トレセン入学前にもトレーニングしかしなかったウマ娘の話 作:オティレニヌス
前を向くことは誰にだってできる。
彼女らを見ていると、何故かそう思えてくるのだ。
チームに加入してから数日が経った。
その間チームメンバーが増えることもなく、私を含めた4人でのトレーニングが続いていた。
タイム計測や並走、筋力トレーニングなど一般的なトレーニングはもちろんのこと、ツイスターゲームというユニークなトレーニングで柔軟性を鍛えられたりもした。
また、加入前に危惧していたチームでのデメリット……協調性云々の問題だが、これも杞憂に終わる。
というのも、現在のメンバー、ゴルシちゃん、スカーレット、ウオッカの3人とにかく話しかけてくれる。親切なウマ娘たちだ。
それに、私が返答に窮したときでも笑顔で待ってくれたり、とにかく私が原因で空気が壊れるといったことはなかったのだ。
総じてこのチームの満足度はとても高い。私たちの思うようにさせてくれる、自由な雰囲気はやりやすい。
過去にこのチームを抜けていったメンバーたちはおそらく、この少し自主性を重んじすぎている状態を見て抜けたのだろう。
こんな変わったトレーナーさんのもとには変わったウマ娘しか残らない、加入しないのは道理である。
現在はミーティング中。チームメンバー全体の育成方針をトレーナーから報告する場のようだ。
「まずはスカーレット!お前は今後も……とりあえずは桜花賞に向けてのトレーニングな。そんでトリプルティアラを目指すならそっから距離を伸ばしていこう」
「はーい、わかったわ」
「ウオッカも同じ感じだな……筋力のトレーニングを中心にやっていこう」
「おう!スカーレットより重めにな!俺の方が胆力あるし多めにできるぜ!」
「はーあ?アタシの方が!」
「俺!!」
この2人のいつものやり取りを尻目に、ゴルシちゃんもいつものよくわからないことをしている。今日は積み上げたトランプタワーをジェンガの要領で抜く遊びをしているようだ。
この空気にもかなり慣れてきたところ。誘拐されたあとテイオーに言われ、家に帰って冷静に考えてみたら少し軽はずみだったかもしれないと反省したが、予想通りこのウマ娘たちは決して悪ではない。
先述の通りむしろ優しい。この空気感も、私にとって無理に入り込まなくてもいい空間になっているので居心地は悪くない。
やはりここを選んで正解だったと思う。
「そんでクリアな」
私の番か。まあ特に言われる程のこともないだろう。ゴルシちゃんは飛ばされたようだ。
ちなみに、私の目標としては一応クラシック三冠路線だ。
皐月賞、日本ダービー、菊花賞。この3つを大目標に走る。
まあ、別に勝てるとは欠片も思っていないが。
「お前は……走り方を変えた方がいいな」
───予想だにしなかった言葉に虚をつかれる。
「走り、方」
「そうだ。クリア、お前は違和感を感じていないかもしれないが、ピッチよりストライドの方が速度が出るハズだ」
オウム返ししかできない私に、トレーナーさんは淡々と説明する。
ピッチ走法とは、簡単に言えば足を多く動かして前へ進む走り方。ストライドは一歩を大きくする走り方だ。
私は身長も高くなく、一歩が小さいので自然とピッチ走法になっていた。
私はそれが間違っていると思ったことはないし、あの人たちもそうだっただろう。
「ストライド……」
「ああ、お前は踏み込む力が強い。そこを活かした走り方をすべきだ」
走り方を変えた方がいい。その言葉を反芻する。
仮にそうだとして。
トレーナーさんの言うことが正しいんだといたら、今までの私の時間はなんだったんだろう?
走法を少し変えた程度でそこまで大きな影響はないとわかっている。だが、問題はそこじゃない。
少なくとも、今までの練習は全部効率が悪かった。
あんなに費やした時間の大半が、無駄だった?
「……クリア?大丈夫か?」
「……」
「……どうした?」
「ぁ───いえ、問題ありません。ありがとうございます」
「そうか……?まあ、とりあえずそれ以外は今まで通りで大丈夫だ。走法を変えたメニューも組むからな」
知らない。こういうとき、私はどうしたらいいのかわからない。
間違いの発見を喜べばいいのか、悲しめばいいのか。
「……はい」
だから、ただ頷くことしかできなかった。
「トレーナーさん、一つ質問よろしいでしょうか」
気持ちに整理が付けられないまま解散となったが、それを誤魔化すように私は帰り際にトレーナーさんに話しかけた。
誤魔化す、といっても実際今からする質問は割と気になっていたことだ。
「ん?どうした」
「レースに関してのトレーニングに不満はありませんが、ライブの練習はしないのですか」
ウマ娘は、レース終了後にウィニングライブという催しを行う。
ライブ、という名の通り歌とダンスのパフォーマンスを観客に披露するもの。
勝利の喜び、レースの高揚感をファンと共有するために行う、らしい。
「……」
質問を受けたトレーナーさんは口を半開きにしてこちらを見つめる。どうしたのだろう。
……と思っていたらトレーナーさんが顔を手で覆いだした。
「どうしたんですか?」
「……忘れてた」
「え」
……本当にこの人の言うことが正しいのか怪しくなってきた。
「……すまん。ちょっと色々必死で……」
「いえ、思い出して頂いたのでしたら結構です」
まあ、私という新入部員が入ってきたことはもちろん、そもそもこの人はメンバーの大量離脱で参ってしまっていたところだろう。多少のミスは仕方ないと言える、と思う。
「そう、だな……それは明日からのメニューに加える。教えてくれて助かった」
「はい」
「あ、そうだ。トウカイテイオーと友達なんだよな?」
「……?そうですが、なぜ?」
以前チームでトレーニングをしているとき、一度テイオーが来たことがあった。そのときは丁度ツイスターゲームをしているときで、何故かテイオーはトレーナーさんにヘッドロックをキメていた。
その後和解したようだが、そもそも何故テイオーが怒っていたのかはよくわかっていない。
「ちょっと頼みたいことがあるんだが……トウカイテイオーにダンスっていうかライブのコーチをやってもらいたいんだよ」
「テイオーにですか」
特にそういうことが得意と聞いたことはないが……
「ああ、あいつは体がとにかく柔らかくてな。模擬レースが始まる前にステップ踏んでたし、多分できると思うんだよ」
それは知らなかった。というか、この人もスカウトできるウマ娘を探してたりするのか。まあ当たり前か。
……それでメンバーが増えないのは、トレーナーさんの理想が高すぎるのか断られてしまっているのか。
私が入っているところを見るに後者であろう。
「それで、私が頼めばいいんですか?」
「そう!話が早くて助かる!」
「構いませんよ、伝えておきます」
「すまんな、ありがとう」
───友達、と周囲にも思われているのはなんだか嬉しいものだ。
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「というわけでして」
「へー、なるほどね!ボクを選ぶとは中々わかってるみたいだね」
翌日、テイオーと食堂で昼食を食べているときにコーチの話をした。
今日の私のメニューは「にんじんハンバーガーバナナの微塵切りを添えて」、だ。にんじんと細切れになったバナナをハンバーガーで挟んだシンプルなもの。
シンプル故にその味は保証されている代物だ。これで食堂メニューコンプリートへとまた近付く。
「うん、わかった!全然いいよ~!」
「ありがとうございます、助かります」
快諾してくれたテイオー。テイオーのことだから断るとも思っていなかったが、ヘッドロックの件もあって少しだけ不安ではあった。
「にしても忘れてたって……やっぱりちょっと心配になってきたなあ」
「トレーナーさんにも色々事情があったんだと思いますよ。基本的には優秀な人ですし」
「んまあそうなんだろうけど……」
変なことしてたらまたガツン……と呟くテイオー。トレーナーさんが無事でいられればいいが。
「あ、そだ!クリアさ、今日カラオケ行こうよ!一足先にボクがキミのライブ力を見てあげよう!」
「……?からおけ、とは何ですか?今日はチームの予定もないので問題ありませんが」
「え”!?カラオケ知らないの!?」
「はい」
もしゃり、とにんじんバナナバーガーを食べながら頷く。
初めて聞く単語だ。言葉の響きからもなんのことか想像できないが、ライブ力を見る、というと…なんなんだろう。
「まーいいや!とりあえず行けばわかる!行こ!」
「はい、わかりました」
まあ、テイオーに任せておけばなんとかなるだろう。もしゃり。
「…おいしい?それ」
「ええ、おいしいですよ。一口どうですか?」
「ん、んー……遠慮しとこっかな」
…断られるとは思わなかった。もしゃり。
「こちらがカラオケボックスになりまーす!」
「なるほど」
テイオーに案内されるがまま、ついたのは賑やかそうな雰囲気のただよう施設。中では様々な音、曲、歌声が響いてくる。そこから更に個室に案内された。
ソファとテーブル、そしてモニターが置かれており、モニターの手前には簡易的なステージのようなものもあった。
テーブルの上にテイオーが受付で貰った端末を置く。タブレットみたいなものだろうか?
「これをー…こうしてー…ここタッチしてー…」
「ふむ」
テイオーに教えてもらうことによってカラオケというものが何なのかわかってきた。
要は気軽に歌うための施設。一般的に歌の練習をする場所なんて自分の家以外にない。だが、それではこのカラオケ程の設備を用意するのは難しいだろう。
ここはそういう施設のようだ。
「じゃあ早速歌ってみてよ!人生初カラオケ、このボクが見届けてあげよう!」
「わかりました。曲の指定などは?」
「ないない!好きなの入れてよ!」
「好きなの、ですか」
そんなものはないのだが。
まあ、ここは無難なものにしておくか。
[うまぴょい伝説]
「エッ!?」
「良くなかったですか?」
「え、いやあ……意外っていうか……」
「……意外……まあ、そうなんですかね」
ウィニングライブの曲でもおそらく一番メジャーだし、よく歌われている部類のものと推測したのだが。
意外の意味がよくわからなかったが、とにかくステージに上がる。
さて。
目を閉じ、深く息を吸う。これで私は切り替えられる。所謂ルーティーンだ。
脳内に浮かび上がる知識をなぞる。
観客席に熱狂を巻き起こし、ステージに、会場全体に響く歌声を。
見るもの全てを釘付けにし、騙し、掌握する笑顔を。
いつもと同じ。
曲の始まりとともに、視界の制限を解放する。
私の前に広がるのは、光の海。無数のペンライトが、輝かしい世界を形作っていた。
万雷の拍手、歓声に迎えられ、私はステージの上に立つ。
───以前見た資料の通りの光景。イメージトレーニングは万全だ。
───こういう再現作業は、思い込みが大事だ。
───そういう点では、この曲の出だしは実にやりやすいものと言える。
正直、感動しちゃったかもしれない。
まず、クリアがあの電波ソングを入れたことに驚いたけど、そんなのは小っちゃいことだった。
ボクはもしかしたらすごく贅沢なことをしているのかもしれない。そう思ってしまうくらいに。
上手い。歌の上手さはもちろんそうだけど、振りも、表情も一切崩れない。今すぐ本番に出しても問題ない……いや、それどころの話じゃない。
人によっては泣いちゃうこともあるかもしれない。
そのレベルで、クリアの歌は───というかライブは───完璧なものだった。
あ、今ボクにチュゥした。ボクしかいないしね今!っていうかホントにこれすごいよ!ボク独占ライブじゃん!
……待て待て、ボク何考えてるの?ファンなの?
まあ、まあ落ち着こう。いや、ボクがこんなに動揺するのもちゃんと理由がある。
そりゃもちろん完成度に感動しているっていうのはあるけど、何よりいつもあの感じのクリアがこんなキラキラ笑顔でダンスするなんて誰が想像できるの。
こんな誰かから借りてきたみたいなすっごいいい笑顔。これがギャップというやつなのかな。よくわかんないけど。
ちなみに合いの手はボクが入れてる。withタンバリンだ。シャンシャンっ!
ボクの愛バが!!
「いえー!!」
「ふぅ……ありがとうございました」
久々に歌ったし踊った。うっかり声の調整も準備運動もなしにやってしまったが、特に問題なくできて助かった。
「いやーすごいね!思ってたより!うん!ボクびっくりしちゃった!てゆかホントにカラオケ初めて?」
「ええ、カラオケは。ただライブの練習などは入学前からずっとやっていたので」
「へー!歌うのとか好きなんだね!いいじゃん!」
「……そう、なんですかね」
「え?だってすごい楽しそうだったじゃん!」
……楽しそうだったのか、私は。今まで一度たりとも、これが楽しいだなんて思ったことはなかったが。
競争ウマ娘としてやらなければならないことだから学んでいただけ。好きなことだからやっていたわけではない。
───けれど。
今日がいつもと違うというのは否定できないことだった。抱えたことのない気持ちが、高揚感が私の中で疼いている。
これが何なのかよくわからないけれど、多分原因は、ずっと合いの手を入れてくれていたテイオーなんだろう。
もしかしたら本当に、私は楽しかったのかもしれない。
「いや、それにしても……まさかこんなにできるとはね。ボクが教えることは何にもなさそう、どころかむしろ逆……?」
「え、と私、他人に教えたこととかはなくて」
「いやいやいや!流石に!流石にまだ歌ってないのに簡単に負けを認めるのは違うよ!」
(なぜ急に勝敗?)
「ふん!そうやって勝ったつもりかもしれないけど、舐めてもらっちゃ困るもんね!ボクだって歌えるんだから!」
と、テイオーも曲を入れる。
「さあ、今度はボクのステージだよ!キミもボクのファンにしてやる!」
「……ふふ、楽しみです」
唐突に始まった勝負。テイオーはコーチができるレベルの筈だとトレーナーさんも言っていたし自分でも言っていたから、参考にできるところはあるかもしれないな。
……さっき合いの手を入れてもらったお返しに、私もやってみようかな。
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カラオケが想定より長引いたので少しだけ帰宅が遅くなってしまった。外はそこそこに暗い。
「ただいま」
「あ!クリアお帰り!」
ドアを開けると、奥の方から声が聞こえてくる。そのままぱたぱたと玄関まで駆け寄ってきたのは、私の姉さんだ。
「ね、今日はトレーニングなかったんでしょ?結局何してきたの~?」
「友達とカラオケに行ってきま、きたよ」
「えー!?うちのクリアも遂にカラオケデビュー!?入学からだいぶ早い!また敬語出そうになってるのは気になるけどそれどころじゃないわね……!やだ、姉さんちょっと涙が…」
姉さんの少し長めのウマ耳がぴこぴこと忙しそうに動き回る。
姉さんは私がトレセンに転入してから学園でのできごとをたくさん聞いてくるが、誰かと関わった話をしたときは大体こういう反応だ。
というか敬語、気を付けないと。姉さんは「私はあなたの姉さんなんだよ!?敬語なんかダメ!」とよくわからない理論で敬語を禁止にしてきた。
よくわからなくても、姉さんがそうしてほしいならそうするべきだと私は思っている。
「ね、ご飯食べる?お赤飯しちゃう?めでたいし!カラオケデビュー!」
「あ、ごめんなさい、先に宿題をやりたいから」
「偉いわねーほんとねえ。まあトレセン、しかも中央だもんねえ……そういうとこしっかりしてないとダメよねえ」
「うん、それじゃあ後で」
「はーい!いつでも食べにきていいからね」
言いながら自分の部屋に入る。姉さんにはああ言ったが、宿題もそこまでの量が出ていないから別に後でもよかった。
ただ、少し考えたいことがあったのだ。
昨日は自主トレーニングをしていて帰宅からそのまま寝たし、今日はカラオケに行っていたから少し間が開いてしまったが。
私の走り方に関してのことだ。
トレーナーさんが言うには、私は小柄でも足の力が強いから、ピッチよりストライドの方が速度を出しやすいのだと言う。
会って一か月も経っていない人だし、本当にそれが正しいのかわからないけれど、今冷静に考えるとどこかしっくり来てしまっている私もいるのだ。
私が私にかけた時間も、私じゃない人たちが私にかけてくれた時間も。多少は無駄になってしまうかもしれないけれど、全部がそういう訳ではない。
ピッチ走法で得た経験も役に立つことはあるだろう。
それに。もしかすれば、この変化で私は今度こそ始められるのかもしれない。
誰かの期待に応えられる私になれるのかもしれない。
───なんだか、カラオケに行ってから思考が上向きになっている気がするな。こんなことは生まれて初めてだ。
うん、悪くない気分。スピカに出会えたこと、テイオーに出会えたこと。トレセンに入学してから幸運なことばかりだ。
スピカに入ったのも、トレーナーさんが私に合うと思ったからだったけれど、思ってもみなかった収穫だ。まさかこんな順当な成長が見込めるとは。
頑張ってみよう。とっくに折れたと思った夢を、もう一度見てみることにしよう。
クリアエンプティの姉
社会人。クリアと二人暮らし。
毛の色はクリアと同じ。
今後につきましての活動報告です。
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