アグネスタキオン、ダイワスカーレットのトレーナーになる 作:コロリエル
トレーナー業とは、担当ウマ娘に国の一大興行であるトゥインクル・シリーズで行われるレースでの勝利をもたらすために、日々の指導や教育を施し、コンディションの管理などを行う職業。
日本全国に存在するトレセン学園が彼ら彼女らの職場であり、中でも東京府中の中央トレセン学園は、所属するトレーナーも入学するウマ娘も一流ばかりが集まる、日本最高峰の施設。
数年前まで、私はそこに所属するウマ娘としてある程度の活躍をしていた。紆余曲折あったが、それなりの成績は残せた。
その後は、当初は継続して行っていたウマ娘についての研究を続けるために大学への進学を予定していたが、当時のトレーナーからの『トレーナーになればウマ娘たちを間近で観察しながら実験ができる』という助言に騙され、トレーナー養成学校へと進学。
そこでの勉強を終え、つい数年前から中央トレセンに勤務。ウマ娘たちへの指導と、改造に改造を繰り返したトレーナー室での実験を繰り返し、ウマ娘の更なる可能性を追及する日々。最近は、とある製薬会社と提携して練習直後に飲む栄養補給ドリンクの開発にも携わった。
それが、今の私……『超光速のプリンセス』などと呼ばれていた私、アグネスタキオンの現在地だ。
「なぁタキオン。お前気になっているウマ娘は居るか?」
親愛なるトレーナー君──元、だが──が、私のトレーナー室兼研究室にやって来た。その手にはいつも通り私の弁当が握られている。毎日のように美味しい弁当を作ってきてくれる彼には頭が上がらない。
ありがとう、といつも通りその弁当箱を受け取る。彼の料理は最近かなり高いクオリティになってきており、ちょっとした食事処を開けるのではないか、と私は常々思っている。最も、彼はトレーナー業を辞める気などサラサラ無いのだろうが。
「いいや? 大体、入学式からまだ三日しか経っていないのだよ? 決められるわけなんてないだろう……全く、君は昔からせっかちだねぇ」
私の指摘に、思わずたじろいでしまうトレーナー君。こう見えても彼が手がけたウマ娘は皆トゥインクル・シリーズでは大活躍。今では日本で知らぬ者はいない名トレーナーと言われている。
私は、そんな彼の最初の担当ウマ娘だった。今では、こうして同僚として働いて居る仲だが。
「いや、それはそうだけどさ。こう……あるじゃんか! ビビビッてくるあれが!」
「ふぅン……相変わらずオカルトだねぇ」
彼の瞳を覗き込む。私を担当していた時のような、狂気を抱いていた瞳ではもうない。私がトレセン学園を一旦卒業したとき、彼の中の狂気は一旦落ち着いてみせた。その後も彼はトレーナーを続けているが、彼があんな瞳になったことはない。
どこか、彼の中でも物足りなさを抱いているのだろう。私だってそうだ。ここ数年、どうにもこの子だ! っていうウマ娘に出会っていない。
私は画面上に開いている実験の結果をまとめたファイルを閉じ、今年度の新入生一覧を開く。一通りざっとは目を通したのだが、流石に名前だけでは分かるはずもない。
はてさて、この中に私の眼鏡にかなうウマ娘は居るのかな? なんて考えていると、突如として扉がノックされた。
どうぞ、と入室を許可すると、扉を開けて入ってきたのはいつもの緑色の服、駿川たづなさんが何やら慌てた様子で入ってきた。昼休みだというのに、忙しそうな人だ。
「失礼します……あら? 武田さんも一緒でしたか。丁度良かった」
「たづなさん? どうされたんですか?」
「それが……こちらの手違いで、先日お渡しした新入生一覧に何名かの抜けがあったらしくて……修正したファイルを共有フォルダに入れておいたので、それを伝えに来ました!」
「なるほどねぇ……それ、メールで知らせてくれても良かったのではないか?」
「……あっ」
基本的に彼女は優秀だし、真面目で働きっぶりも悪くない。しかし、時々抜けてることがある。今回もミスに気付いて慌てていた、といったところだろう。
若干頬を赤らめる様子は可愛らしい。彼女の年齢は預かり知らぬところではあるが、これで浮いた話の一つも聞かないのが不思議な話である。
最も、こんな職場に勤めている以上、そんな暇がないというのも当然な話だが。
「と、兎に角了解しました! そちらは後できちんと確認しておきます!」
「は、はい! 選抜テストまでにはきちんと目を通しておいてくださいね! それでは、失礼しました!」
駿川さんは先ほどの失態から逃げるように、そそくさとトレーナー室から立ち去って行った。再び部屋の中には、私とトレーナー君の二人のみ。
二人そろって溜め息。ピコン、と目の前のPCが鳴ったかと思うと、メールソフトに通知が一件。恐らく、駿川さんが先程の内容をメールにして送信したのだろう。はてさて、彼女のおっちょこちょいを見た関係者は何人いたのだろうか。
「全く、嵐のように去っていたねぇ……さてと、そのきちんと更新されたっていう一覧を見ようではないか! トレーナー君、こっちに来たまえ!」
「ま、飯食いながらでも見るかね……パイプ椅子出すぞ」
受け取った弁当箱をパソコンの前に置き、少し隣にずれる。空いたスペースにトレーナー君がパイプ椅子を設置、着席。二人揃って、頂きます。
可愛らしいピンク色の包みを開き、二段の弁当箱を開く。そぼろが乗せられたごはんと、絶対に入れてくれと頼んでいる甘めの卵焼き。手間がかかるだろうニンジンのグラッセは綺麗な照りを見せているし、一口サイズのハンバーグには、きっとニンジンが多めに入っているのだろう。
年々クオリティを上げている彼の弁当。今ではこれも、私だけが食べるものでは無くなってしまった。
「相変わらずいい腕をしているねぇ……うむ、今日の卵焼きも完璧だよ」
「そりゃどーも。他の娘には甘すぎるって不評なんだよなぁ……」
「おや。そのウマ娘の名前を言ってみたまえ。私がよぉく説教するから」
「タキオンが甘党過ぎるだけだっての! 人間だったら糖尿病一直線だわ!」
彼の作る料理が不服だというのなら、大人しく食堂で食べてくればいいのだ。せっかく作って貰っているのに、それに不服を申し立てるなど、言語道断である。
……いや、よくよく考えてみれば、私も現役時代は散々トレーナー君の作る料理に文句たらたらだった。最近はトレーナー君が私の好みを完全に把握しているからこそ文句も出なくなった、というだけだな。これ、私怒る権利無いな。
その事実に気付きはした。しかし、今更それを言うのもなんか悔しいので、何もなかったことにする。私は図々しいウマ娘なんだ。
「さてさて……お、きちんと未掲載だったウマ娘は別で分けられているねぇ。見やすくて助かるよ」
「ホントだ……いやいや、新入生の三分の一位いなかったのかよ。通りでなんか少ないなと」
少しだけ行儀が悪いが、今ここはそれが咎められるような場所ではない。私たちは弁当を食べながら、新たに追加されたウマ娘の簡単なプロフィールに目を通していく。
毎年毎年、とんでもない数の新入生が入学してくるトレセン学園。こうして一覧を見たところで分かるものなど殆どないが、これもトレーナーの仕事だ。
「……お、マックイーンの弟子も入学してたのか」
「ん? あぁ……ドリームジャーニー君だったかな? そうかいそうかい、それは確かに楽しみだねぇ……お、ローレルゲレイロ君じゃないか。確か昔、トレセン学園に見学に来てたよねぇ」
「あぁ……あのキングヘイローに憧れてるっていう。なんだかんだ子供から好かれてたよな、あの娘」
中には、どこかで見たことのある名前や、名家の出であろう名前も散見される。これは中々期待が持てるかもしれない。
すすす、とスクロールしながらご飯を口に運ぶ。その中で、なぜか一人、やけに目に留まった名前があった。
「……ダイワスカーレットって……あのダイワメジャーの妹か!」
「おいおい、こりゃあとんでもないもんが居るじゃねぇか……!」
ダイワメジャー。二年前のクラシック世代で、皐月賞をもぎ取ったウマ娘。呼吸器の筋肉が麻痺し、気道が狭まり走行中の呼吸に支障を来すという、ウマ娘特有の病である、所謂「ノド鳴り」を患っていたが、手術から奇跡の復活を果たした化け物。つい先日のマイラーズカップを優勝した際の感極まった咆哮は記憶に新しい。
彼女の妹となれば、それはチェックしないなんて選択肢はない。恐らく、今度開催される選抜レースに間違いなく出走してくるだろう。
「これは中々楽しみになって来たねぇ……選抜レースは、確か来週の頭だろう? 席を取っといてくれよ、トレーナー君」
「それくらいは自分でしてくれよ……ええっと、ビデオカメラのバッテリーとSDカードの予備用意しとかないとな……」
なんだかんだ言いながら、準備してくれるトレーナー君はホントにいい助手である。またウマ娘用の特製栄養ドリンクを差し入れなければな。
しかし……やはりいいものだ。この時期というのは。まだまだ未知数な才能が横一列に並んでいる。凡庸なものから少し足りないもの、中には、明らかに飛びぬけてしまっているものなど。
それらを見極め、自分で育て上げたいと思える原石を見つけ出す。一年の中でかなり重要な数週間が、今。
さてさて、今年の新入生はどうだろうか? あの『英雄』に並びうるようなウマ娘は、『絶対』を超えられるようなウマ娘は、『神』に手が届くようなウマ娘は、果たして居るのだろうか。
新入生一覧を眺めながら、ニンジンのグラッセを口に入れる。ニンジンが本来持つ甘味が、口の中いっぱいに広がっていった。
ご閲覧ありがとうございます。誰かアグネスタキオンのトレーナー服姿描いてくれませんかね。絶対似合うと思うんですよ。
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それでは、また次回。