魔法少女GL ~女の子たちの初手はいつだってルームシェア時空!!~   作:MOPX

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人の頭は小宇宙

野山に疾駆する影、二つ。

甲冑に身を包む者と、小綺麗な布に身を包む者。

 

先を行くものが付ける真っ白なそれは、陽の光が届かぬそこにおいて異質ともいえる輝きを放っていた。

 

足が止まる。

 

前方から、左右から、後方から。

物音に囲まれていた。

 

短い弓音。

 

厳然たる殺意を込められた小さな塊が宙を一直線に飛ぶ。

矢は甲冑へは届かず、寸でのところで停止する。

 

まるで、その存在だけが時が流れるのを止めてしまったかの如く。

矢は燃え、落ちていく。

真っ黒になったそれが雑然とした地面の一部になる。

 

「無礼者ども!! 出てこい!!」

 

幽幽たる森の中で、音圧だけが響く。

己が存在をどこまでも、高らかに誇示する。

声の主たる甲冑の者が辺りを見渡す。

その傍らにいたローブを纏っている者は、甲冑を身の寄る辺にするようにぴったりと引っ付いていた。

 

物音が近づき、その数を増す。

木々の間から、下卑た笑顔を携え幾人かの人間たちが顔を覗かせた。

 

正確に言えば、人間らしき者たちだった。

ある者は右腕が、ある者は両足が、禍々しく膨れ上がっていた。

お伽噺に出てくる怪物の、四肢だけを持ってきたように。

 

周囲をぐるっと囲んで円形を形作る。

その包囲網が狭まっていく。

 

甲冑の者が苦々し気に辺りを見渡す中、ひとつの影が前へと出る。

 

「へへへ……騎士様。いいや、今は裏切り者、だったな」

 

男――背中から蜘蛛のように四方八方へと手足を伸ばした者が勝ち誇ったように言う。

騎士と呼ばれし者の顔は対照的に、眼前への敵意で苦虫を嚙んだかのようだ。

 

「甘言に惑わされ、魔物になり果てた人間たちが何を……!!」

 

「そいつは違うぜえ。俺たちは自分から魂を売ったんだ!!

おかげで城に戻れば十分すぎる金が手に入る!!!!

一生使いきれねえほどの金がよお!!!!」

 

「外道どもめ……」

 

「言ってろ!! 矜持や信念じゃ飯は食えねえ……!!

やれ!! お前ら!! 遠くから無理なら直接食らわしてやれ!!!!」

 

号令とともに影が飛び出していく。

甲冑の者が鞘から剣を抜く。

 

澄んだ空を思わせる蒼。

刃は黒ずんだ森の中で、異質とも言える輝きを発する。

 

瞬いた光は、甲冑をも飲み込みその輝度を高めていく。

襲い掛からんとした者たちは、各々がたじろぎ、退き、武器を引いた。

 

「こ、こいつの法具、半端ものじゃねえ!!!!」

 

誰かが言った一言が、襲撃者たちの心情を言い当てていた。

それでも投げ斧が、槍が次々に投函されていく。

 

全てが光に触れた瞬間に、勢いを止める。

抵抗が加わり、動きが鈍くなったわけではない。

文字通り、それらは触れた瞬間に止まっていた。

 

やがて刃が先端から、砂糖菓子のように脆くも崩れ去っていった。

自らの存在、その形を忘れてしまったかのように。

 

「ひ……!!」

 

狩る側と狩られる側を察した本能的な恐怖。

発露した叫びが襲撃者たちを後ずさりさせた。

 

「怯むんじゃねえ!! 全員でかかれ!!」

 

「矜持も信念もない人間の末路がそれか!! 恥を知れ!!」

 

甲冑の中を源に大気が震えた。

剣を高々と掲げて、目を見開く。

 

空間が鼓動する。

草花に、空気に、地に。

周りに存在する全てに呼びかけるように、高らかと言葉を詠んだ。

 

「万物を見定める蒼天の名のもとに――。轟け!!!! フォールスカイ!!!!」

 

剣から青々とした光が打ちあがる。

木々の背を優に追い越し、燃えるように辺りを照らす。

蒼き陽はやがて爆ぜた。

 

稲妻が直線に落ちていく。

遠くから見れば、無軌道に地に落ちていくそれらは、しかし全てが標的を定められていた。

襲撃者たちが断末魔の叫びとともに稲妻に撃たれていく。

 

甲冑の者はふうっと息を吐くと傍らの少女に声を掛けようとした。

 

その時だった。

 

「詰めが甘いぜ!!!! 騎士様よおおおお!!!!」

 

しまった。

そう口に出す時間はなかった。

 

甲冑の者が茂みから這い出て、ローブの少女へと飛びかかる。

 

「姫を消せば……一生遊んで暮らせるんだああああ!!!!」

 

背中から生えた黒い手が八つ、一斉に少女を向く。

一つ一つが力強く、殺意を持ったそれらが伸びていき――。

 

途中で止まった。

 

最後の独りとなった襲撃者が目を見開く。

その伸びた部分は、燃えていた。

炎は伝搬するかのように、襲撃者の体に移っていた。

 

「ほ、法具も詠唱もなしで上位の魔法だとおおおお!?!?」

 

最期の言葉はそのようなものだった。

次に発したものからは、言葉になっていなかったからだ。

 

甲冑の者が慌てて声をかける。

傍らの者に対してだった。

 

「だ、大丈夫ですか!? それだけの魔法を使ったら」

 

「……平気」

 

「平気って……!!」

 

少女が足元をふらつかせて倒れこまんとする。

甲冑の者が体を支えた。

 

森の中で、甲冑の者の声がこだまする。

 

「やっぱり大丈夫じゃない……!! この森を抜ければ町なんですから……!! 今しばらくの……」

 

「……」

 

「ああ!! どうすれば……!! しっかりしてください!! しっかりしてくださいってば!!」

 

 

 

 

 

「いやあ、無理はするもんじゃないわよねえ」

 

「本当だよ。体はひとつなんだから大事にしないと」

 

「あ、そうそう。私、入院するの初めてなんだけど」

 

「うんうん、それで」

 

「リンゴの皮向いてくれるシチュエーション、憧れてたのよね……。

何か、いいなって」

 

「ふっふっふ……」

 

「え? 何その笑み。邪悪なやつじゃない?」

 

「そんなこともあろうかと、来る前にリンゴを買っておきました」

 

「おお!! さっすがこころ!! わかってるわね……!!」

 

「影の考えそうなことならね……まあ切ってきたやつだけど。やっぱり刃物はねー」

 

「うんうん、しょうがないわね……ちょっと待って。最初の部分どういう意味?」

 

「あはは」

 

「笑ってごまかさない」

 

私はぷりぷりする友人を尻目に、鞄からリンゴの入ったタッパーを取り出した。

今日は影のお見舞いにやってきた。

急に体調が悪くなったから入院した、なんて聞いた時はびっくりしたけど、

冗談をしゃべる程度には元気そうで何よりだった。

 

蓋を開けながら、意識だけを影に向けるのだった。

 

「体は? 大丈夫そうに見えるけど」

 

「別に何ともないわ。今日、念のため詳しく診るらしいけど……まあ大丈夫じゃない?

自分の体のことは自分が一番知っているし」

 

私は苦笑いを浮かべながらリンゴに爪楊枝を刺していった。

 

「なに苦笑いを浮かべてるのよ?」

 

影との付き合いももう長い。

控えめなようで、お調子者なところも変わっていない。

 

「それにしても残念だったね。更新、途切れたの」

 

「ああ、あれね……」

 

影があれ、と言ったのは連載中の小説だった。

 

もちろん書いているのは影だ。

 

「まあ、しょうがないわよ。仕事でやってるんでもないし」

 

「うーん、あれだけ文章を書けるだけでもすごいと思うけど」

 

「そう? 最古参からそう言われると胸に滲みるわ……」

 

「はいはい。リンゴ、置いとくよ」

 

「はーい」

 

大袈裟に泣く素振りを見せる影をよそに少し嬉しいような、寂しいような感慨にふける。

最古参、その言葉が当てはまっていたのは私だけではないはずだった。

 

だからこそ、今も続いているこの縁を大切にしたい。

 

「リンゴ、あーんしてあげよっか?」

 

「いや、さすがに……。歳を考えましょう、こころ」

 

「若かったら良かったの? まあいいや」

 

それにしても、と私は影の書いていた小説の内容を思い出していた。

影は今も趣味で小説を書いていた。

中学、高校、社会人、そして今に至るまで。

影と会えばその話をしている気がする。

 

だから今日もその話題をすることは自然だった。

 

「あの呪文みたいなやつ、かっこよかったね」

 

「……。面と向かって言われると恥ずかしい」

 

「読者の生の声だよ? 何か考えるコツとかあるの?」

 

「うーん、コツってほどでもないけど……、規則性を持たせることかしら。

今回だと地の文も台詞も漢字を多めにしてるんだけど、呪文だけ横文字なのよ」

 

「あっ!! なるほど!! 呪文を唱える人だけ英語ペラペラってわけだ!!」

 

「……。しっかりして最古参。なんだか真田天を思い出すわ……」

 

言ってから影はふうっと息を吐いた。

このやり取りにも慣れっこだった。

 

影は天ちゃんの名前をよく出す。

それはきっと、影にとっても天ちゃんが大事な人だったから。

 

その気持ちがわかるから、そっとする。

どんなに仲が良くても、触れられてほしくない部分もあるだろうから。

 

「まあでも、当たらずとも遠からず、かしら。

今回だと普通の文はその舞台の普段使っている言語、横文字は古代の言葉なのよ。

当然、異世界の言葉を一から考えるのは骨だから現実にある言語の当てはめで表現しているわけね、わかる?」

 

「何だか眠くなってきたような……」

 

「最古参~!!」

 

冗談だってば、と手でおじぎをすると影は引き下がっていった。

瞼が心なしか重くなった気がするが、気のせいだろう。

 

「それにしても、こういう物語ってどう考えてるの?」

 

何となく、出てきた言葉。

 

影の眼が一瞬光った。

 

口元が緩んで不敵な笑みを浮かべている。

 

「なに? 聞きたいの? こころも書きたくなった、とか」

 

「いや、そういうわけでもないけど」

 

ベッドの上で申し訳程度に前のめりになる友人に、軽くたじろぐ。

 

どうしてこんなことを聞いたのか不思議になったが、よくよく考えれば逆かもしれない。

どうして今まで聞いてこなかったのか。

 

きっとそれは自分が本を読むようになったから。

ラストの1ページでこの物語はひっくり返る!! などと謳われている本を読んで

本当にひっくり返るほど驚いたこともあった。

そういう時は、最初からまた見直したくなる。

自分が気づかなかったことを読み解いていくのは大変だが、面白いとも思えた。

 

それでふと考えたのだ。

読むのが大変なら、書くのはもっと大変だろうと。

 

「ふふーん、まあいいわよ。門外不出の秘伝のタレ、今こそ明かしちゃおうかしら」

 

「おお……!! なんかすごそう……!!」

 

ここはノリノリで語りたそうな影に乗ることにしよう。

 

「物語を書く秘訣……それは!!」

 

「それは……!?」

 

唾をごくりと飲み込んだ。

 

「目を閉じて異世界に意識を飛ばすこと!!!!」

 

「目を閉じて異世界に意識を飛ばすこと!?!?」

 

病院の一室。

騒がしくない程度に強調されたそれ。

目を閉じて異世界に意識を飛ばすこと。

 

なるほど、目を閉じて異世界に意識を飛ばすこと……?

 

「ごめん、驚いてみたけど、よくわからない」

 

「ふっふっふ、いいわ。あなたの正直なところ嫌いじゃない」

 

いつの間に影はワープ機能を持ったのか。

長年の修行の末に身に付けたのだろうか。

そんな風に考えていると当の本人から説明があった。

 

「まあ長期的に書くの、大変だからね。それなりの方法論が必要なのよ。

運否天賦は得てして悪い方に転ぶ……!!」

 

何だか聞いてないことまで喋り出す影に私は相槌を打った。

嫌という程、実感を込めすぎているので影も苦労したんだろうなと思った。

これは長くなるやつなのだろうか。

 

「展開を考えるのではないわ!!

異世界で起こっていることを……その人物を……風景を……出来事を清書していく感覚ね!!

これならば理論上、展開に困ることはないわ!! だって、みんな、何かしらしてるから!!!!」

 

「確かに……何かしらはしてる」

 

そしてそのための交信の手段が影の場合、目を閉じるということなのだろう。

物語歴60年近くになる影が言ってるのなら、そうなのかもしれない。

 

「ちょうどいいわ!! やってみましょう!!」

 

「やってみる? 誰が何を?」

 

「あなたが異世界によ!!」

 

「私!?」

 

時々、影は突拍子もないことを言う。

慣れてはいるが、これは私の持っていないノリだった。

日々進歩を心掛けているが、それとは別に生まれつき持っていない特性も存在すると最近は感じていた。

 

そんな思いとは裏腹に友人はにこやかな笑みを浮かべるのだった。

小学生の時から変わらない、心底得意げな笑みを。

 

「私のアレ読んでくれてるのよね? じゃあその続きをイメージしましょう!!

私も驚くような展開を伝えて頂戴!! 日常描写でもいいわ!! ネタに困ってるからじゃないからね!!」

 

「……影、退屈してるの?」

 

「病院生活、暇なのよー」

 

はいはい、と私はつき合うことにした。

内心ちょっとワクワクしてるのは内緒だ。

 

たぶん影とだから、だろう。

 

「目の瞑り方にコツとかある?」

 

「いつもは横になったりするわね。まあ初めてだし適当でいいわよ」

 

影は計画性に関してはこんな感じだ。

この部分に関しては天ちゃんとは見解の違いがあった。

 

「はい、余計なことを考えないで、私の作品のことだけを考えて……

感想、原稿用紙に詰めてどんどん書いて……。力を抜いて……リラックス……。

集中もして、精神統一ってやつよ……」

 

思わず吹き出してしまう。

影がよくしゃべるせいで集中ができない。

 

なんやかんやと目を閉じる。

影の小説はどこまで進んでいただろう。

 

息を吐く。

呼気の音がする。

 

視界は闇に閉ざされている。

どこまでも、どこまでも続いていく闇に。

 

 

 

 

 

このどこまでも続く闇へと楔を打つ。

小高い丘の上から、甲冑を着込んだ者が考えたのはそのようなことだった。

剣を携え、音もさせず、振り返り歩を進める。

 

闇夜で静かに、その全身は仄かに蒼に染まっていた。

 

吹き荒ぶ風を払い除けるように甲冑は進んでいく。

剣と同様に折れることのない信念とともに。

 

行先では焚火がちりちりと音を立てながら燃えていた。

置いてあるのは心許ない少しの荷物と、毛布。

 

毛布が動いた。

 

正確には中にいる者が動いていた。

旅に出た時からすっかり汚れてしまったそれから、無垢な顔を覗かせる。

 

甲冑の分を考慮に入れても、少女の体は向き合った者より一回り小さい。

幼げを残した唇が微かに動いた。

 

「いかがでしたか?」

 

「私たちが守らなければならないもの、改めてこの目に焼き付けることができました」

 

「いいえ、風の調子です。これ程暗ければ何も見ることは能わぬでしょう」

 

「……。心の眼でしかと見ました」

 

そうですか、と少女は気品ある笑みを浮かべた。

甲冑の者の様子が可笑しかった、とも取れる。

 

甲冑の者は重厚感のある音をさせながら、その場へと腰を落ち着けた。

 

「もうすぐ国境です。ここを越えれば目的地までまた、近づきます」

 

確認を取るように毛布の中にくるまった顔へと話しかける。

同時にむしってきた草を足元へと並べた。

見立てではこの辺りに群生しているはずの薬草だった。

書物でしか知り得なかった濃い緑、灯りがあるからか記憶よりも深い色合いをしていた。

 

万全の備えを尽くす。

その思いは過去の経験がもたらしたものだ。

 

以前に一度、追手から逃れる時のこと。

少女はその力を使い果たし、倒れた。

傍に町があったのは幸いだったとしか言いようがない。

素性を隠した状態で何とか手当もできたし、騒ぎにもならなかった。

 

もう二度と、あんな体験をするのは御免だ、

困難だったからではない、目の前の少女を慮ってのことだった。

 

少女は静かに火を見詰めていた。

表情は読めない。

 

この火は魔法ではなく、人の力で起こしたものだ。

魔法は神からの預かり物、この国ではそう信じられてきた。

だからこそ、その力を無暗に行使すればその者は――。

 

遠くで枝の折れる音がした。

 

金属を擦らせながら立ち上がる。

毛布の少女は目をぱちくりとさせている。

 

夜は音が良く響く。

運んでくるものは吉報とは限らない。

 

鞘に手がかかった。

場の緊張感が高まっているのを滾る血が伝える。

剣を今まさに抜かんとする、その瞬刻だった。

 

巨体が目に映る。

真っ白な衣、真っ赤な袴、金色の髪。

背中から左右に伸びるくすんだ黄色、人間が有していないはずの羽根。

 

人間ではない者。

甲冑の者は息を短く吐くと、剣から手を離した。

 

「お前か。驚かせるな」

 

「見回りしてたのにその言い方はなに? あ~疲れた。あっ!!」

 

「ど、どうした!?」

 

「悪い!! 屁が出る!!」

 

「な!?」

 

爆発が起きたかの如き轟音。

鼻を衝くような酸っぱい匂いが場を蹂躙する。

 

甲冑の者は虫を払い除けるように何度も手を振る。

 

「臭い!! 何を食ってたらこんな臭い屁が出るんだ!!」

 

「いいじゃん。周りには誰もいなかったし……」

 

「私たちがいるだろ!?」

 

「雷竜様、ご苦労様です」

 

「どうも。やっぱり姫様の方が礼儀ってものをわかってるなー」

 

甲冑の者が悪態をつきながら座りなおす。

毛布の者は未だ礼の途中だ。

 

羽根の生えた人間――、それを人間と呼ぶならだが、

とにかくその者は満足そうに丸太へと腰を掛けるのだった。

 

「全く、働いたとはいえ、ふてぶてしいことだ」

 

「帰ってくるなり小言に耐える身にもなってほしい。

あと、騎士様、あなたの足元の草、薬草によく似た毒草だよ?

良かったね。私がいなかったら姫様を毒殺しているとこだった」

 

「え? ……。そ、そんなことわかってる!!

これは敵に煎じて飲ませるための……うそ、ごめんなさいありがとう」

 

顔を覆う兜ががっくりとうなだれる。

雷竜と呼ばれしものは、傍らの少女から捧げられた肉を満足そうに焼き始めた。

甲冑の者は気を取り直したように目の前の巨体――特にその羽根をまじまじと見据えるのだった。

 

「しかし実感の湧かない話だ……。伝承に歌われる竜の化身が人の姿をして現れるなどと……」

 

「人の信仰を集めるには人の姿をするのが一番手っ取り早いからね!! こうして各地で世直しの旅をしてるってわけ」

 

「雷竜様が現れたのは我が国の魔法力が弱まっているからなのですか?」

 

「さすが姫様、聡いね」

 

肉片を頬張りながら受け答えをする様子に、甲冑の者は溜息を吐くのだった。

 

竜。

 

太古に神が大地に齎したと伝わる魔法力。

曰く、その時代に神の使いとして人と神の間に立ったのが竜だと伝えられている。

甲冑の者も幼き頃から、そう教わってこれまでの人生を歩んできた。

 

だから、この溜息には伝承への幻滅、大袈裟に言えば非難の気持ちも込められていた。

 

「雄々しく舞い、魔物が巣食う大地を人と共に平定した気高き竜……。

嗚呼、いずこへ……」

 

「目の前にいるけど……」

 

「人の5倍は食う大食らいにしか見えなくて驚きだよ……」

 

竜と呼ばれし者が重々しく笑い声をあげる。

 

「私も驚いたけどね。一国の姫と騎士が自分の国から逃げてるなんて」

 

「……」

 

「ごめん、気にしてたか」

 

俯く甲冑の者の代わりに毛布にくるまった顔が上を向く。

同じように座っていても、少女から竜の人へは見上げる程に大きい。

 

少女の強い瞳に、獰猛な切れ目が応える。

 

「逃げている。そう取られても仕方のないことかもしれません。

しかし、私たちは必ずこの地へと戻ってきます。民を守るために」

 

「その方法がお隣の帝国に協力を取り付けるのにも驚いたけどね」

 

「ええ。ですから雷竜様にも口添いを頂きたいのです」

 

「いいね。その強かな感じ。ヒトハダ脱ぐってね、 竜だけど!!」

 

豪勢な笑い声に、微かな笑い声が混じる。

会話をしていた二人のもの。

それが三人のものになることはないまま、声は収まった。

 

「騎士様は浮かない顔だね。暗い顔をしてても良いことは起こらないよ」

 

「戦いになれば、どう転んでも人は傷つく」

 

甲冑の中から傷ましい、呻き声のようなものが漏れる。

 

止まった空間の中で火だけが揺らめいていた。

 

やがて少女が甲冑へと触れた。

 

「……一人でも多くの者を助けるための戦いです。このまま何もしなければ民は皆……」

 

「そうそう、楽しいこと考えようよ。こうやって肉を焼いてることとか」

 

甲冑から再び呆れ声がする。

 

「野宿がそんなに楽しいか」

 

「自然の中で生きて、眠る。いつも通りだよ。建物の暮らしの方が落ち着かないよ」

 

「雷竜様、無事に戦いが終われば宮殿にお招きしますよ」

 

少女の一言に甲冑の者が慄く。

上品な笑みは冗談を言っているのか微妙なところだった。

 

ただ、少女の冗談を聞いたのだとしたら初めてのことだった。

 

「いけません!! 絶対にこいつは物を壊します!!」

 

「宮殿かあ。それよりも普通の家とかがいいかなー。三人で一つ屋根の下とか」

 

「私と……姫、様が一緒に暮らす、か」

 

「お、騎士様には刺激が強すぎた?」

 

頭を覆う兜が脱ぎ去られる。

短い、金の髪が露になる。

 

その姿を見た竜の人が口笛を鳴らした。

 

「……私は女だ」

 

「そうかあ。そんな気はしてたけどね!! あはは!!」

 

「騎士様、兜をみだりに脱がぬよう。どこに危険が潜んでるかも知れず」

 

「……わかっています」

 

そそくさと、兜を付け直す。

 

星が瞬いていた。

竜の人が見上げながら口にした。

 

「屋根はないけど、その代わりに星が見える。

……あなたたちは神様ってどんなものだと思う?」

 

「何だ。藪から棒に」

 

「ただの暇つぶしだよ」

 

毛布の少女がでは私が、と手を上げる。

積極的な姿勢に他の二人はきょとんとした。

 

「無垢で残酷な方、でしょうか」

 

「その心は?」

 

「私達に違いを与えました。違う姿を持ち、違う考えを持ち、違う心を持つ。

だからこそ、こうして喜びと悲しみが世界に溢れている」

 

「……なるほどね。騎士様、あんたは?」

 

「そうだな……」

 

甲冑の者の頭には、幼き頃の記憶がよぎっていた。

それは大好きだった絵本のひとつ。

何人もいる神様の一人が、雲の上から魔法力の入った壺をうっかり転んでこぼしてしまうのだ。

大地はその結果、魔法力で満たされることになった。

 

「おっちょこちょいな人、かな」

 

 

 

 

 

「へぶしっ」

 

「ちょっと影、やっぱり体調悪いんじゃあ……」

 

「いやいや、体調は悪くないから……きっと誰かが私の噂をしてたのよ。

それより!! 村田流創作術の結果はどうだったの!?」

 

私はああ、と声を出して応えた。

影のくしゃみで目を開けたが、それまでは真面目に目を瞑っていた、何も考えず。

 

「とりあえず、視界が真っ暗だった」

 

「あ、そう……。あなたにはちょっと早かったかもね……。

ちなみに私は三千字分は書けたわよ……!! 思ったより長くなったわ!!」

 

なんのこっちゃ、と私はお手上げ状態だったが影は得意げに鼻をならすのだった。

何にせよ、影が楽しそうなら良かった。

 

そして、楽しい時間はあっという間に過ぎるものだった。

 

ああ、そうそう、と影が私を呼び止める。

そろそろ帰り支度に移ろうかという時だった。

 

「ちょうどいいし、パスワード、教えとくわ」

 

何のことを言っているのかわからない。

いくら考えても、頭の中を漁っても心当たりはない。

 

戸惑っていた私に、影は察しが悪いわねえ、と茶化すように言った。

 

「私の連載しているやつの。アカウントのパスワードよ。

私に何かあったら『村田影の知人です……!!』って書き出しで伝えといてよ」

 

何か。

 

何かとは何か。

 

「影。体、大丈夫じゃなかったの?」

 

「いや、大丈夫よ。だから念のためだって」

 

そんな念のため、いらない。

 

「ほら、端末に打ち込みなさい。何もなかったらパスワード変えて終わりだし。

そんな大げさに考えなくていいわよ。……こころ?」

 

「受け取りたくないよ、私」

 

そもそも、なぜ私なのか。

 

「……あなたは昔からそんな感じよね。でもわかってよ。

私の人生で一番付き合いが長いの、あなたなの。もう家族みたいなものじゃない」

 

「……家族?」

 

「ごめん、今のは恥ずかしかった。忘れて」

 

影の家族は。

 

私はそれを口にしようとして、やめた。

どんなに仲が良くたって、言いたくない話題だってある。

あるいは、私が言いたくないだけなのかもしれないけど。

 

影が、私に。

そう言うならそれでいいじゃないか。

 

「……わかった。あくまで念のため、だからね。

影の読者が困ったら良くないから」

 

「……。助かるわ。いやあ、すぐ元気になるけどね、ふふ」

 

含みのある笑みを浮かべる友人。

普段とは違って、上品な仕草の笑み。

それは恐らく、村田影という人間が元来持っているものだった。

 

その様子を見て、私は何となく影が書いていた小説を思い出すのだった。

 

「影の小説、良いところだったからから早く続きを書いてよ」

 

そう? と照れている影に私は言葉を足した。

影の書いていた小説、今の部分は確か――。

 

「続き気になるから、本当に元気になってよー。

味方の暴竜マスタードラグーンが高慢ちきのエルフの鼻をぶん殴ってさ。

すっきりしたけどエルフは自分で回復できないから大騒ぎになってたよねえ」

 

今、連載されているのは影お得意のファンタジー。

城を出て冒険をする姫が騎士を連れ、仲間達と出会い、世界の謎に迫っていく。

そんなものだった。

 

私は細かいことは論じれないが、特定の悪者がいないのは影らしいお話だなと思った。

 

「……えと、その……、そのことなんだけど」

 

やけに歯切れの悪い言葉。

影は私の顔をまじまじと見つめている。

今更、言いにくいことでもあるのだろうか。

 

「これ言わなくてもいいんだけど……あ~、やっぱり申し訳ない。言うわ。

暴竜マスタードラグーンはちょっとだけあなたをモデルにしてるの!! ごめんなさい!!」

 

「え!?」

 

流れる静寂。

伝わる沈黙。

 

暫くすると脳がその事実を適切に嚙み砕いた。

 

暴竜マスタードラグーンは粗暴、ノリで行動しがち、おまけに屁も臭いと

パーティーの問題児だったはずだ。

ということは、つまり。

 

「ちょ、ちょっとだけよ!? 身内をネタになんか普通はしないもの!!

ただ……破天荒なキャラを書こうとしたら……あなたの顔がちらついて……」

 

「……あはは」

 

「こ、こころ……?」

 

「も~影も冗談がきついなー。私が暴竜なわけないじゃん、ね?」

 

「目が笑っていない!!」

 

友人との他愛のないやり取り。

それができることに、今日も感謝しないといけない。

 

会話が相手がいなければできないことだから。

 

「もう。影はいつまでたっても愉快で面白いんだから。

そういえば、この物語って終わり方、決めてるの?」

 

「決めてるわよ。でも、終わらなかったら打ち切って読者に委ねちゃおうかとも思うのよね」

 

「え~何かもったいない」

 

「もったいなくない。作品をどう書くかは作者の自由だけど、どう読むかは読者の自由なんだから。

あなたも自由にやってくれたら、いいわ」

 

あなたも自由に。

影の言葉に含みがあることは、流石に私でもわかった。

 

「……人間と物語ってやっぱり違うのよね。私だってわかっているのよ。

綺麗事なんかでまとまるお話なんてないって。この世界にはいろんな人がいるんだから。

自分を守ってくれる存在……それをどんなに望んでもその人の人生があるし、別れの時はやってくる……」

 

「……影?」

 

「独り言。見世物じゃないわよー、帰った帰った」

 

「へーい」

 

準備をして、礼をして部屋を出る。

その日は、そのまま、別れた。

 

 

 

 

 

「別れの時です」

 

「何を……言っているんですか?」

 

空は闇に覆われ、

大地は夥しい血と無数の死骸で溢れていた。

 

闇はこの世界全てを覆うように渦を巻く。

渦から溢れた黒い塊が、幾つも地上に降り注いで家屋を破壊していった。

 

水と緑に溢れていた国は、どこにもその面影を残していなかった。

 

小高い丘の上から、二人と竜は地上を見ていた。

 

帝国の兵が魔物と――かつては人間だったそれと戦っていた。

栄華を極め、皇帝自らが率いる軍ですら劣勢なのが見て取れた。

 

やがて、黒い渦の中から巨大な芋虫が現れた。

魔物たちの親玉であることは一目瞭然だった。

何せ、かつて自分らが居た宮殿を覆いかぶさるだけで瓦礫に変えるほど巨大なのだったから。

 

あれが姉の成れの果てだと、直感をした。

 

そんな折だった。

少女がその一言を放ったのは。

 

「私の一族の力ならアレを抑えることができるかもしれません」

 

「そんな……まだ、まだ何か手はあるはずです!!」

 

少女と甲冑の者の会話に竜が混じる。

その翼は傷つき、黒ずんでいた。

 

「そうだよ。姫様がいなくなったらこの国の未来はどうなるのさ。

心配いらないって、私がもうひと暴れしてくるし――」

 

竜の口から、正確には人を模したそれから血が漏れる。

 

少女が毛布を取る。

 

流れるような黄の髪が露になる。

 

「わかったのです。今まで受け継いできた力が何のためにあったのか。

きっと今日、この日のためだったのです」

 

甲冑の中から弱々しい声が響く。

 

「……嫌だ!! あなたがいなかったら私は……!!」

 

「……騎士様?」

 

竜がその様子を訝し気に見つめる。

 

「少しの間でしたが、三人で旅をしたの、楽しかったです」

 

「……行かないで!!」

 

甲冑が少女の小さな腕を押さえる。

少女は甲冑に優しく触れる。

 

「私の生はあなたのためにあった。

でもそれが私の生になったのは、あなたが意味を与えてくれたから」

 

「私は……守られてばかりで何も……!!」

 

「そんなことはありません。この世界の初々しさを、外の広さを教えてくれたのは……他でもないあなたなのです」

 

「おいおい、姫様もどうしちまったんだ?」

 

「だからこそ――」

 

少女が巨大な黒い芋虫を睨んだ。

遠望でも、動くだけでこの地を破壊していくのがわかる。

人々の、日々の暮らしがあったはずのその地を。

 

「私は守りたいのです!!」

 

少女の体が黄の光に包まれる。

その足が地面から離れる。

 

悲痛な叫びに後押しされるように、黄の光は稲妻のように飛んでいく。

 

少女が何かを叫んだ。

 

それはかの昔より、この大地に伝わっていた言葉。

唱えると黄の光は更に巨大になっていった。

 

光が黒い巨虫と対峙する。

 

遠くにいる者も、誰もがその姿を確認し、見上げた。

 

光の中心で少女は想った。

 

自らの一族のことを。

 

ここで暮らしていた人間たちのことを。

 

巡り合った竜の末裔のことを。

 

誰よりも大切な人のことを。

 

その人が、自分のことを大事に想っていたことを。

 

 

 

光がその輝きを増した。

その姿が巨人へと変わっていく。

 

巨虫が、その腹を食い破らんと体を差し込んだ。

大きな力と、大きな力のぶつかり合いで空間が大きく揺れた。

 

巨人が拳を振り上げる。

どこまでも伸び、黒い雲を突き破る拳が。

 

黒い塊へと振り下ろされた。

 

光の爆発。

 

一点を中心に虹が溢れる。

人間たちが慄く中、巻き込まれた魔物だけが体を裂かれ、そのまま掻き消えていく。

 

全てが終わった時だった。

空だけは何事もなかったように澄んだ蒼をもたらしていた。

 

 

 

甲冑の者は兜を脱いでいた。

空の蒼さをしかと目に焼き付けたかったから。

あの時とは違って、どこまででも遠くまで届きそうな天を。

 

――さようなら。

 

そう言っているのが聞こえた気がした。

 

 

 

こうしてある国に纏わる戦いは終焉を迎えた。

姫に仕えた忠義の騎士、その犠牲によって。

 

 

 

 

 

死は誰にでも訪れる。

だからこそ、どこかで向かい合うことになる。

早いか遅いか、遠いか近いか。

その違いはあっても。

 

影がそうなってから、数日が経っていた。

 

寂しさ、悲しさはあって当然のものだ。

でも、これからどうするかは残されたものが考えることだった。

 

 

 

人影は進んでいった。

うす暗い洞窟の中へと。

 

松明を持つ人影は行き止まり、光がわずかにその場所で足を止めた。

 

そこには竜がいた。

全身を金色の鱗に包んだ竜が。

 

 

 

私は端末を手にして、その文字列を打ち込んだ。

間違ってないようで、ひとまず安心をする。

 

影は自分の読者は少ないと謙遜していたが、

しばらく投稿されていなかったことで心配する声が上がっていた。

 

ふうっと息を吐く。

あらかじめ良く用意しておいたその文面を頭に浮かべる。

 

 

 

――今日は甲冑じゃないのかい?

 

竜の思いが人へと流れ込む。

人は首を振ると、静かに口を開いた。

 

「お礼とお別れを言いに来ました。雷竜様、あの時も力を貸してくださり、感謝いたします」

 

――何年前の話だ。よせやい。それよりお別れというのは?

 

「私はもう、長くはありません。だから最後にお願いをしにきたのです」

 

――国のことか?

 

「……」

 

――どうした?

 

「国はなくなりました。今では帝国の領地です」

 

 

 

見えている言葉のひとつひとつ。

それぞれが別のもので、別の人。

 

私もその中に、混じっていく。

私という存在として。

 

「M.Aの知人です」、その書き始めから文章を打ち込んでいく。

はっきりと起こった事実を並べる。

その後で、一区切りを入れてから――。

 

私は自分の思いを綴った。

 

 

 

「あの戦いも帝国の栄光を綴る一篇に過ぎないでしょう。

もしくは、国を滅ぼした愚かな姉妹の物語か。

しかし――ひとつだけ、ひとつだけ心残りなのです。

私のために命をかけたあの人の、意志も心もどこにも残らないこと。

それだけはやりきれないのです。

その名を轟かせてほしいわけではありません。

ただ、そういう人間がいたことをありのまま伝えてほしいのです」

 

――よかろう。願わくは百年でも千年でも。それ以上となったら……子供にでも頼むさ。

 

すっかり萎びてしまった髪。

それを携えた首が垂れる。

 

影はそこに存在するもの。

辺りには薄っすらとした光が、優しい影をもたらしていた。

 

――ありのまま、なんて言っても私も自分の見たことしかわからないからね。色は付けさせてもらうよ。

 

 

 

影の言っていたこと。

多分、それは見ている者の数だけ物語があるということ。

それを書いた。

 

でもそれだけだと、結局わからないから、私は自分の考えを書いてみた。

 

 

 

語り継ぐは名もなき騎士と名もなき姫のお伽噺にあらず。

我が友と、我が友の物語。

その生きてきた道のり。

宿していた心が、何を想い、何を守り、何を残したか。

 

 

 

 

 

――魔法を使う、少女たちの物語を。

 

――お姫様と竜は、良い茶飲み友達になったんじゃないかって。

 

 

 

 

 

村田影 享年73歳




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