アグネスタキオン、ダイワスカーレットのトレーナーになる 作:コロリエル
あの一件以来、スカーレット君は見るからにやる気を出し始めた。
中でどんな会話が行われたかは定かでないが、スカーレット君の気合いの入りようは相当なものだ。ただそれが空回りするということも無く、きちんと生活のメリハリが付いているらしく、身体の調子自体も素晴らしい。
実に良い。最近の少しハードなトレーニングにも問題なく着いてきているし、この調子で行けば問題なくメイクデビューを迎えられるだろう。
「所でスカーレット君。デビューはいつがいい?」
というわけで、私とスカーレット君はトレーナー室で年間予定表を眺めながら今後の予定のミーティングしていた。
メイクデビュー戦は一般的に七月ごろ行われる事が多いが、秋や冬にも開催されているし、遅くまでだと来年の二月ごろにも開催される。これは怪我などのアクシデントで夏にデビューできなかったウマ娘への救済措置といった側面が強い。
「そうですね……普通は七月ですよね?」
「そうだね。ただ、敢えてデビューを遅らせるウマ娘もいる。その分しっかりと準備をすることができるし、何より夏の暑さを避けられる、というのが良い。無論、早めにデビューすれば、その分より多くの実践を積めるというのも事実だがね」
夏のレースというのは、想像以上にウマ娘への負担が大きい。出走後に熱中症のような症状になってしまうウマ娘も居れば、夏バテのような症状になってしまうウマ娘もいる。
個人的には夏場はあまりレースに出ず、他のシーズンでしっかりと良いコンディションで走るというのが理想だと思っている。実際他のトレーナーも同意見らしい。
逆に夏に走るメリットとしては、その分多くのレースに出走できるということだ。年末のジュニア級王座決定戦である朝日杯FSと阪神JF、更にはホープフルSといったG1に向け、実践を積むことができる。
これらのメリット、デメリットをきちんと伝え、私の意見も伝える。そのうえで、スカーレット君がどうしたいかを聞く。
「うーん……もし、年末のG1レースに出るとしたら、早めの方がいいですよね?」
「まぁね」
「だとしたら……アタシは、夏ごろにデビューしたいです」
スカーレット君の美点を上げるとすれば、きちんと自分の意見を言えるということだろう。
周りの意見はきっちりと聞きつつ、それでも自分のしたいこと、考えていることはきちんと口にする。
ただトレーナーの言うことをイエスマンのように聞くだけのウマ娘よりも、逆に何でも否定するようなウマ娘よりも、最早会話すらが不可能なウマ娘よりも、こうやって議論ができるというのは非常に有難い。
「ふむ、まぁやはり、ジュニア級王座というのは大きいよね……となると、少しトレーニングの強度を上げる必要があるだろうね。後二、三か月で仕上げなければならないからね」
「……良いんですか?」
「君の願いを叶えるのが、トレーナーの仕事さ。それに……勝たせるなら、早く勝たせたいからね」
「……?」
スカーレット君が首を傾げていたが、今はそれを言う必要は無いだろう。恐らく、来年の今頃に嫌でも直面する。
私は年間予定表の七月の土日に『メイクデビュー予定』と書き込む。さて、これで不明だった予定を色々と決めることが出来そうだ。
「さて、これからメイクデビューに向けて動き始めるよ! とりあえずの目標はメイクデビュー一着、その後も勝ち続けて、最終的には年末のG1を獲る! これでいいね?」
「はい!」
……と、こんな会話をしたのが、凡そ一時間前。
現在、私たちは学校に併設されているプールへとやってきていた。スタミナ練習にも丁度いいし、何より怪我をする心配が少ない。
ただ、スカーレット君の場合はあのボリュームたっぷりのツインテールが水を大量に含んで大変、という点が難点である。こればっかりは私にはどうしようもない。以前大手家電メーカーと共同開発した『一瞬で髪が乾くドライヤー』は、あまりにも大型すぎて導入が難しい、一瞬で乾燥肌になる、下手したら髪が燃える、等の問題があり、ここには無い。
まぁ、それはぶっちゃけ些細な問題だ、うん。
「……なぁ、タキオンさんや」
「なんだね、トレーナー君」
「なんであの二人、バタフライで競争してるんだ?」
「知らないよ……」
周りのウマ娘たちがドン引きする程のスピードで泳いでいる影が二つ。おかしい、私は可能な限り長い距離泳げといったはずなのだ。普通遠泳には平泳ぎが一般的な筈だ。
しかし、あの二人……スカーレット君とウオッカ君は、遠泳には不向きなバタフライで高速で泳いでいた。いや、確かにバタフライってかなりスタミナ使うけども。
こっちはデータ取りたいんだよ。前回と比べてどれくらいスタミナが伸びてるかたしかめたいんだよ。今日のデータきちんと使えないじゃないか。いや、トレーニングにはなるから、別に良いんだけどさ。
「はぁ……おーい、あんまり張り切りすぎると足がつるぞー?」
「……まぁ、あの二人は放っておいて……ウオッカ君はいつ頃デビューするつもりだい?」
「ん? 特にアクシデントが無ければ夏ごろだけど……あー、スカーレットとは別日にさせてくれよ? いきなり潰しあいたくはねぇ」
同意見だ、と私は思わず笑ってしまう。実際問題、いきなり世代最強格の相手と同じレースに出るのは色々とよろしくない。
そこはお互いに分かっている。彼女と戦うのは重賞だけにしておきたい。
「……これ、他のウマ娘のデータだ。大雑把にしか纏められていないし、抜けも多いかもしれない」
「ありがとう。対価としては……この後ウオッカ君に秘伝のマッサージを施してあげるというのでどうだい? 君もマッサージはしにくいだろう?」
「助かるよ……お前、あれ使うなよ? あの催淫効果のあるオイル」
「あのオイルは成分表ごと焼却したから大丈夫だ」
以前作り出してしまった黒歴史のことを掘り起こさないでくれ、と彼の手の中に握られたUSBメモリを奪い取る。本当に、あの時のことは思い出したくない。
良かれと思って使ったオイルのせいで大変なことになった当時の担当ウマ娘には本当に悪いことをしたと思っている。何も起こらなくて本当に良かった。
「いきなりオイルマッサージだとウオッカ君も考えることも多いだろうし、普通のマッサージにしておくよ」
「そうしてくれると助かる……あ、ウオッカとスカーレットが止まった」
「……助け求めてないかい? あれ」
何故かいつの間にか中央のレーンに移動していた二人。ど真ん中で二人して止まったかと思うと、じたばたとその場で暴れ始めていた。
その表情は完全にパニック状態に陥ってしまっており、ただ事では無いのだろう。
「ごぼっ……たす、けて! あ、足が……!」
「あ、足つった……ブグブグっ!」
言わんこっちゃない。
二人揃って大きく溜め息。今後もこんな感じで練習が中断されるようになってしまうのであれば、今後の練習も考えなければならないな。
暴れている二人は、待機していた救護班がしっかりと救助してくれた。いつもありがとうね君たち。
ご閲覧ありがとうございます。これからこの作品は週一くらいのペースで更新していきたいと思います。さすがに毎日六千七千字は死んでしまいます。
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それでは、また次回。