別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか 作:さすらいの旅人
異世界に来て早々、中年女性――ミア・グランドが大事にしていた酒を台無しにした事で、突然の借金生活を送る破目になってしまった。
その為に俺――兵藤隆誠は借金を返す為に急遽、『豊饒の女主人』の従業員として働く事となる。しかも強制的に。
本当なら、そんな事に付き合いきれないと逃げ出したいところだ。しかし、この世界に来たばかりで何の知識もない俺が、一人でやっていく自信が少しばかりなかった。特に異世界の住人に対する知識が無ければ猶更に。
人間としての生活に馴染んでいる
そう考えると、嵌められたとはいえ、俺を無理矢理従業員にしたミア・グランドには感謝しなければならない。この店にいれば、彼女や他のスタッフ達からオラリオについて聞く事が出来るから。
けど案外、それが彼女なりの善意なのだろう。半信半疑でありながらも、オラリオについて知らない俺を此処に置いて、面倒まで見てくれる。
考えてみて欲しい。見慣れない格好した得体の知れない俺を、店の従業員として働かせるだろうか。これが他の人間なら即座に追い出そうとする筈だ。
それをしなかったと言う事は、ミア・グランドは相当に心が広い人物だろう。まぁ、法外な借金を背負わせたのは少々頂けないが。
ともあれ、不本意であっても彼女が決を下した以上は従わなければならない。
因みに俺が働かされる事に、女性スタッフ達は最初に相当戸惑っていたが、ミア・グランドの決定により誰一人反対意見が出なかった。
てっきり男と一緒に仕事をするのは嫌じゃないかと思いきや、そう言った抵抗感は無いようだ。
けれど、やはり問題があった。それは部屋である。
知っての通り、『豊饒の女主人』は女性しかいない。だから店とは別にある離れの部屋は、当然全員女性のみだ。そこを男の俺がいるとなれば、色々な問題が起きる可能性がある。
その為、俺が充てられた部屋はミア・グランドの隣にある空き部屋だ。それを聞いた瞬間、女性スタッフ達が何故か一斉に俺を気の毒そうに見ていたが。
色々と不安な生活になりそうだが、それでも頑張ってみるとしよう。
☆
「何でおミャーが此処にいるニャ!?」
「ミア母さんより、今日から此処で働く事になりました、リューセー・ヒョウドウと申します。それと、昨夜は申し訳ありませんでした」
翌日以降。
従業員用の制服(勿論男用)を身に纏った俺はスタッフ一同と顔合わせをした後、ミア・グランド(以降はミア母さん)から先輩から従業員としての指導を受けるよう言い渡された。
その先輩は、昨夜襲い掛かって来た獣人娘――アーニャだった。厨房で対面した瞬間、彼女は俺を見た途端に憎らしげな表情をしながら指をさしている。
一通り話を済ませると、彼女は渋々と言った感じで受け入れてくれた。それだけミア母さんには逆らえないんだろう。
「先に言っておくニャ。昨夜は確かに不覚を取ったけど、アレがミャーの本気だと思ってたら大間違いニャ! そこはちゃんと覚えておくニャ!」
「そ、そうですか……」
何もそこまで念を押さなくても良いと思うんだが……。
俺が内心少しばかり呆れてると、途端にアーニャは得意気な表情となる。
「それじゃあ新入り、ここからはミャーが先輩として指導するニャ! おミャーを思いっきり扱き使って……もとい、ビシバシ扱いてやるニャ!」
「本音が駄々洩れですよ、先輩」
明らかに俺に対する恨みを晴らそうとする気満々な言い方だった。
俺が指摘しても、向こうは全く聞いてなく、ふんぞり返る様に言い放つ。
「『豊饒の女主人』の務め、その一……皮剥きニャ!」
そう言ってアーニャはジャガイモが入った材料入りの容器を俺に見せる。
「このジャガイモ、全部おミャーがやるニャ!」
「良いですけど……」
少々腑に落ちない感じのまま、俺はまな板の上に置かれてる包丁を手にし、もう片方の手でジャガイモを持って皮剥きを開始する。
中身を深く切り過ぎないようギリギリの範囲で皮を切り、そして芽を取り、三十秒もしない内に剥き身のジャガイモが完成。残りも全部同じ要領でやっている中、アーニャや他の料理人達が意外そうに見ている。
始めて五分も経たない内に、さっきまであった容器に入っていた多くのジャガイモは全て剥き身状態となった。
「はい、終わりました」
『………………』
俺が終わったと言っても、アーニャは未だに呆然としていた。他の料理人達も含めて。
「……先輩?」
「っ! な、なんニャ!?」
「いや、だから終わったんですけど……」
「お、おミャー、何で男のくせに、そんな上手く出来るんだニャ!?」
「何で、と言われても……」
元いた世界で、オカマのローズさんから料理を徹底的に学んだだけだ。あの人の指導は凄く為になるから、時折教えてもらっている。
野菜の皮剝きなんて、基本中の基本だ。これくらい簡単に出来なければローズさんに怒られてしまう。
それに与えられたジャガイモの量も少ない。俺はてっきり、大量の皮剝きをやらされるかと思っていたんだが、たかが二十個程度だ。簡単過ぎにも程がある。
「ジャガイモ以外の野菜もあるんでしたら、そちらもやりますが」
俺が大したこと無いように言うと――
「ふ、ふんニャ! ジャガイモの皮剝き程度で粋がるなんてまだ甘いニャ! 人参、玉ねぎ、その他の野菜も全部やるニャ!」
先輩としてのプライドが刺激されたのか、アーニャはまるで奥の手を出す感じで言い放った。
「了解しました」
本日使う予定である野菜の皮剝きを本格的に始めようと、俺は少し本気を出す事にした。
ジャガイモ以上にあった多くの野菜の皮は全て剥かれ、料理人がすぐに使える食材となっていく。
アーニャや他の女性料理人達が、まるで俺の包丁捌きに魅入られるように止まっている中――
「アーニャ、いつまで突っ立てるんだい! 新入りのリューセーばかりやらせてないで、アンタもさっさとやりな!」
「は、はいニャ!」
調理中のミア母さんからの怒号により、アーニャはハッとして作業に取り掛かろうとする。
「ば、バカな。私以上に上手く出来るなんて……!」
「嘘……! あの人、あんな簡単にやってる……!」
因みに俺の皮剝きを離れた場所から見ていた女性エルフ――リューと、本日顔合わせした女性ウェイトレス――シルが何故か信じられないように見ていたのは気にしないでおく。
☆
「アホのアーニャに代わって、今度はミャーが教えるニャ。本当だったらおミャーを買出しに行かせたいところだけど、既にシルとリューが行ってるから今日は無しニャ」
「そうですか」
野菜の皮剝きなどの下拵えが終わったのは良いんだが、アーニャが何故かミア母さんに怒られ、仕事を専念するよう言われてしまった。
今度は彼女と同じ
「う~ん、改めておミャーを見ると……やっぱり惜しいニャ」
「何がですか?」
「せめて、あと五~六年若かったら、ミャーの好みのタイプだったんだがニャ~」
「……あの、それで俺は次に何をすれば……」
心底如何でもいい情報を自ら口走るクロエに少々呆れつつも、俺は本題に戻ろうとした。
「皿洗いニャ」
そう言って彼女は料理で使った後の皿がある厨房を指した。
開店してから間もないのに、既に大量の皿が置かれている。この店はそれだけ人気があると言う証拠だ。
「野菜の下拵えが出来るおミャーの事だから、皿洗いも当然出来る筈ニャ」
「勿論」
料理に関する事は一通り学んでいる。雑用同然である皿洗いも経験済みだ。
以前に義妹のアーシアに効率の言いやり方を教えた際、大量にあった皿を見事に全部洗ったのを見て感動した事があった。アレを見て流石は我が義妹だと感動した程に。
……まぁそう言った事は置いておくとして、だ。目の前の仕事をさっさと終わらせるとしよう。早くしないと、ドンドン使用済みの皿が追加されていく。
「流石におミャーだけやらせるのは酷だから、ミャーも一緒にやるニャ」
「あ、どうも」
皿洗いを始めようとすると、(一応)指導してるクロエも皿洗いに加わろうとする。
互いにカチャカチャ、ゴシゴシと皿を洗っていく俺とクロエだが……スピードは俺の方が圧倒的に速い。
「クロエさん、そんな洗い方じゃ油が取り切れません。こうした方が良いですよ」
「へ? こ、こうかニャ?」
「違います」
クロエの洗い方が少しばかり下手だった為、手本を見せながら教えていた。
「ですから、そんな雑な拭き方じゃ――」
「ウニャー! 何で先輩のミャーが新入りに皿洗いのやり方を逆に教えられなきゃいけないニャ~!」
「あっ……」
数分後、俺の指摘にウンザリしてきたクロエが思わず拭いていた皿を手放してしまい、そのまま床に落としてしまった。
パリンッ、と言う音がした直後に皿が真っ二つとなって。
当然、この音は周囲にも聞こえているから――
「クロエ! 指導してるアンタが皿を割ってどうすんだい!」
「ご、ごめんニャ~!」
調理中のミア母さんが此方に振り向き、クロエに怒号を放つのであった。
これはあくまで俺の個人的な考えなんだが、
ミア母さんに怒られているクロエを余所に、俺は追加された使用済みの皿を洗おうと専念する事にした。
初日は(俺にとって)簡単過ぎる仕事であったが、まだ始まったばかりだ。今はこの世界の仕事内容をキッチリ覚えるとしよう。
アーニャ「ウニャ~! ミャー達は先輩なのに、何で母ちゃんに怒られなきゃならないんだニャ!」
クロエ「理不尽ニャ! 新入りのくせに、先輩の顔を潰すなんて許せないニャ!」
ミア「そこのバカ娘共! いつまでもサボってんじゃないよ!」
リューセー「……何かこの世界のウェイトレスってサボり癖が酷い気がする」