ローカルヒーローには荷が重い。 作:ご覧のスポンサー
魔法の研究が盛んに行われている地区だ。
人々が日常的に魔法を利用していて、新しい魔法を作れるほどの学生もいるぞ。
激戦区として知られるこの地区では多くの悪の組織が暗躍しているが、オズハートの活躍で平和が守られているんだ。
「……ぁ」
少しだけ、寝ていたらしい。
もしくは単に気絶していたか。
……どっちも大して変わりないな。張っておいた結界も健在。誰に見られることも、気付かれることもなく、夕方まで眠っていたようだ。
まあ、いい。疲れは取れたし、傷も治った。
「ん、んん……っ。うわ、制服カピカピ」
吐いたり、零れたりした血が乾くわ、路地裏の砂だの埃だのがこびり付くわ散々。
このまま表に出れば即不審者だ。
誰もヒーローの凱旋とは思うまい。喧嘩を終えた不良の凱旋にしか見えない。僕はもう無傷なので全部返り血扱いである。
意識してしまうと結構不快なもので、よくもまあこの状態で寝ていられたなとか思う。これも今更だな。慣れたからか。
立ち上がり、体に異常がないことを確かめる。
うん――OK。相変わらず完璧に不自然な全快。なら、とりあえずこの格好はさっさと正してしまおう。
――オズ・サーバー、エリアワン、アクセス。
――クリーンコネクト。
オズのサーバーから洗浄魔法を取得し、周囲に出力する。
徐々に汚れが薄くなり、綺麗になっていく制服を見下ろしつつ、今日もこの偉大な魔法に感謝する。
僕が一番お世話になっている魔法だ。これを無料、魔力の消費だけで使えるという部分は、僕の戦いの舞台がオズで良かったところだ。
各特区の研究対象となっている技術は、殆どが共有資産である。
すべては更なる進歩と発展のため。技術の研鑽の結果をアカシックレコードに保存して他者が閲覧、使用できるようにする。
このレコードをどこよりも利用しているのが、このオズ魔法特区。
何せ魔法とは単純だ。構築した術式に適切な魔力を込め、適切に出力するだけなのだから。
形もなく、結果も即時付いてこない剣術の心得だのよりもずっとお手軽である。
なんだよ、『心頭滅却すべし』って。取得したら勝手に心頭滅却してくれるのが理想だってのに。
ともあれこの汚れを拭う洗浄魔法はアカシックレコードのオズ・サーバー――つまり魔法の集合知の中でも最も浅い、
このエリアにある魔法は、オズに戸籍登録している、或いはオズに来ている者であれば誰でも無料で利用できる簡易魔法に該当する。
僕からしてみれば簡易じゃなくて冠位魔法である。汚れとはヒーローの大敵なり。
他の地区の人がこれを利用するとなるとクレジットが必要なのだ。さほど値の張らないエリアワンの魔法とはいえ、毎回こんなに血みどろになっていれば笑えない金額になるだろう。
僕たちローカルヒーローには、自我があるとも噂されているアカシックレコードが気を利かせたのか、特別なサーバーが用意されている。
ヒーロー・サーバー。ヒーローたちの共有資産であり、それぞれの変身コマンド――僕の場合は『マジカル』――が登録されていて、変身中に限り自由に使用することが出来る。
このサーバーにあるそれぞれのコマンドは各地区、各ヒーローの個性に応じた性質を発揮し、ヒーローの活動の手助けをしてくれる。
オズのヒーローである以上、ヒーロー・サーバーの『マジカル』は利用することはないため詳しくないが、聞いた話では幾つかの戦闘用魔法が使用可能になるらしい。
――そう。戦闘用魔法である。
そんなものより
特殊な攻撃手段が増えたところで大して威力が出なければ使えない。応急手当が出来て少し痛みの和らぐ医療特区の『キュアー』の方が百倍使えるというものである。
……そういえば医療特区のヒーロー、まともに戦う手段あるのかな。
どんな組織と戦っているかも知らないけど、近々代替わりするとかいう話を聞いた。
他区の、他人の心配なんかしている場合じゃないが、これでも表向きは筆頭ローカルヒーロー。気に掛けないといけないことは出てくるのだ。
そんなことを考えている内に、血痕や埃は綺麗さっぱり消え去り、制服は下ろしたての様相になった。やり過ぎた。
別の事に意識を回しているからだ、まったく。
とりあえず自身の姿を鏡写しする『ミラー』を利用し、見た目にそれ以外の不自然がないことを確認する。
「……いや。不自然だっての」
これだから、洗浄は注意して使わないといけないんだ。
流石に、着ている状況で衣服だけを指定するのは難しい。
それは殆ど、体中を洗浄しているも同義であり、“化粧”を落とすことにも繋がるのだから。
太陽と対立する夜の色。
髪、白。肌、白。眼、白。
衣服以外の色彩をごっそり持っていかれたその恰好は僕の本来の姿そのもので、特に肌の白さなんて人外でもあまりないレベル。
元々はなんの特徴もなかった僕を、そのままでは表に出るだけで視線の集まる特徴の塊にしてくれたのは、言うまでもないがあの世界最強の変態吸血鬼。
いや、眼はまた別件だけど、この白さは概ね、ダリア・ポリドリアのありがたーいプレゼントである。
「……エリアスリー、アクセス。カモフラージュコネクト」
他区の住人ではアクセスも出来ない第三領域に記録された、魔法による変装技術。
それにより、人並みの髪、人並みの肌、人並みの眼――容姿を一から十まで特徴無しに変えていく。
四年前までの僕が、人並みに成長したら、きっとこうなるのだろうという姿に。
そう。ダリアに惨敗した時は、まだ僕の容姿は普通だった。
隠し事が増えたのは、この地区にやってきた、これまたありがたい思想の持ち主が取り仕切るカルト教団と戦うようになってから。
――や、やだ……血、止まらな、なんで……!
連中の幹部を相打ち気味に倒して、まともに意識が残る程度に受けた重傷。
初めてだった。戦意も、生きる気力も無くなるくらいにボコボコにされたのではなく、勝ったけど、残り時間が擦り減っていくことが鮮明に分かるくらいの傷。
ダリアに負けた時、僕にあったのは、「あ、これ無理なんだ」という諦観だった。
どれくらい傷を負ったのかを考える必要もない。死を覚悟する必要もないくらい、冷静に状況を分析出来た。
だけどその時は、戦い自体には勝ったことも相まって、とにかく近付いてくる死が鮮明だった。
だから、僕は禁忌を犯した。
――やだよ、私死んじゃう……っ、死にたく、死にたくない!
一番吐いてはいけない弱音を、吐いてしまった。
それを待っていたかのように傍で見下ろしていた、満面の笑みに気付いた時は全部遅くて。
――そうだよね。痛いよね、アリス。死にたくないよね、私のアリス。
――……ぁ、ちが……。
――大変だよね、人間って。傷を負って、生き残れても、ずっと痛いんだもん。そんな状態で戦うのは嫌だよね、アリス。
――な、に、してるの……?
――助けてあげるの。アリスを、私が。凄いんだよ、私の血。
――っ! やだ……やだっ!
――安心して。眷属にはしないから。ただ、簡単に壊れない強さだけをあげる。
――いらない、私、そんなの欲しくない!
――あれ? 忘れちゃったの、アリス。“死にたくない”以外の“したくない”は駄目だよ。私、アリスに意地悪したくなっちゃう。
自分の右の手首をもいで、噎せ返るほどの力をまき散らす血をどばどばと零して。
それでも眉一つ、痛みを感じる意味で動かさない吸血鬼は、ゆっくりとその手首を僕の傷口に持っていきながら、
――これで、もっと
このオズ魔法特区は、特に激戦区と言える。
五つの組織が居ついていて、ローカルヒーロー――つまり僕が戦う頻度も相応に多い。
だから、噂になっていることがある。前の戦いのダメージとか、大丈夫なのかって。
何度か無駄に勇気があって無神経なインタビューを受けたことがある。戦いの後、疲労困憊、ダメージいっぱいの僕に。
傷は大丈夫ですか。次の戦いに支障はないですかって。
答えてみせた。“大丈夫。このくらい、すぐに治して、次も勝つさ”と。
別に強がりでも冗談でもない。
治るのだ。あの性悪吸血鬼の贈り物たる、“世界最強の生物の因子”が、その力を披露してくれるから。
僕が見た、彼女の数少ない傷。あの時自分でもいだ右腕を、ものの数十秒で再生して見せた、ダリアの治癒能力。
そのごく一部。廉価版が僕には備わっている。
ダリアほどの速度はないが、今日みたく、少し気を失っていればその間に完治するくらいのものが。
この、吸血鬼に近付いた容姿は、それを得た副作用なんだとか。
血を吸わないといけないなんてことはないし、日光に弱くはないし、片手で大木を引き抜く馬鹿力を得た訳でもない。
ただ早く治る。無理な負傷でも治る。何がなんでも治る。そんなヒーローの必須能力を、ダリアは笑いながら分けてくれた。
「……帰ろ」
そんな、人外に近付かされた証を隠すために、外では常に姿を偽っている。
普通の人間らしく。道を踏み外していると悟られないように。
正体を隠すオズ魔法特区のローカルヒーロー、オズハートであり続けるために。
【オズ魔法特区】
五つの組織がそれぞれの目的のために活動しており、事件の頻度が最も多い地区。
その一方で事件による死者はここ一年ほど、殆ど報告されていない。
オズハートにより、全ての組織の悪事が最悪の状況となる前に阻止されているからだ。
ただしその実、オズハートと五つの組織の首領との間には絶望的な戦力差が存在する。
現状、いずれにも勝ち目がない状態であり、それでもなお拮抗しているように見えるのは、各首領の考えによるもの。