術式大好き禪院家に売られた甚爾の娘   作:とうひ

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自責

「伏黒恵は知らないのですか? 貴方が父を殺したことを」

 念願の恵に会った感想を聞いたところ、蓮から返ってきた言葉は予想外だった。

「うん、伝えてないよ」

「そうですか」

 会話の内容とは釣り合わないほど軽快な足取りで廊下を進む。廊下の窓からは厚い雲に覆われた鈍色の空だけが見える。やっと芽吹きの春が訪れたというのに曇天続きで、今ひとつ晴れない日々が続いている。無事に東京校に入学した蓮も、完全には実家と縁が切れてはいないようで電話や手紙でやり取りをしているようで、晴れない顔色でいることが多い。血は水よりも濃いというけれど、これから恵と蓮がどうなっていくか、周囲から倫理観に乏しいと言われる僕には見当もつきそうになかった。同時に、見当をつかないなりに彼らがこの地獄で少しでも、青い春を描ければいいと願っていた。

 恵と蓮の父親を殺したのは他ならぬ僕だった。恵に伝えようとした時、小学生にしてはあまりにも達観した様子でアイツは僕の言葉を遮り、言うに言えないまま年月だけが過ぎた。だが、あの男を殺めた事実は隠してはいない。恵とは違い、蓮は知っていたのだろう。

「恵に言うの?」

「わざわざ言う必要もないと思います。だから、貴方は今日まで彼に伝えてこなかったのでは?」

 予報通りの可愛げのなさに溜息をつきたくなる。ここで少しは恵に嫉妬してくれれば良いものを。この子は別に恵が好くような善人ではないだろう。でなければ、御三家で生きていくことなどできないに違いない。彼女がここにいるのは、間違いなく鈍麻した心があるからこそだ。この言葉だって恵を気遣って出たわけではないだろう。きっと、どうでもいいのだ。善も悪も本当にどうでもよくて、ただ周りに言われるがまま動いているに過ぎない。もしかしたら唯一彼女の心を動かし得た人間は、僕が殺した。

「恵もそうだけどさ、蓮はもう少し子どもっぽくていいんじゃない? 子どもは子どもらしく青春するのが仕事だよ」

「呪いは子どもだからと言って手加減をしてくれません。子どもは早く大人にならなければなりません」

「それ、いったい誰からいわれたの?」

 思わずこめかみが引き攣る。どうせ禪院のやつが言ってたんでしょ、と言う言葉は飲み込んだ。せっかくあの家から離れているのにその家の名前を出しては意味がない。

 悔しいことにその言葉は正しい。僕だって、相手がこんな無知な子どもじゃなかったら指導の過程で口にしてもおかしくない。でも、こんなにも本来あって良いはずの子どもらしさが欠けているような子どもにかけるべき言葉ではないだろうことは明白だ。

「家の者からです。ねえ先生、私は示さなければならないのです。私の価値を少しでも早く、少しでも立派に。禪院は私に見切りをつけようとしています。おそらく決め手は、家出同然で東京校に来たからでしょうね。私自身に価値がないのなら、その腹で子を産めと連絡が来ました」

 僕は静かに息を呑んだ。

「蓮は飲むの? その話……」

 言葉を反芻する。舌の上で言葉を繰り返し、改めてゾッとした。額を汗が伝う。僕は歩みを止め、じっと自分のずっと下にある蓮のつむじを見る。この少女は今、何を言ったのだ。蓮はまだ十六歳にもなっていない。その家の者たちはいったい、いつの時代の話をしているのだ。

「私も流石に嫌です。だから、私を早く価値のある存在にしてください。最強の五条悟は〝腐ったみかんたち〟よりも私を強くしてくれるのでしょう?」

 そう言って笑った彼女の笑みは年相応とは程遠いものだった。遠くを見据え、どこか諦観が彼女をこんな風にした呪術界の上層部に嫌気がさした。そしてあの日、気付けなかった自分を何よりも恨んだ。僕は最強だ。だけど、これまでだって救えなかった人がいないわけではない。救えるはずだった蓮を掌から溢してしまったことは僕の心に影を落とした。なにせ蓮を救えなかったのは、ちょうど僕が決心をした後だったのだ。

「俺が救えるのは他人に救われる準備がある奴だけだ」

 裏を返せば、あのときの僕は救われる準備のできている奴を、救えたはずの蓮を、救わない手がなかったのである。僕は決心してすぐにやらかしてしまった。彼女を己の掌から、取りこぼしたのだ。禪院での蓮の扱いは悪くもないが、あまり良いものでもないと聞いた。母親と無理矢理に引き離れ、学校だってまともに行けてないらしいと知った時は底冷えがした。同じ御三家で育てられた僕だって、もう少しマシな幼少期を送った筈だ。そうやって年月を積み重ねるうちに、きっと他人に救われる準備のあったはずの蓮は死んで、全部を諦めた彼女がそこにいた。

 そんな彼女が、理不尽にも周りに振り回されている子どもの蓮が、理不尽にも殺された子どもの天内に重なった。僕が救えなかった甚爾の娘が、俺が救えず甚爾に殺されてしまった少女と重なって見えるなんて、どんな皮肉だろうか。それが僕にとっては余計に苦しくてたまらなかった。

 きっと僕は彼女に恨まれたいのだと思う。その方がずっと楽だ。お前のせいで不幸になった。お前が気付かなかったせいで地獄を生きている。そう責めてくれたなら、ずっと良かった。でも彼女は僕のことを恨まない。死んだ天内だって、もう何も言わない。蓮に悲劇のヒロインぶれと言いたいわけじゃない。ただ、地獄を当然のものとして享受し続ける少女の姿は、どんな罰よりも僕に重くのしかかった。

 彼女に笑って欲しい。年相応に泣いて、怒って、拗ねて、嫉妬して欲しい。そう思うのは、純粋な心じゃなくて、この罪悪感から解放されたい一心だからであることは誰よりも僕がわかっている。

「そうだね、責任を持って君を育てると誓うよ」

今の僕に言える言葉はそれしかない。その事実が憎らしくなって、何が最強だと歯を食いしばった。 

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