リーマス・ジョン・ルーピンが人狼であることは、ほとんどの人間が知らない。けれども、彼自身を含め、知っている者は皆「学校へ行くのは不可能だ」と思っていた。
それを否定し、入学を歓迎したのが校長のアルバス・ダンブルドアだ。ダンブルドアはリーマスのために、魔法族のホグズミード村にある無人の屋敷と学校とを結ぶトンネルを掘った。月に一度変身するリーマスを、そこに軟禁するためだ。人狼になってしまえば、制御がきかない。だから、人のいない場所に彼をしばらく閉じ込める必要があったのだ。
そして校長はトンネルの入り口に『暴れ柳』を植え、生徒が近づかないようにした。
人狼であることを除けば、リーマスは普通の生徒と変わらなかった。少し真面目で、自虐的なところを除けば。そして、月に一度、満月の夜に談話室を抜け出して一人どこかへいなくなるのを除けば。
リーマスには友人がいた。これは入学してはじめてのことだった。リーマスはとても嬉しかったが、でも、もしこの秘密がばれてしまったらきっと友達ではいられないだろうな、と思っていた。
そんな彼が恐れていたことが、こうも早くに起ころうとは。
「リーマス、ちょっと話があるんだ」
真夜中にジェームズに叩き起こされた。リーマスの友人の一人で、背は高く、クシャクシャの黒髪、ハシバミ色の目をした同級生だ。リーマスと同じ、グリフィンドール寮生でもある。
「何……?」
「いいから」
腕を引っ張られ、そのまま暖炉の前のソファに座らされる。そこにいたのは、同じく同級生のシリウス・ブラックとピーター・ペティグリューだった。ジェームズは肘掛け椅子に腰掛け、わざとらしく咳払いをした。隣に座っていたシリウスがニヤリとする。
「ピーターが心配してたぞ。『リーマスはどうして月に一度、ベッドを抜け出すんだろう』って」
シリウスの声に、チビのピーターはビクッと肩を震わせた。自分の名前を急に呼ばれて驚いたらしい。続いてジェームズが口を開く。
「僕はそれを聞くまで気づかなかった。でも、確かに不思議だ。僕のマントを使ってるわけでもないのに、どうやって先生がたの目を盗んで次の日には何食わぬ顔をして帰ってこれるんだ?」
彼の言うマント、とはポッター家が代々受け継いでいるという『透明マント』のことだ。これを被って夜な夜なジェームズ(そしてシリウス)は談話室を抜け出しているのだ。厨房から食べ物をくすねたり、監督生用のバスルームを使ったり……。
「まったくだ。僕達はマントありでも見つかったことがあるってのに。マクゴナガル先生のお説教を食らっちまったんだからな」
全く反省していない様子のシリウスがふんぞり返って言う。ひどく様になっていてカッコいい。ルーピンは誰にも気づかれないようにゴクリと唾を飲んだ。
「本当に不思議だよな。どうして真面目なリーマスが、月に一度、それも
わざとらしく首をかしげるジェームズのその台詞に、リーマスはついにバレてしまったか、と心臓の鼓動が早くなるのを感じた。でも、こうなったときのために色々言い訳は考えてある。
「そ、それは、僕のママが病気で、看病に……でもみんなに心配はかけたくなくて」
少し早口になってしまったが、完璧だ、とリーマスは思った。ピーターが恐る恐る、といった感じで聞いてくる。
「満月の夜に……?」
「偶然だよ」
強く言うと、ピーターは口をつぐんだ。だがジェームズとシリウスは引き下がらなかった。シリウスが薄ら笑いを浮かべながら言う。
「マダム・ポンフリーに連れられてか? あのひとは若くてキレイだよなあ――なあ、ジェームズ?」
「まあな。二人きりで夜の散歩をしてるの、僕達『うっかり』見ちゃってさ。あれには妬いたぜ」
「……」
そこまで、見られていたとは。リーマスは失念していた。そうだ、この二人は――夜学校を平気で抜け出すような悪ガキなのだ、見られていたっておかしくない……。
「マダム・ポンフリーと一緒に夜中に病院に向かうことの、どこがおかしいんだ?」
リーマスは平然を装って聞くつもりだったが、声が少しかすれてしまった。
「ウーン、そうだなあ」
ジェームズがまたわざとらしく考え込むふりをした。
「暴れ柳に病院があるなんて、聞いたことがないなあ」
「デイビィ・ガージョンが幹に触れようとして怪我しかけてから、近づくのは禁止されてるはずの暴れ柳になあ」
全部、バレてしまっているのだ。リーマスはため息をついた。
「分かった。全部話すよ。ただ、他の人には秘密にしてくれ。いいかい?」
ついに折れたリーマスに、三人は目を輝かせて頷いた。
それから、リーマスは隠さずに全てを話した。まず、暴れ柳が植えられたのは自分が入学したからだということから、その下にあるトンネルがどこに繋がっているかということ。そして、自分が狼男であるということまで。話し終わったリーマスが顔を上げると、皆口を開けて自分を見ていることに気が付いた。
これで、みんな僕を怖がるだろうな。とリーマスは思った。覚悟はしていた。だがとても悲しかった。
「……それで」
ジェームズがゆっくり言った。
「それで、って?」
「それで、君は叫びの屋敷で、一匹狼なわけか?」
「そりゃ、そうだよ。ディナーに人間を一人、とかオーダーできるわけがない」
自分で言って、ひどく不愉快なジョークだった。もちろん誰も笑わない。リーマスは焦って続けた。
「はは、嫌だよな――狼人間と同じ部屋で寝てるなんて」
やはり、誰も何も返さない。リーマスは立ち上がった。
「僕、荷物をまとめるよ」
「何言ってるんだ?」
驚いてジェームズが目を丸くした。リーマスは肩をすくめる。
「だって、こんな奴と同じ学校にいたくなんかないだろ。僕は狼人間なんだ。いつ君達を襲ってしまうか、わかったもんじゃない。やっぱり、学校に通うなんて間違いだったんだ――」
「バカはよせ」
シリウスはそう言うなり立ち上がった。そのままリーマスの肩を強くつかんで止める。シリウスは思う前に行動してしまうところがあり、今回もそれがよく表れていた。
「誰も君に退学してほしいなんて言ってない。ちょっと、気になって――」
「冗談言うなよ。僕が何だか分かっただろ。人狼だぞ! 意味が分かってるのか? こんなバケモノが学校に通っているっていうのに、」
その時、シリウスがリーマスのボロパジャマの袖を一気に引き上げた。リーマスの腕があらわになる。
「やっぱり」
彼の腕は、引っかき傷や噛んだ跡でいっぱいだった。彼自身が狼の姿で、獲物の代わりに引っかき、噛んだものだ。
「どうりで、その屋敷が『叫びの屋敷』って呼ばれてるわけだぜ――君、自分で自分を噛んでたんだ」
「……そうだよ」
リーマスは白状した。全部、全部バレていたのだ。
「やっぱり、僕怪しかったんだね……こんなに早くバレちゃうなんて」
言った彼の言葉に、ジェームズとシリウスは顔を見合わせた。そして次には、爆笑していた。
「何がおかしいんだよ」
「怪しいだって?」
腹をかかえながら苦しそうにジェームズが言う。
「怪しいからじゃない、君が友達だからだろ。気づいて当たり前だ」
「リーマスって変なとこでニブいよな」
二人の言葉に、リーマスは唖然とした。ピーターもブンブンと頷いている。
まだみんな、僕を友達だと言ってくれている――? 何かが込み上げてきたが、リーマスはぐっとそれをこらえた。