氷炎将軍だった長谷川さん   作:灰汁人

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本作に登場する設定は原作を読んで勝手に想像した部分が大半であり、公式設定と食い違う記述があったとしたら調査不足またはこいつ勝手に変えやがったなとお察し下さい。

共通点は意外と多いのに誰も書かなかったこの組み合わせ、私の認識や感覚が狂ってるだけなのでしょうか?


〔回り過ぎた走馬灯〕

「何が、どうなって、やがんだよ!」

 

 突っ込み不在でまともな会話が成立しない日々、周囲の声が耳に入るだけで精神を削られていた私は変化を望んではいた。

 確かに変化を望んではいたが、それでも昔話に出て来るような妖怪変化に追い掛け回されるなんて超展開は決して求めてなかったし、藍色のスーツを着たサラリーマン風の中年男が言ったお嬢様とやらに近付く下準備の為に襲われるなんて冗談じゃない。

 

 走っても走ってもすぐ後ろにピタリと付いて離れず追走する金棒を持った赤鬼、煽るような関西弁と下品な笑い声が腹立たしいものの状況的に言い返せるだけの余裕はなく、授業以外でまともに運動してなかった足はそろそろ限界が近いし、呼吸も乱れまくって今すぐにもぶっ倒れたいのだが、その後どんな目に遭わされるかを考えたら無理な相談である。

 身の回りでお嬢様と言われ思い浮かぶのは委員長こと雪広 あやかだが、ルームメイトでもなければ特別親しかったりと言った接点がある訳でもないし、それこそ同じクラスに所属しているだけの私よりも先に狙うべき相手がいるはずだ。

 具体的にはルームメイトで親友と思しき那波や村上、他にも何かとぶつかり合ってる神楽坂やそのルームメイトである近衛もいるし、クラスメイトってだけならわざわざ私でなくても良いだろうにと余計な事を考えていたせいか、横合いから現れた小太りの黒鬼に気付くのが遅れ避ける間もなく腹を蹴り飛ばされた辺りで意識が途切れる。

 

 

*

 

 

「たっ、頼む……もう一度チャンスを……ミストバ!」

 

 勝てると思った戦いにあっさり敗れたオレ()は、宙に浮かぶ白衣の存在を見上げ恥も外聞もなく再度のチャンスを懇願したが、返されたのは踏み躙る靴の裏と言う屈辱的な拒絶、灼熱の怒りと凍える絶望が殺意となって噴出すよりも早く意識が拡散し、そのまま無に還るはずだったオレ()のあるかどうかも怪しい魂は人間に生まれ変わったらしい。

 それから記憶を失い無力な人間として生きた十数年間は、植え付けられた知識と価値観を元に1年足らずしか生きてなかった(オレ)の人格に多大な影響を与えたようだが、表面上の変化はあろうと根本的な部分で変わらぬまま今に至る。

 勢いの良過ぎた走馬灯が巻き戻るはずのなかった記憶を呼び覚まし、怯えて狩られるだけの無力な小娘でしかなった(オレ)は、氷炎将軍フレイザードだったオレ()へと回帰した。

 

 

*

 

 

「……フヒッ、ヘハハハ」

「チッ、あまりの痛みと恐怖に気ぃでも狂いよったか?」

 

 禁呪生物の粗悪な模造品じみた雑魚に怯え逃げ回っていた自分の間抜けぶり、そしてそんなガラクタを引き連れ勝ち誇った表情を浮かべる三下がとても滑稽で笑いを抑えられない。

 死して呪法核を失おうが、元よりこの魂はハドラー様が禁呪法で生み出した炎と氷の魔力から転じた異端、故にどんな因果か人間に生まれ変わろうとも付与された知識や技術は色褪せず残っており、記憶さえ取り戻せば肉体が貧弱でボロボロになった小娘だろうと勝算は十二分にある。

 訝しげな表情でこちらを見るサラリーマン風の中年男を無視し、よろめきながら立ち上がり左半身に業火を右半身に氷塊を纏った私は、息を吐き出すように口から燃え盛る火炎を撒き散らす。

 咄嗟に懐から紙切れを取り出した中年男は短く呪文を唱えてバリアを張り、昔話に出て来そうな妖怪の群れはまともな抵抗すらできず瞬く間に燃え尽きた。

 残るは高級そうだったスーツが焼け落ち下着姿になった中年男、ご都合主義的な超展開でもなければ死亡確定な状況を理解し煤と絶望に塗れた表情は滑稽そのものだが、オレの正体を見た者に生き延びられると後で面倒事が起こりそうだし、こいつを見逃してやる義理や理由もないので仕返しと証拠隠滅を兼ね跡形もなく焼き殺す事にする。

 

「オレの火球呪文(メラ)は灰も残さねえ地獄の業火だぜ」

 

 左腕を掲げて伸ばす指先に火球を生み出し、耳障りな悲鳴を上げながら驚くべき速さで走り去る中年男の背中へと振り下ろす。

 

「ニウィス・カースス!」

 

 聞き覚えのある声が響くと同時、オレの左腕が爆裂呪文(イオ)氷雪呪文(ヒャド)を組み合わせた爆発じみた冷気に包まれ、撃ち出そうとしていた火球呪文(メラ)が腕ごと明後日の方向に流された。

 どんよりとした曇り空に支えもなく浮かぶ小柄な人影、全身をすっぽり覆うローブは腹立たしい誰かを思い出すが、比べようもなくボロボロなそれを纏う中身は知り合いのクソガキ、加えて言えば今生のクラスメイトでもある。

 

「フンッ、身の丈に合わない使い魔の制御をしくじり暴走させたか?

 炎と氷の化け物とは、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)で作られた実験体の類にしても珍しいな」

「……このオレを、魔王軍の切り込み隊長と呼ばれた氷炎将軍フレイザード様を、実験動物の類だと抜かしやがったか?

 バケモノにバケモノ扱いされるのも不愉快だが、使い魔ごときと間違えやがるとは、雑魚いクソガキ風情が地獄の業火で焼き尽くされてえかぁ!」

 

 思わず感情任せに怒鳴ってしまったが、人外であれ曲がりなりにもクラスメイトを消し炭にするのは後味が悪いし、かと言ってこれからお前を縊り殺すと言わんばかりな殺気を撒き散らす奴と話し合いもないものだ。

 憤怒と冷静の相反する感情を並列的に制御し、目の前に浮かぶ小さな怪物から放たれる魔法力と威圧感を観察した結果、クソガキの強さはチュートリアルに持って来いの中ボスと思われる為、適当にボコってからそれっぽい理由を付けて見逃す事にする。

 

「まずは小手調べだ」

「馬鹿が、リク・ラク・ラ・ラック・ライラック、サセプテンデキム・スピリトゥス・グラキアーレス・コエウンテース・イニミクム・コンキダン、サギタ・マギカ・セリエス・グラキアーリス!」

 

 言葉と同時に左人差し指の先部分を切り離し弾丸のように撃ち出す、これは氷炎爆花散(ひょうえんばっかざん)の小規模応用と言える技であり、どこぞの妖怪漫画を参考に即興で編み出した代物だが、クソガキの放った氷雪呪文(ヒャド)っぽい氷の散弾を散らすには力不足だったらしく、水蒸気爆発に巻き込み半数近くを相殺し、残り八発は右半身に当たるよう位置調整して食い尽くした。

 吸収した魔力の質は上々、せいぜい弓矢程度のスピードながらホーミング機能が付与されているらしく、単発の威力は見たまま氷雪呪文(ヒャド)と同格程度だが、最低でも十七発またはそれ以上に同時発射可能となると油断ならない。

 相手の攻撃手段が氷属性だけと考えるのはいくら何でも楽観的に過ぎるし、かと言ってこのまま小競り合いを続けても相手側に増援が現れるだけの可能性が高く、この世界の戦力調査も兼ねて殺さない程度に本気を出す事にする。

 

「クカカカッ、オレの炎を防いだ技量に応えて面白い手品を見せてやるよ?

 メ・ラ・ゾ・ォ・マ、五指爆炎弾(フィンガー・フレア・ボムズ)!」

「なっ、グガァァッ!」

 

 クソガキの正面にバリアみたいな幕が発生したのも一瞬、五連発の業火球に包まれビスクドールと見紛う容姿に似合わぬ絶叫が周囲に響き渡り、遣り過ぎたかと少し焦ったものの予想(期待)を裏切らない声が聞こえた。

 

「最後に死を想起したのはいつぶりだったか、どうやら私とした事が安穏とした生活に随分と平和ボケしていたようだ。

 感謝するぞ化け物、貴様のおかげで錆付き朽ち果てそうになっていた感覚を思い出せたよ」

「……妙な格好を付けてないで早く服を着ろよ露出狂、こちとらノンケでロリ属性は持ち合わせてねえんだわ」

 

 クソガキの被害は全身に軽い火傷を負った程度、服が焼け落ち全裸のまま艶然とした笑みを浮かべているが、先程まで滲み出ていた猫が獲物を甚振るような気配は拡散し、無理矢理に取り繕った風な余裕が感じられる。

 数秒の沈黙を挟み色々な感情を飲み下したような溜め息、恐らく彼我の実力差を推し量り勝てる相手じゃないと踏んだのか、少し砕けた口調で苦し紛れの時間稼ぎであろう舌戦を仕掛けて来た。

 

「生憎と着替えの類は持ち合わせてないんだよ。

 それはそうと貴様、大結界の影響を受けているようには見えないが、いったいどんな手品を使ったんだ?」

「手品師が種明かしをする訳ねえだろ。

 かく言う手前は、思いっきり影響を受けてるみたいだが、やっぱどこぞの勇者様とかに負けて本来の力を封印されたって口か?」

「この闇の福音をエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを知らんだと?

 貴様、随分と物知らずのようだが……」

 

 大結界なる『氷炎結界呪法』じみた代物は、人間以外の生き物や外部からの侵入者を対象としているらしく、別口で力を封じられていると思しきクソガキもターゲットになっているようだが、魂の遍歴はさて置き肉体的には生粋の人間かつ地元民である(オレ)は対象となってない。

 何かのスイッチでも入ったのか、自分がどれだけ有名な賞金首であるかを延々と述べるクソガキ、長いので要約すると『シンソ』なる種類の吸血鬼で人形使いな闇と氷の魔法使いだとかで、数百年前から賞金首になって積み上がった懸賞額は何と六百万ドル、予想通り英雄と呼ばれた馬鹿の卑怯な罠に掛かって能力を封じられたとの事である。

 

「……そんな訳で今はジジイの顔を立てて警備の真似事をしてやっているのさ」

「はっ、勤労奉仕ゴクローサンなこって、最強だの何だの慢心してセコイ小細工を食らったんなら自業自得もいいとこだぜ。

 つーか、そろそろ時間稼ぎの長話に付き合うのも飽きたし、全裸の幼女に襲い掛かるなんて下手しなくても事案な真似をする気も起こらん。

 今日のところは手前の苦労話に免じて見逃してやんよ」

 

 捨て駒の試金石にされたオレ()と比べれば大分マシな末路、ロクに会話してなくてもクラスメイトを消し炭に変えるよりはと戦意を削がれた風を装い停戦を持ち掛けようとしたが、どうやらクソガキの時間稼ぎが成功したらしい。

 暗闇から軽快な靴音を響かせ乱入して来たのは、いつもの薄ら笑いが失せて何があろうと貴様をぶち殺すと言わんばかりな怒気を振り撒く担任教師(デスメガネ)、隙を見せない自然な動きでくたびれたスーツの上着を脱いでクソガキに差し出したが、煙草やら加齢臭を理由に振り払われ、苦笑いを浮かべつつ手早く着直しズボンのポケットに手を入れた。

 

 教師と生徒であるにも関わらず立場が逆転しているような短い会話の後、何故か両手をポケットに入れたまま油断なくこちらを睨み付けているが、さり気ない足運びでクソガキが視界内に入る位置に移動しており、自分がガン見されてると気付いてないクソガキは高みの見物を決め込んでいる。

 

 地面に両足を付け様子見している風だが、クソガキのガン見と平行してそこそこ練れた闘気を全身から垂れ流している辺りから察するに、武闘家のような肉弾戦タイプまたは魔法戦士の類である可能性もなくはない。

 見え透いたカウンター狙いと言うには構えがおかしく、呪文を唱える様子もない時点で何か策があるのは確定、馬鹿正直に殴り合いを仕掛けてやる義理もないのでまずは様子目がてらに軽く遠距離から攻撃して相手の出方を見る事にした。

 

「こちとら見逃す算段だったのに乱入してんじゃねえ!」

「シッ!」

 

 右手から撃ち出したソフトボールサイズの氷礫がいきなり空中で砕け散ると同時、担任教師(デスメガネ)の前方1.5メートル付近で注視しなければ気付かない程度に砂埃が舞い上がり、よれたスーツに浮いていた皺の群れが瞬時に増加する。

 見ていた限り闘気や魔力を放出した気配はなく、分かった事柄と合わせて考えるに動体視力を振り切る何かを繰り出したのではと考えた辺りで横に飛び退くや空気を引き裂き駆け抜ける衝撃波、闘気による身体能力の底上げがあるにせよ純粋な体術で成したとは思えない早さだが、回避先を誘導するでもなく場当たり的に打ち込んで来るだけなら対処はそう難しくなく、恐ろしいまでに高い技の完成度に対して立ち回りや戦い方がお粗末に感じた。

 

 怒りに頭が煮えている風でもなく、この程度の相手なら策を弄せずとも正面から楽に捻じ伏せれるとでも言いたげな攻撃、親に買ってもらった玩具を見せ付け自慢する子供じみた戦い方は、付け焼刃を実戦レベルまで高め強くなったと勘違いした雑魚の粋がりに思える。

 この手の輩は自信の根拠となる切り札を叩き潰してやれば面白いくらい簡単に崩れるが、相応の実力者を模倣しているだけに舐めて掛かると予想外の苦戦を強いられる事が多く、やる気満々なのは向こうだけでこっちは勝ち目のない勝負に挑むつもりなんてさらさらないし、戦って得られるものがないと来ればなおさらだ。

 とは言え、見た感じの体術は軍団長レベルとまでは行かないにしても良い勝負ができそうなのに対し、呪法核を失くした(オレ)の魔法力や身体能力は全盛期と比べ物にならないくらい劣化しており、全盛期なら苦戦はしても捻り潰せるだろう相手に押されていると認めるのは癪だが、現実問題として勝ち目のない状況で打てる手は少なく、人質作戦や刺し違え上等の自爆も考えてみたがここは大人しく逃亡を選択する。

 

「血気盛んなのは結構だが、こっちは巻き込まれただけの被害者なんでね。

 何より、戦闘中にガキの裸体をガン見するロリコンなんざ相手したかねえやな!」

 

 言い捨て溜め時間を短くした氷炎爆花散(ひょうえんばっかざん)でその場から離脱したが、これは爆発の反動と岩石操作で吹き飛ぶ飛翔呪文(トベルーラ)の劣化版みたいな代物であり、見た目こそ派手だが威力は爆裂呪文(イオ)と大差ない程度なのでクソガキや担任教師(デスメガネ)に何かしらの追撃をされるかもと少し不安だったものの足元で響く罵倒と弁明の声から察するにその心配は無用らしい。

 

 

*

 

 

 周囲に人気のない場所を選んで着地と言うか墜落して溜め息、あれやこれやの急展開にフリーズしていた長谷川 千雨()の頭が再起動し、とりあえずフレイザード(オレ)と入り交じった記憶の整理を兼ねた状況確認と今後の身の振り方について考える事にした。

 諸悪の根源であるスーツ姿の中年男と妖怪変化に関しては情報不足なので放置、フレイザード(オレ)の記憶にある世界地図と長谷川 千雨()が学校で学んだ世界地図は完全に別物だし、クソガキが唱えていた呪文からして聞き覚えのない言語だった事も踏まえれば、とんでもなく長い時間の果てに大陸の形すら変わった未来とかでもない限り、私に起こったこの現象は異世界転生の逆版ではないかと思われる。

 更に加えて、どうやら長谷川 千雨()フレイザード(オレ)は記憶こそ共有しているものの別人格に近いらしく、ハドラー様から植え付けられた諸々の知識や技術と魔王軍で過ごした1年にも満たない日々を覚えてはいるが、それは例えるならお気に入りのアニメやゲームと大差ないどこか他人事じみた代物であり、危うく死に掛け前世を思い出した瞬間こそ冷酷無慈悲で殺人に躊躇しない思考をしていたものの現在はそうでもない。

 とは言え、フレイザード(オレ)だった頃の記憶が長谷川 千雨()に与えた影響はかなり大きく、元からの性分に加え博打を外し痛い目を見たトラウマもあって身の丈に合わない立身出世を望む気こそないが、魔族と言うかハドラー様の価値観に触れお世辞にも高くなかった遵法精神は消え失せており、自ら進んで犯罪を犯そうとは思わないものの必要に迫られれば他者を傷付ける行為に欠片と躊躇しないだろうし、少なくともスーツ姿の中年男(諸悪の根源)と再会したら状況が許す限りの落とし前を付けるつもりだ。

良くも悪くも私こと長谷川 千雨は普通の女子中学生であり、魔王軍として人類の敵になった記憶はあっても世界征服やら人類抹殺なんて大層な野望は個人的に持ち合わせてないし、これまで抱えていた異常な周囲に馴染めない自分の方がおかしいんじゃないかって悩みも実は己の存在自体が異常側なのだと不本意かつ明確な答えを得て、前世から続く承認欲求の類もネットアイドル活動でそれなりに満たされている現状、わざわざ自分から騒ぎを起こしたり厄介事に首を突っ込むような理由はなく、とりあえず平穏な生活を維持する為にも可能な限り早くしっかりとした後ろ盾を確保したい。

 魔王軍が存在せず創造主であるハドラー様への義理も十二分に果たした以上、とりあえずマクダウェルが所属する組織にでも入ろうかと考えたが、妙な力を持ってはいても何の実績もない女子中学生が押し掛けても足元を見られ良いように使い倒されそうな気がする。

 舐められるのは論外だが、あまり高圧的な態度に出て相手側の機嫌を損ねたらそれこそ本末転倒だし、売り込む過程である程度こちらの情報を開示するにせよ何をどう話すべきかの基準すら分からないのは致命的であり、そこらの知識を仕入れようにも心当たりはつい先ほど戦ったばかりの担任教師とクラスメイトしかなく、普段の似非ダンディっぷりが嘘のように感情的だった高畑は本気で怒らせたら瞬殺されそうなのとおちょくった手前もあって却下、まだしも自意識過剰で高慢ちきな感じのするマクダウェルに頭を下げて交渉の仲介を頼む方が無難に思えた。

 少し話しただけでも色々と面倒臭そうに思えたが、あの手のタイプはこちらが通すべき筋を守る限り自分からは決して裏切らないだけでなく、悪ぶってはいても身内認定した者にはなんのかの言って甘い対応をしそうな気がする。

 そんな風に考え事をしていたせいか注意散漫になっていたようで、興奮気味な高い声と掛け寄って来る足音に気付き顔を上げた時には、まるで誕生日プレゼントを目前にした子供のように瞳を輝かせる知り合いの少女が目の前にいた。

 

「うわー、これってキグルミとかCGやなくてほんもんの怪人さんやんなー」

「怪人じゃねえってか、どうしてこんな時間に近衛がいるんだよ?」

「占い研究会の活動で星読みしようなって天文部にお邪魔しとったんよー。

 それはそうと怪人さんはウチの事を知ってるみたいやけど実は知り合いやったりするん?」

 

 我が事ながらどう考えても存在するはずのない怪物相手に平然と笑みを浮かべ話し掛けて来る近衛 木乃香(今生のクラスメイト)、能天気な表情も含めて危機感の危の字もないド天然だなと思ったが、呑気そうなのは上辺だけで視線はこちらを見据えてる上に思わず漏らした失言を聞き逃さない辺り頭の中は冴えているらしく、不本意ながら偶然と言い張るには少し厳しいこのシチュエーションを疑っている風に思える。

 まぁ、向こうからすれば部活で遅くなった帰り道に怪物と出くわした上、どうやら自分の事を知ってる風な様子に不信感を抱いたのだろうが、そもそも目の前にヤバい奴がいたら近寄るよりも気付かれる前に逃げ隠れしろと思うし、やはりこの世界の連中は危機感が足りてないようだ。

 

「そう言えば学園長って近衛の親戚か何かだっ 「斬岩剣ッ」ガァッ!」

「怪人さん!」

「お嬢様、私の後ろに、目的は知らんが覚悟しろバケモノめ!」

 

 どうやら危機感が足りてなかったのは私も同じだったらしく、咄嗟に飛び退きはしたものの避けきれず胸元を横凪ぎに斬られてしまったが、幸い本体までは刃が届かなかったものの生じた痛みに思わず悲鳴を上げる。

 長い刀を掲げ持った辻斬り女(桜咲 刹那)は獰猛な殺気を撒き散らしており、心配するような声を上げこちらに近寄ろうとした近衛の方を振り向きもせず下がるよう告げるやそのまま斬り掛かって来た。

 不意打ちこそ食らったが、桜咲の振るう剣は才能と努力に裏打ちされた力強さこそ感じ取れるものの狡猾さや駆け引きの概念がなく、アバン流に近い剣術も強力な技をひたすら繰り出すだけの力押し一辺倒であり、無駄に広い攻撃範囲と予備動作が少ない技にさえ気を付ければ弱体化した今の私でも何とか対処可能だし、ここで考慮すべきは下手をしなくても賞金首まっしぐらな現状の方である。

 普通に考えて正体不明の怪物が返り討ちを正当防衛と主張しても聞き入れられるとは思えないし、平和と思っていた世界が実はラノベもかくやだった時点で後ろ盾の確保は絶対必要、むしろ近衛を巻き込めるこの機会に襲われた被害者ポジションから恐らくマクダウェルが言ってたジジイと思しき学園長と有利に交渉したいのだが、そうなると今もしつこく斬り掛かって来る桜咲に大怪我を負わせるのはマイナス要素になるだけでなく、更に手間取ると増援が現われる可能性すらあった。

 何せ今も燃え盛る左半身は薄暗い周囲を赤々と照らしており、そんな目立つ存在が夜空を飛んで逃げるのは行先を教えているようなものだし、警備員の類を自称していたマクダウェルらに同僚がいないはずがない為、さっさと近衛を丸め込んで学園長と接触したいのに立ち塞がる桜咲が邪魔で仕方なく、いっそ手加減抜きの五指爆炎弾(フィンガー・フレア・ボムズ)で灰も遺さず焼き払いたくなる。

 

「止めぇ言うてるやろせっちゃん!」

「ひゃっ、ひゃいお嬢様!」

「せっちゃんがえろうすんませんでした。

 とりあえず何かウチに用事があったみたいやし、お詫びになるか分らんけれどお話を聞かせてもらえませんやろか?」

 

 どうやら桜咲を邪魔と思っていたのは近衛も同じだったらしく、普段のおっとりした様子とかけ離れた怒声を発してから私に向き直り深々と頭を下げつつ対話を申し出たが、震える手元やぎこちない笑顔を見る限り冷静さを装っているのが丸わかりだった。

 ここで下手に揚げ足取りをしても印象が悪くなるだけなのでそこらはスルーし、ここへ来る前の件も含めて交渉したいからと予想通り血縁者(母方の祖父らしい)だった学園長に電話するよう頼んだのだが、どんな流れでか近衛を交えた話し合いが行われる事になったらしく、更に迎えが来るまでその場で待つよう言われたと告げてからはひたすら桜咲を質問攻めにしている。

 

 

*

 

 

「お待たせしました」

「何や茶々丸さんとエヴァンジェリンさんが迎えやったん?

 おっきな刀を振り回してたせっちゃんも大概やけどウチが知らんかっただけでクラスメイトには秘密がいっぱいやなー」

「またお前かよ」

「それはこっちの台詞だ!

 ついでに桜咲、お前は話し合いの席に呼ばれてないから帰って良いぞ」

「そっ、それは……分かりましたお嬢様をお願いします」

「ほなら話の続きは後でしよなーせっちゃん」

 

 半ば予想していた通り迎えはマクダウェルだったものの相棒が絡繰に代わっており、予想外だったらしい組み合わせを見て困惑した風な表情を浮かべている桜咲に帰るよう促し、そのままついて来いとばかりにこちらの返答も待たず歩き出す。

 これから行われる学園長との話し合いに関しては、少なくとも吸血鬼かつ元賞金首のマクダウェルを受け入れる度量の持ち主である以上、肉体的に人間かつ今生での前科前歴がない私を初手から拒否したり極端に理不尽な対応はしないだろうと思いたい。

 こちらの要求は単純明快、面倒事と関わらず今まで通りの平和な生活を送れる保証、その対価として飲める範囲の条件を出した場合は受け入れるつもりだが、例え交渉材料に使えそうでもハドラー様から受け継いだ知識や技術を差し出すのは可能な限り避けたいし、どうしても折り合えないようなら全面戦争か相互不干渉のどちらかを選ぶよう通達する覚悟だ。

 

 日本妖怪の総大将かは知らないけれど相手はぬらりひょんと渾名される権力者、下手な脅しや駆け引きが通用するとは思えないし、交渉のテーブルに大物を引っ張り出せただけで御の字と考えるべきか、あれこれ思い悩んでいる間も案内役のマクダウェルは足を緩めず先に進んでおり、中等部の校舎前で立ち止まるやゆっくりとした動作で振り返り憂鬱そうな表情で小さく鼻を鳴らす。

 

「さて、ジジイとの話し合いは学園長室で行われるそうだが、後で後悔しないよう物知らずな貴様に少しだけ事前情報をくれてやる。

 麻帆良(ここ)にいる連中は、立派な魔法使い(マギステル・マギ)と言う称号に憧れ善き魔法使いを自称する英雄の信奉者(ヒーローマニア)が大半でな。

 正義の味方を気取ってはいるが、他人から教え込まれた価値観を自分の理想と錯覚している愚か者ばかり、名実共に悪の魔法使いである私を見てもジジイの言い付けで手出し無用だからと逃げるか身の程も弁えず見当違いな説教を垂れる始末、ついでに戦闘能力は最高でも貴様と対峙したタカミチから数枚落ちる程度、その気があるかは知らんが売り込み方を間違えなければ好待遇で迎え入れられるはずだ。

 少なくともジジイは貴様を本気で引き込もうと考えているようだし、日常生活が送れるよう表向きの身分と外見を誤魔化せる幻術系の高度なマジックアイテムに加えて、外部から呼び寄せた傭兵みたいなカバーストーリーを用意していたとしても私は驚かんよ」

「事前情報ってよりもお前の感想なんじゃと思えるし、いい年こいてヒーローごっこしてるような香ばしい連中とは関わりたくないが、トップの指示にきちんと従うってんなら関係を持たないよう絶対に近寄るなとでも学園長に命令させれば良いわな。

 つーか、ガラクタを引き連れて粋がる三下風情に侵入された理由、警備に回せる人手が足りてなく使えそうな奴はガチのバケモノでも引き込みたいってのと善き魔法使いとやらがそんなのは英雄の仕事じゃないとごねてるからってのと両方ありそうなんだが正直どうなんだ?」

 

 妙に陰気な口調で愚痴交じりな情報を寄越すマクダウェルの態度は気になるが、額面通りの好待遇で組織に引き込みたいと言うならこちらとしても望む所であり、話し合いの際に面倒臭さそうな連中と関わらせない事を追加で要求すると決めた私は、ついでとばかりにあの程度の雑魚が簡単に侵入していた理由を素直に問い掛ける。

 

「確かに、ここの警備体制は魔法教師と魔法生徒数名のチームに外部協力者や傭兵を加えても人手不足なのは否めないが、あんな連中でも割り振られた仕事は真面目に取り組んでいるようだし、貴様を引き込もうとしている主な理由は私がジジイにそうすべきだと言ったからだ。

 貴様を取り逃した後で気になったいくつかの疑問、結界の影響を受けずにいる方法、物知らずで魔王軍の将軍を自称していた理由、日本語に堪能と言うより口が悪い若者のような喋り方、どこかしら不自然でぎこちない動作、これらのヒントを総合すれば自然と答えは出て来る。

 察するに貴様は、かつて魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に存在していた何者かの残滓……正確にはあの侵入者が何かしらのマジックアイテムで記憶と能力を上書きしようとして中途半端に成功した犠牲者と考えるべきなのだろうな」

 

 返答と絡めてあながち的外れでもない推理を披露するマクダウェル、少し前にやり合った事を考えればしてやったりの笑みでも浮かべてそうなものだが、痛みでも堪えるかのように表情を歪め喋っている途中から段々と声に抑揚のない棒読み口調となり、最後の方はほとんど聞き取れない独り言になっていただけでなく、名残惜しそうに桜咲の後姿を見送っていたはずの近衛も知らぬ間に両目から滝のような涙を流していた。

 更に感情を持たないロボットと思しき絡繰までも無表情ながら俯き気味に視線を逸らしており、妙な早合点で事情を察したつもりになって憐れまれるのは少し気に食わないが、理由はどうあれ味方してくれると言うならこちらはありがたく利用させてもらうまでである。

 更なる同情の材料に私がクラスメイト(長谷川 千雨)であると打ち明けようかとも考えたが、元賞金首かつ捕虜同然の外様で面倒臭い連中に囲まれ苦労しているマクダウェルはともかく、天然気味で桜咲への構いっぷりからして意外と強引な部分があるらしい近衛は秘密を守れるかどうか以前の問題であり、学校や寮を自称麻帆良のパパラッチ(朝倉 和美)下世話な快楽主義者(早乙女 ハルナ)が面白そうなネタはないかとうろついている時点で却下だ。

 ある日いきなり近衛の私に対する態度が変化すれば、朝倉は強引な突撃取材とそれを元にした飛ばし記事を書くだろうし、早乙女の方もラブ臭がどうのと妄言交じりの邪推を吹聴して回り、そこから周辺の連中を巻き込んだ騒動になるまでの流れは想像に難くない。

 

「平和に暮らせりゃそれで良かったのに、実は世界がフィクション顔負けなファンタジーだった上に私も普通の人間じゃありませんでしたとか、笑えない冗談じみた超展開の連続に驚きや混乱を通り越しちまったし、人間と魔物の記憶を持つ自分はどちらなのか思い悩む余裕すらないぜ」

 

 これから先に起こりそうな諸々の面倒事を考え思わず愚痴ってしまったが、スーツ姿の中年男と出くわした際に前世の記憶を思い出せなければそのまま誘拐されていただけでなく、最悪の場合はお嬢様に近付く為の手段として使い潰され廃人または命を落としていた可能性もあった以上、不幸中の幸いと自分を慰めこれから行われる話し合いに思考を振り向ける。

 少なくとも記録が残っているかも怪しい過去の罪なんて既に時効と言うか、そもそもフレイザードは立身出世を望んでこそいたが個人的な理由から人間と敵対していた訳ではなく、創造主であり生殺与奪の絶対的な権限を握るハドラー様とその上位者であるバーン様から下された命令に従っていただけであり、例えるなら作戦遂行の過程で命じられるまま敵兵を殺した軍人が裁判で裁かれないと似たようなものだと私は解釈しているし、オーザム平定などの武勲は近代的な社会常識に照らし合わせたらアウト判定を食らうと理解している為、自己紹介では魔族の将校として軍団を率い人類相手に戦うも敗死した程度の大雑把な説明で軽く流すつもりだ。

 右も左も分からず頼るべき相手すらいない私としては、頭を下げ忠誠を誓う程度で組織の後ろ盾を得られるのなら万々歳だし、学園側から余程に舐め腐った条件を突き付けられでもしない限り下剋上を狙う気はなく、人間に生まれ変わって諸々の柵から解放された以上はこのまま平穏無事な生活を送りたいと願っている反面、弱体化した分の埋め合わせも兼ねて本格的に鍛え直したいとも考えている。

 フレイザードの戦闘能力はハドラー様から与えられた力の延長線であり、交渉の席で戦闘技術や魔法に関して学びたいと学園長に頼むのも手だが、教師役として紹介される人物は性格的にまともそうでも十中八九監視役を兼ねているだろうし、余程のお人好しでもなければ呪文や暗黒闘気の存在を知られた際に口止めが難しく、下手に借りを作った上で見張られるくらいならまだしもマクダウェルを頼って相応の対価を請求される方が気分的に楽だ。

 

「こちとら博打はもう懲りてるんだが、自分の何倍も生きてる相手に下手な駆け引きやその場で考えた嘘は通用しないだろうし、例え交渉が上手く行ったとしても何も知らなかった以前までと同じ生活には色んな意味で戻れないんだよなあ……」

 

 これから先は宇宙人だの魔族みたいな設定で売り出しているネットアイドルの真偽を真剣に考えそうだし、トンデモ記事や都市伝説をネタと笑い飛ばす前に裏取り調査をしないと安心できなくなりそうな上、突っ込み所しかない一部のクラスメイトに対して妄想じみた疑念が浮かんでいる。

 不愛想ロリと思っていたマクダウェルが吸血鬼だった以上、異常なまでの幸運で知られる椎名 桜子は惑星レベルの超能力者かも知れないし、精神年齢一桁の佐々木 まき絵が実はタイムパトロールとか、超 鈴音の正体は葉加瀬 聡美が作った超精密アンドロイドで年齢査証疑惑筆頭の那波 千鶴が実は数百年を生きる大妖怪、地味な村上 夏美が暗殺者だったり騒々しい鳴滝姉妹が二人で一人の変身ヒーローである可能性もゼロではない。

 そうやって疑い始めれば誰も彼もが怪しくなるし、逆にあからさまなニンジャ娘の長瀬 楓とカンフーバカ一代な古 菲は一周回って普通の女子中学生だったりするかも知れないが、下手に確認すると余計な厄介事を引き寄せそうなので今後もスルーだ。

 

「何やら考え込んでいるようだが、夜も更けて来たしあれこれ思い悩むのはジジイと話を付けてからにしろ」

「あんなー、電話した時にお爺ちゃんは会って話しを聞きたいだけや言うとったし、ウチもせっちゃんが迷惑を掛けたお詫びにあんま意地悪せんといてなってお願いしといたから多分やけど心配いらへんはずやよ?」

「まあ確かに、ここで突っ立ってても何の解決にもならないどころか学園長への印象が悪くなるだけってか、正体を隠したままいるかどうかも分からない追手に怯える生活は勘弁だし、あんまり気は進まねえけど潔く腹を括って学園長殿へのお目通りを済ませるとしますかね」

 

 入学式の際に話している姿を見た程度で学園長との直接的な面識はないが、孫娘である近衛の口ぶりから察するに少なくとも身内には甘い人物のようだし、加えて悪の魔法使いを自称するマクダウェルとそれなりの信頼関係を築ける程度には清濁併せ呑めるタイプらしく、これなら話し合いの席で無理筋な被害者ポジションでごり押すより、要求と条件をすり合わせる方向で売り込みを掛けた方が良さそうに思える。

 事前準備できなかったからぶっつけ本番になるが、マクダウェルの言い分を信じる限りだと向こうは交渉に乗り気であり、このまま話し合いの席を蹴っても高畑や善き魔法使いを自称する連中を敵に回すだけと判断した私は、諸々の不安を振り払い中等部の敷地に足を踏み入れた。




タカミチの強さは旧作の劇場版に登場した豪魔軍師ガルヴァス(ハドラーの影武者、軍団長クラスかつアイテムを使いパワーアップする)くらいを想定しており、対する長谷川さんこと千雨ザードは転生で核部分が人間化した事とレベルリセット(公式資料によるとレベル35→引継ぎ要素ありのレベル1)もあって単純な戦闘能力は全盛期から大きく低下しており、氷炎結界呪法を使用したタイマンに持ち込んでも咸卦法を使われたらほぼ確定で捻り潰される程度と想定しています。
なお、タカミチがエヴァを見ていたのは彼がロリコンだからではなく連携を考えていたからですし、逃走時に怒られていたのは舐めプじみた力押しに対する説教であり、その後お仕置きを兼ねて物理的に頭を冷やされました。

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