魔法少女GL ~女の子たちの初手はいつだってルームシェア時空!!~   作:MOPX

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総体と個体

アクセルを軽く踏みながら風景が流れていく。

見知ったデパートからガソリンスタンド、ぱらぱらと並んだ飲食店や車の教習所。

距離が長くなるほど、普段の生活圏から離れていく。

 

今年もこの日を迎えた。

絶対に忘れるでないであろう日が。

 

信号待ち。

 

ふうっと息を吐いて体の力を抜く。

耳からは音が入ってきていた。

他に何があるというわけでもない車内は、それで満たされる。

 

音楽というものは考えてみるとすごいものかもしれない。

まるでその場の雰囲気だとかを人間の五感で落とし込んだような。

 

例えばたのしさ。

表現しようもなかったものを、いろんな人が共有できるようになったのかもしれない。

 

運転する時は大抵何かの音楽をかけていた。

家を発つ前、今日の選曲には少し悩んだ。

暗い気持ちになりたいわけでもないが、かといって明るい曲をかけたいわけでもない。

 

やがて私は思い当たると、古いCDを引っ張り出したのだった。

考えてもみれば最適な曲だった。

毎年、そうしなかったのが不思議なくらい。

 

信号が赤から変わった。

 

音楽とともに、再び前進を始める。

道中はこころなしか軽快だった。

 

 

 

目的地に着き、私は車を停めた。

外へ出る。

 

まだまだ肌寒い。

 

小山の一部である斜面を、軽く見上げて一望した。

ここに来るといつもそうしていた。

ある種、儀式めいたものかもしれない。

 

ここは墓地。

今日はゆめの命日だ。

 

坂の上の方の一角に、

お父さんと、お母さんもいっしょに眠っている。

ここに来るのにはお父さんがよく車を運転していた。

 

お母さんと掃除とかを分担して、自分も手伝った。

お父さんとお母さんにもやりきれない感情はあったと思う。

それでも二人で助け合っていた。

 

今ではご先祖様の分も合わせて、私のやることだ。

 

まずは、と私は坂の小脇にある小屋へと向かった。

桶を借りて蛇口をひねる。

なみなみ入ったところで、自慢の健脚で坂を上る。

こういう時、体を鍛えていてよかったと思う。

ウェイトの量、更に増やそうかな……。

 

「……お」

 

思わず声が出た。

朝、早い時間でもあるし人はいなかった。

 

私の向かっている一か所を除いて。

 

やっぱり、そうだった。

早く来たら会えるかもって思ったんだ。

 

足取りが軽くなる。

桶に汲んだ水が、ちゃぷちゃぷと音を立てた。

 

田中家の墓が目に入るところにまで来る。

先駆けていたその人の背中に私は声をかけた。

 

マフラーを今日もまた、首に巻いているその後姿に。

 

「真赤」

 

「……」

 

背中は動かなかった。

真赤、耳が遠くなったのだろうか。

 

「真赤!!!!」

 

真赤は動かない。

 

「ま!!!! あ!!!!……」

 

「……聞こえてるわよ」

 

墓石の方からゆっくりとこちらにその顔が向いた。

髪はうっすらとした色になっていたけど、私の知っているその顔だ。

 

皺が増えたのはきっとお互い様だろう。

 

真赤と直接会うのは……いや、間接的なものも含めて、ずいぶんと久しぶりだった。

 

「墓参り、来てくれたんだね」

 

「安心して。人様の敷地に入らないわよ」

 

「去年、周辺が掃除してあったからさ~。もしかしてって思ったんだよ。

早く来たら真赤に会えるかもって!!」

 

「話、聞いてないわね? 心配しなくても、もう帰るわよ」

 

「ま、ま!! 待ってって!!」

 

私はすたすたと横を通り過ぎようとする真赤を引き留めた。

久しぶりに会ったというのに、相変わらずクールというか何というか。

 

こういうところは変わっていない。

でも、変わった部分ももちろんあるはずだった。

 

「私は用はないわよ」

 

真赤のその発言を聞いて腕組みをする。

用はない。

これをどう取るか。

 

悩んだら私は、自分のやりたい方向で伝えることにしている。

 

「時間あるなら後で話そうよ。私は真赤と話したいよ、せっかくならさ」

 

ふうっと息を吐く音が聞こえた。

相変わらず憮然とした表情だが、頭の方はどう切り返すか考えているはずだった。

 

「まあ、いいわよ」

 

「本当? やった!!」

 

両手を軽く上げて喜んでみる。

そんなに喜ばなくても、とぼそりとつぶやくのが聞こえた。

 

「後でお茶にしようよ。お墓の掃除するから待ってて」

 

「……」

 

「真赤? どうしたの?」

 

「手伝うわよ、掃除」

 

私は唸ってしまった。

さっきまではさっさと帰ろうとしたくせに、

こういうところは生真面目なのが真赤だった。

 

たまの来訪者に手伝ってもらうのも、と気が引ける。

 

「うーん、もともと私ひとりでやるつもりだったし」

 

「邪魔ならいいわよ。さよなら」

 

「言い方!! ちょっと待ってってば……」

 

極端から極端へ。

相変わらず、何というか……。

 

「捻くれてるって?」

 

「……。そんなこと言ってないけど」

 

「顔に出てるわよ」

 

「う……」

 

「いいの。私なんて偏屈なおばさんでしょ。よく言われるし」

 

「またそういうこと言う~!!」

 

こうして軽口を叩けるのも私たちの仲だから……ということにする。

気づけば真赤は手を出していた。

 

「はい」

 

「なに?」

 

「やるんでしょ、掃除」

 

「ああ、ちょっと待ってね。軍手があるから……」

 

手にした荷物からそれを取り出す。

こんなこともあろうかと予備を持ってきていた。

 

草抜き。

花の取り換え。

そして墓石の水洗い。

 

こっちは私がやる。

などと、真赤は必要最低限のやり取りでてきぱきと動いていた。

必要ないと思っていることはこの上なく面倒臭がるが、

やると決めたことは後回しにしない。

真赤の昔からの性格だった。

 

その背中に、出し抜けに聞いてみる。

 

「真赤は相変わらず真面目だよね」

 

「そう? こんなに不真面目な人間いないと思うわよ」

 

「またまた。自分に厳しい」

 

「基準が違うだけよ。やるべきことをやってるのは真面目とは言わないわ」

 

あはは、と苦笑いで返す。

それを厳しいと言わずして何なのか、私にはわからない。

 

「真実さんは? 元気?」

 

「姉さん? まあ元気と言えば元気かしら。……何も患ってないって意味では」

 

「うん、健康、大切だからね……」

 

頭にいろんな人の顔がよぎる。

体は替えがきかない。

この歳になると思い知らされる。

 

「変わりないなら、それが一番だよ」

 

「あなたは……」

 

「?」

 

真赤は口ごもって、それっきり黙ってしまった。

私は待った。

こういうのは相手が話したいタイミングで話すのが良い。

話題が流れてしまうのも一興だ。

 

真赤はやがて口を開いた。

少しバツが悪そうに、マフラーを払いながら。

 

「あなたは変わらないわよね」

 

「そう? これでも日々成長してるつもりなんだけど」

 

「そういうところがよ」

 

意味を図りかねてしまった。

まあ何にせよ、真赤が心を開いてくれてよかった、という旨のことを言ったら

そんなに物欲しそうな顔をしてればね、と返された。

 

それからは二人して黙々と作業をした。

いつもの倍、いや、もっと早く終わったと思う。

 

今は音は必要ない。

聞こえないものに耳を傾ける時間だ。

 

お互いにそう思ったのだろう。

静寂が流れる。

 

二人分の線香を立てて祈った。

目の前にいない人の幸福を。

 

 

 

 

 

私と真赤は坂を下ると目についた喫茶店へと進んだ。

前々からそこにお店があるのは知っていたが、

墓地から微妙に離れているので入るのは初めてだった。

 

早い時間だったので開いているか心配だったが、大丈夫なようだった。

 

扉を開けた瞬間に静かな音楽が流れてくる。

ぼんやりとした灯りに落ち着いた茶色の机や椅子。

趣味の良いお店だな、というのが率直な感想だった。

 

「古い感じね」

 

真赤が店内を眺めて言った。

私は冗談めいて口をとがらせる。

 

「レトロって言おうよ。お店の人に聞こえちゃうよ?」

 

「言葉を変えてもいっしょでしょ。私たちが産まれるより前の年代じゃないかしら」

 

真赤はお店の小物――壁にかかった絵画や大きな柱時計をじっくりと見ていた。

言葉選びはこうでも、置かれたものをひとつひとつしっかりと観察している。

真赤は真摯だ。

 

「あと、あなたほど声が大きくないから」

 

肩をすくめる。

人が見当たらないと思いきや、お店の奥から店員さんが出てくる。

若々しい元気な声で応対をしていただいた。

 

私たちは隅のテーブルへと座った。

メニューを取り出す。

シンプルに飲み物と料金が並んでいる。

 

「私、コーヒーもらおうかな」

 

「じゃ、私もそれで」

 

「私も~? 真赤、好きなの頼んでいいんだよ?」

 

「私がいいって言ってるのよ。子供じゃないんだから」

 

程なくしてカップが二つ、やってくる。

なだらか流線形に赤や緑の花っぽい模様が描かれている。

貴族とかが使うやつだ、たぶん。

 

「これも年代物って感じ……!!」

 

「いや、これは市販の物じゃない?」

 

「……そうかな?」

 

「そうでしょ。数、揃えないといけないし。

大方、中世の貴族が使いそう~とか思ったんでしょうけど……」

 

「正解。よくわかったね」

 

「わかりやすすぎるのよ、あなた」

 

言いたいことを言う。

やりたいことをする。

 

他の人に迷惑をかけぬなら、それが基本。

自分の性格というか特性だ。

きっと生まれついてのものだけじゃない。

長い間、いろいろな経験を通して醸成されたもの。

 

私は一声をかけてから、カップを拾い上げるのだった。

上品な飲み方というものは知らないから、いつものように。

 

「いただきます」

 

「……いただきます」

 

カップに唇をつける。

心地よい苦みが口の中に広がる。

 

良い味だ。

 

たまたま入ったお店の味が好みのものだと、小躍りするような嬉しさがある。

これも顔に出ているのだろうか。

 

対面の真赤は眉一つ動かさずコーヒーを飲んでいる。

真赤は顔に出ないタイプだ。

 

あるいは意図的に顔に出さないのかもしれない。

 

真赤の性格も時間をかけて形成されたものに違いなかった。

だから、それを無理やり変えようとするのは違うのだろう。

 

温かい苦みが、思い出を運んでくる。

 

昔はよく、影が小説のプロトタイプを書いたと言って、

私たちの端末に送ってきていた。

(少人数のグループを作る機能があってそれを使った。

私は使い方がわからなかったが天ちゃんに教えてもらっていた)

 

だいたい天ちゃんが真っ先に読んで「面白かった!!」って感想を付けた。

「他には?」って影が聞いて「楽しかった!!」とも。

 

私も細かい設定はよくわからないから、お話に出てきたこの人が好きだとか、

この人の行動は許せね~とか送った。

「のめり込んでくれて何よりよ」とは影の弁。

 

花は……話の辻褄や時代考証についてばかり書いて、

半ば批判的なものも多かった。

リアリティが……法律では……この人物の動機は……。

影とは激論を交わしていたけど、意見を交換するのは良いことだと思った。

 

そして真赤。

真赤はまず字数を確認して時間がない時は読まないことも多かった。

でも、読んだ時は誰よりも真面目に感想を書いていた。

ぱっと見で端末の画面が埋まる程度には。

影もその内容しっかり読んで、受け答えをしていた。

 

真赤と私たちの距離感は、おおよそこんな具合だった。

べったりとはしないが、いざという時には頼りになる。

肝心の真赤がどう思っているのか、気になっていたけど。

 

最近は疎遠になっていたけど、そういうことなんだろうか。

 

改めて対面の友人の顔を見る。

一般にいうところの無表情だが、真赤の場合はコーヒーを楽しんでるだけ、と言いそうだ。

 

もっと自分を出していけばいいのに。

お節介だけど、そう思う。

 

「今日、ありがとうね。ゆめのお墓参り」

 

「……別に。自分がしたいからそうしただけよ」

 

「また、そういう言い方する。助かったし……嬉しかったよ」

 

「それは……」

 

「……? 何」

 

真赤はコーヒーの黒を眺めていた。

私も真似をしてみたけれど、そこには何も映らない。

やがて、真赤が躊躇しているのだとわかった。

 

「ゆめちゃんの、代弁のつもり?」

 

わずかに色を帯びた瞳がぎらりと光った気がした。

 

嬉しかったよ。

それを受けての言葉なのだろう。

 

だから私は、はっきりと答えた。

 

「ううん、私が嬉しかったから」

 

「……そう」

 

真赤はじっと見ていたそれを口に含んだ。

あるいは真赤も思い出と向き合っていたのかもしれない。

 

この空間は何だかそういう効用がある。

飲み物だけでなく、この雰囲気を提供しているお店なのだろう。

 

「昔はみんなで喫茶店、行ってたわよね。なけなしのお小遣いで」

 

「商店街のところ? あそこももう閉まったでしょ。だいぶ前に」

 

「そうそう。閉まっちゃって。でも、あそこのりんごジュース、おいしかった」

 

「……」

 

「真赤? どうしたの?」

 

「後ろ向きよ……そんなことはわかっているの」

 

カップを――いや、中に入っているコーヒーを愛おし気に見つめる真赤。

自分は、その様子を静かに眺めていた。

 

「でも今でも悩むのよ。あの時……私にできたこと、何かあるんじゃないかって。

結局ゆめちゃんをどうすることもできなかった。それが頭の中でずっと引っ掛かってて」

 

コーヒーに口を付ける。

 

「わかってるわ。ゆめちゃんがどうこうじゃない。

自分で納得がいってないから、だからこれは自分を救うための行為なんだって。

こんなことをしても何の意味もないってわかってるのにね」

 

カップを小皿に置く。

 

やっぱり真赤は真面目だった。

 

「意味はあるんじゃないかな」

 

目的と意味は違うものだ。

 

「何が? 自己満足は自己満足でしょう。やがては消えていくものよ。

最終的になくなるのなら、最初からないのと同じでしょう?」

 

「そうじゃなくて」

 

意味が後から付いてくることもあるはずだ。

 

私は自分を指さしてみる。

 

真赤は意図を察しかねてるのか、憮然とした表情を浮かべていた。

 

 

意味が自分以外のものから与えられても良いはずだった。

 

 

「こうして私と真赤が久しぶりに再会できた、とか」

 

「ぶほっ」

 

「笑うところじゃないんだけど!!」

 

失礼にもむせ返っている真赤に私は声を飛ばす。

正直な自分の感想だし、引っ込めるつもりはない。

むしろ、正直な反応が返って来て嬉しいくらいだった。

 

音楽が止まった。

 

ありゃ、と声が出た。

真赤も店内を軽く見渡す。

 

「あまりの発言にスピーカーも調子を悪くしたのかしら?」

 

「ちょっと真赤!! それどういう意味!?」

 

「冗談よ。意味なんてないわ。……何事にも終わりはあるんだから」

 

音楽は止まったままだった。

考えてもみれば、この雰囲気を形作っていたのは音だったのかもしれない。

 

ゆっくりと真赤が口を開いた。

決して大きな声ではなかったが、静かになった店内でそれは際立った。

 

「皮肉な話ね。古い感じを出すために最新の機器の力を借りるんだから」

 

「そうかな? 私は結構好きな感じだったけど」

 

「そういう話じゃない」

 

「あ、そうそう、音楽と言えば」

 

「話題をぶん回さないで」

 

「今日、車で来たけど真赤の曲かけてたよ」

 

「……」

 

「……真赤?」

 

「覚えてないわ」

 

「覚えている顔だ」

 

「何でこういう時だけ鋭いの」

 

音のない空間で私と真赤のやり取りだけが響いた。

半ば呆れた顔を見せる真赤に私は鼻を鳴らすのだった。

真赤から一本取った。

 

成人して真赤もお酒を飲めるようになった年の瀬だった。

お食事でお酒も入り機嫌が良くなった真赤は私の肩をぶつけて寄り添ってきたのだ。

(天ちゃんもほっぺたを膨らまして私に寄りかかってきたため、挟み撃ちを受ける形になった)

 

天ちゃんはにこやかでしとやかだったが、真赤はやたら饒舌だった。

田中さんある意味すごいよね!! と肌を触りながらやたらと褒められた。

気を良くした真赤は自分の端末を取り出して、私の耳に押し当ててきた。

 

これ僕の作った曲、聴いて!! って。

 

何でも曲の打ち込み? なるものにハマったらしく、初めて作った曲なのだと胸を張っていた。

感心した私はそのデータを自分の端末へとコピーさせてもらった……酔った真赤から了承をもらって。

 

明るい曲調でそれを気に入った私は、端末を変えても消すのがもったいなく、

代替わりしてもデータとして残していた、というわけだ。

 

「いつまでもそんなものを……あなたも古いの、好きよね」

 

「いいじゃん、音楽。あ~私も始めよっかなー。太鼓とか!!」

 

「パワー系。やめときなさい。年寄りの冷や水って言うじゃない」

 

「亀の甲より年の功、とも言うよ?」

 

「ことわざを悪用しないで。それよりも消しなさいよ、曲」

 

「えー。せっかく真赤が作ったのに……それに」

 

「……それに?」

 

「好きなものはいつまでたっても好きだよ。変わらないよ、きっと」

 

「……」

 

真赤は黙りこんでしまった。

私の言葉を、一体どう受け取ったのかはわからない。

 

もしかしたら真赤にも、いつまでたっても好きなものがあるのかもしれない。

 

私はコーヒーに口を付けた。

残りは大分、少なくなっていた。

 

真赤がため息をふうっと出した。

まるで我慢できなくなったように。

 

「好きなのね、あの曲」

 

「うん、そうだけど……?」

 

「あれ……実はあの後いろいろ変えて……完成したやつがあるのよ」

 

「え!! そうなの!?」

 

「……聴きたい?」

 

私が思いっきり頷くと、真赤はバツが悪そうに自分の端末を取り出した。

出しながら、私にも端末を出すように促す。

意図をはかりかねると、口をとがらせて説明してくれた。

 

「お店で流すわけにはいかないでしょ。他に客がいないとはいえ」

 

「あっ、そうか。家でゆっくり聴くね」

 

「ゆっくりは聴かなくていいけど……」

 

「そういえばこの曲さあ、歌詞ってないの?」

 

「ないわよ。いらないでしょ」

 

「ええ~。何かもったいないよー付けようよー」

 

「……好きにしなさいよ」

 

「本当? じゃあ私が考えとく!!」

 

言われた真赤は何よ、それ、と口では悪態をついていた。

手がマフラーに向かっていたのを私は見逃さなかった。

 

過去の思い出に浸るのは後ろを向いている行為なのかもしれない。

でも、そこに意味がないなんて言い切ることはできないはずだった。

少なくとも私の端末に、真赤の新しい曲が入ったのは、昔のことを覚えていたからに他ならなかった。

 

 

 

私たちは席を立った。

あの後、せっかくだからと甘いものも頼んでしまった。

 

結局、お店で流れていた音楽は止まったままだった。

店員さんがしきりに謝っていたが私たちは気にしなかった。

むしろ素敵なひと時に感謝を込めて「ごちそうさまでした」と伝えた。

お勘定はワリカンで。

 

 

 

外に出ると冷たい風が私たちを出迎えた。

思わず縮こまる。

そういえば外は寒かった。

 

「いやあ、おいしかったね。抹茶パフェ」

 

「まあね。じゃ、私は徒歩で来たから」

 

「あっ!! 待って!!」

 

すたすたと立ち去ろうとする真赤。

思わず大きな声を出してしまった。

 

真赤はまだ何かあるの? と訝し気にする。

 

何かあるわけではない。

真赤の行動があまりにも早いから咄嗟に声を出しただけだった。

 

でも、何もなくても話はしていいはずだ。

 

「また、会おうよ。今度は映画とかさ」

 

「……映画? よく観るの?」

 

「うん、天ちゃんとよく観に行ってたし……影ともよく行くよ。

だから、真赤もさ」

 

「まあ、考えとくわよ」

 

「本当? やったー!!」

 

「……あなた、本当に変わらないわよね。やりたいことばかりで困ってなさそう」

 

「やれずに終わったこともあるからね。……ルームシェアとか」

 

「まだそんなこと言ってるの。人と人がいっしょに住むのって大変よ。トイレとかどうするの?」

 

「個室にそれぞれ専用とかで、どうかな?」

 

「……」

 

軽快な会話はそこで打ち切られた。

 

「真赤? どうしたの?」

 

「私は……」

 

真赤は首を振った。

わだかまりを全て振り払うように。

その仕草が終わった後、真っすぐと私を見詰めた。

 

目と、目が合った。

 

「僕はきっと怖かったんだ。君たちと付き合ってたら人生がそれだけになっちゃいそうで」

 

「真赤……」

 

「でも、何だか馬鹿らしくなった。それが僕なんだって、そういう人生だって認めれたらよかったんだ」

 

「ふんふん……」

 

「……さては、よくわかってないね」

 

「え? そんなことは……うん、どうだろ」

 

「いいよ、君はそれで」

 

そう言って真赤は笑みをこぼした。

改めて私たちは別れの挨拶をした。

 

「またね、真赤!!」

 

「うん、君も元気で。さよなら――」

 

真赤はまたも首を振って、言い直すのだった。

 

「――またね、こころ」

 

 

 

 

 

季節は巡って、大分暖かくなった。

 

私は自室で紙とにらめっこして、筆を走らせる。

 

耳にはヘッドホンがしてある。

 

音を聴きながら、頭を捻らせる。

 

真赤が亡くなった知らせを受けたのは、しばらく後のことだった。

 

突然のことで上手く受け止めることができなかった。

 

だからこうやって、手を動かしていた。

 

少なくとも、真赤のやったことには意味があるんだって。

 

「……できた!!」

 

思わず、声が出た。

 

私は紙いっぱいに埋まったそれを充実感を持って見つめるのだ。

 

これで終わりではない。

2番だってある。

 

私は思いついたフレーズを、急いで紙にしたためるのだった。

 

「真っ赤な花が優しい影をおとすよ」と。

 

 

 

 

 

高橋真赤 享年63歳




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