トレセン入学前にもトレーニングしかしなかったウマ娘の話   作:オティレニヌス

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どれだけ頑張っても結果は出せなくて。

それで、誰かにマイナスな感情を抱かせてしまうなら。

最初から、誰にも期待されなければ───


2話

ひとまずここがどこかの確認は大事だろう。

周囲を見回すと、ホワイトボードや会議用の机など、いかにも複数人で話し合うことが前提のような道具が揃っていた。

 

そして、改めて目の前の面子を見てみる。ウマ娘が3人と男性───おそらくトレーナーだろう。なるほど、要するに───

 

「いいじゃねえかよ誘拐でもよー、せっかく我らがチームスピカの新メンバーをとっ捕まえて来たんだぜ?」

 

「もう加入前提かよ……」

 

どうやらここはチームの部室らしい。そして、会話の内容から察するに「スピカ」という名前のチームで、私は加入させられるために誘拐されたようだ。

 

スピカ、というと先ほど見た看板が思い出される。なるほどあんな勧誘をするぐらいのチームだ、ウマ娘1人を攫う程度はやりかねないだろう。

それに、おそらくだがまともなチームではない。だからこそ、誘拐でもしないとチームメンバーが増えないと分かって行動に移しているのだろう。

理にかなった思考だと言える。

 

「ねえ、困ってるみたいだけど」

 

「誘拐してほったらかしって流石にやばくねえか俺ら」

 

リーダー格であろう芦毛のウマ娘の両サイドに控えている、栗毛のツインテールウマ娘と鹿毛のショートヘアウマ娘が申し訳なさそうにこちらを見ている。

私に布を被せてきた2人か。

 

「おーっとそうだったな、んじゃとりあえず自己紹介行っとくか!」

 

と、トレーナーらしき人物と話していた芦毛のウマ娘がこちらへ向き直った。

 

「アタシはゴールドシップだ!キノコ狩りのゴルシちゃんとはアタシのことよ!!」

 

「ダイワスカーレット。初めまして」

 

「ウオッカだ!」

 

「んで、俺がこの3人が所属するチームスピカのトレーナー…なあおい、やっぱ帰してやれよ、この後用事とかあったらどうすんだよ」

 

「なーんでだよトレーナー!お前田舎から来た将来有望なヤツがいるからそいつ捕まえてこいって今度言うじゃねーかよ!」

 

「何の話だよ…」

 

「固まっちゃってるじゃない…あんたキツく絞めすぎたんじゃないの?」

 

「はぁ!?んなダセェ真似しねえよ!ちゃんと加減したからな!どうせお前が緊張して担ぐとき変なとこ触ってたんだろ」

 

「はぁ!?なんでそうなんのよ!絶対あんたでしょ!」

 

そのまま流れで何やら喧嘩のようなものが始まってしまっている。私が喋るべきかはわからないが、しかし───

 

「あの」

 

と声を上げると途端に静かになり、私に注目が集まる。

テイオーとの会話で学習したことをここで活かす。

 

「クリアエンプティです。初めまして、ゴルシちゃん、ダイワスカーレットさん、ウオッカさん、トレーナーさん」

 

自己紹介されたら自己紹介で返す。これが大事なのだと学んだのだ。コミュニケーション能力が1段階上がったと見ていいだろう。

 

「ふふ、初めまして。スカーレットで良いわ」

 

「おう、俺もウオッカでいいぜ!」

 

「あれ、意外と冷静だな…じゃまあせっかくだし」

 

と、トレーナーさんがおもむろに私の足元に座る。ちなみに私は今椅子に座らされており、それにトレーナーさんが跪く形だ。そして、

 

「ふむふむ、なるほど…これは…うーん?」

 

唸りながら私の足を触り始めた。

なるほど、トモを触診して私の筋肉の付き方を確かめているのか。この方法は実に効率良くウマ娘のコンディションをチェックできる方法であり、私はそれをわかっている。だから、特に何も考えず受け入れた。

 

「ひゃぅっ」

 

だが、()()と手の感触が違い、くすぐったくて妙な声を上げてしまった。なんだか初めての感覚───

 

「ぐああああああっ!!」

 

と思っていたら、今度はトレーナーが奇声を上げてひっくり返った。

そちらの方を見てみると、見ていた3人のウマ娘たちが全員でトレーナーさんにプロレス技をかけていた。

 

「痛い痛い痛い!ギブギブギブだって!!」

 

「あの……私は大丈夫なので……」

 

「いや、今のは流石に絵面がやべえわ……トレーナー、サツ行くか?」

 

「行かねえよ悪かったよ!放してくれって!」

 

……何故この人はウマ娘に組み伏せられて平然と喋っているのだろうか。

中央のトレーナーとはそういうものなのだろうか。

 

「で、だ。もうわかってっと思うけど、アタシたちのチームに入んねえか?」

 

トレーナーさんを解放したゴルシちゃんが改めてこちらを見やる。

 

さて、模擬レースを終えている私だが、実はまだ担当契約を結んでいない。

レースではそこそこの差をつけて1着に入ったので、見ていたトレーナーのほとんどが私を勧誘しにきた。

 

「君ならクラシック三冠も夢じゃない!私と一緒に頑張ってみないか?」

 

「君の末脚は驚異的だ!世代の頂点になれるよ!」

 

「ともに最強へ」 「君なら皇帝を超えられる」

 

様々な誘い文句で私と契約を結ぼうとしてきた。

君なら上へと、私があたかも稀代の天才かのように語りかけてくる。

 

暑苦しい。

 

ただそう思った。私には合わない。その眼差しは、その期待は私の丈に合わない。あまりにも重すぎるものだ。

あの人たちは何ひとつわかっていない。私の足も、私の思いも。

 

だから、全部断って逃げてきた。

 

そうして、今もこうやってまた勧誘に捕まっている。現に、この人たちも私に無意味な期待を───

 

「トレーナーさん、私の足はどうだったんですか?」

 

「え?いやまあ……悪くなかったと思うが」

 

バゴォ、と豪快な音がトレーナーさんの頭から炸裂する。

 

「痛ぇよ!?」

 

「あんた女の子の足触っといて悪くなかったとか、流石にどうかと思うわよ」

 

「そういう話じゃねえよ!……ねえよな?」

 

そういう話、というのがよくわからないが、トレーナーさんが殴られなければならない話ではないハズなので、首を縦に振っておく。

 

「だよな。もうちょい詳しく言うと、鍛え方はすげえ。デビュー前でその仕上がりなんだったら破格のモンだ。メイクデビュー……いや、ジュニア期ぐらいならそこまで苦労せず勝てるだろうな」

 

だが、と一拍置くトレーナーさん。

 

「走ってもらってみないとわからんが、なんつーかな、正直言うと」

 

「んなこたァどうでもいいんだよ!」

 

と、ゴルシちゃんが唐突に遮った。

 

「結局入んの?入んねえの?」

 

もう一度トレーナーさんの顔を見る。私を見る表情は、いかようにも形容し難いもので。

この目なら、私は───

 

「わかりました。よかったら私をこのチームに入れてください」

 

「おっしゃ!いいよな、トレーナー!」

 

「ああ、入ってくれるなら歓迎するよ。よろしくな、クリアエンプティ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「よろしくね」

 

「よろしくなっ!なあなあ、クリアって呼んでもいいよな───」

 

ああ、良かった。このトレーナーさんならきっと大丈夫だ。

この人なら私のような()()()も受け入れてくれるだろう。

 

それに。あの眼差しを私に向けないのなら。

 

もう、辛いこともなくなっていくだろう。

 


 

「テンニューセー?」

 

カイチョーの言葉を繰り返す。これは「転入生」という言葉の意味がわからない訳でなはく、その先の話を促す会話のパーツだ。

 

ここは生徒会室。お昼ご飯中にカイチョーから「少し話があるんだが、食事を終えたら生徒会室に来てくれるか?」と誘われたので、るんるん気分で到着したところだ。

だってカイチョーが誘ってくれたんだよ!?しかも声のトーン的にそこそこ大事な話っぽかった。あのカイチョーがボクにそんな重要な話を振ってくれる……テンションを抑える方が大変だ。

 

「そう、転入生。()()だ。ほんの少し時期がズレるが()()、このトレセン学園の新たな生徒となる」

 

「へぇー。よくわかんないけどトレセン学園の転入試験って難しいんでしょ?2人も来るなんてすごいねー」

 

それでもちゃんと話を聞かないといけないため、ある程度落ち着きながらカイチョーと会話を進める。にやけ顔が抑えられているだろうか?がんばれ、ボク。

 

「そうだな。学園が入学試験で掬い上げられなかった未来の輝きを、二つも見つけられたのはとても喜ばしいことだ」

 

そう話すカイチョーは言葉通りとっても嬉しそうだ。

 

カイチョーの掲げる夢は「全てのウマ娘の幸福」。とっても壮大な夢だけど、カイチョーなら絶対できるってボクは信じてる。だってカイチョーだからね!

そんな夢を持つカイチョーだからこそ、お金とかの問題でレースに出走したりできない子たちがこうやって見つかると、人一倍嬉しい気持ちになるのだろう。

ボクがカイチョー大好きになったのは走りを見たからで、いわゆる一目惚れだった。けど、こういうところを見ると本当に尊敬できるウマ娘だなって心から思う。

 

「それで、その転入生がどうしたの?」

 

「ああ、それなんだが───」

 

「これを見てくれ」、とカイチョーが机の上に一枚の紙を置いた。それは写真だった。

 

「えっと、これがその転入生?」

 

「そうだ。二人の内の一人。名をクリアエンプティという。順番で言うとこの子が先に来ることになっている」

 

そこには、黒鹿毛の髪色をした赤い瞳のウマ娘の姿があった。パッと見た印象としては……よくわかんないな。目が死んでる?

 

「ふーん……で、この子が?」

 

「この子が転入してきた日、テイオーに学園の案内を頼みたいんだ。この子の方が先輩になるが、仲良くしてあげて欲しい」

 

「え、まあカイチョーのお願いなら全然いいし、友達が増えるのもいいんだけど……なんでボク?」

 

そう、わざわざボクに頼む理由がよくわからない。嬉しいんだけど、そういうのはエアグルーヴ副会長とかに任せるものなのではないだろうか?

 

「それが、この子の保護者の方から連絡が来ていたんだ。『コミュニケーションが苦手で孤立してしまうかもしれないから、なんとかしてあげて欲しい』と。私もエアグルーヴもそういったことには向いてなくてな……」

 

「あー、まあカイチョーもエアグルーヴもなんか圧みたいなのがねー」

 

「はは、まあそういうことだ。その点テイオーなら適任だろうし、何か仕事も欲しいかと思ってな。適材適所さ」

 

流石カイチョー、よくわかってる。

 

「にしし、わかった!ボクに任せて、一週間もすれば大親友だよ!」

 

「ふふ、頼もしいな。問題なさそうだったらもう一人の子の案内も頼もうかと思っているよ」

 

「おっけーい!ヨユーだよっ!大船に乗ったつもりでいてよ!」

 

「話は以上だ、ありがとう」とカイチョーは切り上げ、机の隅の書類を手に取る。どうやらこれから仕事なようだ。お手伝いしたいけど、多分邪魔になるだけだからとりあえず今日は帰ることにする。

ほんとは遊んで───んんっ、お仕事していきたいけど!

 

じゃーねとドアを開けて出ようとしたとき。

 

「テイオー」

 

「ん?なーに?」

 

呼び止めたカイチョーは何かを迷う素振りを見せて───

 

「───任せたよ」

 

どこか深刻そうにボクを見る。

 

「うん、だいじょーぶ。ボクなら絶対ね」

 

そうして、ドアを閉じた。

 

 

トウカイテイオーのいなくなった部屋で、シンボリルドルフはもう一度転入生の写真を見る。そして、もう一枚の写真───もう一人の転入生の写真も。

 

「───」

 

憂いの表情。こんな顔は誰にも見せられない。

 

「友達、か」

 

そう呟いて、何事もなかったかのように仕事に戻った。

 


 

転入生はすぐにわかった。

というのも、何かを探しているかのようにウロウロしていたので、少し目立っていたのだ。

 

声をかけてみると、どうやら予想は当たっていたらしい。教室の場所がわからないそうだった。

お昼休みとか放課後とか、そういう長めの時間にする予定だったけど、教室に連れていくついでに学園の簡単な案内もすることにした。

 

そうやってある程度喋ってみて思ったことは、保護者さんが心配する程コミュニケーションに難があるわけでもないということ。

たしかに自己紹介というものをちゃんと知らなかったり、自分から発言することはなかったりするけど、聞かれたことにはよどみなくちゃんと答えてくれる。

むしろ、ボクの話すことにうんうんと頷きながら聞いてくれるのを見ていると、こっちも話していて楽しい。

 

良い子だな、というのが初対面の感想だった。

カイチョーが何かを心配してるのはボクをちゃんと信用してくれてないから?とも疑っちゃったくらいだ。

 

そんな考えが間違っていたことに気付いたのは、クリアが選抜レースに出た日のことだった。

ちなみに初日とその選抜レースの日の間、何度かクリアを見かけたけどボクが他の子と喋ってるからか話しかけてこなかった。

ボクから行こうとしても教室にいないし、どこに行ったかクラスメイトも知らないしで結局喋らなかった。これは思ったより手強いぞ、なんて思う三日間だった。

 

それで、その選抜レースの話。

 

案内した日に「出ます」と言っていたのを覚えていたので、せっかくだし見に行った。

どのレースに出るかは聞いていなかったからとりあえず全部見たけどね。

 

クリアのレースは、結果から言うとクリアの圧勝だった。正直、他の子が勝てる未来が全く見えなかった。

それはいいんだ。それはいいんだけど。

 

はっきり言うと、クリアがとってもつまらなそうに走っているのが気になって仕方がなかった。

スタートからゴールまで、まるで作業をこなしているかのようだった。()()()()()()()()()()みたいな……

 

終わった後も2着の子に睨まれてたけど、あれは悔しいから、ってだけじゃなさそうだなあ。

なんか勧誘も全部断ってるっぽかったし、ただの良い子って話じゃなさそう。カイチョー、疑ってごめんね。今度はちみーわけてあげるから許してね。

 

グラウンドから抜けてクリアが自販機に行ったところを話しかけてみた。

 

そうしたらなんだか思い悩んでる感じだったものだから、とりあえず寄り道に誘ってみたらおっけーしてくれた。

 

ますますよくわかんない。レース中も終わった直後もあんなに平然としてたのに、今は何故か暗い表情。

ボクが言ったことがまずかったのかな?でも、うーん。

 

とか考えながら荷物を取って戻って来ると、そこにクリアはいなかったのだ。

どこに行ったのかと思って連絡しようにも連絡先を知らないことに気付く。

どうしようもないなあと待つこと5分くらいで、クリアは戻って来た。

 

「ごめんなさいテイオー、待たせてしまって」

 

「もーどこ行ってたの?ボク心配しちゃったよ」

 

「大丈夫です、少し誘拐されてしまったくらいで」

 

「へー、そっかゆうかユーカイ!?不審者!?っていうか大丈夫なの!?」

 

なんだ誘拐って。このトレセン学園に侵入する不審者とか逆に度胸がすごい(命知らず)けど。

こういう冗談言う子でもないと思うしなあ、なんか通報とかした方がいいのかな。

 

「いえ、まあ色々……とりあえず行きませんか?少しお腹が空いてしまいました」

 

「えぇ……まあ、いいけど……」

 

その辺ははちみー舐めながら話せばいいか。とりあえずウマインを交換してからお店に向かうことにした。

 

 

 

「ふーん……それでそのチームに入ることにしたんだ?」

 

「はい。優しそうな方々でしたよ」

 

「ホントに言ってる……?」

 

誘拐なんてことをする人は普通悪い人って呼ばれると思うんだけどな。

 

現在ボクたちははちみーを買って、近くのベンチに座って飲んでいる。もちろん「硬め濃いめ多め」だ。

クリアも美味しそうに飲んでいて良かった。まあはちみーは美味しいからね!

 

クリアの話を簡潔に纏めると、ボクが行ったあとすぐに誘拐されてチームにも勧誘されて、それで加入したということらしい。

 

やっぱこの子普通じゃない。ロックが過ぎるよ。誘拐されたことにもあんまり戸惑ってないどころかなんか納得してたし、そんなやばい人たちのチームに即加入するっていうのもなんか、すごい。わけわかんないよ。

 

「大丈夫かなあ」

 

「大丈夫ですよ。むしろ、私にはあのチームじゃないと合いません」

 

そう言うクリアの顔は、なんだか不安になる表情をしていた。

色んな勧誘を全部蹴って、そのチームに加入した理由ってなんなんだろう。

 

「変なことされたらボクに言ってよ?ガツンってしてやるから!」

 

「変なこと、というのはわかりませんが……はい、お願いします」

 

まあ、また知って行けばいいよね!ボクとクリアは友達になったばっかりなんだし!

 

「はちみー美味しいでしょ?」

 

「そうですね。舐めると舌に粘つくような食感と甘さ、喉まで来ても絡みつくような粘着性が素晴らしいです」

 

「おー!食レポ上手い!じゃあまた来ようね!」

 

「また、ですね。はい───ふふ」

 

そのとき、初めてクリアが笑った気がした。

 

悪い子じゃ、ないんだよね。それだけに、あの冷め切ったような表情だけがどうしてもわかんない。

 

なんだか言い表せない不安と一緒に、ボクははちみーを飲み込んだ。




クリアエンプティのヒミツ

実は、機械の操作には強い。

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