アグネスタキオン、ダイワスカーレットのトレーナーになる 作:コロリエル
「さて、それではただいまより、スカーレット君の歓迎会を始める!」
「わー!」
「それでは……かんぱーい!」
「かんぱーい!」
たった二人のトレーナー室。紙に手書きで『スカーレット君入学&担当トレーナー決定おめでとう!』と書かれただけの幕(私作)に、机の上の料理(トレーナー君作)と飲み物。
今ここに、スカーレット君の歓迎会が開催された。これは半分トレセン学園の名物のようなものであり、担当ウマ娘との親睦を深めるたえに食事会を開くトレーナーが非常に多い。
これに関しては理事長もしっかりと容認しており、この時期のトレーナー室の使用に関しては大目に見てもらっている。まぁ私の部屋に関しては、研究や実験のための機材が運び込まれているため、普通にルール違反をかましているのだが黙認されている。
そんなことを知らないスカーレット君は、勢いよく掲げたコップのニンジンジュースを勢いよくあおる。ふむ、中々良い飲みっぷりである。
「さて、改めて……私の名前はアグネスタキオン。かつて『超光速のプリンセス』なんて大それた名前で呼ばれていたウマ娘だよ……と言っても、君は全部知っているか」
「はいっ! 今でもあの毎日王冠と有馬記念はビデオで何回も見返しています!」
「それは嬉しい限りだねぇ」
左脚屈腱炎発症から丸二年。復帰戦として走った毎日王冠と、引退レースの有馬記念。今でも事あるごとに話題になるあのレースは、自分でも漫画のようだったと笑ってしまえる内容だった。
毎日王冠は当時のレコードにコンマ一秒まで迫るタイム、有馬記念に至っては、ダイユウサクが保持していたレコードを丸一秒縮める二分二十九秒六で圧勝。
「全てを出し尽くして芝に倒れこんだタキオンさんが、両手を空に突き上げたあの光景は、忘れられません!」
「ははは……その後左脚が限界で、トレーナー君に肩を貸してもらったがね。ウイニングライブも歌うだけだったし、あれは我ながらかっこ悪かった」
「いいえ! タキオンさんは世界中のどのウマ娘よりもかっこよかったです! 今でもアタシの憧れです!」
「……そうかい」
あまりにも真っ直ぐな賛辞に、思わず顔を背けてしまう。こんなに純粋な好意は久しぶりすぎて、ちょっと、いやかなり恥ずかしい。誤魔化すように、机の上の唐揚げを口に運ぶ。下手な専門店で買うよりも、ずっとジューシーで美味しい。
そんな私の様子に気付いていない様子のスカーレット君は、実に美味しそうに卵焼きを食べる。あれは私以外用の卵焼きで、そんなに甘くない。
「さてと、それはさておき……言ってなかったようだから言うが、この前の選抜レースは実に素晴らしかったよ。君はやはり、逃げ寄りの走りが得意なのかい?」
「はい! 前の方でレースを自分で作るのが楽しいんです!」
「ほうほう……途中で脚を溜めたのは作戦かい?」
「他に逃げの子が居なかったっていうのもありますけど……全体的に差し気味に脚を溜めようとしている子が多かったので」
「なるほど。完璧な逃げだったよ。まるであのセイウンスカイの菊花賞のようだった。完璧なレース展開だった」
流石にあの伝説のワールドレコードと比べるのは、些か失礼な気がする。あの菊花賞と比べても、メイクデビュー前のウマ娘とG1級のウマ娘とではかなり格が落ちるし、距離だって千二百メートルも違う。
しかし、褒めるべきところは多少大げさに褒めるのも一つ。実際あのレース展開はあの菊花賞に近しいものがあった。それに、こちらばかり褒められっぱなし照れっぱなしというのもかなり癪だ。
スカーレット君は私のこれ以上ない賞賛に、身体をくねくねと曲げて照れる。可愛い子だなぁおい。
「そ、そんな事ないですよ……えへへへへ」
「さてと……それじゃあ、色々と質問させてもらうよ。君の目標はなんだい? どんな些細なものでも、遠慮なく言ってくれたまえ。全力でそれを叶える手助けをすると約束しよう」
自分の胸に付けてあるトレーナーバッジをトレーナーバッジに手をやる。それが私の、私たちの仕事なのだ。そのために人生かける覚悟は、昨日してきた。
スカーレット君は私の言葉を受け、暫し沈黙。言おうかどうか迷っているのか、何回か口を開いて、閉じて……やがて、意を決したかのように真っすぐ私の目を見据えた。
「アタシ……一番に、なりたいんです。誰にも負けない、一番に」
「……ほう?」
一番。
普通に考えれば、ここでの一番というものは『レースでの一着』だろう。それを目指すウマ娘は多い……というか、ほぼ全てのウマ娘が抱いている目標だろう。
しかし、何やら違う。それは殆ど直観に近いものだったが、それを信じることにする。今までの私なら考えられないような話だが、何故か『それが真実だ』と確信してしまった。
深く踏み込もうか。そう考えていると、踏み込むまでもなく彼女は自ら曝け出してくれた。
「アタシ、どんなものでも負けたくないんです。レースも勉強も、全部一番になりたいんです」
「……成程ねぇ」
私の前での彼女は、品行方正、礼儀正しく真面目そうなウマ娘だ。しかし、その内に中々大きめの執着心を抱えているようだった。
それを見せてくれたということは……彼女は、私のことをかなり信用してくれているのだろう。全く、一体なぜそこまで信用してくれるのか、全く理解できない……ことも、ないか。私だって、彼女のことを一目見ただけで『果てに至れる』と確信してしまっているし。
誰彼構わずこんな態度だったら心配になるが……そういう訳ではないだろう、と信じたい。
「分かった。君がレースでも学業でも一番を取れるよう、全力でサポートしよう。そのためには、トレーニングと勉強の両立が必要不可欠だねぇ……これはやり甲斐がありそうだ」
頑張れるかい? そういう意味を込めて、彼女に微笑みかける。普段は『モルモットとして相応しいか値踏みしている』と呼ばれる(同僚談)私の笑顔だが、どうやらスカーレット君の瞳にはそう映らなかったらしい。
大好物を用意された子供のように輝く笑顔を浮かべてくれた彼女は、勢い良く立ち上がって腰からきっちり九十度曲がった礼を見せてくれた。
「ありがとうございます! アタシも精一杯頑張ります!」
「うんうん、その意気だ……とにかく、今日はしっかりと食べたまえ! 今の君は成長期だ、食べた分だけ君の力になる!」
「はいっ!」
もし、この場にトレーナー君や同僚が居たのなら、『お前誰だ』って言われるだろう。というか、私ですら『柄ではない』って思っている。
しかし、こうも純粋に私のことを信頼してくれている担当ウマ娘に、不誠実なことや無責任なことを言えるトレーナーが居るだろうか? 居たとしたら、そいつはモグリだろう、トレーナーとして生きる価値がない。
私の勧めた通り、トレーナー君が用意した料理に再び手を付け始める彼女。一口ごとに幸せそうに頬を緩ませていた。
「んん~! どれも本当に美味しいです……! この料理は、タキオンさんが?」
「あぁ、いや。トレーナー君が……と言っても分からないか。先輩のトレーナーが作ってくれたのだよ。昔から料理が好きな男でねぇ」
「へぇー! お名前は?」
「武田という男さ。私のトレーナーで、今は……君と同学年の、ウオッカというウマ娘の担当トレーナーになったよ」
ピタリ。
ここまで綺麗に固まることってあるのだな、と思わず感心してしまう程の綺麗なフリーズを見せたスカーレット君。ふむ、どれが彼女の地雷だったか。
私のトレーナー君……なわけ無く、間違いなく後者……担当ウマ娘の話だろう。
ギギギギギ、と油の切れたミホノブルボンのように首をゆっくり上げる彼女は、それはそれはなんとも言えない、微妙な表情をしていた。感情豊かなのはいいことである。
「……あいつ、担当決まったんだ」
「おや、君はウオッカ君と知り合いなのかい?」
「知り合いというか……同室なんですよ、寮の」
全く持って、世間というのは実に狭いものだなと、唐揚げを食べながら思った。これは、トレーナー君をこき使うのが難しくなりそうである。
ご閲覧ありがとうございます。この世界線のタキオンは、通算六戦六勝G1二勝で引退しています。プランBに行きかけて、それでも自らの脚で走り切ったプランA世界線です。こんな未来も、あったと思うんだ。
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それでは、また次回。