グレイ・コートに至るまで   作:A_R_S

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3.Hopeful Club.

 

「あのさ、マックイーン……さん?ちょっといい?」

 

 昼休みを告げるチャイムと共に、マックイーンのもとに先ほどまでトウカイテイオーを囲っていたうちの一人が声を掛けてきた。

 

「あ、アタシはナイスネイチャ。同じクラスになったのも何かの縁ってことでよろしく。……ねえ、トウカイテイオーとは知り合い?実はアタシ、テイオーと話したのはさっき初めてだったんだけど、向こうはアタシのこと知ってたみたいでさ。似たような反応してたから、ちょっと気になっちゃって」

 

「いえ……わたしの記憶の限りでは、初対面だと思うのですが……」

 

 とはいえ、彼女は明確に思い出させると言ったのだ。些細な違いかも知れないが、マックイーンにとっては気がかりではある。

 

「ふうん。ま、細かいことは気にしなくてもいいか。マックイーン……ごめん、馴れ馴れしいかもだけど、呼びづらいから呼び捨てでもいい?アタシのこともネイチャでいいから」

 

「……ええ、構いませんわ。よろしくお願いいたします、ネイチャ」

 

 マックイーンにはそんなことよりも、ああいった悪目立ちの極みとも言える初日を迎えてからなんとなく居心地の悪い教室の空気が、ネイチャの声掛けで少し緩和したような気がすることのほうが重要だった。

 

 

 

「なんでよ!大きめのチームはみんな関西遠征でいないんだから、グラウンドは空いてるんでしょ!?」

 

 終業後、どうも何か言い争うような声がどこからともなく聞こえてきた。ナイスネイチャと共に何事だと教室棟を出てすぐ、その騒ぎの原因は判明した。

 トウカイテイオーと、生徒会長エアグルーヴが、人目も気にせず大声で言い争っていたのだから。

 

 

「だから、先程から言っているだろう!練習場は全て、正式な手続きの上で共同利用しているものだ!お前の我儘一つでその原則を捻じ曲げていい訳がないだろうが!」

 

「エアグルーヴのケチ!頭でっかち!」

 

 薄々感づいてはいたが、トウカイテイオーというウマ娘は少しトラブルメーカー気質であるようだ。

 つまり、大阪杯や桜花賞、それに阪神ステークスといった四月上旬の重賞に関わる遠征のため、ほとんどのチームは不在で練習用グランドは開いている。だからグラウンドが使っていいものだと早とちりしたトウカイテイオーを、生徒会長として正式な手続きどころか、なんに手続きも踏んでいない練習の許可は出せないエアグルーヴが制止しているという構図だ。

 普段は凛として一部の隙すら見せないエアグルーヴまでもが、売り言葉に買い言葉で熱くなってしまっている。その光景に、そこをたまたま通りがかった者が珍しいものを見るようにこちらを見ていた。

 

 

 わたしが許可しましょう、と、騒ぎを聞きつけて物部理事長が現れるまでのしばしの間、そうした光景は続いた。

 

「理事長……お言葉ですが、お孫さんに甘くされるのはテイオーの為にも、理事長御自身の為にも宜しくないかと」

 

「わかっていますよ、エアグルーヴ。ですが、確かに大阪杯を控え、今日のグラウンドはどのチームからも練習申請は来ておりません。それに、既に一年生達を集めてしまっているようですから」

 

 ちらり、とマックイーンたちのほうを見る。

 

「ほれみた!お堅い会長サマは少し頭を柔らかくし……」

「テイオー」

 

「グラウンドの使用は18時まで、厳守すること。それと、終わったらたっぷりお話がありますから、直ぐに私の部屋にいらっしゃい」

 

 さ、時間は貴重ですよと物部が締める。トウカイテイオーを見つめる目が信じられないほど鋭かったことについては見なかったふりをした。

 

 

 

 集まった同級生たちは全部で7名。準備運動をしながら、テイオーが話し始める。

 

「改めて、ボクの名前はトウカイテイオー!将来の夢は無敗の三冠ウマ娘で、この『ホープフル・クラブ』のリーダー!よろしくね!」

 

「ホープフル・クラブ?」

 

 ナイスネイチャが聞き返す。

 

「2年の年末にホープフルステークスってあるでしょ?あのレースにあやかって、我ら7人は皆将来を期待されたウマ娘である!ってことで、ホープフル・クラブ。どう?カッコよくない?」

 

「うんまあ、好きにしたらいいと思うけど。そんなことよりテイオー、さっきのあれは何?生徒会長と言い争っていたと思ったら、今度は理事長まで出てきて。アタシ、大物ばっかり出てこられるとついていけないんだけど」

 

「うん?ああ、ボクのおばあちゃん、理事長なんだ。言ってなかったっけ?」

 

 イヤイヤ、言ってない言ってないとナイスネイチャ。

 

「どおりで謎にアタシ達のこと知ってたって訳だ。三冠三冠うるさいのもなんか納得した」

 

「ねえネイチャ、どういう意味?」

 

 ホワイトストーンが不思議そうにする。

 

「無敗の三冠って、今までに達成した先輩は何人かいるけどさ、その代表格って言えばシンボリルドルフ。流石にホワイトストーンもそのぐらいは知ってるでしょ?そのシンボリルドルフって、さっきの理事長の孫なのよ」

 

「ルド姉は従姉!かっこいいよねえ、ボクもあんな風になりたいなあ」

 

「……って訳。はぁーあ、あのシンボリルドルフの従妹と同じ学年かあ。こりゃツイてないねえ、アタシ達」

 

 いやあはははとネイチャが苦笑いしてみせる。それを見たテイオーは少し不服そうだ。

 

「なんだ、戦う前から諦めるの?」

 

 そう言ってテイオーがネイチャを煽る。

 

「まさか!やるからには全力で勝ちに行くから覚悟してな、テイオー」

 

「そう来なくっちゃ!」

 

 ギラついた二人を見て、マックイーンは何も言うことができずにいた。

 

 

 

 

 

 予想通りというか、やはりテイオーはとんでもなく速い。レース慣れしていることも十分にプラスに働いているのだろうが、スパート意識の400メートル走においては、絶対スピードが他のメンバーと比肩していない。

 それに、そもそもがほぼ完璧なランニング・フォームだ。コーナーに併せて膨らむこともなく、すっと前に入っていく走りは天性のものなのだろう。

 

「さっきは強がったけどさ、あんなのが同期じゃ嫌になっちゃうよ」

 

 休憩中のマックイーンの隣へ、ネイチャが腰かけながら言う。

 

「あんな綺麗なフォーム、何年もランニングドリルを繰り返したって身につかない。瞬発力にしたって同い年とは思えない。天才っているのよねー、悔しいけど」

 

「……ネイチャさんは、先程それでも啖呵を切ってみせましたが」

 

「ああー……アレはアレで本音。もちろん同世代に強いやつがいるのはアンラッキー、だけどそれが逃げる理由にはならないよ。それに」

 

 なんか、アイツについていけば、アタシはもっと速くなれる気がするんだ。

 そう言うナイスネイチャの表情は少しも絶望していないかった。その眩しさは、先だけを見据えているようで。

 

「きっと、マックイーンだってそう思える日が来るって。それに、アンタだって勝ちたいって、そう思うでしょ?」

 

 なんとなくその眩しさから目をそらしたくなってしまった。

 

 

 私は、勝ちたいんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 そろそろ時間だし、最後にレースをしようというテイオーの一声で2000メートルの模擬戦を行うこととなった。

 

 一同がじゃんけんを勝った順に一列に並ぶ。マックイーンのいる内から2番目の位置は、比較的有利と言われるポジション。

 トウカイテイオーはいちばん外側だ。

 

 ゴール板はなく、タイムを測定する人員すらない。代わりにラチにスマートフォンをスタンドに立て、録画のボタンを押しておくようだ。

 

「コインが落ちたらスタートね!一発勝負!」

 

 そう言い、スマホを設置したトウカイテイオーが戻ってくると、すぐさまコイントスをする。

 きらりと硬貨が夕日を弾いて輝く。

 

 先程までたのしそうに談笑していたナイスネイチャは右隣。集中しているようで、ピリピリとした感覚が空気を介して伝わってくる。それは左の最内にいるシンホリスキーにしても同様だ。

 

 意識を前に、コインに集中する。

 

 一寸の静寂。

 

 直後、7人が一斉に飛び出した。

 

 

 

 2000メートルは誰にとっても未知の距離。そうは言いながらも、様子を伺う事そぶりもなく、先頭へ飛び出したのは隣のシンホリスキー。その少し後ろをマックイーン。

 

 後ろから確かな足音が聞こえる。走りづらい、嫌な圧だ。ちらりと見れば、ぴったりとトウカイテイオーがそこに位置していた。

 

 そこから少し離れてダイイチルビー、ナイスネイチャ。ほとんど差がなくレオダーバンもいる。最後方にホワイトストーン。

 

 一団のまま、最初のコーナーから直線へ入る。序盤から続く緩い下り坂が終わり、そして訪れる1.8メートルを駆け上がる。否が応でも落ちる速度に足が止まる。

 

 前を行くシンホリスキーの足が鈍る。少し前との距離が縮むが、再びの下り坂で足が流れて再び一団の速度が安定する。

 

 そのまま3コーナーへ。前に目を向ければ残り600メートルの標識が見えてくる。

 後方で少し動きがあった。最後尾のホワイトストーンが仕掛けはじめ、じわじわと前に進出する。それを受けた後方の3人もじわりとスピードを上げている。

 トウカイテイオーに動きはない。

 

 4コーナー。残り600メートルの標識を通過する。前を行くシンホリスキーとの距離をはかっていたマックイーンの後方から、一人が飛び出してきた。

 

 ナイスネイチャだ。

 

 残り600メートルから仕掛け始める!と心に決めていたネイチャだったが、それはある意味予想しやすいもので、セオリーどおりと言えばその通りだということも理解していた。それは勉強熱心な彼女の勤勉さに裏打ちされた確かなもの。

 それでもそのセオリーを選んだのは、小細工をしてもトウカイテイオーにはかなわないだろうと踏んでのことだ。であれば、今負けるとしても王道を選び、テイオーとの差を見極めることを優先したかった。

 

 しかし、トウカイテイオーは沈黙を守ったままだ。

 代わりに飛びついた者が複数いるにも関わらず、まだトウカイテイオーは来ない。

 嫌な汗が背中に流れた。

 

 マックイーンはその飛びついたうちの一人だった。同時に焦った、という感覚が体を突き抜ける。

 プランなんてもともと無かった、そもそも自分がここで走っているのも流れで……という、レースに望む前に少し頭をよぎったことが情けない。

 

 それでもスパートのスイッチを入れてしまった以上、再度抑えることは愚の骨頂だということは誰にでもわかる。マックイーンにできることは、突っ込んでくるナイスネイチャを抑えつつ、前のシンホリスキーを捉えることに全神経を注ぐことだった。

 

 そうして4コーナーを抜ける。後ろもだいぶ上がってきて、直線で全員がばらける。

 先頭はまだシンホリスキー。だが、かなり苦しそうに粘っている。

 ネイチャとほとんど並んでマックイーンも上がってくる。

 

 

 

 来た。

 

 

 

 2メートルを駆け上がる最終直線、その坂の入口から仕掛けたトウカイテイオーがずんずんと上がってくる。まるで他のウマ娘など()()()()()かのように。

 先程まで練習で使っていたスパート、400メートルをきっかりと測っていたかのように末脚を使い、あっという間にマックイーン達を抜き去った。

 

 遠くなる背中。はるか先にいるテイオー。

 

 

 

 

 

 

 

 ああやはり、彼女は格が違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを悔しく思う自分を少し意外に思いながら、ナイスネイチャとほぼ同着でゴール前を駆け抜けた。

 





ホープフル・クラブ 名簿

・トウカイテイオー
・シンホリスキー
・レオダーバン
・ナイスネイチャ
・ホワイトストーン
・メジロマックイーン
・ダイイチルビー

以上、7名


2016.4.5
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