ローカルヒーローには荷が重い。   作:ご覧のスポンサー

1 / 2
正義のヒーローは、ひたすらに負けない(折れない)ことを求められる。


みんなが求める正義のヒーロー!

 

 いつからだろうか。誰かの悲鳴を聞くと胃痛を感じるようになったのは。

 いつからだろうか。人外の雄叫びを聞くと溜息が零れるようになったのは。

 いつからだろうか。なけなしであった筈の正義感と義務感に体を動かす優先権を奪われたのは。

 

 

 アスファルトを裂いて伸び、ビルに巻き付いていく黒い植物。

 まるでそれは自然の逆襲だ。植物を犠牲にする行き過ぎた都会化を許すまいと立ち上がった彼らの抵抗運動だ。

 下手人は二メートル余りの枝の塊。

 捻じれた木の枝が絡み合い、太い四肢を持つ怪人を形作っていた。

 

『ヌゥン!』

「わあああああああっ!」

 

 怪人がその大きな腕を振るえば、そこから伸びた枝が道路に、ビルに突き刺さり、更なる破壊を生んでいく。

 破壊活動を優先している内に人々は逃げていたが、枝の侵攻に巻き込まれ、逃げ遅れた男の子が怪人の目に留まった。

 十歳にも満たないだろう幼子をむんずと掴み、怪人は枝の隙間から掠れた笑い声を零す。

 

『ク、クフフフ……元気で、新鮮な子供だ! せ、世界樹様への、良い生贄になるっ!』

「ひっ……!」

 

 その場で子供を殺したりはしない。

 怪人の最大の目的はあくまで、生きている人間を捕えること。

 死ぬほど趣味の悪い世界樹信仰のための生贄。だが、捕えたからといって、そのまま持ち帰らせはしない。

 そこまでやったら行き過ぎだ。あの怪人が知っているか知っていないかは別として、このオズ魔法特区で人の被害を出してはいけない。

 

 何故ならば――ここに僕がいるからだ。

 

 一つ、深呼吸。

 自分を切り替え、演じる。どこまでも理想的で、能天気なヒーローに。

 

「マジカルコネクト」

 

 馬鹿馬鹿しい呪文が言の葉に乗って、希望に繋がる。

 希望は自分に繋がる誰かを応援するように、力を寄越す。

 力は愚者にどろりと絡み付いて、その体を戦えるものへと作り替えていく。

 すべては――そう、正義のために。

 

「――そこまでだ!」

『ッ――お前は!』

 

 ビルの屋上、縁に立って、怪人を見下ろす。

 不思議なまでに声は相手に届くし、向こうの声だってこっちに届く。

 まだ安全である場所からスマホを向ける野次馬たちは、もう慣れた。気にしてなどいられない。今重要となっている、この場の登場人物は、僕と、怪人と、子供。その三人だ。

 

「この街に悲劇は似合わない。お前が悪事を働くならば、僕が相手だ!」

 

 宣言して、飛び降りる。

 迎撃するように伸びてくる枝の群れ。その一つを掴んで足を下ろし、伝うように駆け下りていく。

 他の枝を躱し、躱し、躱し切れないものを別の枝に飛んで躱し。

 そして目の前にまで迫った怪人の太い腕を掴み、

 

「――オズライズカッター!」

『グァアッ!?』

 

 その腕を光を帯びた手刀で切り裂き、解れた枝から男の子を引っ張り出した。

 

「わ、わ……っ!」

 

 彼を抱き留め、ついでに怪人を蹴り飛ばしてから、植物の侵攻が及んでいない地帯にまで走る。

 

「ゆ、悠太!」

 

 野次馬たちがざわつきつつ離れていく一方で、こちらに駆け寄ってくる、同じくらいの年齢の男の子。

 友達だろうか。辺りに親御さんの姿は見えない。多分、二人でこの辺に遊びに来ていたのだろう。

 まだ震えている男の子――悠太くんをゆっくりと下ろし、立てることを確認してから手を離す。

 

「無事かい?」

「う、うん……! ありがとう、オズハート!」

 

 目に涙を浮かべながらも、彼は礼を言ってきた。

 彼にとっては一秒後も知れない心持ちだっただろう。ちょっとした気紛れでもあれば、怪人が自分を握り潰すことも出来たのだ。

 解放されてからそれを改めて理解したようで、ぼろぼろと流れる涙。

 その恐怖を少しでも和らげんと、屈んで目線を合わせてから、彼の頭に手を置く。

 

「どういたしまして。さあ、逃げるんだ。君は彼を支えてあげてくれ」

「わ、わかった!」

「……大丈夫だよね? オズハート……」

 

 恐怖を実感しているからか、彼はそんなことを聞いてきた。

 もしかすると、これまでの僕の戦いを見てきて、知っているからかもしれない。

 だが――。

 

「大丈夫に決まってるだろ、悠太! だって――オズハートは最強なんだぞ!」

 

 ――うん。そうだ。

 小さく二人に頷いて、踵を返す。

 彼らが、そう期待してくれているなら、頑張らないと。

 だって最強だぞ。そんな風に言われたら、あれくらいの名無しに負けてなんていられないじゃないか。

 まったく、子供は強い。僕の、ヒーローの動かし方をよく理解している。期待を受けたヒーローは負けない。それは不変のお約束というものだ。

 起き上がった怪人を睨みつけ、また意識を切り替える。

 人助けから、敵を倒す方向へ。

 

「さあ、全力でいこうか!」

 

 この街に、平穏を取り戻す方向へ。

 

 

 

 賑わい方が悲鳴からへと変わり、ヒーローが現れる。歓声へと変わり、ヒーローが去る。そして日常的なものへと戻っていく。

 最後の変化を感じながら、僕は路地裏で蹲っていた。

 

「っ、ほんと、馬鹿じゃないの。速すぎるでしょ。ただのゴーレムの癖に……名無しの癖に……けほっ……」

 

 恨み節全開。当然だ。あんなずんぐりむっくりな図体ならば、単純なパワー型だと思うのが人間なのだ。

 だというのに、蓋を開けてみればスピード型。当たり前のように力だってあるフィジカルモンスターとか。

 ぽたぽたと口から零れる赤で染まっていくアスファルト。ついでに目から熱いものも落ちていく。

 腹に大きいものを一発。それから、細い木の枝による刺突と打撃がたくさん。

 本日のリザルトである。一発一発で人が弾けるほどの必殺技三昧である。

 僕の残機は一つきりだ。もっと手加減するのが筋というものだ。

 

「……、手加減、してくれたら、今頃僕はこんなことやってないか」

 

 座っているのがつらくなって、仰向けに寝転がる。制服汚れるけど今更だ。仕方ない。

 ビルとビルの間。その向こうに見える青空が、腹立たしい程に綺麗だ。

 喧噪は平和の象徴。笑って、騒いで、賑やかすのは、そこに絶望がない証。

 僕はそういうものを守っている。ただ単純に、それだけであれば、この痛みに別のやりがいも無くはなかっただろう。最初は、そんな気持ちがあった覚えがある。

 

 ――では、今は?

 言うまでもない。生き残れたという安堵と、次への恐怖。

 死神の鎌が振るわれなかった今日に安堵し、振るわれるかもしれない明日を恐怖する心持ちである。

 

「――今日もまた、生き残れたね。可愛い可愛い、私のアリス」

「…………おかげさまでね」

 

 血色の瞳が覗き込んできて、青空が遮られる。

 馬鹿みたいに強い力を認識して、理解を拒もうとする脳が軋む。

 ああ、もういいから、その拒絶反応。もういいの。慣れたんだよ、僕は。

 

「うん。お疲れ様。いい戦いだったし、いい顔だよ、アリス。アリスはそうでなくちゃ。ヒーローだもんね」

 

 血の気という言葉と無縁な真っ白い肌も相まって、誰かが見れば、儚く見えるのだろうその微笑み。

 だが、その本性はおもちゃを慈しむ上位者の悦びの顔に過ぎない。

 顔が小さく動いて、頬に触れていた髪が揺れる。たったそれだけで、頬の皮膚が薄く切れて、じっとりと痛みが広がってきた。

 

「ヒーローはみんなに涙を見せない。立派だよ、アリス。こんな路地裏で、人避けの結界まで張って。徹底してるね、アリス」

「……解除は、しないでよ。僕のヒーロー性、なんだから」

「うんうん。私だって、みんなに見せたい訳じゃないもん。そこは安心して。私はアリスの、そんな強がりなところが好きなんだから」

 

 笑みを深めてから少し離れて、パシャリという音。

 黙って、本性を隠していれば深窓の令嬢。そんな彼女がスマホという俗な物を持っているシュールな光景。

 今や彼女のような人外もグローバルな目線を持つ時代なのだ。本当に勘弁してほしい。

 

「潤った、潤った。またアリスフォルダが潤った」

 

 無邪気とも取られかねないはしゃぎよう。邪気しかないのだから恐れ入る。楽しそうで何よりだ。

 この路地裏でも日中に出歩くのは厳しいことが唯一の弱点である人外だというのに、力の殆どを日光の影響力の抑制に使うことで、存在しない筈の昼間散歩(デイウォーカー)を実現している辺りどうかしている。

 

「それじゃ、私は行くね、アリス。次も頑張って」

「待って……次、誰?」

「知らなぁい。次の会合はもうちょっと先だし、それまで何もないといいね、私のヒーロー」

 

 足音が離れていって、何歩目かでぽつりと消える。

 わざわざ首を動かしてまで見る必要もない。そういう種族だ、彼女は。

 

「……私のヒーロー、だってさ」

 

 どこまでも、そうであることを望まれる。はじまりが“そこ”からだったことで。

 ダリア・ポリドリア。僕が正義のヒーローというものに身を投じるきっかけになった、永遠なる夜の支配者。

 このオズ魔法特区の北東部にある森に屋敷を構える、吸血鬼の名門直系最後の生き残り。

 彼女に家族はもういない。今から大体五年前に始まった戦いで、一年かけて僕が全員倒した。

 

 彼女の両親を、姉を、妹たちを倒して、眷属たちを倒して。

 そして、その過程で彼女に目を付けられ、最後に彼女に敗れた。

 あの吸血鬼一族を倒すためにヒーローになって、よりによってこの一族に存在していた世界最強の吸血鬼にズタズタにされた。

 そこで僕は死ぬ筈だった。なのに――

 

 

 ――凄かったよ。こんなに強い人間、初めて。

 

 ――ヒーロー、だったっけ。ヒーロー・オズハート。

 

 ――うん。私、あなたのファンになっちゃった。

 

 

 傷一つない、息一つ切らしていない彼女は、そう言った。

 僕は命を奪われることなく日常に帰され、彼女は「オズハートがいる限り、二度と悪事を働くことはない」と表明。

 事実上吸血鬼からの襲撃は幕を閉じ、世間的には僕の勝利として扱われた。

 そして街はどうあれ平穏になり――およそ一ヶ月後、新たな悪の手が伸ばされる。

 それを相手に引き続き戦って、そのトップにボコボコにされて。

 

 ――同じことを、かれこれ五回。

 世界最強の吸血鬼。

 世界樹を信仰するエルフのカルト教団。

 遥か天空に生きる有翼巨人の前王一派。

 善悪の分別なく、あらゆる楽しみを求める人形劇団。

 そして、銀河の中枢を掌中に収め、戯れにやってきた超銀河帝国。

 

 それらと戦い、その全てに敗北し。

 

 既に力関係など決まり切っているにも関わらず、それを全組織が明かさず、“僕がどうにか凌げている”ように見せるごっこ遊びに興じているがために、人々の希望となっている存在。

 それが、オズハート。

 このオズ魔法特区を守るローカルヒーローである。




《ローカルヒーロー》
特定の地区を守るために活動する正義の味方の総称だ。
地球侵略をはじめとした悪事を働く組織に対するカウンターのようなものとされ、技術力の足りない地区であっても超常存在などが力を貸すことで必ず生まれるんだ。
原則としてその地区のみで活動し、管轄の外でヒーローとして動くことは少ない。
他の地区を中心に活動していた敵組織が手を伸ばしてきた場合でもその地区のローカルヒーローが対応するのが基本とされている。
ただし、これは各ヒーローが管轄の地区を守ることで精一杯なためであり、特に制約は存在しないため場合によってはコラボが実現することも!?
人々からは一種のローカルアイドルのように扱われており、街のために戦うヒーローたちの姿はエンターテインメントになっているんだ。
ヒーロー自身が己の素性を明かす方針でない限り、正体を探るのはプライバシーの侵害になるため禁忌とされているぞ!
彼らの迷惑にならないように応援しよう!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。