魔法少女GL ~女の子たちの初手はいつだってルームシェア時空!!~   作:MOPX

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平行世界は交わらない

夢の中で夢だとわかるやつ。

 

いや、本当にあれは夢だったんだろうか。

 

眠っている間にみるものとはどうも毛色が違っていたのだ。

 

細長い居住スペースなようなイメージが広がっていた。

 

ような、と付けたのは直感的に実際には違うと思ったから。

 

畳とか、冷蔵庫とか、取って付けたように置いているが、左右の長さに対して前後が広すぎる。

 

何か特殊な建物なのだろう。

 

体を動かそうかと思ったが、私の体はそこにはなかった。

 

カメラだけだけが置かれて、周りの様子のみがわかるやつ。

 

夢なんてそんなものと言われたら、反論はできない。

 

しょうがないので周りをぐるぐると見渡す。

このまま軸足で高速回転する練習でもするか。

 

などと思っていたらふと気づいた。

壁になにやら見覚えのあるものと、見覚えのあるものがかかっているのを。

 

あれは――。

 

 

轟音。

 

 

金属が破裂するような乱暴な音に、思わずカメラの方向が変わる。

 

扉、らしきところがへしゃげていた。

明らかに外部から力が――。

 

 

またも轟音。

 

 

へしゃげた金属が更に内側へと折れ曲がる。

とうとう耐え切れなくなったのか。

それまでのものより伸びきった気持ちの良い音とともに、

扉は吹っ飛び床に落ちた。

 

風と砂が入ってくる。

足音と二人の人影も。

 

「ヘイヘイ!! ドウジョウヤブリです!! 全員Hold up!!!!」

 

「茶番。さっさと入りましょう」

 

「オゥ……キンチョーでガチガチになっているミカドの筋肉をほぐそうと思ったのに」

 

「時間。惜しいから」

 

入るなり身を屈めて周囲をうかがっている。

どうやら危険が潜んでないか確認しているらしい。

 

入念に、隅々まで。

 

「どうやら、何もいませんね。モヌケのカラ、というやつでしょうか?」

 

言われた側の人が静かに頷く。

やはりというか、私のことには気づいてないらしい。

 

「――さん……ミカドはまだどこかにいると思いますか?」

 

名前が聞き取れなかった。

口を動かそうとしたが、何も動かない。

 

「わからない。……誰にも」

 

「そういう意味じゃありません。いてほしいか、という意味です」

 

「……あなたは?」

 

「ワカリマセン、ね」

 

「……いてほしいか、じゃなかったの?」

 

「だからです。私やミカドが望むような形とは限らない。

上の言う『ヨイ結果』とも違うものでしょうね」

 

「そう。それなら口を慎むことね安藤アレクサンドリアアリシア」

 

「ヘイヘイ、です」

 

どうにも会話の要点がつかめない。

そもそもこの二人は何がしたいのだろう。

 

二人は前――この長細い一室の端の方まで行き、何か調べているようだった。

 

動く? 無理ですね。

そんな会話が聞こえてきた。

 

「派手にやられたようですね。ウントモスントモ」

 

「戦闘。あったのかも、ここで」

 

「ンフ? 確かに襲撃はされたかもしれませんが……ここで?」

 

「直接。暴れたのかも」

 

「ミカドのように、ですか?」

 

「……」

 

「ウソウソ。ジョーダンでありジョークです」

 

静かに息を吐きながらミカド……と呼ばれた人が近づいてくる。

単純に向こうで調べることが終わったからのようだ。

 

その段になって、やっと顔を正面から捉えれた。

シャープな輪郭、短い髪、鋭い眼光。

無駄のない洗練された印象。

きっと彼女のこれまでの道のりを示しているのだろう。

 

どこかで見たことがある。

直感的にそう思って、記憶の糸を手繰り寄せる。

 

「まあ、長旅でしたし畳でクツログとしましょうか!!」

 

安藤アレクサンドリアアリシアと呼ばれた方の人が、畳へとダイブした。

私の周囲は和室をあしらった空間となっている。

何を言っているか私もよくわからない。

 

「5分。休憩したら出る」

 

「え~ブーブー!!」

 

かたや目をつむるも周囲の気配には感覚を研ぎ澄まし、

かたや畳の上でゴロゴロと転がっている。

 

視覚的な情報だけなら対照的に映る。

それでも私にはどことなく似た二人だと感じられた。

少なくとも軽口を叩き合えるのは信頼の証なのだろう。

 

仲が良いのはよいことだ。

 

畳で転がっていた安藤さんから勢いよく「飽きました!!」と放たれる。

ミカドさんは微動だにしない。

こんなことは慣れっこなのかも。

 

身じろぎもしない少女に、そのいたいけな頬っぺたに魔の手が迫るのだった。

 

「えい」

 

「……。ほっぺは止めて」

 

「まあまあ、ヨイではないか、ヨイではないか……」

 

「良くない。私は」

 

だいぶ手慣れた様子で、うどんをこねる要領でほっぺたが揉まれていく。

熟練の手つきだ。

 

弾かれたように、跳ねあがる手。

そのまま少女は仁王立ちをして、相方を見下ろしていた。

 

「やめなさいと言っている!!!!」

 

「ヨヨヨ、昔はミカドも私の頬っぺたをよく揉んでいたのに……。

出会ってから頬っぺたを揉み合ったあの日々はウソだったのですか!?」

 

「しれっと記憶を捏造しないで。……揉んでいたのは私だけでしょ」

 

言われた側はニヤリと笑い、言った側はバツが悪そうに座った。

「誰も聞いてないから」なんて付け加えてるけど、がっつり聞いている人間がここにいる。

何だかいたたまれない気持ちになる。

 

「……私に戦い方を教えてくれて感謝している」

 

「ミカドが私に感謝!? 明日はモンスターのタイグンが降ってきますね!!」

 

「……もう二度と言わない」

 

「ジョークですよ!! むくれては駄目です!!

でも、ま……戦わずにすむんならそれが一番だった」

 

「……そうかも。今、言われても信じれない、ほんの二十年前は平和だったなんて――」

 

「……ヘイワ? 世界の、どこがどう?」

 

一瞬、誰がしゃべったのかわからなかった。

それくらい、これまで聞こえてこなかった低い声がこだまする。

 

ぎらぎらと輝く瞳に、目を逸らしながら少女が口を開いた。

 

「……ごめん。忘れて」

 

「オオゥ!! ジョーダンですよ、ジョーダン!!」

 

背中を叩く音がばんばんと聞こえる。

叩かれている少女も今回は悪態をつかず、甘んじて受けている。

音は少しずつ小さくなり、やがて寂しそうな声が取って代わる。

 

少女はこの空間全体を眺めているようだった。

 

「しかしレイ博士もロマンティストですね。平行世界の様子を知れば今の世界に役立てれるかも、なんて。

……各々があったかもしれない未来を口実に争うだけなのに。

今より幸せなものも、不幸なものも、みんなが争う」

 

「だから、されなかったでしょ。実用化」

 

「当然です。個人レベルでもモメにモメます。そう……たとえば……」

 

少女が虚空を見上げる。

何もないはずのその空間を。

 

「あの子が生きている世界があったら……私は……」

 

「……。きっと後ろ向きなことばかりじゃない」

 

「……ミカド?」

 

「希望って見えないものでしょ? だからこそ信じれるものが必要なんだよ。確信って言ってもいい」

 

「……」

 

「今の私たちがこんなのでも、どこかの私たちの幸せのために戦っているって考えれたら、きっと救いになる。

今の私たちの戦いは無駄じゃないって、言い切れる」

 

「ふふ、強いですね、ミカドは……」

 

「そんなんじゃない。ただ、私もどこかの誰かに助けれて生きてきたから……何となく、覚えてる。

私たちはまだ見えてないもののために、戦っているんだよ」

 

ひとしきり少女が話し終わるとまた静寂が空間を包んだ。

 

何も動かない。

何の音もしない。

 

観念したように、片方の少女が口を開いた。

 

「……よい、ですね。うん、とてもよい」

 

「……わかってるの?」

 

「ええ、もちろん!! イタイほどに、ね」

 

二人が微笑み合う。

険悪なムードが流れるものかと心配したが、めでたしめでたし、だ。

相変わらず私は動けないままだったが、良いものを見させてもらった。

 

誰かの隣に誰かがいる。

手を差し伸べる誰かが、救われる誰かがいる。

それはきっと、とても尊いことで――。

 

「ところで中央のそれ、何ですか?」

 

視線が急にこちらに向く。

安藤さんが黄色い髪を揺らしてずんずんと来る。

 

近い、ぶつかる、通り抜けた。

 

「……」

 

「ミカド!! 聞いてますか!?」

 

「……カロリー。もう消費したくない」

 

しゃべりすぎて疲れた、そんなことを言っている少女がずるずると引きずられる。

ヨイデハナイカー、そんな一声とともに二人が並んだ。

 

「壁のシミ……ならぬ、空間のシミですね」

 

安藤さんが顎に手を当てて近づいてくる。

 

近い。

 

視界の全部が覆われて鼻の穴まで見える。

さすがに息苦しくなってそっぽを向く。

 

今度はミカドさんの顔で視界が埋まる。

 

やっぱり近い。

 

スクリーンいっぱいに広がった顔は遠近感のせいでまん丸。

実物とは違う、幼い印象を醸し出す。

 

面影が重なる。

 

ああ、そうか。

 

やっとわかった。

自分よりも年下だと思ってたからすぐに気づけなかった。

 

大きく、なったんだね。

 

心なしかほっぺたがむずむずする。

きっと久しぶりの再会に心が沸き立って――。

 

「嗚呼!? 久しぶりにミカドの頬っぺた揉み揉み癖が!?」

 

「……」

 

見えないが、私は一心不乱に頬っぺたに当たる部分を揉まれているらしい。

くすぐったい。

 

「ミカド……ついに虚空を揉むことができるようになったのですね」

 

「……。ちょっと固い」

 

私のほっぺはお気にめしてもらえなかったようだ。

残念。

どうやらぷにぷにもちもちのほっぺが好みらしい。

 

「ねえ、これやっぱりまほ――」

 

意識が引っ張られる。

まどろみから掬い上げられるように。

 

少女らしい不思議がっている顔が遠ざかっていく。

落ちていく人が、元居た場所を見上げるみたいに。

 

 

 

 

 

「……」

 

目を覚ます。

それは目が存在したということ。

 

立っている感覚。

前を見ている感覚。

 

今度は比較的に、体の感覚を伴ったものだった。

手に当たる部分を動かす。

意図通りに視界に自分の手を映せて、私は元の世界に戻った確信を――。

 

「……いや、どこだろ、ここ」

 

街灯がいくつか並ぶ、真っ黒な空間。

洋風の人気のない通り。

あるいは駅のホームのような場所かもしれない。

 

少しずつ目が慣れてくる。

暗闇の中にも輪郭が浮き上がってくる。

 

足元は舗装されていたが、少し離れたら茂みが行く手を遮っている。

反対側は、と確認してみると段差があるようだった。

段差の下にには線路。

 

だとすればここは駅なんだろう。

どこからか、どこかへと向かう。

 

もうひとつ、気がかり、というか気になることがあった。

さっきから辺りをうろうろしているが、いつも以上に体が軽い。

 

心地の良い違和感。

 

その感覚は自身の上腕二頭筋を握って、確信へと至った。

 

しかし、これはおかしい。

だって、本当の私は――。

 

灯りが目の前にぼんやりと浮かんだ。

緑の轟轟とした光球が。

 

とりあえず、と進んでいくと灯りの周囲がはっきりとしてくる。

灯りはランタンで、持っている人の姿が露になっていく。

 

距離を測る。

間合いを考える。

 

別に事を荒立てるつもりはないが、これは自分に染み付いた習性だった。

灯り――もっと言えばそれを持っている存在が近づいてくる。

 

いよいよ、私が警戒を高めていると、

それを嘲笑うかのように口元が歪む。

 

「ずいぶんとオラついてらっしゃいますわね……」

 

「……花? 花じゃん!!」

 

緊張がふっと霧散する。

伊藤花。

昔から付き合いのある友人のひとり。

 

背が高く、肌も艶やかな光を放っている。

高校生くらいの花の姿がそこにあった。

 

「花もここに迷い込んだの? 夢みたいな場所だと思うんだけど」

 

「――運命とは何か? 私はずっと考えていた、ずっと……」

 

「は?」

 

花の言葉は心ここにあらずという感じだった。

とはいえ、もともとそういう言動が多いタイプだったので私は耳を傾ける。

 

「運命、それは無意識により編み込まれ定まっていくもの。

だからこそ博士はそれを破ることができるのは子供だと考えた」

 

「……ふうん」

 

博士とは影の父親、村田零博士のことだろう。

 

私もどうすればよかったか、考える。

影と話していても、ふと頭によぎることがある。

 

どうすることもできなかったのなら、それが博士の運命とでも言うのだろうか。

何となく嫌だと思った。

 

「博士の提唱した超ガルガンチュア理論……ついにそれを実証することはできなかったのです。

体の中に『自分』の意識を取り込み、意のままの『自己』を形作る。

自他の意識を書き換えることで物質的な存在を上書きする」

 

「……それって病院とかで使おうとしたやつだよね」

 

私もその手の論文を調べたことがある。

単純に博士がやろうとしたことを知りたかったから。

 

内容は、自分の不勉強さに頭を抱えることになったけど。

 

やっぱり本は読んでおくべきだと思い知らされる。

知識は筋肉と同じだとやっと理解できた。

鍛えれば鍛えるほど強くなる。

 

「何か変なことを考えてますわね……まあいい。

ともかく、博士の研究は打ち切られてしまった。

こちらの世界では、博士は平行世界を終に見つけることができなかった。

だから研究は、そこで終わってしまったのです。

永遠の命は、人の夢はそこで儚く散ってしまったのです」

 

「花、けっきょく何が言いたいの?」

 

「私が言いたいのは――」

 

花がこちらに向かって拳を突き出した。

 

「私はまだ、永遠を諦めていないということ!!」

 

「花……!!」

 

花の頭に付けている髪飾りがきらりと光った。

天ちゃんからプレゼントされたというもの。

花はいつ会っても、それを身に着けていた。

 

迷い猫が二人、相対す。

 

花の拳が、派手に空を切った。

 

「なぜあなただったのです!! 天さんが好きになるのが!!

ずるいです!! 運命なんて言われても納得できません!!」

 

「そんなこと言われても!! 天ちゃんはみんなと仲が良かったでしょ!!」

 

ワンツー、良い動きをしている。

腕で止める。

 

「私がほしいのは特別だったのです!!

最初は何とかなるかと思ったけどやっぱり駄目だった!!

気づいた時にはもう遅かった!! あなたにはわからないでしょうねえ!!!!」

 

「わかんないよ!! いっつも意味深なことばっかり言って説明してくれなかったじゃん!!」

 

暗がりの中で風を切る音が響く。

花の息遣いが聴こえる。

ステップが、たどたどしくも練習したのであろうそれが地を揺らす。

 

花は努力の人だった。

高校時代も、私たちの誰よりも真面目に勉強した。

大学でも、最初から目標を持って熱心に勉学に励んでいたようだった。

 

それでも本人のやりたいこと全部は、叶わなかった。

 

「八つ当たりだと笑いますか!? 過去に縋っていると!! でもしょうがないではないですか!!

もっと輝かしい未来が待っていると思っていた!! 研究はもっとキラキラしたものだと思っていた!!

でも……私を待っていたものは……地味でつまらない、ありふれた生活……!!」

 

「花は頑張ってたじゃん」

 

「それが――」

 

花が思いっきり体をよじってきた。

 

――来る。

 

「いけすかないと!!!! 言ってるのでしょおおおおがああああ!!!!」

 

右ストレートを伏せて躱す。

 

わかっている。

 

これはフェイントだ。

 

だからとことんつき合うつもりだった。

 

どちらかが一方的にはではなく、対等に。

 

花の体が突進する。

背で言えば私より高いそれが覆いかぶさるように乗っかってくる。

 

一発ずつ、互いに、それらは撃ち込まれていった。

 

「私たちにはもう未来なんて……!!」

 

「あるじゃん!! 好きなことをして暮らせばいい!!」

 

「何をするのですか!? もう体だってガタがきているのです!!」

 

「私は過去も、今も、未来も全部大切だよ!! 天ちゃんのおかげでそれに気づけた!!」

 

「ま、また……天さんの名前を……!!」

 

「天ちゃんが私を好きだったって!! 私だって天ちゃんのこと好きだったよ!!

運命とか知らないよ!!!! 花はそれ、見たことあるの!?!?」

 

「私の理論を……積み上げてきたものまで……あなたは否定するというのです!?」

 

「そこまでは言ってない!! ごめん!!!!」

 

組み合ったまま、がっぷりよっつ。

どちらかが優勢なのか、判断する人間はいない。

 

でも、それでいいんだって思えた。

花とこうするの、とても久しぶりだったから。

 

組み合いつつも私はポケットを確認した。

それは確かに入っていた。

 

「いつかは終わってしまうのに……意味なんてないではないですか!!」

 

「あるよ!! 私たちはまだ見えないもののために戦っているの!!」

 

「さっきの受け売りではないですか!! 私だって見ていましたよ!! 絶望しかない砂漠の世界を!!」

 

「そうだったの!? でも割と感動したのは本当!! きっと私たち、見えてないものを守っているし、守られているんだよ!!

気づいていないだけで!!!! こうしている今も、きっと……!!」

 

過ぎ去っていった過去。

過ぎ去っていった人たち。

 

その人たちのやってきたことを、否定するのだけは頷くつもりはなかった。

それはつまり、自分たちのこれからも肯定するということだ。

 

私は花の体を弾いた。

よろけるその姿に、今度は私から仕掛ける。

 

拳を握りなおした。

 

風を、押しのける。

そこは通り道。

空間にあるもの、全てをどかせる。

 

拳が音を吐く。

 

花の目が、きゅっと閉じた。

 

一瞬で振ったそれは、一直線に花の付けている髪飾りまで到達し、そして――。

 

 

拳は開かれた。

 

 

「誕生日、おめでとう。花」

 

「……はい?」

 

「だから、誕生日おめでとう。そろそろだったよね? 次、会えるのいつかわからないし」

 

目を恐る恐る開けた花が呆気に取られている。

 

私の手の平には黄の花弁が環を作っている花――をあしらった小さな髪飾り。

 

二人でしばし、それを見つめる。

 

「くる途中に買ってたんだよね、ちょうどよく。向日葵の花だよ」

 

「……私にこれを? なぜ?」

 

「なんでって、花の誕生日だからだよ。よし、付けたげるね」

 

「や、やめなさい!! 天さんからいただいた髪飾りを外すなど……!!」

 

「だからいっしょに付ければいいじゃん」

 

「え?」

 

「葉には花が必要だよ。……きっと逆も。だから一緒に付けたらいいよ」

 

「……」

 

そう思って黄色の花にしたんだ。

緑の葉っぱによく合うようにって。

 

汽笛が聞こえた。

どうやらもう時間らしい。

 

お!! と思わず声が出る。

闇夜に負けない黒を纏った甲冑。

そんなイメージを思い起こさせるどっしりとした列車がこちらへとやってきた。

 

「いやあ、良い汗かいた。久しぶりだったしこういうのも悪くないね」

 

私が列車へと進もうとすると花が手を引いた。

突然のことに少し驚く。

 

「……あなたは何をしようというのです」

 

「何って。列車に乗ったら元に戻れるんじゃないの?」

 

「その必要はありませんよ。だって……」

 

闇夜が晴れていく。

茂みが散っていく。

列車が崩れていく。

 

車輪だけが行き場を失ってころころと転がっていき――。

 

それは花の足元へと当たった。

 

 

 

 

 

私は鳥居の下にいた。

小鳥がさえずり、穏やかな風が吹く。

自分の体が、歳相応(よりも鍛えているつもりだが)に戻っていることに気づく。

 

 

私の目の前には車椅子に乗った花がいた。

白髪が目立つようになったその髪には、相変わらず緑の葉だけが光っていた。

 

花はふんぞり返ったような、納得のいかないような表情をしていた。

 

「私たち、どうしてたの?」

 

「簡単な話です。私たちの記憶が混じり、過去に体験したものと合わさってたまゆらの空間へと飛んでいた」

 

「ふううん」

 

私は適当に返事をした。

花の説明でわからないのは慣れっこだった。

鳥居の下なんだから、多少不思議なことが起こっても不思議じゃない。

 

商店街で買い物して、神社に散歩へ行ったらここで花と出くわしたんだった。

 

「あれ?」

 

私はポケットをごそごそと漁った。

 

ない。

 

花に渡すはずだったそれが。

 

「ありますよ、ここに」

 

あっと声が上がる。

花の手にそれは握られていた。

黄の花飾りが。

 

「受け取っておきます。いただけるものはいただく主義なので」

 

どうやら付けるつもりはないらしい。

まあ、それでもいい。

たまに鑑賞して、私のことを思い出す。

十分だと思った。

 

「……これで勝ったと思わないことですね。あなたとはいつか決着をつけます……もう歳ですが、ね」

 

そそくさと向きを変えようとする花に声をかける。

どうしてこう言い逃げをしたがるのか。

 

「まだ何かあるのですか……? 私にはもう、何もありませんよ……」

 

「いやいや、普通にいっしょに散歩とかしようよ。車椅子、引くよ」

 

「な……!! あなたはまたそんなことを……!! 慣れ合うつもりはありません!!」

 

「はいはい。入るよー」

 

鳥居をくぐる。

新しい風が吹く。

 

花は昔、急病を患ったことがある。

影のお母さんと同じ症状だった。

 

博士が影のお母さんを助けるためにしていた研究が、数十年かかって実を結んでいた。

だから花は今、私といっしょにいる。

 

目の前の問題をすぐに解決はしなくても、

いつかはきっと意味のあるものになる。

 

「小学校の勉強と同じだね。何十年もしてから大事だったんだってわかる」

 

「何の話ですか」

 

「あはは、こっちの話」

 

花は普段、神社は来ないらしい。

いっしょに風景を見る。

 

静かで、穏やかな時間。

 

そこに楔を打つのは花の声だった。

 

「……あの世界の私はこころさんのことを知らなかった。

ことによるとあなたの存在が私の分岐点、だったとでも」

 

「いや、何の話」

 

「こちらの話です。ですがある意味そのせいで、私は何者にもなれなかった。

世界を救う英雄にも、世界を脅かす悪にもなれなかった。良い歳をして何を、と思うでしょう」

 

「でも伊藤花にはなれたんじゃない?」

 

「あなたはまた……そんなことを言っても負けは認めません!!」

 

私は笑い声で返して車椅子を押す。

 

車輪が回る。

前へ進む。

 

どこからどこへ行くかなんて、私たちが決めればいいんだ。

 

そう、例えば――。

 

 

 

私と花がもっと仲良くなる未来とか。

 

 

 

 

 

伊藤花 享年67歳




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