今回は急に随分とシリアスになるので、風邪をひかないようにご注意を。ただし、文字数はいつも通りの少なさなので、すぐにシリアスも終わります。
前回のあらすじ
原作主人公、登場した次の話で早くも死にかける。
Sideサフィ
若葉さん(蜘蛛)と別れた後、私とお父さんは迷宮の道を縦に並んで歩いていた。
速くもなく遅くもない快適な速度。あくまでも私にとってのちょうどいい速度だから、体躯の大きいお父さんにとってはかなり遅いだろう。
さっきはあんなに荒々しく他の魔物を蹂躙していたお父さんも、今はとても静かだ。喋らず鳴きもせず、ただ二頭の竜の足音だけが殺風景な迷宮に空虚に響いている。
勝手に飛び出してきたわけだし、何かしらのお叱りでもあるかと思ってたんだけど、いまのところ何もない。まあ、例え何かを言われても意味は分からないんだけど。
さっきの疑念が再び顔を出す。
もしかして、私のことなんてなんとも思ってないのかな。本当に都合のいい兵士程度に思ってるから、私が死にそうになっても大して気にしないのかも。
いや、若葉さんを攻撃しようとしたときの鬼気迫るようなものは、決してただの下等生物に向けるものではなかった。ああいうものを殺気と呼ぶのだと、そんなものとは無縁だった私にも理解できた。
あれは確実に怒っていた。
なぜ?
どう考えたって、私のためだろう。どんなに鈍感だろうと、さすがに悟る。
煮えたぎるような怒りを他の存在すべてに向けていても、唯一私にだけは違った。あの時、岩を壊して私を見つけた時のお父さんの目には、確かに安堵と慈愛の色が見て取れた。
どんなにお父さんとの関係を疑おうとも、あの目だけは疑いようがない。
では今のお父さんはどうなのか。後ろを歩いてるせいで顔が見えないから、どうにも感情が読み取れない。静かに怒っているような気もするし、安心して気を緩めているような気もする。
せめて意味が解らずとも何か言ってくれれば、語気から伝わるものもあるのに。
そういえば、子どもの頃にも似たような状況があった気がする。
***
小学生の時、私はいじめに遭っていた。その当時の私は根暗でコミュ障で、学校で話す相手など姉くらいだった。その姉ともクラスは別だったから、教室では基本一人。そのくせ、自分で言うのもなんだけど顔はそれなりに整っているほうだ。女子たちにとっては格好の的だったのだろう。
私は誰にもそれを打ち明けることはなかった。仕返しが怖かったのもあるけど、それ以上に自分の情けない姿を知られることを幼心に恥じたのだと覚えている。
いじめる側は、子供ながら悪質なことに周りの人間にばれないようにするのが巧妙だった。しかも私自身も隠そうとして何もないかのように振舞っていたから、教師も両親も姉も、私の様子がおかしいとは感じても、いじめられていることには気づいていなかっただろう。
ある日の放課後に、私がノートを職員室に運んだ後、帰るために自分の机に戻ると、教科書がビリビリに破かれて机の中に詰められていた。
いま考えると、それまで証拠をできるだけ残さないようにしていたいじめっ子たちがついにぼろを出したわけだが、小学生がそんなことを考えるはずもなく。
ただ私は、どうやって親に悟られないようにするか頭を回していた。
そのあと、気付いたら近所の公園にいた。よくあるドーム状の遊具の中で、ただ静かに袖を濡らしていた。
破けた教科書は乱暴にランドセルに詰めて持ってきた。それを一人で処分することはできる。でもなくなった教科書ばかりはどうにもならない。グシャグシャに引き裂かれた教科書はテープなどで直すのも無理がある。
どれだけ考えても嫌な未来ばかり思いつく。たとえ親に隠しても、結局は教師にばれる。
誰か大人がいれば、そもそも私が隠す意味などないのだと教えてくれたのだろうが、残念ながら私は独りだった。
ただひたすら、必ず訪れる未来から目をそらして蹲ることしかできない子供だった。
とにかく誰にも会いたくなかった。外界の何もかもシャットアウトしたかった。時の流れを感じたくなかった。そのまま存在ごと消えてなくなりたかった。
それでも、世界は非情で残酷だ。太陽も月も勝手に昇るし勝手に沈む。人が歓喜しようが泣き喚こうがずっと同じ速度で時は流れる。
そして、世界は残酷であると同時に平等だ。誰にでも温かな日の光を、恵みの雨を、美しい夜空を与えてくれる。
こちらの望みに関係なく。
「やっぱりここにいた。あんたワンパターンだよね」
突然うしろから聞こえた耳馴染みのある声に振り向くと、飽きるほど見た姉の顔が遊具の穴から覗いていた。
「早く帰ろ。あんたがいないとお母さんがご飯たべさせてくれないんだけど」
相変わらずの憎まれ口だったが、声や表情から優しさが感じられる。どうやら帰りの遅い私を心配して探しに来てくれたらしい。
私が驚きと不安から動けずにいると、美麗は無理やり私の手を引っ張って、暗い遊具の中から出してしまった。全く強引だ。そういうところはずっと変わらない。高校ではそれが悪い方向に行ってしまっていたけど。
引かれるまま呆然と家路を歩く。そのうち自分がランドセルを持ってきていないことに気付くが、姉の右手を見て安心した。いつもは意地が悪いのに、こういう時はさりげない気配りをするのだから、ずるいと思う。
私とほとんど身長は変わらないはずなのに、姉の背中はとても大きく見えた。握った手は力強く、放そうとしたって放してくれそうにない。なにも言わないのに、まるで“大丈夫だよ”なんて言っているみたいだ。
不安も絶望も消えてなくなったわけではない。でも、ランドセルがないせいか体は軽い気がする。
まだまだ怖いけど、美麗がいれば大丈夫だ。そう思えた。
私は姉の横に並んで、握られた手を強く握り返した。いつか自分が姉の手を握れるようになろうと、心に誓って。
***
あの時もいまと同じように沈黙だった。でも、今と違うのは相手が気心の知れた相手ではないことだ。竜の感情は竜なりたての元人間には難易度が高すぎる。
でも、それがどうした。なにを私は疑っているんだ。お父さんは私を必死に探してくれたんだ。
なら、今度は私が歩み寄る番だ。
そもそも相手の感情がわからないなんて当たり前だ。なのに、うだうだと悩むなんて。美麗に怒られてしまう。
あの時の誓いはいまだ果たせていないけど、諦めたわけではない。こんな私では、ずっと美麗に手を引かれるだけだ。その立場に甘んじてはだめだ。
ゆっくりと歩調を速め、お父さんの横に並ぶ。そのまま、少しお父さんに寄り添う。ごつごつとした鱗の感触には安心感すら感じる。
お父さんはやっと私が横に来たことに気付いたのか、止まってこちらに振り向いた。
そうだ、この目だ。
生まれた時にも、さっきの縦穴でも、ずっと私に向いていた目。温かみを感じさせるその目を見ただけで、疑念など吹っ飛んだ。
言葉は通じない。けど、想いは通じる。
お父さんは私を心配してくれていた。ただ無事を祈って探してくれていた。それだけは確かで、それだけ分かれば十分だ。
唐突に浮遊感を感じる。でも、すぐにお父さんが尻尾で器用に私を持ち上げていることに気付いて、なされるがままに任せる。お父さんは私を自分の背中に乗せると、再び歩き出した。
私のよりも硬い鱗は少しの不快感と多大な安心感を感じる。適度な揺れに誘われ、そのまま私は眠ってしまった。
《熟練度が一定に達しました。スキル「並列意思LV1」を取得しました》
サフィちゃんがすごいネガティブになってしまい、メンヘラっぽく感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、そんなことはない、はずです。ただ好きな人には尽くすタイプであるとは思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
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