此処はガリア王国直轄領であるオルレアン公領。現在は王太子であるシャルルが治める領地である。オルレアン領はガリア王国の北部にあり、トリステイン王国が誇るラドグリアン湖に隣接したガリア王国有数の穀倉地帯である。
人々が寝静まる夜半、王太子夫妻が住まう屋敷にて、王太子妃の出産が執り行われようとしている。
シャルルは今日という日を心待ちにしていた。
それと言うのも、彼には一人の兄がいた。名をジョゼフと言う。兄はガリア王の嫡男として生を受けた。そのため、順当に行けば兄が次期ガリア王となるだろう。ところが、兄は魔法の才能に恵まれていなかった。12歳でスクウェアに達したシャルルと比較され、周囲からは『無能王子』と蔑まれている。
しかし、彼は知っていた。自身が魔法以外で兄に勝る所が無いということを。兄がまだ杖を持たされなかった時期、やること成すこと兄に勝てず、悔しい思いをした。
ある時、兄とチェスの試合をして初めて勝利することが出来た。その時、兄は彼の成長を誉めてくれた。その時は彼も大いに喜んだ。しかし彼は知っていた。兄が手加減をしていたということを――。
その日から、彼は兄に対して強い劣等感を感じるようになった。そして、兄に勝てるよう、あらゆる努力をしてきた。
そして決意した。
――自分こそは次期ガリア王になってやる――。
当時、一部の重臣やジョゼフの統治する領地の周辺貴族達はジョゼフを支持していた。その類まれなる統治能力を直に垣間見たためである。シャルル自身、統治能力に劣っているわけではないが、オルレアン領はラドグリアン湖の恩恵が強く、周囲にその能力が理解され難い状況だった。
今でこそ、彼の地道な努力と情報操作によって、ジョゼフ派とシャルル派で五分五分の支持率となっている。ただ、現在はガリア王が壮健なこともあり、未だ支持を保留にしている貴族も多い。
そして一昨年の事である。兄とその妾の間に娘が生まれた。シャルルは大いに焦ったものである。兄に先を越されたのである。
彼としては、風聞を気にして第一子は正妻に生んで欲しいと考え、妾の相手はあまりしていなかった。さらに、自身の地位をより盤石にしようと行動していた最中であったため、なかなか妻と過ごす時間が取れなかった。その弊害として、この事態である。
しかも、周囲の反応として、妾の子であったものの、王族としての責務を果たした兄に支持が集まりかけた。しかしそこは彼の陰ながらの活動により、オルレアン夫人もまだ年若く、ジェゼフを支持するのは時期尚早である。と、現在の状態に抑えることが出来た。
これで後は、世継ぎが無事生まれさえすれば盤石となる。彼は天を見上げ、そう確信していた――。
夜空には双月が妖しく煌めいていた。
閑話休題
「オギャー!」
赤子の鳴き声が響き渡る。
別室で待機していたシャルルも無事赤子が生まれた事を悟ると、急いで妻の下へと駆け付けた。
「生まれたのか」
シャルルは部屋に入るや否や声を掛けた。
ところが、部屋の誰からも返事が返ってこない。
まず目に入ったのは産婆として雇った水メイジである。どういうわけか、彼女は困惑の表情を浮かべている。
次に目に入ったのはベッドで静かに眠る妻エレンである。死んだように眠る妻を見て焦って産婆に問い詰めたものの、眠っているだけだと知り安堵した。
それならば、始めに見た彼女の表情は何だったのか、と脳裏に掠めたが、最後に目に入った我が子を見て思考が停止した。
其処に居たのは……、
――双子だった――。
――双子。
それは不吉の象徴である。ガリア王家では特に忌避されるものである。
此処ハルケギニアでは、双子の出産成功率が低く、仮に無事生まれてきたとしても産後すぐに亡くなるか、何かしらの後遺症が残ってしまう事が多い。また、母体に多大な負担が掛かる為、出産に耐えられずに妊婦が亡くなってしまう可能性も高い。
そう言った背景があり、双子は忌避されてきた。メイジであればこそ、それらのリスクはある程度無視出来るものの、双子に対する負の印象は根強く残ったままである。
それでも現在の貴族社会では、双子の存在を受け入れつつある。しかし、それは飽くまで貴族間での事であり、王族は別である。
王族とは国の顔である。その姿を晒すこともまた、王族の義務である。そこで、同じ顔の者が居た場合どうだろう。親兄弟で似ている事もあるだろう。しかしそれでも、何処かしら違いが生じるものである。しかし双子の場合は違う。容姿のみならず、性格や所作、言動に至るまで同じである事が多い。すると、後継者で揉めるのは明らかだろう。
そう言った、諸々の事情を加味して、ガリア王家では双子に王位継承権を与えられない。
シャルルは絶望した。双子では意味が無い。
彼は兄に勝つ事をのみ切望し続けていた。だからこそ、このまま双子を祝福すると言う選択肢が彼には存在しなかった。
此処で彼の脳裏に掠めたのは兄の姿だった。その兄の頭上には王冠が輝いている。そして自分は兄に向って言う。
「おめでとう兄さん――」
自身の中で何かが壊れる音がした。
そして彼は思った。
――このままでは駄目だ。
双子だったからと言って、このような未来となるとは限らない。増してや、この後別の子が出来ると言う未来も存在するはずである。
しかし、この時のシャルルにはそんな事は微塵も考えつかなかった。
そして現実へ振り返る。
思考の海から脱した彼の行動は早かった。
――【スリープクラウド】
彼はすぐさま、部屋全体に眠りの雲を掛けた。そして【ディテクトマジック】で周囲の警戒も行った。まずはこの事実を知るものをこれ以上増やさない事だ。現状、双子の事を知っているのは、眠っている妻も含めれば自分と産婆の3人だけである。
妻は放置しても大丈夫である。双子の事を周囲に吹聴することは無いという、確かな信頼があるからである。しかしこの産婆は――。
周囲に誰も居ないことを確認すると、まず、手近な物を【錬金】でロープに変え、産婆を縛り上げた。王子であるものの、裏で暗躍している内に、この手の作業もお手の物となっていた。
そして眠っている赤子の一人を産婆と共にクローゼットの中に押し込んだ。その後、クローゼットの中に【スリープクラウド】と【サイレント】を掛け、扉を閉めた。仕上げに、扉に【錬金】を掛けて固定しておいた。これで、中で目が覚めて暴れだしても周囲にばれることが無くなった。そもそも、彼程の実力者が掛けた【スリープクラウド】では、熟練の水メイジであったとしても暫く目覚める事が出来ないだろう――。
次に彼は、何事も無かったかのように執事長ペルスランを部屋に呼んだ。そして、赤子をそっと抱き上げた。
――コンコン
「入れ」
「失礼致します」
オールバックの執事然とした老紳士が恭しく主人に礼をした。歳はシャルルより一回り程高く、白み掛かった髪が印象的である。
シャルルはペルスランの入室を確認すると、彼に話し掛けた。
「無事、生まれたよ。女の子だ。今日は目出度い日だ」
そう言いながら、彼に赤子を見せ付ける。
「おめでとう御座います、旦那様。旦那様に似て聡明そうなお子様でございます」
「この子はエレンに似て美人に育つだろうな」
そう言って、二人は微笑み合う。そしてシャルルは話を切り出す。
「この子を部屋に連れて行ってくれ。明日はお祝いの支度をしてくれ。私は一旦部屋に戻って王宮への報告書を纏める」
ペルスランは畏まりましたと言い、慎重に赤子を受け取り退室しようとした。そこでシャルルは彼を呼び止めて注意事項を述べた。
「そうそう、エレンは産後で体力を消耗したのか、今は眠っている。このまま休ませてあげたいと思うから、この部屋には誰も入るなと使用人に伝えておいてくれ」
ペルスランが退出するのを確認すると、彼も自身の部屋へと向かった。先ほどペルスランに言ったように、王宮への報告書を作成する為であるが、当然、それだけでは無い。赤子を秘密裏に処分する手筈である。
貴族間では双子は受け入れられていると言ったものの、全ての貴族に認められている訳でもない。双子を認めず、処分する貴族も存在している。しかし、我が子を殺したくないと言う貴族も多い。そう言った人々の為に、ロマリアには訳ありの人を保護する為の施設が存在する。その施設の特性上、全容は例え王族であろうとも知られていない。
その施設を利用する為には、神官に多額の寄付をした上で仲介を頼まなければならない。その秘密主義は徹底したもので、当事者の介入が一切禁止され、引き渡しには必ず第3者を用いなければならない。それだけだと、本当に無事保護されるのか心配になるだろう。しかし場合によっては、一度隠れた人物が再び表に出る必要が生じるかもしれない。条件は厳しいが、出戻りもロマリアが認めており、過去にも出戻りの事例が実在する。そんな理由から、一応信用されている。と言っても、寄付金の段階で大抵の貴族は断念し、実際の利用者は大貴族や王族、そして余程の事情がある貴族に限られている。
今回の場合、シャルルはこの施設を利用しようと考えている。
仮に殺害した場合、その事実が公に曝されてしまえば、シャルルの王位継承が不可能となる程の醜態となるかもしれない。そのため、殺害と言う選択肢は早い段階で消去されている。この時のシャルルの精神状態では、決して娘可愛さからではないと言える。
双子の事を王宮に報告した上で施設を利用するという手段もあるが、双子の風聞が悪く、自身の勢力が減衰するのが目に見えている。
秘密裏に行った上で王宮にばれてしまっても、如何とでも言い訳が出来る。寄付金に関しても彼の個人私財で十分賄える額であり、迷わずその準備に取り掛かった。
引き渡しの準備にはそれなりの期間を要する。そのため、赤子を一時的に養育しなければならない。彼は書類の準備と並行して【遍在】で赤子の対応を行っている。
ついでに産婆の処理も――。
件の【遍在】はと言うと、現在、赤子を抱いて近くの村に訪れていた。
ガリア王家特有の青い髪は自身の子にも確りと受け継がれており、このままでは目立ってしまうし、そもそも、王家出身だと吹聴するものである。自身は【遍在】故に姿を偽装し、この子には【フェイスチェンジ】を掛けて偽装した。
そもそも村に訪れたのは、この子の乳母になってくれる人を探す為である。流石のシャルルでも、【錬金】では母乳を作り出せず、生まれたばかりのこの子には乳母が必要となる。秘密にするからには屋敷の使用人達に頼ることが出来ず、屋敷に住まう妻にも頼ることが出来ない。
そこで彼は、旅人に扮し、地道に村人達と交渉をしていった。結果は彼の社交性と土地柄からも言わずもがな。
数日後、ロマリアの神官へ赤子を引き渡した。彼は追放する赤子にジョゼットと名を付けた。赤子が彼に対して笑い掛ける表情を見るたびに、兄が嘲笑っているかの様に見えた。
――ジョゼット。彼の憎む兄の名から、そう付けたのである。
これで問題が無くなった。彼はそう確信し、空に輝く双月を一瞥して娘の部屋へと向かうのだった。
――彼は知る由も無かった。“
注)魔法は用法容量を守って正しくお使い下さい(笑)
オルレアン夫人の名前はエレーヌから類推しました。
そして書いてて思った。シャルルがジョゼフに勝るとも劣らない狂人だと。シャルロットと対比したジョゼットの名前なんかは特に穿った見方をしてしまう。
あらすじでは、シャルロットが魔法少女(笑)にでも変身しそうだけど、そんなファンシーな展開はありません。勘違いさせてしまった大きなお友達の方々には謝罪申し上げます。
ミルクの中身は次回判明予定。