
天ちゃんはさっきから静かだった。
空はいつの間にか曇っていた。
「うまく渡せてよかったね、手紙」
「……うん」
「天ちゃん、泣かないか心配だった」
「もー、私ももう子供じゃないもん」
「子供じゃ、駄目なのかな」
えっ、と天ちゃんが声をあげる。
「だって、私たちもう中学生だから……」
「関係ないよ。泣きたければ泣いて私はいいと思う」
「でも……」
「じゃあさ」
私は天ちゃんと正面から向き合った。
「泣いているところを見られなかったら泣いたことにはならないよ」
「……」
「胸、貸すよ」
私は少しおどけた調子で言葉を紡いだ。
天ちゃんとふふっと笑うとこちらに体を傾けるのだった。
「じゃあ、少しだけ……借りようかな」
感じる幼馴染の体温。
小刻みな鼓動。
頬を伝う天の滴。
どうやら雨が降ってきたようだ。
「……降ってきたね。折り畳み傘があるから……あ」
かばんを確認しようとして思い出す。
今日は晴れそうだったから傘を持ってきてないんだった。
「……大丈夫だよ。きっと通り雨だから」
「ん、そう。でも屋根のあるとこ行こっか」
「……うん」
私たちは商店街へと再び入っていった。
結構雨足は強い。
「天ちゃんって晴れ女だよね」
「え?」
幼馴染からすっとんきょうな声が出てくる。
「ほらさ、小3の時の遠足。
台風きそうだし絶対中止だ~って時に天ちゃんの家に行って」
「いっしょにてるてる坊主作ったんだよね」
「そうそう。あれ私が帰った後も作ってたんだっけ、天ちゃん」
「うん、100個は作ったと思う。……今思うとティッシュと輪ゴムすごい使ってた」
「あはは。でもそのおかげで台風もそれたというかなくなったんだよね」
「そう……なのかな? 私たちの学年の誰かがものすごい晴れ力を持ってたのかも」
私の記憶の限り、天ちゃんと遊びにいく約束をした日、雨が降った記憶はない。
だから、私の中では天ちゃんが晴れ女でいいのだ。
「それに、今日は雨が降っちゃったし……」
「目的は果たした後だからセーフだよ。それか私が雨女だった」
「そうなの? こころちゃんこそ晴れ女~って感じだけどなあ」
少し間をおいて、天ちゃんが心苦しそうに尋ねる。
「……こころちゃんは、晴れの方が好きだよね?」
「まあ外へ出るのが好きだからね。でも今は曇りも雨も受け止めてあげたいって思ってるよ」
「えっ、どういうこと?」
「曇りも雨も、受け止めてそれから――」
私は天を見上げながら言った。
「私の力で晴れにしたい」
天ちゃんの顔にほのかに赤みがさしていた。
そんなに恥ずかしいことを言っただろうか。
「天ちゃんを超える晴れ女になるってこと!!」
半ばヤケクソ気味に私は話をまとめると手にしてる袋を開け始めた。
「……そろそろ食べよっか」
「……うん」
「良かったら私の半分あげるよ。天ちゃん、食べたいでしょ?」
「ほしいけど、それじゃあこころちゃんの分が……あ! 私のを半分あげればいいんだ!!」
「天ちゃん、それ変わらない」
「え、あれれ? 本当だ!!」
私たちは笑いあった。
昔から、何度もそうしていたように。
「まあいいや、お互いの半分こずつしようか」
「……うん!」
尻尾から真っ二つにされたたい焼きが2組。
全部を食べ終わるころには雨は止み、光が差していた。
続