勇者おぶりげーしょん 作:シャイ忍
初三人称です
(まずい、ミスった)
山間部の小さな村。
成人の儀が行われている晴れやかな日に、少年は絶望していた。
「違う、そんなつもりじゃなかった……違うんだ……!」
成人の儀の中心から離れた人気のない納屋裏で、少年は頭を抱える。
自分のしでかした罪から目を逸らすように。
しかし、少年は実際にそうはしていない。
不幸にも責任感は人一倍持った性分だった。
それでも心は罪悪感に耐えられない。
人知れず声を絞り出す。
「勇者の役目を押し付けようなんて、考えてなかった!」
この少年、ルクスには『他人に対象物を押し付ける力』が備わっている。
体系づいた魔法を学習すれば誰でも使えるこの世でも奇異な力だ。
誰にも言ったことはない。
こっそり掃除当番を押し付けたり、朝食のピーマンを押し付けたり、ささいな使い方をしてきた。
それが、このめでたい成人の儀の日に限って最悪の影響を及ぼした。
ほとんど暴発だった。
村の中心。
大人の仲間入りを果たす子供たちは浮き足立ってはしゃぎ、その親は我が子の未来を思い祝福したり心配したりといった様子。
その中でも特に注目を集めている少女がいた。
「わ……私! 勇者の『役目』を果たせるよう、頑張ります!」
「がんばれよ!」「いいなあ!」「すごいねー!」
わあわあ、きゃあきゃあ。
無責任な声援が飛び交う。
取り囲む子どもの中には、勇者の役目とやらがどんな事をするものかよく分からない者もいるだろう。
現実的な話としてわかっている大人も、どの程度いるか……。
ルクスは人より強い責任感を持った人間だ。
義務と権利は同時に付いてくるものだとよく知っていた。
この世界の成人の儀において、稀に何らかの役目を授かる場合がある。
大成する王族には必ずそういった『お告げ』がくだるという噂もある。
簡単に言えば。
世界にとって大きな影響を及ぼす事になる人物が選出されるのだ。
ルクスが「失敗」する少し前。
成人の儀を受ける順番になって、ルクスはただでさえ強い緊張の糸をこれでもかと張り詰めていた。
「どうか俺になんの役目もありませんように……どうかただの村人でありますように……」
「なんだよぉルクス! そんなにブルブルしちまってよ」
「うおっ!? い・い・いや、今日、寒いだろ?」
そこに同い年の、ガキ大将じみた少年が声をかけた。
ガキ大将らしく、隅で震えている子ジカの面倒を見にきたのだ。
ルクスはすかさず言い返すが、本日はお日柄が良かった。
「あったかいだろ今日は」
「寒いだろ!?」
「わかったわかった。よくわかんねえけど気楽に行けよ」
「ああ! お気遣いありがとうよ、ボブ!」
「ボブって誰だよ。はぁ。もういい」
本人が意地を張るならばこれ以上は何もいうまい、とガキ大将は自分の待ちスペースへ戻っていく。
成人の儀では聖水を使った儀式を1人ずつ行うため、待ち時間が長い。
先ほどのガキ大将は子分らしき子供達と共に遊び道具を持ち込んで時間を潰している。
彼も「本でも持ってくるべきだった」と思うが儀式は儀式。
聖堂に集められた子どもたちは成人の儀が終わるまで外に出ては行けない決まりだ。
何もすることがないルクスのやる事は、結局自己暗示しかない。
役目のお告げがくだる確率など無いに等しい。
しかし彼はどうしても不安が拭えないのだ。
「どうか役目がありませんように……」
「なあに? 役目がどうこうって」
「……聖職者になれとか悪政を敷く王を斃せとか、言われたら大変だろ?」
次に話しかけてきたのは子ジカの挙動に興味を持った少女だ。
彼女が近づいて来た時、ほんのりとパンの匂いがした。
匂いから「今日の晩飯は豪華なのだろうな」と少し思考が逸れる。
ルクスは、やや落ち着きを取り戻して会話をつなげた。
「儀式ってそういうのもあるんだ。いいじゃない、かっこいいよ」
「バッカ、お告げが来たら絶対やらなくちゃいけないんだぞ!」
「やりたくないんだ? 絶対?」
「そりゃそうだろ」
「じゃあ、一番キミが嫌な役回りはなあに?」
「え? ……うーん。『勇者』かな……」
唐突な質問に首を傾げつつ答える。
『勇者』とは、この世が魔に侵される時代に見出される。
不浄なる門から絵の具じみて流れてくるのだ、人々を蝕む魔は。
その門に封をして閉じる力を持つのが勇者。
……おとぎ話ではそう語られている。
「旅人の噂じゃ、最近、魔物の出現報告が上がってるんだと。勇者の誕生が近いはずなんだ」
「ふーん、そういえばキミ、よく外から来た人たちに声かけてたね」
そういう事を教えてもらってたんだ、と笑う少女は脳天気だ。
自分の必死さが伝わっていない、と気づいた少年は不貞腐れた。
「ねえ、他にはどんな話を聞いたの? 魔物ってどんなの?」
「…………」
「ねーえ」
「………………」
話は終わりだ、と態度で示す少年に、少女は眉をハの字に下げた。
少女にとって少年との会話は楽しいものだった。
自分が彼の機嫌を損ねた事でこれが続かないのは、少女にとっても不満である。
だから彼女は彼の話に改めて乗っかった。
次の瞬間、ルクスの手が少女の手の内に握られる。
ルクスは女子に接触されることになど慣れていない思春期!
すさまじい動揺が走る……!
「!? なっ……」
「じゃあね、こうしようか」
少女はそんな動揺など気にしない。
彼女にとってこれは相手と友達として仲良くなるための当然にすぎないからだ。
彼女は少年と仲良くなりたい一心である。
「もしキミが『勇者』だったら、私がキミを支えるよ」
「えっ……え……」
ルクスは硬直した。
プロポーズのような言葉だ。
無理もない。
「だから、もう少しだけリラックスしようよ。ね」
微笑まれたら、もうトドメだ。
「ほ、本気か?」
「本気よ」
「でも、それじゃあ君の、人生が」
「先の事まで考えてるんだ。でも、そうは言ったって、ずっとパンを焼くだけだもの」
雑談の延長というには、彼女の笑顔が、言葉が、眩しすぎた。
「あ……ありがとう」となんとか声を絞り出せた事は、褒められていいだろう。
「アメリアさん、次順番だよ」
「あ、はーい! じゃあ、後でね」
「ああ……」
しかしルクスはほのかな安堵とは別に、新たな不安に苛まれた。
なにか、自分の中から無くなった。
「……」
(この子に触れられて、言葉をもらって、
嫌な予感。
嫌な予感……。
嫌な予感……!
「俺は……何を押し付けた!?」
無意識下で彼自身の能力を使ったことは、当然なかった。
しかし実際に起きている。
ルクスはこれを力の暴発と断定した。
初めての事態だが、精神状態がいつになく不安定だった自覚があるからだ。
「何を押し付けたのか」、発覚したのはアメリアが成人の儀を終えて戻ってきた時だった。
ルクスの人生において、最も大きな「失敗」だった。
(勇者の役目を被るべきは俺だった……!)
『押し付ける力』は、押し付けたものを返してもらうことができない!
一方通行のちから。
「どうすれば……どうすればいい」
考えて、考えて。
考え煮詰めて。
……自分のやるべきことを定めた。
「『勇者』の役目はおとぎ話と同じです。勇者アメリア、わかりますか?」
「はい。ええと、魔物が出てくる門を閉じること……です!」
「よく知っていましたね。その通りです」
「えへへ……」
先程少年に教わったお話を思い出しながら勇者の少女は答える。
寝物語が枕元で始まる頃には、いつだって夢の中にいたので詳しくなかったのだ。
アメリアは、心の中で少年に感謝した。
勇者の役目を説く目の前の聖職者が、言い淀むと少し怖かった。
「なので、最低限の知恵を叩き込んだらその門まで旅に出る事になります。わかりますね」
「えっ……? あっ、ハイ!」
「現在確認されている門は3つ。道中は護衛や案内役を雇いますが、貴女自身もある程度力をつけなければなりません」
「……はい」
「村を発つ準備をしておきなさい。然るべき場所で稽古をしましょう」
彼女は家に帰っても、少しだけ寂しい気持ちになる。
アメリアはこの小さな村から出たことがない。
これから先の苦労など、今考えうるものより、ずっとずっと重いことだけは理解できた。
(でもやり遂げたい。私の「役目」なんだもの)
勇者に、心のうちに責任が芽生えた。
今まで考えたことがなかったので、余計に重い。
しかし、役目に怯える子ジカのようなあの少年のことを思い出す。
すると不思議と力が湧いてきた。
そういえば、彼に名前を聞いていなかった。
同じ村とはいえ、顔はわかるとはいえ、一緒に遊んだことのない男の子だ。
両親にはすでに旅に出る話は通っている。
心残りは彼のことだけだ。
「村から出る前に会えるといいな」と思っていた少女勇者は、口を大きく開けて目の前の人物を見た。
「ルクスだ。俺も君について行くよ。どこまでも」
ルクス
勇者を押し付けてしまった少年
アメリア
はからずも勇者になった少女