窓という立場だからできること
窓──呪術師ではないが呪いを視認できる存在。呪術界の要の一つである呪術高専と連携し、呪いを確認し次第連絡する役割を担っている。
窓は呪術師や補助監督とは違う。一つの職としてその仕事に就くのではなく、普段は呪いが見えつつも、呪いにどっぷりとはつからないで日常を生きる。そして、日常を生きるなかで呪いを発見した際にのみ、窓として高専に協力をする関係性なのだ。
この窓という立場になってからもう十年以上の歳月が流れた。少しは慣れというものが出てくる。中学時代、高校時代、大学時代、学生として過ごしながら同じように学生の身である高専の人間たちと交流を深めながら努めてきた役割は、私のアイデンティティの一つでもある。だから、こうして社会人となった今でも半ばボランティアのような形で窓を続け、気が付けば年下となった高専生たちを可愛がっている。
私は呪術師ではないから、直接的に何かをできるわけではない。もちろん、術式はこの身に刻まれていない。呪力も殆どない。無論、帳一つ降ろすこともできない。
でも、そんな私だからできることもあるのだ。
十月の始め。秋にしては暑い日々が続くものの、夏のような空の青さは褪せ、のっぺりとした雲が淡い水色の上に浮かんでいる。薄手のブラウスは風が吹くたびに、柔く肌に触れては離れることを繰り返す。
集合時間よりも少しだけ早く到着した私は、改札を出てすぐの屋根下から空を見上げていた。
今日は、付き合いが長い五条さんの紹介で知り合った彼の教え子たちとのお茶会である。今年の新入生は三人。明朗快活な虎杖くんと、寡黙で真面目そうな伏黒くん、それからおしゃれ好きで芯がある野薔薇ちゃんだ。彼らと出会ってから恒例となった四人揃ってのお茶会は本日で三回目となる。
私と同じように待ち合わせ目的で壁沿いに立つ人間は、一人また一人と合流を果たしては消え、新たに一人また一人と増えた。ちらりと腕にしていた時計を見れば、約束の時間まで五分を切っている。そろそろかなと改札の方を振り返れば、聞きなれた声が辺りに響いた。
「まどかさん! こんにちは」
そう言って野薔薇ちゃんは元気良く手を振り、改札の前で一人佇んでいた私にいち早く駆け寄って来る。
野薔薇ちゃんと私は同性というのも相まって、男の子たち二人よりも一緒に出掛けることが多く、親しい関係性だ。最近では、こうして会うたびに野薔薇ちゃんの方から駆け寄ってくれる。それが無償に嬉しくて、私の口角は自然と上がってしまう。
「野薔薇ちゃん、久しぶり。あれ、今日はいつもと違う色にしたの? いつものリップも素敵だけど、今日のは一段と可愛くてぴったりだね」
「さすがはまどかさん! やっぱりわかります? この前教えてもらったブランドの新作なんです!」
「うんうん。やっぱりあそこのは野薔薇ちゃんに似合うと思ってたの」
野薔薇ちゃんはおしゃれ好きなだけあり、会うたびに違った可愛さを見せてくれる。それは、都会を彩るショーウィンドウに目を輝かせる彼女が、思い思いに着飾った姿形だけを差しているのではなく、おしゃれを楽しむ心そのものが眩しくて仕方がないのだ。
「おい、釘崎。一人で勝手に先行くな」
「久しぶり! まどかさん元気にしてた?」
あとから不満気な様子を隠そうとしない伏黒くんと、片手をあげて挨拶をする虎杖くんが合流する。
「久しぶりだね。もちろん元気。いつもありがとうね、虎杖くんも、伏黒くんも」
野薔薇ちゃんに向けていた身体を彼らがいる方向に変える。それから、にっこりと笑みを浮かべて虎杖くんたちに挨拶を返す。
それに大きく笑みを浮かべた虎杖くんに対して、伏黒くんは小さく会釈だけした。返事はなかったが、彼なりに礼を尽くしてくれていることは充分に理解できる仕草だった。善意を分かりやすく表現する虎杖くんの横にいるとぶっきらぼうに見えるが、伏黒くんもなかなかに分かりやすい子で、愛らしい一面があるのだ。少なくとも、相手が五条さんだったなら彼はもっと雑な対応をしたに違いない。
「聞いてくださいよ、まどかさん。こいつらったら、毎日顔を合わせてるのにリップの違いの一つ気が付けないんですよ! まどかさんは久しぶりに会ったっていうのに、すーぐ気が付いてくれたのに」
虎杖くんと伏黒くんの方向に向けていた身体を自分側へと引き戻すようにして、野薔薇ちゃんは私の腕の隙間に右手を絡ませる。
頬を膨らませて上目遣いでこちらを見上げる野薔薇ちゃんの様があまりにも愛らしいものだから、思わず目を細めてしまう。正直、年下に慕われて悪い気はしないのだ。
そうこうしている間もじゃれ合う少女たちの声にひきもどされる。そうは言っても、私には年の功があるのだ。この状況をただ眺めているわけにはいかない。しっかりせねば、と己を律する。
きっと野薔薇ちゃんも気が付いている事実を口にするのは、余計なお世話な気がして憚れる。しかし、彼女の言葉を肯定してしまえば男の子たちの面子が立たないであろう。私は少し迷った末に、自身の気付きを口にした。優しさをこめ、ゆったりと。
「うーん、たぶんだけど虎杖くんも伏黒くんも気が付いていたと思うの。でもね、気を使ったんじゃないかな。ほら、言葉にしたらセクハラになるかもとか、どんな言葉で伝えたらいいかなとか。虎杖くんも伏黒くんもいい子だから。ね?」
野薔薇ちゃんと男の子たちを交互に見やる。
「きっと、野薔薇ちゃんがあまりにも可愛らしいから照れちゃったのね」
もちろん、せっかくこんなにも甘えてくれた野薔薇ちゃんの愛らしさを立てることも、いじらしい男の子たちを揶揄うことも忘れない。若者との会話には、ジョークも大事だと五条さんも言っていた。彼の言葉が正しいか否か問われれば、必ずしも正しいと言えないかもしれない。だが、私よりも彼らと過ごす時間の長い彼が言うのだから正しい気がしてしまう。おかしなことだ。
「それもそうか、男子、これからはハッキリと口に出してくれていいのよ」
先ほどまでの拗ねた様子から一変。身に纏ったライダースのジャケットをハタハタと翻しながら、野薔薇ちゃんが胸を大きく張った。
「なんでオマエはいつもそうなんだよ」
ため息を吐く伏黒くんの背中を野薔薇ちゃんはバシバシと叩き、満面の笑みを浮かべる。叩かれた伏黒くんは、ますますあきれ返る。
きっとこれが彼らの空気感なのだろう。伏黒くんと野薔薇ちゃんのやり取りに対して、私と同じように笑って見守る虎杖くんを見て察した。
そして、彼らも随分と仲良しになったのだなと実感した。
まだ出会って間もない頃。彼らが私に対してよそよそしいのは当然のこととして、彼ら同士の関係性も少しの空白があった。それがついに、こうして隙間なくかみ合う関係性になったのか。五条さんが教師になってから何人もの新入生たちを見てきたが、彼らの関係性は類を見ないほど、絡み合い、支え合っているのだと理解するのはそう難しくなかった。
「さてさて、今日はとっておきの和スイーツを食べに行きたいと思います」
お話したい話題はたくさんある。
虎杖くんが好きそうな新作映画の話。伏黒くんにお話したい最近読んだノンフィクション小説の話。野薔薇ちゃんとお話したい秋の新作の話。私が最近始めたガーデニングの話。それから、彼らの学生生活での話。聞きたいことも、話したいこともたくさんありすぎて話始める前から時間が足りるか少し不安になる。
でも、それでいい。
足りなかった分の時間が次回の約束を結ばせてくれる。
だからきっとそれでいいのだ。
お店に向けて先頭を歩きだした私の足取りは、驚くほど軽かった。