アグネスタキオン、ダイワスカーレットのトレーナーになる 作:コロリエル
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選抜レース。
新入生たちの能力を見極め、有望そうなウマ娘を探し出すための行事である。ウマ娘たちは自分が得意だと思っている条件のレースに出走し、その中で自分の能力をアピールする。
私たちにとってもウマ娘たちにとっても、正しく人生がかかっているといっても過言ではない一大イベントである。
「ヒャッハー! アタシが先頭だああああああああああああああっ!」
「……あれ、本当にマックイーン君の弟子なのかい?」
「……ゴルシの弟子の間違いじゃないか?」
目の前を疾走するのは、ひときわ小さなウマ娘。あの『ターフの名優』メジロマックイーンの弟子と噂のドリームジャーニーである。
あの品行方正の代名詞のようなメジロマックイーンの弟子だというのだからどんなウマ娘かと期待していたが……ちょっと今まで見たことが無いレベルの暴れん坊らしい。それでも、その強さはどうやら本物らしく、後続から三バ身程離しての一着だ。
早速何人かのトレーナーが彼女の傍に駆け寄り、自分の担当にならないかどうかと自己紹介したり名刺を渡したり。
「ふむ、小柄だがあの脚の回転は目を見張るものがあるねぇ……声掛けに行くかい?」
「その聴き方だと、タキオンは行かないのか?」
「……いや? まだまだウマ娘は沢山いるんだ。もう少しじっくり見させてもらうよ」
確かに、ドリームジャーニー君は素晴らしい才能を持ったウマ娘だ。きちんとしたトレーナーの下で正しくトレーニングを積むことができれば、きっと彼女はG1タイトルを取ることだって夢ではないだろう。
最も、「正しくトレーニングを積むことが出来れば」という点が出来ればの話なのだろうが。
遠くにできた人だかり。小柄なドリームジャーニー君はその中心に立っており、完全に見えなくなる。あの走りなら、トレーナーたちが群がるのもムリは無いだろう。
「……ああああああああああああああああっ! お前ら! アタシに近づくんじゃねぇえええええええええええええええええっ!」
突如、ドリームジャーニーがつんざくような咆哮を上げたかと思うと、そのままトレーナーたちの間を縫って勢いよく駆け出していく。レースを終えた後なのにあの速度で走れるとは、案外スタミナもありそうだな、なんて他人事のように考えていた。
その場にいた全員がぽかんと彼女の背中を眺めていたが、一緒のレースで二着に入っていた鹿毛のウマ娘……確か、ヴィクトリーといったか……が、ぺこりと頭を下げた。
「すいません。私、彼女と同室なんですけど、いっつもあんな感じなんですよ。自分の気に入らないことがあったらその場を破壊しつくさんばかりの勢いで暴れまわるんです。悪い子ではないので、決して邪険にしないでくださいね」
それでは、私もこれで。ヴィクトリー君はそういって再び頭を下げたかと思うと、ドリームジャーニー君の後を追って駆け出していく。しばしその場は膠着しきっていたが、ベテランのトレーナーの一声で選抜レースが再開される運びとなった。
「……あれ、下手したらトレセン学園史上最高峰の気性難じゃないかい?」
この時の私の懸念は事実であり、後に『金色の暴君』と呼ばれるとんでもない気性難を持つ三冠ウマ娘の担当となる彼が、『いや、ドリームジャーニーの方がやばかったっす』と断言するほどの気性難。
彼女のトレーナー経験があったからこそ、彼らはあの栄光を掴むことができたのでは、ともっぱらの噂になるのだが……それはまた別の話。
「……まぁ、これからどうなるかでしょ」
彼はドリームジャーニー君が去っていった方向に目を向け微笑んでいた。私も彼に倣いそちらに目を向けると、彼女たちの後を追う一人の男性トレーナーの姿。私の同期で、事あるごとに突っかかってくる若干めんどくさい男だ。
あの様子を見るに、彼女のあの様子を見ても全く臆していないようだ。気性に難のあるウマ娘はトレーナーからすれば指導がめんどくさいし、何かあるたびに衝突は避けられない。それは彼も分かりきっているはずだ。
それでも、それでも彼は彼女らの元へ行く。
「……あぁ、彼の愚痴がまた増えそうだ」
「いいじゃないか。あれだけ強いウマ娘の担当トレーナーと同期なんてお得だぞ」
「……彼の眼は、きっと狂いに狂っているんだろうな」
「違いない」
人間、本物の狂気に憑りつかれると何するかわかったもんじゃない。もしかしたら数年後、校舎内を奇声を上げながら疾走するドリームジャーニー君とあの同期トレーナーの姿があるかもしれない。
私は……いや、私たちは、もうあの時ほど狂えなくなってしまった。
あの三年間、私たちは本当に狂っていた。同室だった友人のデジタル君の言葉を借りるとすれば、『最高にハイって感じ』なのだろう。今思い返してみても、よくあんなテンションで三年間走り切ったなと言った感想になる。
もう、あの時のように狂気に突き動かされて動くことはできなくなってしまった。
立場ができてしまった。しがらみが増えてしまった。勿論、夢を諦めているわけではないし、今でも研究には熱心に取り組んでいる。ただ、その中に以前ほどの狂気が無いというだけ。
「うらやましいねぇ……」
「ん? なんか言ったか?」
「いや? 何も」
あの頃に戻れないと、寂しいのだろうか……いや、なんか違う。過去の自分程物事に熱中できなくて、悔しいのだろうか……いや、なんか違う。
ただ、あんな風に狂える人間が……羨ましく思う。それは事実だった。
もう私は、あんな風に狂うことは無いのではないか、それが怖い。それも事実だった。
「お、このレースは……おいタキオン。こないだ話したダイワメジャーの妹が走るぞ!」
「ん、あぁ……そうだね、見ようか」
最近抱え始めた心の暗がりに、トレーナー君はまだ気付いていない。もしかしたら気付いているのかも知れないが、何も言われない。
鈍感なのか、はたまた分かり切っていて敢えてスルーしているのかは分からない。彼も初めて会った時に比べて、もうずいぶんと大人の男性になってしまっていた。
私も……大人のウマ娘にはなっているのだろ。まだまだ私の子供の部分が、それを認められていないというだけ。
全く、自分が嫌になる。そんな悩み、自分には無縁だと思っていたからこそ余計に堪えるものがある。
全く集中できない状態のまま、ゲート入りしていくウマ娘たちを眺めていく。さて、噂のダイワメジャーの妹はどれだろうか……。
緋色と、目が合った。
「……」
「五枠九番……あのツインテールの娘か……おいおい、とんでもないトモしてるな……タキオン?」
「……見つけた」
隣でトレーナー君が何やらほざいでいたが、正直耳には入ってこなかった。どれが噂の彼女かなんて、全く興味が無くなった。
もっと言えば、このレースの結果なんて関係ない。
やがて、芝二千メートルの中距離戦が始まった。
ゲートが開き、各ウマ娘が一斉にゲートから出ていく。何人かのウマ娘が緊張から出遅れるウマ娘も居た中、完璧なスタートを決めた緋色のウマ娘はスッと先頭に立つ。脚質は先行から逃げといったところだろうか、他に逃げを打つウマ娘が居ないので、先頭に立ったという感じだが、器用にレースのペースを作っていた。
前半千メートルを一分二秒という少しスローとなったペース。先頭を走る緋色のウマ娘がこの後一杯になることを期待し、後方のウマ娘は脚を溜め続ける……先頭の緋色の彼女が、一杯になるどころか、寧ろ少しペースを上げたことにも気付かずに。
「……素晴らしい」
そして、残り三ハロン。彼女は更に加速した。
彼女がまだまだ余力を残していることに漸く気付いた後続のウマ娘達は、皆驚愕の表情を浮かべながら必死にスパートを掛ける。しかし、残り二百メートル時点で五バ身から七バ身差。勝負は完全に決していた。
差が詰められて三バ身。誰が見ても圧勝というであろう完璧なレース展開で、彼女はゴール板の前を駆け抜けた。観戦していた皆が、一斉にざわめき始める。
彼女はそのままゆっくりとスピードを落としていき、やがて止まる。呼吸はまだ整っていない。肩で息をしながら、小さく、しかし確かにガッツポーズをする。
「……流石、ってとこか? 新入生の中でも頭一つ二つ抜けてるな……上がり三ハロン三十五秒二……スタミナも問題なさそう……気迫も十分、って感じだな」
隣のトレーナー君は、彼女のことを冷静に分析していた。本来であれば、その分析に私なりの分析を添え、二人で彼女に対する評価を深めていくところだ。少なくとも、これまではそうしていた。
しかし、今の私はそんな冷静さはこれっぽっちも持ち合わせていなかった。
私は用意されていた観戦席から勢いよく飛び出し……左足に鋭い痛みが走ることも気にせずに、肩で息をする彼女のもとに駆け寄る。後ろからトレーナー君の困惑する声が聞こえてきたが、すべて無視。
怪我で一線を退いたとはいえ、人間たちの速度に負けるはずもなく、緋色の彼女の前に、ただ一人立つ。
緋色の彼女は、突然すごい勢いで駆けつけてきた私に目を丸くしていたが……段々と、その視線が驚愕の物に代わっていく。
「あ、あの……もしかして、アグネスタキオンさん、ですか?」
「……あぁ、そうだよ。私はアグネスタキオン……少し前までここの生徒だった、現トレーナーだよ」
「えっと、ダイワスカーレット、です。あの、ずっと、メイクデビューの時から、ファンでした!」
「そうかい、それはどうも」
何でもない、他愛のない自己紹介。しかし、お互いにいつ本題を切り出そうかと機を窺っているのだろう、ということだけはすぐに分かった。
私は特にもったいぶることなく、ストレートに、彼女に真っ直ぐ手を差し出した。
「スカーレット君。私の担当ウマ娘になってくれ。私と一緒に、ウマ娘の可能性の果てに行こうではないか……君なら、絶対にその領域に辿り着ける」
「……こちらこそ! よろしくお願いします!」
後に、私の表情を見たトレーナー君は、一言だけ嬉しそうに告げた。
「お前、あの時みたいな眼をしてるぞ」……と。
ご閲覧ありがとうございます。この作品は「2006年~2008、9年くらいの日本競馬界」を題材にしています。だから、今トレセンに新入生として入学してきたのは07年クラシック世代の子たちですね。
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それでは、また次回。